どうする
どうしよう
どうすれば
獣は思考していた。既にインキュベーターとしての形は無かった。
虚無の神から賜れた『空間支配能力』。
それによって掌握した世界の中を獣の思念が走っていく。
どうしよう
どうしよう
どうしよう
獣の思考は同じ言葉の繰り返しとなっていた。
問題について思考するが、考えは纏まらず、また纏まったとしても思考が完成した瞬間に砕け散る。
思考に進展はなく、ただただ同じ言葉が繰り返される。
インキュベーターは、思考の矛先を変えることにした。
そうすることで袋小路からの脱出を図ろうとしていた。
まず、今からの自分達は安全だということを再確認した。
向かっているのは自分達が完全に掌握した、聖域とでも言うべき場所。
数多の並行世界と時間軸。その全てを、虚無の神に恭順を示したインキュベーターの個体群は掌握した。
魔法少女も、人間も、それ以外の全ての生命体。魂さえも完全に支配下に置いている。
青い空と青い海、無機物の全ても揃っている。
全てはこの宇宙が変わった時、鹿目まどかが生まれて生きた時代を元にして世界を創った。
それは彼女への敬意ではなく、実験台として丁度いいと思ったからだった。
鹿目まどかを女神とさせた時代は、特に多種多様な魔法少女が生まれ、死んでいった時期だった。
闘争は絶えず、絶望にも事欠かない。恐らくは鹿目まどかを基点に因果が複雑に絡まったからだろうとインキュベーターは思っていた。
鹿目まどかが拷問の果てに再度の女神化か、或いは魔女化か。または完全な死を迎えたのなら今度は他の魔法少女で実験を行う積もりだった。
望む結果が出るまで、或いは特に何も期待はせずに、暇つぶしのような感覚で。
空間支配能力を得た今となっては宇宙の延命という事柄にも、インキュベーターは関心が無かった。
自らが宇宙そのものであり、あらゆる事象を好きに操作できるとあっては、心変わりもするだろう。
そもそも本来持ち得ていなかった『心』や『感情』といったものを自覚しそれの赴くままに行動している時点で、既にインキュベーターであってインキュベーターに非ずの存在と化していた。
もう戻れない。
インキュベーターの成れ果て達はそう思った。
成れ果て達は、一斉に全身が総毛立ったのを感じた。
その声は、自分達が散々に切り刻み、壊し、そして直していった者の声だった。
声としてはそうだった。だがその中身は、まるで別物であることを嫌というほど実感させられていた。
成れ果て達は、心がざわつくのを感じていた。
全て見抜かれ見透かされている。
そうに違いないと思った。
声が絶えた時、視界が開けた。
そこには世界が広がっていた。
青い空と青い海。
何処までも完全に再現された世界。
その中で同じ動きを繰り返すように設定された、魔法少女の影とでも言うべきものが活動している。
円環の理から引き抜かれ、生前の行動を繰り返しながら生贄となる時を待っている者達が。
白と黒の魔法少女は終わりなき茶会を続け、道化姿の魔法少女がその様子を伺う。
テディベアで満たされた博物館で語り合う魔法少女達。
年上の魔法少女から料理を教わる二人の魔法少女。戦争の為ではなく、自らを高める為に鍛錬を積む魔法少女達。
それは魔法少女だけでなく、全ての生命に対して適応されていた。
街の中や家屋の中には、蠢く無数の人影があった。
それら全てが実験材料であり、贄であり、そして人質であった。
魔法少女に価値を見出している魔神への交渉材料、または切り札となる。
インキュベーターの成れの果て達は、そう思っていた。
こ
成れ果て達が、一斉に途絶された声を出した。
こ、れは…
驚愕する成れ果て達。
認識した世界は、全てが変貌していた。
そこには、一面の赤が広がっていた。血や花のような赤ではない。
完全に焼き尽くされ、溶かされ、乾ききり、更に焼かれ、溶かされ、乾かされ、そして焼き尽くされた後に最後に残った色が赤だった、とでもするような色が広がっていた。
生命の存在を拒絶し、既に生命は無くこれからも生まれることが無い死の世界。
灼熱が地表を渦巻き、世界には一滴の水も残っていない。
途方もなく巨大な爪に触れられたかのように、地表は大きく抉られていた。引き裂けた大地が何処までも広がり、文明の痕跡すら見当たらない。
一体、何が
成れ果てが声を出す。その瞬間、怖気が襲った。
思念として存在している自分達を、何かが見ている。
その事に気付いた瞬間、成れ果て達はそこに視線を送った。
眼を逸らすことは出来なかった。絶対に見てはいけないと分かっていながら、意識が勝手に動いた。
まるで全てを操られているかのように。
自分達が、この世界にしたように。
思念が成れ果て達の心に届いた。その瞬間、成れ果て達の精神は恐慌に陥った。
赤く染まった大地の遥か彼方。
灼熱の死の風が渦巻く高空に、それは佇んでいた。
万物を拒絶するかのような獰悪な形状の装甲で全身を覆い、悪魔のような翼を背負った異形の人型がそこにいた。
髑髏と拷問具を合わせたような鉄仮面の貌で、死の世界を眺めている。
終焉の魔神と名乗った存在が、そこにいた。
魔、神よ
きみは
成れ果て達は、その答えを拒絶した。千切れそうになる意識を集中し、認識する景色を変えていく。
他の次元と時間軸へと、成れ果て達は逃亡した。
そこには、一面の赤が広がっていた。血や花のような赤ではない。
完全に焼き尽くされ、溶かされ、乾ききり、更に焼かれ、溶かされ、乾かされ、そして焼き尽くされた後に最後に残った色が赤だった、とでもするような色が広がっていた。
生命の存在を拒絶し、既に生命は無くこれからも生まれることが無い死の世界。
灼熱が地表を渦巻き、世界には一滴の水も残っていない。
途方もなく巨大な爪に触れられたかのように、地表は大きく抉られていた。引き裂けた大地が何処までも広がり、文明の痕跡すら見当たらない。
!?
