魔法少女☆鹿目まどか 円環最期のZERO秒間   作:凡庸

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第21話

「ねぇ、魔神」

 

『何用だろうか、暁美ほむら』

 

 

 光の中、暁美ほむらは尋ねた。魔神、マドカは答えた。

 

 

「魔獣なのだけど、何処へ送ったのかしら?」

 

 

 滲み出る殺意と怒りを堪えながら暁美ほむらは尋ねた。

 鹿目まどかに筆舌に尽くしがたい暴虐を加え、玩具にしていた魔獣達。

 それを魔神は何者かに「贈った」と言っていた。彼方からの力を借りて魔獣を葬った彼女であったが、その憎悪は尽きなかった。

 だから、魔獣達の結末を知りたかった。

 

 

『ご所望であればお見せするが…』

 

「構わないわ。見せなさい」

 

『しかし』

 

 

 魔神は食い下がった。暁美ほむらは嫌な予感がした。 

 少し前に似たやり取りをした際、こちらの心は気にしなくていいと彼女は伝えた。

 その言葉を貫通し、異を唱えた事が気になった。

 しかし、彼女の答えは決まっていた。

 

 

「見せなさい」

 

 

 魔神は即座に従った。

 複数の映像が暁美ほむらの思考の中に浮かんだ。

 

 

「ありがとう。もういいわ」

 

 

 一瞥した瞬間、暁美ほむらはそう言った。

 内心の憎悪に、少しずつだが別の感情が混じっていく。

 

 

「…あれも、可能性の光……なの?」

 

 

 滲む感情は、恐怖と嫌悪だった。

 内心に潜むもう一つの存在が、恐怖に震えているのが分かった。

 言葉を発することもなく、ただ震えている。

 

 

『すまない』

 

 

 魔神は謝罪した。暁美ほむらもまばゆも、その言葉に返事をしなかった。

 出来なかったのだろう。

 脳裏に残るのは、異様な光景だった。

 巨大な粉砕機に溶鉱炉、更には電気椅子のようなものが見えた。それらは全て、モザイクのような蠢く光で出来ていた。

 それらが魔獣を苛んでいた。生きたまま下半身を粉砕された魔獣は、無音の絶叫を上げながらのたうち回る。

 その前に魔獣よりも大きな、そして骸骨のような姿よりも細い華奢な姿が立っていた。

 

 細い手足を振り回し、魔獣の肉を剥ぎ取っていく。芋虫のような姿にされた魔獣を見下ろしながら、その存在は顔に手を添えた。

 細い指が引かれると、細い顔の表面が外れた。それは仮面の様だった。

 外した仮面の裏には、鋭く長い棘がびっしりと生えていた。恐怖に震える魔獣の顔へと、その者は自分の顔を重ねた。

 逃げようとする魔獣を抑え、自分の顔を押し付ける。魔獣の絶叫は無音だが、音を伴っていても聞こえなかっただろう。

 痙攣する魔獣を前に、その存在は魔獣の苦痛の終わりを感じて残念そうだった。顔から仮面を外して再び装着すると、次の獲物を探して幽鬼のようにうろつき始めた。

 周囲には中途半端に壊され、または溶かされたために死にきれずにのたうち回る魔獣が大量にいた。獲物には困らなそうだった。

 

 その中央を、巨大な影が悠然と歩く。装甲で覆われた人型のそれは、悪魔のような造形の鉄仮面を顔に嵌めていた。

 よく見ればこの場にいる者達は、その形と酷似した紋章を体の何れかに装着していた。

 中央を歩くものは、その指揮官ということだろうか。右腕に巨大な大砲を二つも装着していながら、その存在はそれを使わずただ歩いていた。

 それだけで、周囲の魔獣は破裂していった。頭や胴体が、内側から膨らまされたかのように弾けていく。

 

 歌だ、と暁美ほむらは思った。鉄仮面の口元に僅かに開いた隙間が微細な開閉を繰り返している。

 この存在は歌を謡い、それによって魔獣を破壊しているのだった。

 しかしそれでトドメは刺さず、ただ苛むために壊している。

 

