魔法少女☆鹿目まどか 円環最期のZERO秒間   作:凡庸

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第28話

 一つの物語が終わり、劇場に光が戻る。

 闇が光に変わる少し前に、少女の姿を執った魔神は口を開いた。

 

 

『鹿目まどか。貴女は』

 

 

 無感情の中に悲痛な響きがあった。

 

 

『貴女は、あの者達の為に泣いているのか』

 

 

 鹿目まどかは両手で顔を覆っていた。

 細い手の隙間からは涙が零れ、彼女のスカートを濡らしていた。

 マドカは鹿目まどかを膝の上に乗せたまま、その様子を見ていた。

 見ることしかできなかった。

 

 鹿目まどかは観たものを思い出していた。

 愛生まばゆが編集した、別の世界の記憶。曖昧模糊としたモザイクのような光景だったが、それでも彼女にはそれが何か認識できた。

 四つ目の悪魔に敢然と挑んだ、天使の羽根を持つ竜騎士の闘いの記録。

 縦横無尽に暴れ回る悪魔に対して、龍騎士の動きはお世辞にも軽快ではなかった。

 携えた大剣は強力であったのだろうが、それが炸裂する前に挙動を叩き潰されていた。

 

 初手で顔面を破壊され、挙句に掲げ上げられて胴体を捩じ切られた。

 水中に押し倒され、顔面に刃物らしきものを突き立てられる。

 腕を切られ、首を折られ、挙句の果てに得物を奪われて逆に両断される。

 無様と言っていい有様だった。

 それでも、その存在は戦い続けた。強力な再生能力を持っているのだろうと思った。

 何度砕かれても蘇り、戦い続けているのだと思った。

 

 鹿目まどかはそれを見た。

 見続けた先で、物語は終わりを迎えた。

 劇終の場面は、飛来した槍が悪魔の頭部を貫いた瞬間だった。

 その槍は、投擲された大剣が形を変えたものだった。

 天使の羽根の龍騎士は、遂に悪魔に打ち勝った。

 そう確信出来た終わり方だった。

 

 鹿目まどかは顔を抑えて泣いていた。

 ZEROは、マドカもまた顔を抑えていた。これからどうすべきかを考えているのだろう。

 二秒程度で結論が出た。

 

 

『鹿目まどか、何故泣くのだ?』

 

 

 マドカの問いに鹿目まどかは頷きで応えた。

 

 

『無惨な様が悲しいと思った。だがここまで泣く理由が、自分でも分からない…か』

 

 

 鹿目まどかは頷いた。頷き一つで意思の疎通が出来るのは鹿目まどかの伝達力の高さか、魔神の異形の認知能力の為か。

 どちらにせよ、仲がいい事だけは確かだろう。

 

 

『ならば、本人に遭わせよう』

 

 

 そう言われた途端、鹿目まどかは顔を上げた。泣き腫らした顔の先に、自分と同じ形の右手が見えた。

 親指に添えられた人差し指に中指が重なっている。精密機械が作動したかのように、中指が美しい動きでスライドした。

 子気味の良い指鳴りが鳴った。途端、周囲の景色が変わった。

 座席に、正確にはマドカに座っている現状は変わらず、周囲が一面の黒に変わった。

 黒に覆われた中で、巨大な光が降り注いだ。

 その姿に、鹿目まどかは大きく目を見開いた。

 

 

『この者達とは縁がある故、多忙でなければ来てくれるのだ』

 

 

 天使のような巨大な翼、人間に酷似した肢体、手に携えるは身の丈よりも長大な大剣。

 そして鹿目まどか曰くのドラゴンに似た頭部。

 先ほど見た物語の存在そのものだった。天使であり龍騎士。鹿目まどかはそう思っていた。

 闇の中で浮かぶ巨体の大きさは、四十メートルほどもあるだろうか。

 二人が座る座席は宙に浮いており、その存在は翼を展開し頭部を両者の近くに寄せていた。

 

 

『ただ…』

 

 

 魔神はそこで言葉を閉ざした。思考の中で消した言葉は「この者は貴女が思う存在ではない」であった。

 それを判断するのは自分ではない、そう判断したのだろう。

 

 

『本人から聞くといい。戦いの理由と正体を』

 

