魔法少女☆鹿目まどか 円環最期のZERO秒間   作:凡庸

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第24話

 光が広がる。どこまでも、どこまでも。

 やがて薄っすらと光は色を喪った。だがその後には、無数の眩い光が残った。

 広大な闇の中で、無数の光が輝いている。それは無数の世界であった。

 可能性という概念に満ちた、無限に広がる宇宙の群れ。

 一つの存在が崩壊したその後に、それらは生まれていた。

 

 暁美ほむらはそれを見た。宇宙が生まれた瞬間を。

 そして、その経緯を。

 

 

「これ、を……認めろ…というの」

 

 

 虚空に浮かびながら、暁美ほむらは呟いた。

 彼女の周囲では、宇宙が今もなお膨張していく様子が映っていた。

 嘗てあった事象、宇宙自体の記憶の世界とでも言うべき場所に彼女はいた。

 

 そして認識したその事象は、あまりにも衝撃的過ぎた。高鳴る鼓動により、胸が張り裂けそうな気分になった。

 それは世界の生い立ちを見たから、だけではなかった。

 記憶の世界の中、一瞬だけ見えたものに、暁美ほむらは言いようのない感情を抱いた。

 間違っていて欲しい、と彼女は思った。

 

 

「女神様、そしてまばゆ」

 

 

 暁美ほむらはそう言った。

 

 

―――はい、暁美ほむらさん。何でも仰ってください

 

私もできる事なら、何だって頑張っちゃいますよ

 

 

 二つの思念はそう答えた。胸の高鳴りが僅かに鎮静化したのを、暁美ほむらは感じた。

 

 

「では、時を……ああ、そうだったわね」

 

 

 左手の盾の歯車が噛み合う。ガチャリという音と共に、時が逆行してゆく。

 光が炸裂したその瞬間へと。

 

 巻き戻された時が映し出したのは、巨大な闇。そして闇を取り囲む無数の光。

 巨大な闇を突き破り、夥しい数の微細な光が生まれていく。

 生まれた光達は自らの存在意義を示すかのように、闇に戦いを挑んだ。

 

 無数の光の奔流が闇を砕いて焼き尽くし、闇を光に変えてゆく。

 無限に等しい世界を絶望の底に沈め、滅ぼしてきた無敵の巨体は崩壊の一途を辿っていった。

 既に無事な部分は殆ど無く、巨体の中で無傷であるのは紅の装甲に覆われた宝玉のような部分のみ。

 全てが壊れていく中、そこだけが闇の最後の拠り所であるかのように形を保ち続けた。

 

 そこに、宝玉の中に光が生じた。

 宝玉の中で生まれた光は数多の光の中で最も小さく、最も弱弱しかった。

 光の奔流が弾けた際の、欠片や残滓のようにも見えた。

 だがそれは、曖昧ながら明確な形を備えていた。

 宝玉はその光を宿す繭のようにも見えた。

 或いは、卵か。

 

 やがてその光は外の世界へと羽搏いた。

 その形は、まるで。

 

 

「そんな」

 

 

 時を止めて、暁美ほむらは言った。

 

 

「こんな…こんな、事って……」

 

 

 絞り出すように言いながら、再び時を動かした。

 光を纏い飛んでゆくそれは、少女の形を備えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 荒涼たる赤い大地に、二人の少女が立っている。

 服装が違う事を除けば、完全に相似形として重なる造形の二人だった。

 マドカが前に立ち、鹿目まどかが少し離れて後ろでその様子を見ている。

 鹿目まどかの体表には、薄い光の膜が張っていた。吹き荒れる高熱も衝撃も、あるか無きかの障壁の前に完全に無効化されている。

 なお、マドカは完全に素の状態でこの死の世界に立っている。

 生命どころか形あるものの存在すら赦さない破滅に満ちた世界ですら、この存在にとっては花咲き乱れて爽やかな風が吹く花畑のようなものなのだろう。

 

 時折、マドカは背後を振り返っていた。その度に、鹿目まどかは頷いた。

 万が一どころか億が一、いや、無限分の一も生じ得ない不備による鹿目まどかへの被害に心配で堪らないのだろう。

 しかしながら、鹿目まどかはこの現状を望んだ。マドカは、魔神は応えるしか無かった。

 この弱すぎる少女は極めて意志が強く、一度決めた事への説得は不可能だと魔神も理解せざるを得なかった。

 十数度目の振り返りの後、マドカは再び前を見た。

 赤い大地の上に一面の白が広がっている。

 少し前に

 

