魔法少女☆鹿目まどか 円環最期のZERO秒間   作:凡庸

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第27話

『よし』

 

 

 自室の中で、輝く光の少女―愛生まばゆは叫んだ。溌溂とした声だった。

 

 

『出来ました!』

 

 

 立ち上がり、右手を高々と掲げるまばゆ。

 その手には一本のビデオテープがあった。

 それを見つめるまばゆの眼には眩い希望の眼差しがあった。

 発せられた声も、それが会心の出来と疑わない自信に満ち満ちている。

 

 

―――あの、愛生まばゆさん

 

 

 そんなまばゆへと女神、ミネルバXは声を掛けた。

 すらりと伸びた肢体で立ち、両手の上にはお盆が置かれていた。

 その上には湯気を立てる湯呑が二つと、皿の上に盛られた菓子パンの山があった。

 中央が少しくぼんだ形状からして恐らくはアンパンだろう。

 

 

『なんですか!女神様!』

 

 

 元気いっぱいのまばゆ、対してミネルバは少し怯んだようだった。

 伝えようと思い描いていた言葉を、実行すべきかを再演算する。瞬時に結論が出た。

 

 

―――いいえ、何でもありません。休憩といたしましょう

 

『良いですね!休みましょう!ちょうどアンパン食べたくて仕方なかったですし!』

 

 

 テンションが高いまばゆであった。よほど、自分の作品に自信があるらしい。

 ミネルバはお盆を炬燵の上に置き、配膳を始めた。

 

 

………本当に、いいのかしら

 

 

 その疑問は口から出ることはなく、内心に留めるだけに終わった。

 まばゆは焼きたてのアンパンを頬張り、熱いお茶を啜っている。

 ミネルバは噛み千切られるアンパンをじっと見ていた。

 そして緩やかに微笑んだ。間接的とはいえ、この茶菓子に敗北を喫した存在を思い出して内心で愚弄したのだろう。

 しかしそれでも、心配の感情がじわりと滲む。

 美しい顔が視線を落とした時には既に、まばゆ曰くの『傑作』は姿を消していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『鹿目まどか。準備が出来た』

 

 

 異形が迫る中、ZEROが鹿目まどかに語り掛けた。

 それだけで狂いそうな恐怖が希薄化し、代わりに別の感情が心に広がる。

 それが何か分かる前に、鹿目まどかの視界に眩い光が広がり、認識している世界が変わっていく。

 一瞬の瞬きをした後には、全ての状況が一変していた。

 

 無数の座席が並ぶ場所に、鹿目まどかは座っていた。

 視線の際には巨大なスクリーンが広がっている。巨大な劇場のちょうど真ん中に、鹿目まどかは座っていた。

 鹿目まどかの他には観客はいなかった。正確には、鹿目まどかの姿をした者の他には、ということで。

 

 

『鹿目まどか、こちらの不備で申し訳ない』

 

 

 左隣に座るマドカでありZEROである存在は謝罪した。

 

 

『私にいきなり「乗れ」というのはどうかしていたな。強引に過ぎた』

 

 

 マドカの嘆きの声が続く。

 

 

『愛生まばゆにも苦労を掛けてしまった。どうにも私は段取りが悪い』

 

 

 左手で顔を覆うマドカ。鹿目まどかはその右肩をぽんぽんと叩いた。

 ありがとうとマドカは言った。

 

 

『貴女さえよければすぐにでも上映を開始するが、準備はお済みか?』

 

 

 マドカの問いに鹿目まどかは少し迷った。迷って席を立った。

 そして再び座った。

 

 

『鹿目まどか』

 

 

 その声を鹿目まどかは耳元で聞いた。

 

 

『私はZEROだ。座席ではない』

 

 

 鹿目まどかはマドカの上にいた。座席に座るマドカの両膝を席と見立てて座っている。

 

 

『鹿目まどか。最初に伝えておくが私には性欲の概念はない』

 

 

 マドカは表情を変えずに淡々と言った。

 

 

『だが、この接触はあまりにも距離が近すぎる。貴女はそれで良いのか?』

 

 

 鹿目まどかはこくりという頷きで返した。

 表情は伺えないが、鹿目まどかの体温の上昇をマドカは感じた。

 

 

『白状する。この身体はかつて兜甲児を取り込むのに使っていた触手の変形だ。あのおぞましさは貴女も見たであろう?』

 

 

 言葉を続けるマドカ。鹿目まどかは動かない。

 

 

