魔法少女☆鹿目まどか 円環最期のZERO秒間   作:凡庸

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第19話

『ええと、では』

 

 

 光の少女は咳ばらいを一つした。座る炬燵の上には一枚の紙が置かれていた。 

 描かれているのは鳥居と五十音、そして数字。

 更に十円硬貨が一枚、紙の中央に置かれている。

 光の右腕が十円玉に伸び、細い指が硬貨の表面に触れた。

 

 

『神様仏様、じゃなくてこっくりさん、でもなくて』

 

 

 触れながらぶつぶつと呟く。

 

 

『魔神様魔神様、おいでくださいますでしょうか』

 

 

 恐る恐ると言った風に、眩い少女は言った。

 その途端、変化が生じた。室内の電灯が点滅を繰り返したと思ったら、全てが一斉に消えた。

 光源は少女自体が発する光のみとなっている。

 そこに、新たな光が顕れた。最初は消えゆく蝋燭の火のようだった。

 ゆらめいたそれは、一気に拡大した。一瞬のうちに、眩い少女が見上げるほどの高さとなった。

 その姿は。

 

 

『闇の…帝王……?』

 

 

 闇の炎が凝り固まった、恐ろしい形相の威容が少女の部屋の中に出現していた。

 その大きさは目測で、百メートルは優に超えている。記憶を辿ると、ワルプルギスの夜すら上回っている。

 一人にしてはやや広いが数名が入ればやや手狭になる程度の室内は、一気に空間が広がっていた。

 

 

御呼びいただき、感謝する

 

 

 恐ろしい姿は、丁寧な言葉を発した。声ではなく文字が、少女の思考に直接届いた。

 

 

『ええっと…魔神、様、ですか?』

 

 

いかにも

 

今は闇の帝王であるが、何故この姿を望まれた?

 

『ホラー映画が好きでして…』

 

 

 返事をしてから、しまったと思った。もう少し考えてから答えた方がよかったと。

 

 

なるほど。娯楽は大事だ

 

良き選択である

 

 

 雷撃か炎か叱責か。返事はそのどれでもなく肯定だった。

 

 

『あの、怒らない、んですか?』

 

 

何故?

 

 

『お、お忙しい中と存じてますので、お邪魔したかと…』

 

 

問題ない。私の本質は無数の意識の集合体ゆえ

 

全てが同時に存在している

 

個であり全なのだ

 

『そう、ですか。ああ、そう、でしたね』

 

私の数少ない取柄である

 

 

 闇の帝王の姿で魔神は答えた。口の部分が吊り上がる。

 誇らしげな様だった。恐ろしい顔だったが、ユーモラスにも見える。

 少女の脳裏に浮かんだのは、複数の光景。

 三千五百年をかけて戦闘獣製造プラントを完成させた場面、何故かテープカットが行われ、くす玉が割られていた。

 エジプト人を隷属させようとするも認識されないが為に無視されている場面。

 

 千年をかけて製造プラントを再建。再びテープカットとくす玉が割られた。ついでに労働に従事した者達への労いの言葉が掛けられていた。

 間違いないく凶悪な存在なのだが、妙にシュールと言うか笑える場面があった。それが地獄の中の数少ない癒しに思えた。

 皮肉なのは、この中の存在が地獄を名乗っている狂人であり、今の中身は全ての地獄の原因であるということだった。

 それを踏まえて、少女は口を開いた。

 

 

『あの、会って早々失礼ですが』

 

 

気にする必要はない。忌憚なく申されよ

 

 

『あなたは、本当に魔神様本人ですか?』

 

 

その姿がお望みか?

 

 

 少女はびくりと震えた。その様子に闇の帝王も身を震わせた。動揺の震えに見えた。

 

 

すまない、脅したわけではないのだが

 

私の過去を見たのなら、信じて貰えなくて当然だ

 

 

 

 魔神は謝罪した。ゆっくりと少女の心から恐怖心が薄れていく。

 それでも恐ろしい顔が脳裏に浮かぶ。機械仕掛けの髑髏。

 少女にはそう思えた。言葉にしたが、こんな言葉では到底足りないほどの、恐怖が具現化したような姿が脳裏に焼き付いて離れない。

 

 

私の姿なら、貴女が望めばいい。貴女が認識する私の姿は、貴女が思い描いた姿となる

 

 

 恐怖の姿を消すために、少女は一つの姿を思い浮かべた。

 次の瞬間には、闇の帝王の姿は消えていた。薄暗い照明が室内を照らし出す。

 その中に一人の少女、の姿をしたものが立っていた。

 

 

やはり、この姿は美しい

 

 

 鏡を見ずとも、己の実体が分かるらしい。暁美ほむら越しに、少女はこの姿を見ていた。

 鹿目まどかと同じ姿となった、マドカがそこにいた。

 

 

本当に美しい

 

死と破壊。そして終わりなき闘争で満ちた宇宙に、こんな美しい存在がいたとは

 

今でも信じられない

 

