「………」
何が起きた。そして今何が起こっている。
暁美ほむらはそう思っていた。ここ最近そんな事ばかりだが、今回もまたそうだった。
状況を整理しようと暁美ほむらは脳を働かせた。
まずここは闇に覆われた広大な部屋の中だと感じた。
天井の高さは二百メートル以上はある。横幅に至ってはキロ単位。
ある程度の間隔で巨大な柱が聳え立っている。建築には詳しくないが、ギリシャ風の趣が感じられた。
その光景が一望できる場所に、暁美ほむらは立っていた。
大理石のように滑らかな地面には、複雑な紋様が描かれていた。
科学か魔術か、その奇怪な紋章は生物が鼓動を刻むように光の明滅を繰り返している。
その紋様は見覚えがあった。
愛生まばゆの部屋で突如として振動し始めた大剣の柄を電話に見立てて取り、そこから声が聞こえてしばらく経ったと思ったらここにいた。
その際、地面がこの形に輝いていたように思えた。
一呼吸ついて改めて周囲を見渡す。
そして理解した。今いる場所は巨大な台座であり、そして玉座であると。
何故なら彼女の眼下には、支配される者達が平伏し並んでいたからである。
並ぶ者達は、小山のように高々とした玉座から見下ろしていてもなお、巨大だった。
人間、猛獣、昆虫、悪霊、魚類、爬虫類、鳥類。
それぞれの意匠をもった造形の者達が並んでいる。それを見た時、暁美ほむらは思わず吐き気を覚えた。
それらがどんな連中なのか、少し前に思い知っていた。
『悪魔様』
その内の一体、殊更に巨大な個体が声を発した。
地獄の底から響いてくる暴風のような、暗黒から這い出てきた魔物が上げる叫びのような、それでいて落ち着き払った武人のような声だった。
それは先ほど、大剣の柄から聞こえてきた声だった。
『我らの召喚の儀式に応えていただき、誠に感謝いたします』
恐ろしい声で、忠誠の姿勢を取った態度で巨大な鋼の武人は丁寧な言葉を告げた。
その姿は光の塊で出来ていた。その形は明確と曖昧の狭間で揺れていたが、彼女には見覚えがあった。
「暗黒大将軍」
ほぼ反射的に、暁美ほむらは呟いた。
あまりにもド直球、そしてその存在をこの上なく明確に示した名前であった。
暗黒の世界から生まれ出でた異形の軍隊を統べる大将軍。これ以上に適した名前があるだろうか。
「………」
暁美ほむらは無言だった。何を言えばいいのかと思い、再び状況の整理を始めた。
暗黒大将軍の背後で同様に平伏する七大将軍。
その各々が広げた掌の上には、暁美ほむらが放った弾丸の薬莢や手榴弾の破片があった。
それで察しがついた。
この連中は魔神の記憶の中で、主を召喚するための儀式を行っていた。
その際は差異次元と縁のある遺物を用いていた。それを自分にも応用したのだろうと。
ただ正直、後の展開を鑑みると微妙に齟齬が生じていたり、そもそも儀式の最中に本拠地ごと粉砕されたりと散々な有様が描かれていた。
それが少し哀れに思ったのか、暁美ほむらは応じてみることにした。
「実物じゃないけれど、助かったわ。ありがとう」
『お役に立てて光栄です。悪魔様』
大剣の柄を掲げ、暁美ほむらは言った。今になって気付いたが、この柄の形は大将軍の角をモチーフにしていた。
正直気味が悪いが、捻じれた形状が妙に手に馴染むので便利だった。
そういえばこれは魔神が眼鏡時代の自分の姿に化け、それが更に化けて砕けて残った破片である。
全てが度し難いが、既にこれは魔神ではないらしい。
魔力を通せば大剣として再生するのが便利で使っており、まばゆの力を借りれば異界の援軍を召喚できる。
属性が山盛りに過ぎる便利武器だった。まるで出来の悪い二次創作に出てくるような存在だと、暁美ほむらは思った。
「ところでその、悪魔様というのは」
『悪魔様のご友人様が先程訪れまして』
暁美ほむらの美しい顔の額に、僅かな亀裂が入った。
年上の相棒が何か余計なことをしたらしい、と。
『こちらを置いていかれたのです』
大将軍は手を伸ばした。装甲で覆われた太い五指の生えた広い掌の上には、幾つものビデオカセットがあった。
背のラベルには『暁美さんの歴史』と書かれている。歴史の後には巻数を示す数字があった。
数字は十二まで続き、その後には『始まり』『永遠』、そして『叛逆』と書かれたカセットがあった。
暗黒大将軍の手の上には、十五巻のビデオカセットがあった。
暁美ほむらは何度目になるか分からない、わけわかな状況に陥った。
魔女化から解放された存在に成っていて、本当に良かったと思っている。
「…観たの?」
聞きたいことは他にもあるが、とりあえずそれを尋ねた。
暗黒大将軍、そして背後の者達も頷いた。巨大質量が一斉に動くだけで、それが僅かな挙動であっても広大な室内の空気を震わす風が流れた。
『はい。再生機器を用意するのに少々手間取りましたが、悪魔様とその御友人方の御活躍を拝見させて頂きました』
ああ、と暁美ほむらは喉の奥で嘆いた。
そして先ほどから「悪魔様」と呼ばれる理由もこれで完全に分かった。恐らく『叛逆』とされた記録を読んだからだろうと。
「それはここにいない者達も含めて?」
何を聞いているんだと思ったが、その言葉は口から勝手に出た。
魔神相手に舐めた口を訊いたことによる怖いもの知らずさ、というか感覚の麻痺がここでも出たようだった。