『私はそれを今の今まで貴女に黙っていた。これは貴女の信頼への重篤な裏切りだ。こんな危険なものに触れるべきではない』

 

 

 言い終えたマドカへの返事は、手摺に置かれているマドカの手に重ねられた同じ形の手で示された。

 それは拒絶ではなく、受諾の意思。

 無表情のマドカの顔に、何かとしか言いようのない何かが這って行った。

 

 

『不遜極まりない言い方だが、私を異性として意識しているのならそれも間違いだ。私の性自認はと問われれば何方でもない、とするのだが気分的には女性人格に近い、と思っている』

 

 

 衝撃的な魔神のカミングアウトであった。それに対し、鹿目まどかの反応はこくこくという可愛らしい頷きだった。

 解釈が一致した、ということだろう。

 この時、マドカの首が少し後ろに動いた。物理的にも心理的にも、『引いた』という状況だろう。

 

 

『分かった。私の負けだ』

 

 

 魔神を知るものがいたら、この発言に耳を疑うだろう。

 それはある意味、世界の法則が崩壊した瞬間だった。

 その途端、鹿目まどかは一気にマドカへと身体を密着させた。背中を押し付け、猫のように体を伸ばす。

 性的なアプローチではない。例えるならベッドに潜り込むかのような、大きなぬいぐるみに抱かれるような、または幼子が年上に身を寄せるような。

 相手の性能や存在を信頼して安心して自分を預けるといった、親愛による接触の高密度化だった。

 そうしてから、鹿目まどかは少しすまなそうな顔をした。顔のすぐ後ろにいるもう一人の自分に非ずの存在へと横顔を見せた。

 それだけで意思は伝わった。

 

 

『心配無用、貴女は重くなどない。ただ』

 

 

 ただ?と表情で聞いた。

 

 

『貴女が、温かい』

 

 

 マドカは率直に言った。鹿目まどかは震えた。身悶えていた。

 

 

『恥ずかしい、と』

 

 

 震えを言葉として受け取った。マドカは首を傾げた。

 

 

『蒸し返すようですまないが、この現状自体は大丈夫なのか?』

 

 

 その言葉への回答は、重ねられた同じ形の手の握りだった。

 片方には血の通った人の体温が、もう一つは相手の体温を下げない程度の冷ややかさが通っていた。

 

 

『む…』

 

 

 熱と手の動きで魔神は意図を察した。

 

 

『確かに、元々私に座っていた訳であるからな。成程。前も今も私は座席であり現状は何も変わらない、か。その切り返しは実に鋭い。私の予測を超えている』

 

 

 宇宙の真理を見たかのようなZEROの言葉であった。

 本人が宇宙そのもので真理自体であることなど、本人はどうでもいいらしい。

 今のZEROにとっては鹿目まどかが全てなのだろう。

 

 

『やはり貴女は素晴らしい』

 

 

 無表情且つ淡々とした声色の、感嘆に満ちた言葉だった。

 完璧な造形物を機械がそう評したかのような味気無さ故に、掛け値なしの絶賛と分かる声。

 そこに打算は無く、ただ敬愛がある。痙攣のような悶えが鹿目まどかの体表で波打つ。

 鹿目まどかが顔を抑えていると、劇場の照明が落ち始めた。

 

 

『この作品は、愛生まばゆが手掛けたものだ』

 

 

 声ではなく思念でマドカは言った。劇場ではお静かに、ということだろう。

 

 

『彼女に可能性の光の幾つかを見せ、資料も渡した。その中で彼女は世界の様子を編集し、自らの魔法で映像化した』

 

 

 視線の先では、緑の光で出来た文字が並ぶ。

 作業一覧と役職、それらの大半は「愛生まばゆ」と書かれていた。

 そして残りは「ミネルバX」の名が入っている。

 鹿目まどかは期待に目を輝かせた。が、その煌めきに陰りが差した。

 マドカも、ZEROもそれに気が付いた。

 

 

『ん、ラ=グースについてだろうか?あんな奴のことなど気にしなくてよい。今は愛生まばゆの編集した映像を期待されよ』

 

 

 吐き捨てる様にZEROは言う。あまりに普通に、流れる様に愚弄していたので鹿目まどかはきょとんとした。

 名前に含まれている根源的な恐怖すら、誘発する暇を与えなかった。

 

 

『話を遡るのだが、いきなり「乗れ」というのは理不尽に過ぎた。しかし残念ながら貴女には私の操り方を学んでもらう必要がある』

 

 

 鹿目まどかはマドカの声から悲痛なものを感じ取った。自らの無力感に苛まれている、彼女はそう感じた。

 

 

『なので、彼方の世界の様子を映像化してもらったのだ。人に操られる者達の物語を。その選別は彼女に一任しているが、きっと素晴らしいものになっているだろう』

 

 

 マドカは確信を込めて言った。

 

 

『私がもっと強ければ、貴女に負担を強いることも』

 

 

 言葉を遮るように、鹿目まどかは手を強く握った。

 マドカは黙った。

 そして、映像が始まった。

 

 

…ん?