成れ果て達は驚愕した。何も変化がないことに。
何かの間違いだと、再び他の世界線へと移動した。
そこには、一面の赤が広がっていた。血や花のような赤ではない。
完全に焼き尽くされ、溶かされ、乾ききり、更に焼かれ、溶かされ、乾かされ、そして焼き尽くされた後に最後に残った色が赤だった、とでもするような色が広がっていた。
生命の存在を拒絶し、既に生命は無くこれからも生まれることが無い死の世界。
灼熱が地表を渦巻き、世界には一滴の水も残っていない。
途方もなく巨大な爪に触れられたかのように、地表は大きく抉られていた。引き裂けた大地が何処までも広がり、文明の痕跡すら見当たらない。
叫びながら、また次の世界へと移動した。
そこには、一面の赤が広がっていた。血や花のような赤ではない。
完全に焼き尽くされ、溶かされ、乾ききり、更に焼かれ、溶かされ、乾かされ、そして焼き尽くされた後に最後に残った色が赤だった、とでもするような色が広がっていた。
生命の存在を拒絶し、既に生命は無くこれからも生まれることが無い死の世界。
灼熱が地表を渦巻き、世界には一滴の水も残っていない。
途方もなく巨大な爪に触れられたかのように、地表は大きく抉られていた。引き裂けた大地が何処までも広がり、文明の痕跡すら見当たらない。
心を砕きながら、また別の場所へと赴いた。
そこには、一面の赤が広がっていた。血や花のような赤ではない。
完全に焼き尽くされ、溶かされ、乾ききり、更に焼かれ、溶かされ、乾かされ、そして焼き尽くされた後に最後に残った色が赤だった、とでもするような色が広がっていた。
生命の存在を拒絶し、既に生命は無くこれからも生まれることが無い死の世界。
灼熱が地表を渦巻き、世界には一滴の水も残っていない。
途方もなく巨大な爪に触れられたかのように、地表は大きく抉られていた。引き裂けた大地が何処までも広がり、文明の痕跡すら見当たらない。
同じ。同じであった。
何も変わらず、ただ破滅と死が数多の時間と世界を埋めている。
魔神は言う。鹿目まどかの声で。
声と意思が唱和する。それは終わりなく、際限なく、延々と続いた。
時と世界の数だけ、それは続いた。
そう理解したとき、成れ果て達は自分達の心が砕ける音を聞いた。
成れ果て達の思考の中、鹿目まどかの姿をした魔神は右手の人差し指を伸ばし、くるりと回していた。
マハールターマラフーランパ、という呪文が聞こえた。
その途端、映像が流れ込んできた。
それは、一面の光の奔流だった。
微細で、それでいて放たれる光だけでも万物を破壊しそうだと思わせるほどの強い輝きを放つ光が世界を染め上げる。
それが地表に着弾した瞬間、全てが砕け散った。
海も大地も、人も魔法少女も、あらゆる物体や生命体が焼き尽くされ、破壊された。
後に残ったのは、超高熱で焼き固められた惑星のみ。
破壊の光の奔流は惑星だけに留まらず、この世界の全域へと広がっていった。
光が放たれたその瞬間が、この宇宙が終焉を迎えた時だった。
宇宙に存在する全ての惑星が破壊され、太陽は溶け崩れ、銀河は蕩けて消えた。
残っているのは、死そのものとなった一つの惑星。
そして、その破壊を為した存在のみ。それだけが、その世界に残る唯一の光であった。
破壊の光と同じ輝きを放つ眼の光と。それを照り返す黒と白の装甲。
黒鉄の魔神と、それが滅ぼした惑星だけがこの世界の全てだった。
やがて魔神は逞しい右腕を伸ばし、巨大な五指を広げた。
その途端、そこに向かって無数の光が集まっていった。
それが何なのか、成れ果て達には理解出来た。
それらは光のよって破壊され、虚無を漂っていた無数の生命だった。いや、生命だけではない。
破壊された建造物や成分、そして時間と空間。
地球と太陽系と、銀河と、そして数多の星々。
世界の全てを、魔神は己の中に取り込んでいた。
この魔神は、それを行っていたのだった。
インキュベーターの成れ果て達が掌握した全ての世界で。
獣達にはもう、自分達の生命以外の何も残っていなかった。
鹿目、まどか
成れ果て達が必死に声を絞り出す。
魔神の意思のその先にいる者への言葉だった。
意思を発する魔神、マドカの背後に鹿目まどかは立っていた。
世界を破壊した自分自身の姿をした者の横顔を、ただじっと見つめている。
少女の姿を執った魔神は、どこまでも無表情だった。
君は
君は、なんてものを、呼び出したんだ
成れ果て達が言い終えた時、無表情だったマドカに変化があった。
無の表情に、細い亀裂のような歪みが見えた。
それは、怒りの表情だった。
怒り、という言葉では表し切れない感情が、魔神の静かな声には含まれていた。
泰然とした姿勢のままに立つマドカの左手を、鹿目まどかは掴んでいた。
自分と同じ大きさと質感の手には、鉄の様な冷たさがあった。
彼女はそれが、魔神の感情そのものに思えた。
彼女はそれが、堪えようのない悲しみに思えてならなかった。