 

 マドカはそう告げ、巨体に向けて頷いた。

 天使は頭を垂れた。緩く湾曲した頭部の端が、鹿目まどかの手の届く距離にあった。

 鹿目まどかはゆっくりと手を伸ばした。おずおずとしていたが、恐怖している様子はない。

 まるで道端で出逢った猫にでも触れるかのような手付きである。

 対してマドカはと言えば、鹿目まどかに気取られぬように両目で天使を凝視していた。

 何かあれば、一瞬の間もなく消滅させる気なのだろう。

 

 魔神、ZEROからの気配を察したか、天使は怯えたように見えた。

 眼も鼻もなく常に歯を剥き出しにしているような異形の口元に、痙攣のような震えが奔る。

 鹿目まどかの手が触れたのは、その時だった。天使の震えは止まった。

 この少女がどういった存在なのかを察したように。

 光のモザイクのような形だが、繊手が触れた先で感じたのは滑らかな鉄の質感と鋼の冷たさだった。

 

 鹿目まどかもまた、この存在が何かを知った。

 十三番目という数字。

 人工的に生み出された血と肉と機械の天使。

 人類の救済のために生み出され、そしてその儀式を為した者達。

 自意識は無く本能と命令に従う存在であること。

 そして、最悪としか思えない所業をしてしまったこと。

 それら全てが、触れ合った手の先から伝わってきた。

 認識に要した時間は一瞬だった。鹿目まどかはゆっくりと手を離した。

 

 

『鹿目まどか』

 

 

 魔神が呼びかける。声には形容しがたい感情が浮かんでいる。

 

 

『それが貴女の心か』

 

 

 それは驚愕と、理解不能による困惑だった。

 鹿目まどかの顔には涙があった。マドカはそこに他者への共感と、無意識からの慈悲を感じた。

 他者に対して上位に立ちたい訳ではない。虚栄心を満たしたいのでもない。

 ただ率直に、心の赴くままに彼女はこの存在への悲しみを覚え、態度として示していた。

 勝手な理由で生み出され、思考を奪われて殺戮兵器に仕立て上げられて怪物として扱われている存在に、鹿目まどかは深い悲しみを感じていた。

 対する天使は、その様子に怯んでいるようにも見えた。

 本能の中に僅かだけある理性が、鹿目まどかからの慈悲の心を感じ取っているのだろうか。

 そこに反応したのであれば、ほんの少し、僅かでも、エラー程度の誤差であっても確かに存在するのだろう。

 罪悪感というものが。

 そして怯むという点では、もう一体の存在もまた同様だった。

 

 

『私は初めて見た。この者達を憐れむ者を』

 

 

 その言葉は、魔神をしてもこの存在を怪物と見做していたとする証明だった。

 

 

『怪物、ではあるのだろう。それは私も同じだが』

 

 

 魔神は目を細めた。

 

 

『呼び出したとはいえ、この者は自分自身の姿で貴女と向き合い自分の全てを伝えた。その点を思えば、私よりも遥かに上等であるな』

 

 

 淡々と告げたその物言いは、嘆きのようにも感じられる。

 嘆きであり、賛美であった。

 鹿目まどかは手を戻し、マドカの手へと重ねた。そして問うた。この者の名を。

 

 

『「福音の者(evangelion)」』

 

 

 マドカは言った。福音という言葉を鹿目まどかは心の中で繰り返した。

 福音とは、良き知らせ。ああ、と鹿目まどかは思った。

 操られていて、それしか行動できず、世界を壊してしまっていても、この存在は救済を齎すものとして生まれたのだと鹿目まどかは思った。

 やり方と道は違っていても、自分と近いものを感じられずにはいられなかった。きっと誰もがそれは違うと言うだろうし、自分としても全てが重なっているとは思わない。

 でも、近いところがある。鹿目まどかはそう思った。

 だからこの存在の運命を悲しんだのだろうとも。恐らくは、自分自身も救われたいがために。

 