これは夢かと幾度疑ったことか

 

 

 小さな掌を見つめながら、魔神は感嘆の言葉を述べた。

 性欲や恋慕といったものは一切なく、美しさへの純粋な敬意があった。

 

 

『あの…何があったんですか?』

 

 

 思わずと言った風に少女が尋ねた。ん、と呟きながらマドカは少女を見た。

 その可憐な姿の奥に、無限の地獄を生み出してきた魔神の姿を少女は見た。

 喉から溢れそうになった悲鳴を少女は辛うじて堪えた。

 

 

そうか

 

それが知りたくて、私を呼ばれたのか

 

 

『それは、高次予測…ってやつですか?』

 

 

否。単なる当てずっぽうである

 

しかし私の勘も偶には当たるらしい

 

 

 マドカがそう言うと、消えていたテレビの画面が着いた。

 そこに映っていたのは、巨大な横顔。

 神に挑んだ少年とその愛機が、その神に喰われる瞬間を描いた場面だった。

 その神が今、姿を変えて少女の傍らにいる。

 嘗ての自分の姿を見た魔神は、僅かに目を細めた。厭わし気とも、ただ懐かしがっているともつかない表情だった。

 

 

偉そうな言い方で申し訳ないが、答えはこの先にある

 

 

 マドカは画面を指さして言った。

 

 

解説がお望みか

 

 

『おお…オーディオコメンタリーしてくれますか』

 

 

上手く出来るかは自信が無いが、役に立てれば幸いである

 

 

『それはぜひともお願いします!』

 

 

 少女は魔神の提案を受け入れた。テンションが高くなっているのを自分でも自覚していた。

 そうしなければと思っていた。物語を観るという期待はある。

 だがそれ以上に、自分が向き合うものの恐ろしさに怯えていた。

 無限大の地獄の終焉と、この魔神が変貌した原因がこの先に待っている。

 自分の隣に場所を設け、少女はマドカに着席を促した。

 「お気遣い感謝する」と告げて、マドカは座った。

 

 

もしよければ、可視化の領域を広げられるが如何だろうか?

 

 

 マドカの提案が少女にはぴんと来なかった。反射的に、ではお願いしますと言った。

 

 

マハール

 

ターマラ

 

フーランパ

 

 

 右手を掲げ、伸ばした人差し指を軽く回しながらマドカは言った。

 魔法の呪文。そう思えた。

 既に観た映像の中で、神の使者となった少年が行っていた動作だった。

 その瞬間、周囲の景色が一変した。

 少女の自室から、多数の生徒が座した教室へと変わっていた。

 

 

『え、ちょ、これって…』

 

 

 驚愕する少女であったが、同時に理解もしていた。

 この現象もまた、既知の事象であったからだ。

 だがしかし、自分が実際に体験すると流石に驚いてしまう。

 その世界に入り込んだかのように、自分はその世界の様子を一望できる場所で事象を観測出来ていた。

 教室の中、見覚えのある姿があった。机に突っ伏し、何かうわ言のようなものを呟いている。

 

 

『え?え?えええ!?』

 

 

 急に過ぎる世界の、展開の変化に少女は上ずった叫びを上げた。

 それと同時に、うわ言を呟いていた少年は立ち上がり、叫びを放った。

 その瞬間、世界が停止した。

 

 

今更、であるのだが

 

 

 少女の傍らで、マドカが言った。

 

 

ここから先の事象もまた、刺激が強い

 

それでも

 

『観ます』

 

 

 マドカの言葉を断ち切るように、少女は言った。

 マドカの言葉は気遣いであり、そこに悪意は無い。

 だからこそ、最後まで聞けなかった。聞いてしまったら、その選択を受け入れてしまいそうだったからだ。

 

 

了解した

 

では、始めよう

 

 

 そこで再び世界は動き始めた。

 少女はそれを観続けた。

 そこで起きたことも、その世界の様子もまた、少女の理解を超えていた。

 疑問が湧くたびに少女は尋ねた。当事者である魔神は、少女の質問に丁寧に答えていった。

 だがそれでも、それだけ詳しく聞いても理解を超えた現象が起き続けた。

 

 その一方で、得体の知れない感覚が少女の中に広がっていった。

 展開される世界は、これまで観てきた数多の世界とは異なっていた。

 争いは無く、空は青く、誰もが傷つかず、明るい明日を夢見て生きることが出来る世界。

 生きていく上での悩みや困難はありつつも、その世界には平和があった。

 それは、夢のような世界だった。

 その世界に、少女は見覚えがあった。

 今は奪われ、跡形もなくなってしまった世界。

 一人の少女が願い、そして生み出した世界と、この世界は類似点が多すぎていた。

 

 

 その世界の中で、少年は隠された真実に気が付いた。

 完全平和な世界を否定し、彼は再び戦い始めた。

 それは予想だにしない方法によるものだった。

 少年が始めた戦いは、やがて世界の中で意味を為し、彼を決戦の舞台へと導いた。

 