 

 

 開始して早々、魔神は意思を発した。それは表には出ず、自らの内だけで生じていた。

 展開された映像に、思い当たる節があったのである。

 

 

これは…

 

 

 緑の、曖昧模糊とした映像がスクリーンに流れる。

 そこには、暴虐を振るう巨大な人型の姿があった。

 巨大な戦艦を投げ飛ばし、戦闘ヘリと思しき兵器を蹴り砕き、戦車を叩き潰している様が見えた。

 それはまるで侵略者、または暴れ狂う怪獣のように見えた。人型の肩からは異様な装甲が生え、顔に象嵌された眼らしきものは四つもある。

 四つ目の悪魔。鹿目まどかはそう思った。

 あらゆる攻撃をものともせず、その悪魔は暴れに暴れた。何物もそれを止めることは出来ず、巨体が動くたびに数多の命が散らされている様子が見て取れた。

 鹿目まどかは、それを悲痛な眼差しで見つめていた。

 だれか、だれかこの悪魔を止めて。優しき少女はそう願った。

 

 そして、その願いは叶えられた。

 暴虐を振るう悪鬼の如き人型の前に、敢然と立ち塞がる影があった。

 それは、空の彼方から現れた。

 

 

「てん……し……さま?」

 

 

 天使様。動かぬ喉で、震える声で鹿目まどかはそう言った。

 それは緑色の光で構成されていても、なおそう認識できるほどに、美しい純白の巨大な翼を背負っていた。

 大空の彼方から飛来し、着地すると同時に大翼は背中へするりと格納された。

 魔法の世界に身を置いていた彼女であっても、それは魔法や奇跡のような光景だった。

 大地に立つ姿は、長い胴体に細長い手足を持った人型だった。

 一流のモデルの様な、ある種人体の理想像とでも言うべき美しい姿。鹿目まどかはそう感じた。

 そして、その頭部の形は。

 

 

「!」

 

 

 それを認識した時、鹿目まどかは衝撃を受けていた。

 

 

ああ…

 

 

 という魔神の意思が魔神の内で流れた。それは、嘆きであった。

 鹿目まどかはきっと、その形状を認識した時に心を痛めると思ったのだろう。

 

 

「ど…らご……ん……?」

 

 

!?!?!?

 

 

 震える声でそう呟いた鹿目まどか。声には感動が滲んでいた。魔神の予測はまたも覆ることとなった。

 魔物の王。竜、ドラゴン。鹿目まどかにはその天使の姿に、その魔物が示す力と勇気の意匠を感じていた。

 対する魔神、ZEROの内部では驚愕が吹き荒れていた。

 

 

ナゼ、ソウナル!!!?

 

 

 声にも意思にも出さず、ただ内心で疑問の咆哮を上げるZEROであった。

 鹿目まどかにそう問わないのは、彼女の感想を尊重しているからである。

 

 この時、マドカは完全な無表情に陥っていた。色々とバグっていたのだった。

 何故これが選ばれたのかという疑問、それはそうと鹿目まどかが楽しそうで何より。

 鹿目まどかの特異なセンスは天才だという絶賛。兎にも角にも鹿目まどかが可愛いという情緒破壊。

 つまりは、少なくともこの世界に来てからのいつものZEROだった。

 何だかんだでこの状況を楽しんでいるらしい。ミネルバXがここにいたら、確実に殴っているだろう。

 

 そんな魔神の様子など露も知らぬ様子で、鹿目まどか曰くの『天使様』は身に携えた武器を構えた。

 それは身の丈に匹敵、いや凌駕するほどの両刃の大剣だった。

 中央に設置された柄を握り、泰然と構えている。

 物語に出てくる竜の戦士、または龍騎士の様だと鹿目まどかは思った。

 彼女の思いが届いたかのように、天使であり龍騎士であるその存在は、四つ目の悪魔へと敢然と戦いを挑んでいった。

 

 

 

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