 そう思っていると、天使であり龍騎士であり、そして福音を齎す者は翼を翻して大きく身を引いた。

 十分に距離を取った時、その形に変化があった。

 胸の装甲版と肉が観音開きに抉れ、その内側の球体を晒した。その形状に、鹿目まどかは自分達の魂の結晶を重ね合わせた印象を抱いた。

 同時に大剣の形が変化した。両刃の分厚い形が、まるでリボンで形成されていたかのように解れ、二又の長大な槍へと変化した。

 禍々しく、そして神々しい形の槍だった。

 天使はそれを握るや、自らの胸の球体へと突き立てた。物語の騎士が魔を滅するかのように。

 

 

『案ずるな』

 

 

 鹿目まどかが悲鳴を上げる前に、魔神は言葉を発した。

 

 

『これはあの者の別れの挨拶のようなものだ』

 

 

 槍を両手で握り、一気に自らを刺し貫いた。その時、天使は輪郭を崩壊させた。

 自らを光に変え、黒で覆われた世界を光に満ちた場所に変えていく。

 砕け散る刹那に、鹿目まどかが龍と評した頭部の口が緩い弧を描いた。

 嘲弄のような形だが、そのようにしか動かないのだろう。

 異形の形であったが、それは微笑みだった。鹿目まどかはそう思った。

 

 

『そして確かに、あの者は福音だ』

 

 

 光が広がる。それは闇の中で幾つもの光景を形作った。

 闇をスクリーンとして描かれたのは、複数の世界の光景だった。

 

 

『貴女に今何が必要か、触れた時に感じたのだろう。流石は精神の同調で動く存在なだけはある』

 

 

 そこには、戦う者達が映っていた。巨大な存在に乗り込み、それを第二の自分として操り戦う者達。

 鹿目まどかが今置かれている状況に先立ち、運命に従い、または抗っている者達の姿が映っていた。

 例によって曖昧模糊とした姿だったが、それでも大まかな特徴とそれらが内包する力が見えた。

 

 力強さを体現したかのように腕を組んで立つ、刺々しい頭部の鋼の巨人。まるで山のような大きさだと、鹿目まどかは思った。

 紅蓮の髪を靡かせ、無数の眷属を従えて腕を組み立つ、人に酷似した形の存在。

 その存在を肩に乗せて立つ、外套と思しきものを纏った巨体。後頭部から歪曲した角を生やしたその姿は、まるで鬼にも見えた。

 そして最後に、しなやかな手足を備え、手に手斧を携えた存在が見えた。

 

 それら全てが、己の力を思うままに振るっていた。 

 鹿目まどかはその様子を見た。それを見て、自らの内へと取り込んでいく。

 流れる映像はやがて、自らを刺し貫いた天使のように輪郭を喪い、眩い光となって弾けた。

 その時に、鹿目まどかは複数の声を聞いたような気がした。

 

 

頑張って

 

 

 それらの声は音ではなく、想い、または祈りとなって彼女に届いた。

 女性、それも少女の声だと鹿目まどかは思った。歳も恐らく、自分とさほど離れていない。

 それは鹿目まどかに勇気を与えた。

 鹿目まどかは頷いた。そして魔神の手を握って意思を伝えた。 

 

 

『「分からないけど」「分かった」か』

 

 

 受け取った意思を言葉に変えた。

 消えゆく光の残滓の一つに、鹿目まどかと魔神は視線を送った。

 手斧を携えた光の存在が、両者を見ていた。顔を覆う装甲が変形して上昇し、鍬形を思わせる頭角へと形を変える。 

 そうして開いた貌には、人間の様な一対の眼があった。それは鹿目まどかと魔神を見ていた。

 その一瞥の後、その存在も消えた。周囲の空間もまた、役目を終えて消えてゆく。

 

 

『あの者は、最後にこう言っていた』

 

 

 視線から届いた意思を、魔神は鹿目まどかへと伝えていく。

 

 

『「宇宙の彼方へ飛び出して行け」「眼の前の全てを、プラズマのようにぶち抜いてしまえ」とのことだ』

 

 

 鹿目まどかは頷いた。暴力的な言い回しに少しだけ笑ってしまった。

 勝手な考えで失礼かもしれないが、あの手斧を持った存在を操る者はきっと、可愛らしい猛獣みたいな人かもしれない。

 何故かそんなイメージが浮かび、きっとそうだろうと思った。

 そして夢想の世界は終わりを告げ、世界は現実へと変わっていった。

 

 

 

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