魔法少女☆鹿目まどか 円環最期のZERO秒間   作:凡庸

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第26話

 何やってんだこいつ、というのが暁美ほむらの率直な思いだった。

 鹿目まどかの眼と感覚を通じ、少し前から様子を伺っている。

 無限大の質量存在に周囲を十重二十重に、数にするのは無意味な数で取り囲まれているというのに、やっている事と言えば名前を呼ばれたいのに曖昧な名前で胡麻化しているという面倒くさい現状だった。

 少なくとも様子を見ている暁美ほむらはそう思った。

 そう思う事で恐怖に抗っていることは自覚していた。

 

 虚無の神、ラ=グース。

 その存在はあまりにも恐ろしすぎた。

 これまで数多の魔女や魔獣を見てきた。そのどれもが恐ろしかったが、この存在はそれら全てを超越している。

 比較対象に思い浮かぶ存在が何もなく、ただただ根源的な恐怖を己の内から引きずり出されていくのが感じられた。

 巨大な赤子の形をした顔の眼が、ほんの僅かに動いたように見えた。

 それは、鹿目まどかとその内にいる自分を見透かしているように思えた。実際、思えたのではなくそうなのだろうと感じられた。

 

 その中で、魔神だけは全く臆していなかった。

 

 

貴様、達

 

鹿目まどかの言葉を、邪魔、したな

 

 ただ、怒る原因はやはりというか鹿目まどかについてであった。

 これに関しては暁美ほむらは違和感を感じない。自分でも同じ理由で怒りに至るだろうと理解しているからだ。

 そして変貌が始まった。悪魔のような巨大な翼が、巨大な環の形へと変わった。

 ああ、と暁美ほむらは呻いた。

 円を描いた環。円環。

 真紅の円環を背負った、究極の破界神がそこにいた。

 

 

我が名は

 

ZERO

 

最終にして原初の魔神

 

 

 最終にして原初。その言葉が、今の暁美ほむらには極めて重々しく感じられた。

 しかしその一方で、完全にではないが認めてしまうところがある。

 この存在ならば、あの事象も引き起こせるのだろうと。

 原初という言葉が、心の中で反響していく。

 認めたくはないが認めざるを得ない。しかし認めたくはない。

 そういった思いが絡み合い、やがては一つの感情へと至った。

 名乗りを上げた魔神を見つめる鹿目まどか。その視線を受けることへの嫉妬心から。

 

 

『仰々しいわね。元に戻っただけでしょう。改まって』

 

 

 やるなんて演出過剰よ。英雄願望でもあるのかしら?と言う予定だった。

 言いながら、小物っぽいという自覚はあった。

 そして当然のように、カウンターを喰らう羽目になった。

 

 鹿目まどかの口を乗っ取って発した皮肉は、鹿目まどかの歯噛みと歯軋りで粉砕された。

 感覚を彼女の口に注いだため、歯と顎の軋みはチリチリとした痛み、というか痒みとなって暁美ほむらの全身を這い廻った。

 痛くは無いが、全身を軽く爪を立てて引っ掻かれるような感覚。

 鹿目まどかの心の中で暁美ほむらは変な声を上げながら転げ回った。

 無様に這いずれ、のたうち回れ。嘗て魔神が宿敵に告げた言葉が頭を過った。

 そう思ったとき、痒みは止んだ。鹿目まどかはまだ小動物のように口をもごもごさせている。

 全身の痒みはまだ続いている。それを認識しなくなったのは、別の事が気になったからだ。

 

 

「魔神…いえ、ZERO」

 

 

 魔神、ZEROの記憶の中の光景が暁美ほむらの思考の中に浮かぶ。

 偉大なる皇の名を持つ機体との極限の戦闘の果て、ZEROは不覚を取っていた。

 あれを敗北と捉えていいのかは分からないが、それが暁美ほむらの不安を煽った。

 

 

「あなたは…勝てるの?」

 

 

 外界の全てを覆うかのような虚無の神。状況的には先ほどのインキュベーターと近いが、こちらは紛い物ではなく本物である。

 降り注ぐ狂気と恐怖の度合いは、比較不能なほどに跳ね上がっている。

 そんな相手に、魔神は果たして…。

 

 

『勝てる』

 

 

 正面からの声がした。

 意識の中で周囲の形が作られてゆく。

 操縦席にいる鹿目まどかに暁美ほむらの意識体がおり、その正面にマドカがいた。

 口から変な声が漏れていないかが少し不安だった。

 