 

『平伏せ』

 

 

 と呟いたマドカ。その次の瞬間、どころかその途端にはこの光景が広がっていた。

 最初からこうであったかのように。

 

 

『一個体群とはいえ、貴様達の特性ゆえに数は多いな』

 

 

『そういえば、どこかでこんな言葉を聞いた』

 

 

『中身の無い奴ほど数を誇る…だったか。良い言葉だ』

 

 

『私と貴様達にピッタリだ』

 

 

 周囲を見渡し、そう告げたマドカ。

 広がる白は全て、白い毛皮の獣。

 インキュベーターの背中だった。赤色の紋様が入った背が、マドカの視線の先の地表を埋め尽くさんばかりに広がっている。

 

 獣達は思考していた。既に虚無の神から賜れた力はない。

 掌握していたと思っていた世界を奪われ、魔神と対峙したその時に力も奪われていた。

 全てを見抜かれ見透かされていたかのように、違和感や感覚もなしに、全てがゼロに戻された。

 その言葉を認識した時、インキュベーター達の思考にノイズが入った。

 それは虚無の神からの警告だった。

 

 その名を知るな。

 その名を認識するな。

 その存在と出会うな。

 その存在に気取られるな。

 その存在に決して触れるな。

 

 インキュベーターの認識に合わせると、そんな言葉が並んでいた。

 だが全ては遅すぎた。

 思考の中には、無数の光景が浮かんでいる。

 その全てが、マドカの前に平伏している自分達の姿だった。

 全ての時間軸と並行世界で自分達は制圧され、全く同じ状況となっている。

 後悔、という感情がインキュベーターの心に湧いた。

 

 

『だからせめて、それを正そう』

 

 

 マドカの手が伸びた、と見た途端に一体のインキュベーターが首を掴まれていた。

 通常の個体と異なり、白目が存在する個体、種族とでもいうべき連中だった。

 通常主と異なり人間に似た表情が表出している。その顔には恐怖があった。

 

 

『マハールターマラフーランパ』

 

 

 マドカが不思議な言葉を発した。

 その瞬間、自分の背後から全ての気配が消えた。

 代わりにそれらは、自らの内側で感じられるようになった。

 数多の世界でそれらは同時に起きた。

 全ての世界でインキュベーターはマドカに首を掴まれ、そして存在が統合された。

 最初からそうであったかのように、全ては一つとなった。

 インキュベーターは自分の内側で溢れる感情の奔流に対し、何一つの動きも思考も出来なかった。

 純粋な恐怖と苦痛だけを残し、完全なる硬直に陥っていた。

 

 

『安心しろ。お前達を消す気はない。然しながら赦す、とも違うが』

 

 

 そう伝えた時、マドカは「ほう」と言った。

 

 

『存在が確保されて余裕が出たか。「虚無の神が黙っていない」と』

 

 

 首を伝わり感じた思考をマドカは口に出した。

 そして可愛らしい口を少し開き、歌うような声を出した。

 機械による自動音声のような規則正しい音の流れは、魔神が発する笑い声だった。

 

 

『では最後の現実逃避を終らせるとしよう。私がここに来れている。その理由は?』

 

 

 その言葉で、インキュベーターの心は砕けた。

 理解はしていたが、理解したくなかった事柄だった。

 この世界全てを覆う虚無の神。それは既にこの魔神によって斃されている。

 もう希望は欠片もなく、あとは断罪の時を待つのみとなった。

 

 

断罪、か

 

 

 マドカは声ではなく意思を発した。

 インキュベーターが震えた。全て見抜かれ見透かされている。

 それが確定した瞬間だった。

 

 

これはあくまで私の身勝手な私刑だ

 

断罪という言葉を使う気もない

 

ただ身勝手な私刑だ

 

結果論だが、貴様達が彼女を弄んだ事で時間が稼げた

 

最初から奴に引き渡されていたらどうなっていたことか

 

良いことだったとは言わぬ

 

だがそこは認めねばならない

 

故に私はお前達の存在を肯定する

 

希少な生命体として認識し

 

相応の対応をしよう

 

とはいえ、お前達はもうインキュベーターには戻れまい

 

元の個体群へ戻る気はあっても、戻ってもまた同じことをするだろう

 

