魔法少女☆鹿目まどか 円環最期のZERO秒間   作:凡庸

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第17話

『鹿目まどか』

 

 

 思念の声が少女を呼ぶ。座席に座る少女は目を閉じた。

 その途端、別の光景が広がった。

 先ほどまでは、光輝く巨大な軍勢による異形の獣達への蹂躙を見ていた。

 モニターの中で繰り広げられる報復劇は被害者である鹿目まどかをして、『少しやりすぎかな』と思う苛烈さであった。

 外部の状況では宇宙の果てで広がっている異形の獣が、内部からの破壊で引き裂ける様子が見られた。

 

 その破壊の根源は少女の姿を取った魔神の地団駄であり、やはりこの存在は力が桁違いに過ぎると実感できた。

 それらの様子に、鹿目まどかは知らずのうちに心躍らせていた。

 報復が心に安らぎを与えたのではない。自分の為に助けに来てくれた者達の存在が、堪らなく心強かったのだった。

 子供のころ夢に見ていた、古の魔法の物語の様な。

 異形で凄惨であったが、自分を取り巻く今の事象はまるで物語であるかのようだった。

 

 

『呼びかけに答えていただき、感謝する』

 

 

 そして目を閉じた今、その主人公とでも言うべき存在が眼の前にいた。

 その現象は、魔神の世界を垣間見た時の仮想現実の世界での出来事の様だった。

 魔神の記憶の中、その世界は「フォトンコネクション」と呼ばれていた。

 それはその世界の終わりの瀬戸際で描かれていた。そして今、その終焉を齎したものが眼の前にいる。

 自分の姿を模した姿を取った魔神がそこにいた。彼女はそれを、この物語の主人公であると認識していた。

 

 

『獣が貴女から奪った光は殆ど回収した。そしてこの後は』

 

 

 魔神、マドカはそこで言葉を区切った。言葉を選ぶかのようだった。

 鹿目まどかは頷いた。何をするのかは、ある程度既に聞いている。

 その際、辛い思いをさせるかもしれないということも。

 鹿目まどかの頷きに、マドカは『分かった』と答えた。『では』と言って身をひるがえした時、鹿目まどかは「待って」と言った。

 マドカは振り返った。

 

 

『何であろう、鹿目まどか。我に出来ることなら、可能な限り致そう』

 

 

 自分と同じ大きさの小さな身長に小柄な体格、華奢な背中。手足も細く、外見の要素だけを見れば非常に頼りない。

 だがこの存在は、正体が魔神であるとはいえ纏った雰囲気は自分とはまるで異なっていた。

 自信過剰なのではない。ただ泰然として、そこに君臨している。

 自分という存在を確立し、この世界に在る。見た目は今の自分であり嘗ての自分でもあるというのに、この違いは何なのだろう。

 ああそうか、と鹿目まどかは思った。

 少しだけ、あの時に似ているんだと思った。

 嘗て人から魔法少女になった時。あの時の自信に満ち溢れていたころの自分に。

 態度は大きく異なるが、鹿目まどかはそんな気がしていた。

 内心に一区切りの決着を付けると、彼女は言葉を待っている魔神へと声を掛けた。

 言葉を聞いた魔神は、少し不思議そうだった。

 

 

『当然だ。私は貴女が好きだからだ』

 

 

 直球過ぎる言葉に、鹿目まどかは顔がさあっと熱くなるのを感じていた。

 仮想空間の自分でも、実体の自分の両方で体温の上昇を感じた。

 

 

『ではこれで失礼』

 

 

 今度は振り返らずにマドカは小さく右手を振り、その姿を搔き消えさせた。まるで最初から誰もいなかったかのように。

 同じくして鹿目まどかも目を開いた。目を開き、両手で顔を覆った。

 手で触れる自分の顔は、ぽかぽかとしていて熱かった。

 顔の熱を感じながら、鹿目まどかは魔神へ放った言葉を思い出していた。

 

 何故、ここまでしてくれるのか。

 その答えが、先の魔神の言葉であった。

 与えられた言葉を内心で数回反芻させたのち、鹿目まどかは両手を開いた。まだ熱を帯びた顔で、再び画面に視線を注ぐ。

 見なければいけないものが、まだ残っている。それを受け入れる為に、彼女は心を決めた。

 

 それが例え、二度と見たくない地獄であったとしても。

 心の拠り所を求める様に、鹿目まどかは操縦桿を握り締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悲鳴に喘ぎ、慟哭と喘鳴。そして最後に、血に濡れた吐息か断末魔。