 

「人の心を覗き見とは良い趣味ね…と言いたいところだけど、そちらからしたら呼ばれたも同然ね」

 

『呼ばれたのに気付くために覗いてるというのは間違いではない。更に他者の領域に勝手に踏み込んでいる故、悪趣味と言われて差支えない』

 

「悪趣味…」

 

 

 暁美ほむらは「そう」と返したつもりだった。

 無難な返事は素直な気持ちに変換されていた。

 

 

「折角覚醒形態になれたのだから、素の自分で話したらどうなのかしら」

 

 

 もういい。素直に行こうと暁美ほむらは思った。先ほど認識した事象に対する精神的な負荷もある。

 取り繕ったら余計に疲れるだけだ。ならば素直に行こうと。

 

 

『参考程度に尋ねたいのだが、あの姿と会話されたいか?』

 

 

 マドカは実体の自分を指差す。暴虐、悪逆、大量虐殺の化身のような姿がそこにある。

 化身のようなと思いつつ、それらは事実であるしその何よりも邪悪に見える。

 

 

「嫌よ」

 

『私も嫌だ。可愛さの欠片も無い故に』

 

「可愛いという概念に夢中の様ね」

 

『私としてはそれは、宇宙の中で最も大切な概念の一つに思う』

 

 

 マドカは言い切った。確信に満ち満ちていた。

 この存在が言うのなら間違いではないのだろう。そこは一部とはいえ認めざるを得なかった。

 

 

『どいつもこいつも、他の存在に干渉し過ぎている』

 

 

 みしりという感覚を暁美ほむらは感じた。それはマドカから発せられていた。

 全てが軋むような感覚だった。マドカの泰然と下げられた両腕の先の手は拳の形を取っていた。

 緩やかな、丸い小石のような手であったが、そこに加わる力が尋常ではない。

 誇張なしに万物を崩壊させる力が込められているのだろうと彼女は思った。

 

 

『ありのままにあるべき世界に神様気取りで横から介入し、好き勝手に蹂躙する』

 

『まるで自分が、その世界の主人公であるとでもいうように』

 

『それは余りに傲慢で、身勝手極まりない』

 

『そんな者達が、あまりにも多すぎる』

 

『実に忌々しく腹立たしい』

 

 

 マドカは語る。怒りと呆れと、憎悪に満ちた声で。

 

 

『つまり私のようなものだな。ようなものではなく、そのものか』

 

 

 怒りはそのままに、口調は淡々としている。当然のことを当然の事象として語る口調だった。

 

 

『故に奴を見ていると、自分自身を見ているようで腹が立つ』

 

「それは嘗ての自分でしょう」

 

 

 魔神の言葉に暁美ほむらが割って入る。

 彼女としては、魔神の言葉は全て事実にしか思えなかった。

 ありのままの世界に横から介入して好き勝手に、という下りは正にその通りであると思った。

 その一方で、庇うような意見は口から自然と出た。

 ああそうか、と思った。

 自分も救われたいのだと、暁美ほむらは思った。理を引き裂き、世界を蹂躙した者であるが故に。

 僅かながら、この存在と自分を重ね合わせていたようだと。

 

 

『実感が湧かぬ。結局のところ私は何も成長していないのだろう』

 

「世界を生み出した時から?」

 

『あの光景を見られたか』

 

「ええ」

 

 

 魔神も暁美ほむらも、驚くほど淡々としていた。

 尤も前者は既に幾度も彼女らに記憶を見せていたので別段不思議な事とは思っておらず、暁美ほむらの場合は動揺を理性で糊塗していたからだが。

 

 

『余計な事と思うが言っておこう。私は確かに世界を生み出した。だがそれはいつか必ず起きた事だ。私はそれを早めたに過ぎない』

 

 

 その動揺が見抜かれた、と暁美ほむらは思った。

 全て見抜かれ見透かされる。いつだったかネットで、そんな画像を見た。その後に続く言葉は「悪魔だから」であったか。

 思わず笑ってしまう。悪魔は自分であり、相手は魔神であるからだ。

 

『生み出した、というのもそれが果たして正しいのかどうか。例えるなら私は火を付けたが、火を生み出したとは思っていない』

 

「洒落た例えね。でも分かりやすいわ」

 