 ああ、そうか。暁美ほむらは思った。これが魔獣の末路かと。

 そう思っていると、映像に変化があった。溶鉱炉と粉砕機、そして電気椅子が形を変えていった。

 形が組み変わり、道具から人型へと変身…変形したのだった。そしてそれらは手を振った。

 愛嬌の良さが伺えた。その者達はこちらを見ている暁美ほむらを認識し、さようならと合図をしたのだった。

 彼女はぞっとした。魔獣達が鹿目まどかを苛んだのは、悪意はあれど一種の法則のようなものだった。

 魔獣達は他者を苛むことしか知らず、出来ない。

 

 だがこの場にいた連中は、喜怒哀楽と他者への思いやりを持ちつつ残虐行為に勤しめる。

 心の底から楽しみながら、そして理性を保ちながら。

 どういった存在なのか分からないが、これで魔獣の存在は完結したことが分かった。

 永遠に死ねず、玩具となって苦しみ続ける。

 同情などなく、精々苦しめとしか思えない。だが自分の想像よりも酷いことが魔獣を待ち受けている事は確かだった。

 

 

「光にも、色々あるのね」

 

『この連中は縁があって私が預かっている。同じ役割の者はもう一体いるのだが、その者は更に異常だ』

 

「…勧めているわけではないのは分かるけど、もう大丈夫よ。それとごめんなさい、ちゃんと話を聞くべきだったわ」

 

『気に病むことはない。全ては私が信頼を得るに値しない存在であるからだ。そんな者の言葉を信じられる訳がない』

 

 

 自虐的ね、と暁美ほむらは思ったが感覚的にはただ事実を述べているだけに思えた。

 反省と言うより、自己分析の結果ということだろうか。

 

 

「減り下り過ぎても却って厭味に聞こえるわ。信頼を得たいなら改善なさい」

 

『ご指摘感謝する。努力しよう』

 

 

 そうなさい、と暁美ほむらは返した。言い終えてから、これは自分にも当てはまると思った。

 終わったことを悔いても仕方ないが、言い方ひとつで別の結末にいけたのでは、という思考は未だに魂にこびりついている。

 

 あの時、ああであったら。

 優しい言葉を選んでいたら。

 敢えて突き放していたのなら。

 

 終わった事象の可能性を時折夢想してしまう。

 その可能性次第では、もしかしたら今、このようなことには……。

 そう思ったときに、はっとした。

 

 

「…可能性の光」

 

 

 その言葉の意味が、なんとなくではあるが、暁美ほむらの中で繋がり始めていた。

 魔神の記憶を垣間見たことで認識した各種の事象。

 この存在が神へと至った経緯。

 最後に見たのは、あの世界の主人公の前に神となって顕れ、彼の敗北を伝えた場面。

 

 時が逆行する様を見せ、そしてどのようにして万物を掌握したのか。

 未来も過去も現在も、遍く並行時空の全てを掌握し自分の中に取り込んだ。

 全ての事象を観測して認識し、知り得ないことなど何一つない。

 偶然は無く全ては必然であり、そこに例外は存在しない。

 それは可能性も何もない、始まりも終わりもない虚無の世界。

 

 その世界を生み出したものが、可能性という概念を重視している。

 嫌な予感がした。

 

 

「魔神、まさか」

 

 

 暁美ほむらは声が震えているのを感じた。

 気付いた時には、愛銃を構え銃口を向けていた。少し前に流れていた親し気な雰囲気など、跡形もなく消えていた。

 

 

「お前は、さっきの化け物達のようにあの光達を…あの子達を自分の中に閉じ込めて」

 

 

 それを武器として使ったのか。暁美ほむらはそう思った。

 彼女は怒りが湧いてくるのを感じた。魔神は彼方から来たと言っていたので、自分のこの疑問とは矛盾する。

 だが魔神の記憶を思い出すと、そうとしか思えなくなってくる。

 遍く宇宙を掌握したのなら、支配下の世界から兵器として呼び出したのではないのかと。

 記憶の中の魔神は、『絶対悪』としか言いようのない最悪の存在であったことがその思考に拍車を掛けていた。

 

 そこで更に疑問が湧く。

 

 この魔神が全てを掌中にしているのなら、この世界は何だ?