 弱弱しい輝きの伝統一つで照らされる狭い室内で、一つの地獄が終わりを迎えた。

 天井も床もコンクリで覆われた室内には、じっとりとした湿気と吐き気を催す様な血と体液の匂いが充満している。

 今しがた生命を終えた少女の亡骸を、その存在は満足げに見下ろしていた。

 人間を模した姿は、子供が落書きをしたような顔の造形に反して逞しい手足と高い身長を持っていた。

 二メートル以上の体躯から伸びた異様に長い手足は、人の形をした蜘蛛のようにも見える。

 

 解剖台の上に十字架のように拘束されている桃色髪の少女の腹は割かれ、ほぼ全ての内臓が取り出されていた。

 制約により下半身の器官には手を加えられていなかったが、それ以外は無惨な有様だった。

 麻酔など使われず、激痛による失神と覚醒を数百回も繰り返された果てに少女は死んだ。

 人の姿をしたものは、既にこれを何回も繰り返していた。

 怯える少女の顔を殴り、床に倒してから腹を何十回も蹴り、動けなくなったら台に拘束してから腹を割いて内臓を取り出す。

 死んでもしばらくしたら生き返るので、また最初から楽しめる。

 

 権能があった頃ならまだしも、今の無力な少女には戦うどころか抵抗も出来ない。

 蘇った際に記憶を保持しているか、或いは忘れているか。それもランダムに変わり、少女は何度殺しても飽き足りない最高の玩具となっている。

 

 この存在、魔獣は今、その体験の追体験をしているのであった。

 回数にして数千億回以上、鹿目まどかはこの魔獣によって殺された。

 そして鹿目まどかはそれ以外にも別の場所でも、別の方法で殺されていった。

 これは彼女の辿った、夥しい数の無間地獄の中の一つに過ぎない。

 この魔獣も、鹿目まどかを惨たらしく殺害するという役割を与えられた、無限体の内の一体である。

 

 追体験をしている、というのは既に鹿目まどかは解放されここには存在していないからだ。

 だが記録は残っている。彼女がどう苦しみ、どう泣き叫んで、或いはどう強がって最期を迎えたか。

 その全てが楽しく、血塗られた輝かしい思い出として魔獣の中に残っていた。

 高次元存在から賜れた異形の怪物、空間兵器ドグラは魔獣の存在と実によく馴染んでいた。

 魔法少女に駆逐される存在だった魔獣は、かつての原型を留めないほど強化されていた。

 魔法少女どころか、その上位存在である悪魔を手玉に取れるほどに。

 

 歯や爪を一本ずつ引き抜いたり、敢えて麻酔を使い、解体途中でそれが醒める様にしたり。

 性的な辱めをせず、台に乗せて解体して殺すという条件に沿ってさえいれば何でも出来た。

 試していない事がないくらいに。

 鹿目まどかという存在は既にこれで完結し、あとは壊れるだけを待つ状況となっている。

 無限体の同胞の内の一体によって最終的には破壊されるのだろうが、できればその役は自分が担いたいと、この魔獣は思っていた。

 

 そう思っていると、鹿目まどかの血と体液で汚れていた手術台が元の金属の輝きを取り戻していく。

 床や壁、天井に飛び散ってた血膿も流れるように消えていく。壁や天井に染みついた血は、筆で書きなぐったような状態だった。

 鹿目まどかの足首を掴み、振り回して胴体を叩きつけた結果である。

 

 肋骨に罅を入れておいたことで、ただでさえ脆い骨と肉が剥がしやすくなっていた。

 半ば気絶していたので、悲鳴が聞けない事が残念だったがそのあたりは解体中に意識を覚醒させたことで存分に楽しめた。

 時が逆行するように清潔になっていく室内の中、魔獣は期待に胸を躍らせた。

 次はどうやって遊ぼうか。そう思いながら、狭く薄暗い部屋を魔獣は見渡した。

 闇の中でも鮮やかな赤いリボンで両サイドを束ねた、桃色の髪が見えた。

 

 室内の端に、蹲っているように見えた。とすると今回は記憶を引き継ぎ怯えている状況だと魔獣は思った。

 怯える様子に苛立ちを覚え、魔獣は桃色の髪に手を伸ばした。

 今回は頭皮を毟り取る方向で行こうと思っていた。まだ五千万回ほどしか試していない、地獄への導入だったからと。

 