『感謝する。だから貴女も私が創造した訳ではない。気味が悪い言い回しで、傲慢な言い方ですまないが』

 

 

 マドカの言葉に暁美ほむらは反応をどうすべきか迷った。結局、それについての言及を控えた。

 代わりに言葉を発することとした。何を言うべきか少し考える。

 気になっていたことを問うことにした。

 

 

「光の文字、使わないのね」

 

『少々面倒故』

 

「面倒?」

 

『あの状態だとカタカナを多用するであろう?変換が面倒なのだ』

 

「変換」

 

 

 確かに面倒そうだと思った。イメージ的にはパソコンやスマホの入力である。

 確かにカタカナへの変換は候補が他にも多数上がると面倒だった。

 そのあたりは上手くやれないのかと思ったが、本質が機械なので融通が利かないのだろう。

 暁美ほむらはそう納得し、この存在を少しだけ哀れに思った。

 

 

『ついでに文字を太くしたり、中央揃えを用いたりで手間がかかる。例えば小説投稿サイトに文章を投稿する際、演出の為に細部に一々手を加えるような煩わしさがある』

 

 

 鹿目まどかの声で早口で続けるZERO。自分の仕様によほど不満があるらしい。

 とすると声を発してコンタクトが取れる現状は、魔神にとって気楽な状況なのかもしれない。

 例えが奇妙だが、そのくらいに厄介な仕様なのだろう。台詞が多いと大変そうだった。

 

 

「その姿、気に入ってるのね」

 

 

 皮肉ではなく、共感に近い感情で暁美ほむらはそう言った。

 

 

『肯定するが、申し訳なさも多分にある』

 

 

 自覚してたのね、と彼女は思った。

 

 

『だが、こればかりは仕方ない』

 

 

 暁美ほむらは目を細めた。珍しい、と思ったのだ。

 この存在が言い訳じみた事を言うなど。

 

 

「まどかの姿を執ることに、何か意味があるのね」

 

『ある。この姿でなければ、それは果たせない』

 

 

 それは何?

 と暁美ほむらは尋ねた。

 魔神は語り始めた。この姿の理由と、この先で為すべきことを。

 

 

「…それで、いいのね。本当に」

 

『私の本望だ。貴女が先程私に言ったように、文字通りに使い潰されよう』

 

「それは」

 

 

 マドカは皮肉でも何でもなく、ただ事実を述べていた。

 暁美ほむらは困惑していた。先程彼女は、この世界の為に使い潰されろと告げていた。

 それはあの時の本心であり、あの時はこの存在を最低最悪の腐れ外道、それさえも超越した何かだと思っていた。

 だが今はその心境も変化していた。危険な存在で残忍な一面はあるが、もう嘗ての見境なく万物を滅ぼす災厄ではない。

 あの時はこんな気分になるなど思いもしなかった。まさか、後悔を覚えるなど。

 

 

『元からそのつもりだった。気に病むことはない』

 

 

 マドカは告げる。

 

 

『言葉を引用するなど、厭味であったな。申し訳ない』

 

「そういう処よ」

 

 

 反射的に余計な一言が出てしまう。

 高次元存在化して、更にこの存在を相手にしてもこれでは一生直らないのではあるまいか、と暁美ほむらは思った。

 正真正銘の、遍く世界の創造神を相手にしてこれなのだから。

 

 

『故に恐縮だが、その時が来たら』

 

「分かったわ」

 

 

 言い切る前に暁美ほむらは言った。

 そうしなければ、心変わりしかねない。そう考えたからだった。

 

 

「あなたの願いを叶えてあげる」

 

 

 暁美ほむらの言葉に、魔神は

 

 

『ありがとう。暁美ほむら』

 

 

 と返した。

 機械のような無表情さは変わらないが、それでも安堵の感情が見えた。

 それが、次の瞬間には一変していた。表情は変わらない。

 ただ、冷酷で残忍な雰囲気が滲み出ていた。

 

 

『ではその為に、まずは奴らを片付けよう』

 

 

 マドカは、ZEROはそれを見上げた。星空を眺めるかのような気楽さであった。

 暁美ほむらは、覚悟を決めてから上を見た。そこには煌めく星々など一つもない。

 巨大に過ぎる異形の赤子。

 虚無の神、ラ=グースが大軍勢となって迫り来る様子が見えた。

 それは世界の終りのような、いや、世界の終わりが虚無という存在となって降り注いでくる光景だった。

 

 

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