『左様です。今は労働時間外なのでコールドスリープさせております。また一部の者共は鑑賞のマナーが悪く処刑いたしました』
「処刑…」
物騒な単語が出たことに暁美ほむらは動揺した。だがこの連中らしいと思った。
記録で見た限り、この連中、ミケーネの戦闘獣軍団に慈悲の心は感じられなかった。
ただただ邪悪な存在、しかも猟奇殺人鬼じみた連中だと感じられたからだ。
今こうやって会話出来ているのも悪い冗談にしか思えない。
「因みに何をしたのかしら?」
『悪魔様や魔法少女の方々の苦悩を指差して嘲弄したり等、大声で騒ぎ始めたので重大なマナー違反及び軍規違反とし粛正しました。バルバリという類人猿型の戦闘獣です。首を撥ねてから踏み潰しました』
「…そう。厳しいのね」
恐れ入ります、と暗黒大将軍は返した。聞きながら暁美ほむらは発言を脳内で繰り返す。
粛清の理由は要は煩かったから、ということになる。嘲弄は別にいいのだろうかと思った。
そう意味を捉えると不愉快さが感じられたが、それはお相子にしておこうと思った。
自分も魔神の記憶を最悪の映像と思って見ていたが、一方で娯楽としても認識していた一面もある。
戦闘獣達が勇者の竜巻で巻き上げられ、雷撃で砕かれていく様は爽快だった。
それに自分はこの連中を嘲笑できるほど良き存在ではない。暁美ほむらはそう思った。
ついでにその戦闘獣は思い返しても吐き気を催す残虐行為を嬉々として行っていた。
ざまぁみろと思わずにはいられなかった。
『私も悪魔様の御活躍には年甲斐もなく胸を躍らせてしまいました』
暗黒大将軍の言葉に暁美ほむらは「そう」と髪を掻き上げながら返した。
平伏する者達が動揺した気配を感じた。確かにこの動作は割とよくしていた気がする。
この連中はそれを生で見れたことで、嬉しさを感じているらしいと。
悪くない気分、と思ってしまった自分が恨めしい。
ついでに暗黒大将軍の胸部には老爺の貌があり、この連中にとってはこれが本体であると知っている。
胸を躍るという表現が妙におかしかった。表に出さぬよう、暁美ほむらは少し苦労した。
『悪魔様の嘗ての宿敵…ワルプルギスなる者に苦戦される様子を見て、馳せ参じれないのが残念至極でありました』
同じく、「そう」、と返した、今度は髪は掻き上げない。残念そうな雰囲気が伝わってきた。
そして一方で、もしもこの連中が決戦の場にいたら、と妄想した。
出た結論は、ワルプルギスの夜は確実に倒せる。但し最強の魔女以上の災厄が見滝原を襲うだろうと出た。
この連中の戦闘力は戦闘獣と名乗るだけあって極めて強力であり、挙句に魔法少女以上の超再生能力が備わっている。
見た限り疲労の概念も希薄で性質は残忍極まりない。
災厄という意味では魔女もそうだが、あれは生前の記憶や執着を習性として繰り返すので悪意であっても悪意は無い。
妙な言い方になるが、彼女はそう思った。
だがこの連中は違う。他者の苦しみや絶望を見て心底から歓喜し、嘲笑う事が出来、そして他者を傷付けることが何よりも大好きなのだ。
記憶の世界では平和になった世界に差異次元から侵攻を開始していたが、自分達の世界もそうならなくてよかった、と彼女は思った。
だがしかし、結局似たようなものかもしれないなとも思った。
鹿目まどかの願いによって世界は変わったが、結局戦いは終わらなかった。
魔女が魔獣に変わっただけで、戦いの輪廻は続く羽目になった。その中で自分は、彼女を…。
そう思ったとき、暁美ほむらは頬を思い切り叩いていた。皮膚を叩く破裂音が鳴り響き、痛みが思考を冴えさせていく。
「そろそろ、呼ばれた理由を聞いてもいいかしら」
会話を重ね、異常な状況にも少しずつ慣れてきた。
今は話を続けるのが大事だった。
暗黒大将軍は暁美ほむらの言葉を受け、一礼をしてから立ち上がった。
背後の将軍達は左右へと除けた。開いた道の先を、暗黒大将軍の指が差し示した。
闇の奥で、巨大な扉が開かれたようだった。その先は濃い闇に覆われ、魔法少女の視力を以ても見えなかった。
『悪魔様のご友人様からとある依頼を受けまして』
「依頼?」
嫌な予感がした。
自分の為を思ってしてくれたのだろうが、この連中にコンタクトを取る理由が分からなかった。
『悪魔様の今後の戦いの中で、武器が必要だと仰っておられまして。我らミケーネの総力を挙げて建造させていただきました』
建造、という言葉が引っかかった。随分と大掛かりなものらしい。
嫌な予感は更に募った。
『最初は面食らいましたが、しかしよく考えると理に適っておりますな。ある意味、我ら以上にこの存在を知悉している者は、少なくとも今はおりません故』
何を言っているのか分からなかった。
が、言葉を細かく確認していくと予測が出来た。いや、まさか。と思った。
『お役に立てれば幸いです』
大将軍が言い終わった時、扉の奥へと複数の光が飛んだ。
光に照らされ、闇の扉の奥の存在が浮かび上がった。
それを認識した時、暁美ほむらは目を見開かずにはいられなかった。
「…冗談よね?」
暁美ほむらの言葉に、誰もが沈黙を守った。恐らく、他の連中も同じ想いなのだろう。
悪い冗談、ここに極まり。
光に照らされた存在を見る暁美ほむらは、正にそんな表情を浮かべていた。