 広げられた五指は少女の上半身を握り潰せる程度の大きさがあった。

 これまで何千億、何兆回も鹿目まどかを引き裂いてきた手だった。少女の脆弱な肉体など、熟した果実のように柔らかくて脆い。

 勢い余って握り潰さないように、姫君のように優しく扱おうと魔獣は注意を払った。

 そして頭蓋の皮を剥ぎ取った後は、玩具として愉しもうと。

 

 或いは髪を引っ張って吊り上げるに留めるのも悪くない。

 顔の原型を残しつつ、刃を潰したナイフで皮膚を切り刻んで顔を赤い斬線だらけにする様を見せつけるとか。

 顔だけはそのままで、手足や腹をゆっくりと傷だらけにしていくなど。

 首や手首に深めの傷を入れて、緩やかに失血死へと導きながら鹿目まどかを破壊する。

 これはまだ数千回しか行っておらず、しかし一回あたりの満足度がとても高い惨殺方法だった。

 傷だらけの姿で泣き叫ぶ鹿目まどかの姿は実に嗜虐心をそそり、次はもっと激しく壊してやろうと異形の創作意欲を掻き立てる魅力があった。

 よし、今回はこれでいこう。

 未来への期待に胸を膨らませながら、魔獣は鹿目まどかの頭部に

 

 

『汚い手で触れるな』

 

 

 触れることはなかった。ただ、小さな手が自分の巨大な手に触れた。

 そう思ったときには、全ての指が逆側に折り畳まれていた。

 人の皮膚を模した外表が破れ、内部に溜まった瘴気と蠢く触手が溢れ出す。

 無限大の空間を内部に抱え、無尽蔵に魔物を生み出す空間兵器、『ドグラ』であった。

 痛みに悶えながら、魔獣はドグラを放った。鹿目まどかの姿をした存在は迫る異形を前にゆっくりと立ち上がっている最中だった。

 見滝原中学の制服から、黒いシャツと藍色のスリムパンツへと服装が変化しているのが見えた。

 それは紛れもなく鹿目まどかだった。だが、中身が異なっていた。

 それは、果てしなく悍ましいものへと変わっていた。

 

 

『るすはり』

 

 

 鹿目まどかは小さく口を尖らせ、小さく息を吐いた。

 それが触れた途端、室内を埋め尽くさんばかりに広がっていたドグラは微細な黒い粒子と化した。

 抵抗も退避も出来ず、まるで割れたシャボン玉のように破裂したのだった。

 破壊は露出したものに留まらず、その発生源である魔獣の手にも及んだ。

 手首が爆ぜ割れ、腕が崩壊し、肩が抉れて爆散した。肉の断面は赤黒い火傷となり、ドグラの穴が塞がれていた。

 

 

『武装での微調整にも慣れてきたな。私もようやく『手加減』とやらを習得できたらしい。『魂』とか『気迫』は得意なのだが、長い道のりだったものだ』

 

 

 苦痛に呻く魔獣を前に鹿目まどかの姿をした存在、マドカは少し嬉しげに言った。

 

 

『さて、貴様も処理するところだが』

 

 

 マドカの声を断ち切り、金属が砕ける音が鳴り響く。

 室内の一角が砕け、内側に向けて吹き飛んでいた。外部からの力で破壊されたのは、武骨な金属製のドアだった。

 それは片腕を喪った魔獣に激突し、室内の反対側へと吹き飛ばした。

 間にあった解剖台や台の上に置かれていた拷問具や刃物などもまとめて粉砕されていた。

 落書きのような顔を苦悶の顔に歪めながら、首から下の肉体に台や拷問具を埋め込まれた魔獣は破壊が去来した場所を見た。

 

 ドアの形に切り取られた壁面の先には闇が広がっていた。ドアの枠から零れているのは、腐敗臭が漂うような黒々とした汚らしい闇だった。

 だがその中央には、紫を帯びた宝石のような美しい闇があった。それは、長い髪を下した少女の形をしていた。

 見開かれた目には、紫色の瞳に向かって悍ましいまでの血走りが見えた。

 凄まじい憎悪と悲しみに満ちた目からは涙の代わりに血涙が溢れ、美しい頬を濡らしていた。

 

 

「魔神。そいつも私達に譲りなさい」

 

『好きにされよ。あれも貴女方の獲物だ』

 

 

 魔神の言葉に暁美ほむらは頷きすらしなかった。

 代わりに彼女の闇色の眼の中で光が舞った。眩く輝く、緑色の光だった。

 暁美ほむらが自分を、そして魔神が彼女を複数形で呼んだのはそのためだからに違いない。

 

 

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