 そしてその果てに、全ては光に包まれた。

 

 

『…………』

 

 

 少女は言葉を喪っていた。

 

 

『これが…いや』

 

 

 必死に声を絞り出す。そこには恐怖の成分が含まれていた。

 だがしかし、それは急速に薄まっていった。

 

 

『あなたが、全ての』

 

 

 そこで少女は言葉を区切った。言ってはならない、そんな気がした。

 少なくとも、自分の放つ言葉ではない。そんな気がしてならなかった。

 

 

私はただの切っ掛けに過ぎない

 

始まりの時計の針を、少しだけ早く進めただけだ

 

私がやらずとも、いずれ時は回っただろう

 

 

 鹿目まどかの姿の魔神は淡々と告げた。一片の疑いもなく、さりとて自負もない。

 書き記された法則を語るかのような、反論の余地を挟まない物言いだった。

 内心の動揺を察されたのかと、少女は思った。

 

 

これにて以上である

 

これが何かの役に立てれば幸いだ

 

 

 魔神はそう言った。何か言った方が良さそうだと少女は思った。

 

 

『あの…あの!』

 

うむ

 

 

 少女の言葉に魔神は応じた。今は恐怖よりも畏怖が、畏敬の念が強い。

 言葉に応じてくれていることに、最早違和感は少なかった。

 傲慢で残忍で、他者を必要としなかったこの存在がこのように変わった理由を知れたからだった。

 

 

『とても…とっても、とっても面白かったです!』

 

 

 素直な感想が少女の口から放たれた。言った直後に後悔した。

 もう少し言葉を濁すとか、言葉を選べばよかったと。

 しかし、他に何を言えばよかったのかが分からない。

 

 

ありがとう、眩い光の者よ

 

 

 魔神は少女に礼を言った。失礼だとは思ったが、やはりこの変貌は衝撃的だった。

 相手は人ではないが、万物は変わることが出来るのだという証明だった。

 

 

すまぬ、私はまだ貴女の名前を存じない

 

願わくば、名前を教えてはくれまいか?

 

『そ、それは…』

 

 

 思いがけない、または当然の要望に少女は思わず口ごもった。

 別に隠している訳ではない。だが、素直に伝えるだけでいいのだろうか。

 相手は自分の世界をこちらに見せた。ならば、こちらも。

 そう思った少女は、一つの決心をした。

 

 

『では、一緒に観ませんか?』

 

 

 そう言って、少女は両手を広げた。その上に複数の物体が積み上がった。

 それは複数のビデオカセットだった。ケースには入っておらず、側面には中身のタイトルが記されている。

 文字の形からして、少女の手書きの様だった。その文字並びを見た魔神、マドカの眼は少し大きく見開かれた。

 その様子に少女は内心で手をぐっと握った。きっと反応してくれる。

 そう思ったからだった。そして、その願いは叶っていた。

 だがしかし、そう上手くはいかなかった。

 

 

『あ』

 

 

 少女は呟いた。自分を呼ぶ声がする。そう思ったのだった。

 

 

残念ながら、ここでお別れの様だ

 

 

 魔神も察したらしくそう言った。口調は平坦だが、言葉通りの感情が滲んでいた。

 

 

暁美ほむらが貴女を待っている

 

使命を果たされるといい

 

 

 魔神は少女に告げた。それは彼女の迷いを断ち切った。

 

 

『はい!また会いましょう、魔神様!』

 

 

 少女は大きな声で返事をし、そして一礼するとその姿を掻き消した。

 主が不在となった部屋で、魔神もまた動いた。

 

 

マハール

 

ターマラ

 

フーランパ

 

 

 人差し指を伸ばした右手を、呪文と共に軽く振るう。爪先からゆっくりと、少女の形が消えていく。

 消えゆく中、魔神は炬燵の上を見た。少女が持っていたビデオカセットが見えた。

 総数という事か、少女の手に乗っていた時よりも数が増えていた。

 その本数は十三本にも上っていた。

 

 

大作だな

 

 

 独り言を発し、魔神はタイトルを見た。

 

 

scene0(ゼロ)、か

 

 

そこで魔神は乾いた声を発した。機械の駆動音のようなそれは、魔神の笑い声だった。

 

 

偶然とは面白い

 

やはり、この世界は素晴らしい

 

だからこそ

 

 

 そこで魔神は笑うのをやめた。顔の表情は変わらない。鹿目まどかの顔のままである。

 だがその奥で、悍ましい表情が透けて見えた。それを視認する者がだれもいないことが幸いだった。

 それを見てしまったら、一生どころか輪廻転生を経ても忘れることなど出来やしない。

 それは、そんな恐ろしい表情だった。

 

 

この美しい世界を荒らした者を、私は赦さぬ

 

 

 魔神の独白は、魔神だけが聞いていた。そして、その姿が消えた。

 室内には虚無のような沈黙だけが残った。

 全てがゼロに還ったかのような、そんな静寂で満ちていた。

 

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