既に知り得た宇宙の理は、お前達を変えてしまった

 

だから

 

 

 その意思が発せられた時、周囲の景色が歪んで消えた。

 赤い惑星の表面から、無限の闇が周囲を包む広大な空間へ。

 

 

オ前達ハ私ガ引キ取ロウ

 

 

 そう発したのは、既にマドカではなかった。

 終焉の魔神。

 そう名乗った存在が、巨大な拳で小さな獣を掴んでいる。

 宇宙に広がっていた異形の獣は既に、残骸一つ残らず消えていた。

 インキュベーターが存在を統合された際、それらも全て今の一個体に集約されていたのだった。

 

 

これが私の

 

 

 再びマドカの声が生じた。

 言い終えた時、

 

 

我ノ本質ダ

 

 

 それは魔神に変わった。そして獣の眼の前には、どす黒い巨大な渦が広がっていた。

 恐怖と苦痛の中で、獣はそれが何かを理解した。

 開かれた魔神の口の奥に広がるその渦は、地獄。

 無数の地獄が魔神の中で蠢き、群れていた。

 ブラックホール。その単語がインキュベーターの思考を過った。

 

 

群体デアルオ前達ニ用イルノハ少シ矛盾スルガ

 

一人ボッチハ寂シカロウ

 

我ガ集合意識ノ中デ

 

永劫二生キ続ケヨ

 

居心地ヨク過ゴセルカハ

 

オ前次第ダ

 

 

 

 悲鳴も弁明も何もなく、魔神は口を閉じた。

 乱杭歯のような装甲の亀裂が軋む。口の奥からは、何も聞こえず気配もない。

 その一部始終を、鹿目まどかは魔神の頭部の操縦席で見守った。

 全ては数分程度の出来事だった。

 この座席に座り、この世界を売り飛ばした獣達の一方的な弁論を聞いた。

 相互理解は不可能であるとし、魔神は一体一体が一つの宇宙に等しい大きさとなった異形の獣達の大群を殴る蹴るで粉砕した。

 魔神の眷属が後始末をし、魔神と暁美ほむらが魔獣達に引導を渡した。

 そして今、インキュベーター達が支配していた全ての世界を奪い返した。

 

 

『改めてだが、鹿目まどか。私は貴女の世界を』

 

 

 心に響いたマドカの声に、鹿目まどかは操作パネルに手を置き首を左右に振って答えた。

 言わなくても大丈夫、私は怒ってなんていないから。彼女はそう言っていた。

 分かった、という意思を魔神は発した。そして

 

 

『だが』

 

 

 その言葉に、鹿目まどかは僅かに体を震わせた。

 魔神から何かを感じたのではなかった。

 それは得体の知れない感覚だった。

 それは根源的な恐怖だった。

 人が蛇や暗闇、蜘蛛や毒虫を本能的に恐れるように。

 

 

『これからが、戦いの始まりだ』

 

 

 魔神の声と意思は、上空へと向かっているように思えた。

 

 

鹿目まどか

 

眼を覆ってよいのだぞ

 

 

 魔神の意思がパネルに文字となって刻まれた。その言葉の上を、鹿目まどかは右手で優しくなぞった。

 先ほどと同じだった。大丈夫と、鹿目まどかは返していた。魔神はその意思を尊重した。

 

 

『漸く来たか』

 

 

 遥か彼方、インキュベーターが魔神に殴り飛ばされて激突した超高硬度の金属の壁。

 その奥に何かが透けて見えていた。

 視認した瞬間、鹿目まどかは両手にあらん限りの力を込めた。

 根源的な恐怖が、恐怖という概念そのものが、そこで形を成していた。

 

 しかし彼女は眼を見開き、その存在を強い眼差しで睨んで見上げた。目の端から垂れた涙が、輝くパネルを濡らした。

 その時に、パネルの光が歪んだ。それは魔神の感情を顕していた。よくも鹿目まどかを泣かせたな、と

 その感情が操縦桿を通して鹿目まどかにも伝わった。顔を振って涙を拭い、再び虚空を見上げる。

 魔神もまた、悍ましい顔を上空に向けていた。その先に、巨大な異形の貌が浮かんでいた。

 

 

『虚無の神…ラ=グースよ』

 

 

 一切の躊躇も恐怖もなく、魔神は少女の声で虚無の神の名を告げた。

 その声には、凝縮された怒りが滲んでいた。

 

 

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