 

 そして鹿目まどかや自分、魔法少女達の存在とは?

 

 そもそも、自分のこの思考は、暁美ほむらという個体は本当に自分のものなのか?

 

 もしかしたら、この全てが………。

 恐ろしい可能性が思い浮かんだ。

 

 

「まさか」

 

 

 口に出してはいけない。言ったら心が壊れてしまう。自分の存在意義が崩れ去る。

 自分がやってきたことが全て無意味になり、神の掌の上で踊らされていた愚者と成り果てる。

 そんな気がした。そんな気がしてならなかった。

 その前例が、記憶の中で存在していたために。

 愛する者達を、世界を救う為に幾星霜の地獄を繰り返した、鋼の女神が脳裏に浮かぶ。

 

 震える銃口の先、鹿目まどかの姿をした魔神は一切の弁明をせずにただ暁美ほむらを見つめている。

 敵意も悪意もなく、ただ現象や法則のように暁美ほむらを見ていた。

 やがて何かを言う為か、小さな口を開いた。

 

 放たれるのは言葉か死の竜巻か。どちらにせよ、暁美ほむらも決断をしなければならなかった。

 引き金を引くか、銃を下すか。

 その両方を暁美ほむらは選ばなかった。

 彼女の小柄な体が、背後から優しく抱きしめられていた。

 銃を構えたまま、暁美ほむらは動きを止めた。

 

 

「あなたは」

 

 

 振り返らずに彼女は声を掛けた。声には緊張と、そして憧憬があった。

 細い肩のあたりに、二つの柔らかい膨らみを感じた。

 

 体が触れている部分で感じるのは、心地よい冷たさ。人肌の柔らかさと、金属の冷たさがあった。

 自分よりも頭一つ程度高い身長、完璧な造形の肉体。

 それだけで、暁美ほむらはこの存在が誰か分かった。

 相手も自分の事を分かっていると感じていた。体を抱きしめる力は優しく、そして慈愛に満ちていた。

 母に抱かれているような錯覚さえ、暁美ほむらは抱いた。

 

 彼女にそんな想いを抱かせた者。

 その名は。

 

 

『ミネルバX』

 

 

 魔神はそう言った。

 暁美ほむらは背後で感情の発露を感じた。それは怒りと敵意…どころではない、幾星霜に渡って積み上げられた『なにか』だった。

 

 

―――去りなさい。遣るべきことがあるのでしょう

 

 

 激発しそうな感情を機械のように処理し、ミネルバは魔神に言った。

 美しい女性の声を伴った、輝く光のような意思だった。

 

 

『分かった。貴女に任せよう』

 

 

 魔神は頷き、姿を消した。

 逃げたようには見えなかった。相手を信頼し、任せたというのが伺えた。

 このことに対し魔神が一言でも謝罪を述べていたら、きっとそうは思えなかっただろう。

 暁美ほむらはそう思った。

 

 魔神と女神の間に何があったのかは、考えるまでもない。

 地獄を生み出したものと、地獄を見る為に生み出されたもの。

 その関係を想像するだけで、得体の知れない感覚が背筋を這う。それを感じ取ったのか、鋼の女神は暁美ほむらの体を少しだけ強く抱いた。震えはすぐに止まった。

 それを契機に、女神は暁美ほむらから身を離した。

 名残惜しい、と暁美ほむらは思った。

 

 振り返り、両者は互いに互いの姿を見た。

 美しい。

 魔法少女と女神は相手の姿をそう思った。

 

 

―――お初にお目にかかります。暁美ほむらさん

 

 

「私も」

 

 

 声が上擦っていないか、暁美ほむらは気になった。女神―ミネルバXもまた、自分の声に緊張感が含まれていることを自覚していた。

 

 

「私もお会いできて光栄だわ……女神様」

 

 

―――こちらこそ

 

 

 魔法少女と女神は互いに同じ想いを抱いていた。

 愛する者を救う為に時を繰り返し、過酷な世界に挑んだ者同士にしか分からない感情が両者を繋いでいた。

 

 

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