魔法少女☆鹿目まどか 円環最期のZERO秒間   作:凡庸

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第38話

 

 学校のチャイムが鳴った。

 鹿目まどかは帰宅の準備をすると、学友らに別れを告げてそのまま席に座っていた。

 今日も色々あったなぁと、一日を振り返る。

 授業の内容はノートに書き留め、教師の話す言葉に合わせて教科書を読んだ。

 しかし。

 書き記して音で聞き、目で見たのだが、どうにも頭に入っている気がしない。

 余計な事を考えてしまうからかな、と鹿目まどかは思った。

 例えば数学は、教わった公式を使えばこうなる、という理屈を知識として持っていても「なんでそうなるんだろう」と思い、思考が空回りしてしまう。

 

 同じような理屈で化学も化学式の由来や物体の成り立ちなどに思考が移る。

 移るが答えを導くどころか空回りして進まない。

 それは国語の物語や歴史上の事象でも同じだった。

 こちらの場合は物語の登場人物に感情移入しすぎてしまったり、歴史上の戦争を想像して心が沈んで思考が滞ってしまったり、といった具合であった。

 悲しいの物語の登場人物や、かつて世界の中であった出来事の中で悲惨な運命を巡った人々などを単なる記号とは思えず、我が身の事のように思えてしまう。

 それが傲慢で、身勝手な妄想であるとは思っていた。だがそれでも、考えが止まらず肥大化を続けていく。

 その中で、殊更に広がっていく思考があった。

 それは、もしもの世界の妄想だった。

 

 もしも、何もかもが悲惨に満ちたこのお話の中で助けてくれる人たちがいたら。

 もしも、傷ついた人たちに手を差し伸べてくれる人がいたら。

 誰でもいいし、どんな存在でもいい。

 泣いている子供を慰めてくれる存在がいたら。

 

 これまで生きてきて学んだ歴史や読んだ物語が思考の中で広がり、その中には本来存在していなかった者達がいて、人々を助けていた。

 万華鏡のように広がる数多の妄想世界は曖昧な光のモザイク画のような形をしていた。

 形というものも無かったかもしれない。それらを構成するものは記憶や知識からだとは思うのだが、あまりにも混沌としていて鹿目まどかにも自信が無かった。

 ただそれが、どうやって自分が思い描いたかにせよ、それらは数多の世界の光景であることが分かった。

 世界の形に定義などない。文字で在れ、言葉で在れ、絵で在れ、何かの形が僅かでもあればそれが世界なのだろうと。

 鹿目まどかには、その考えに対して違和感を覚えることが出来なかった。

 

 形は曖昧であり混沌としているが、それは確かにそこにある。

 自分の思考の中を揺蕩う曖昧なものであるが、確かにそこにある。

 目を開いて見える景色に重なるように、数多の光景が流れていく。

 ふと、その景色が歪んだ。知らずの内に溢れた涙によって。

 

 なんで、こう思うのだろう。

 鹿目まどかは自問した。それは答えの無い問い掛けだった。

 歴史や物語の事象について悲しみを覚えるのは分かる。

 しかしそれらを素材であるとしながらも、自分の妄想を自分で悲しんで泣いてしまうのは何故なのだろうかと。

 潤む視界。鹿目まどかはそれを必死に凝視した。

 曖昧な形の輪郭を見定めるように、或いは思い描くために求める為に。

 

 景色の流れが加速し、輪郭が引き延ばされていく。

 曖昧な形が寄り集まり、少しずつ、僅かながら形が整えられていく。

 知らず知らずのうちに、自分でも気付かないうちに鹿目まどかはノートを開き、その手にはシャープペンが握られていた。

 そして彼女の思うままに、心で感じたままにペン先は動き、ノートの中に形を紡いでいく。

 

 ある程度の形が生まれると、鹿目まどかはその存在がどういうものかを考えた。

 考えて付与し、そのイラストを完成させる。それはペンとノートを用いて世界を、そして生命を生み出す作業であった。

 最初の一つが完成するまで、十数分を要した。

 指先は疲れ、行使された頭脳も疲労を訴えている。

 だが、彼女の創造行為は終わらなかった。

 最初の誕生が契機となり、次から次へと妄想が形を成していく。

 曖昧なものを明確にする。

 その速度がみるみる内に増して行く。

 

 買ったばかりの白紙のノートの中には、無数の姿とそれに付随する設定の走り書きで満ち溢れた。

 その勢いは止まらない。一心不乱に書き綴っていく。指先や腕の痛み、そして頭を酷使した事による頭痛に鹿目まどかは愛おしさを感じていた。

 苦痛が快楽に変わったのではない。何かを生み出すことの対価が痛みであると感じ、そして確実に何かが生まれているという感覚が嬉しかった。

 産みの苦しみ、という言葉が脳裏をよぎった。その時だった。

 額から汗が伝い、鼻筋を通って顎から滴る。顔を拭うのも間に合わず、それは今書き終えた一枚の上に落ちていた。

 ほんの一滴の汗であったが、それは作品を滲ませるのには十分。

 体は咄嗟に動かないというのに、落下する滴の動きは酷くゆっくりと見えた。

 生み出したものが汚されるのに何も出来ない。

 無力感が鹿目まどかの心に湧いた。それは、小さな絶望と言ってもいい感情だった。

 

 

「えい」

 

 

 声と共に差し出された細い指が、汗の雫を受け止める。

 人差し指の爪で受け、器用に指を半回転させ指の腹に滴を溜める。そして鹿目まどかの妹は、姉の汗を口に含んだ。

 料理の味身でもするような、そんな動きと表情だった。実際、口内で舌を転がしている。本当に汗の味を見ているのだった。

 

 

「お姉ちゃん」

 

 

 姉の汗を飲み込んだ妹は、神妙な表情となっていた。

 

 

「ちょっと、ほんの少しだけ待っててね。それまでは休んでて。お願いだから休んでて。息も整えて楽にしてて」

 

 

 そう言って、妹は教室を出た。廊下の窓から覗く夕方の光は既に、闇に近い色彩となっていた。

 扉が閉じられた、と見えた次の瞬間に扉は再び開いた。

 

 

「…お待たせ。ごめんね、すぐに戻って来れなくて」

 

 

 右足で扉を乱暴に開けた姿勢のままでぜぇぜぇと息を吐き、肩を震わせる妹。

 その両手には一枚ずつ、大きな皿が置かれている。皿の上にはラップで覆われたサンドイッチとおにぎりが乗せられていた。

 鹿目まどかが呆気に取られているままに、妹は彼女へと接近すると近場の机を脚で引っ張りその上に皿を置いた。

 そして姉へと顔をぐいっと近付けた。いつになく真剣な表情、と鹿目まどかは思った。

 

 

「お姉ちゃん、塩分足りてないよ。世界の創造はカロリーを消費するんだから、ちゃんと摂らないと」

 

 

 じっとこちらを見つめる妹。それは少し怖く言い回しが大げさに過ぎていて可笑しかった。

 そして自分への本気の心配が愛おしかった。

 

 それから鹿目まどかは少し休憩した。妹の手料理を食べ、妹が保健室から家庭科の授業で作ったという簡易ベッドで二時間ほど眠った。

 爽快な気分で目覚めると、夜の21時を回っていた。今更になって居残り過ぎだと思っていると、

 

 

「許可はもらったよ」

 

 

 と、妹は宿直室の鍵を見せながら笑顔で返してきた。

 そういうものなのかな?と思ったものの、妹の言葉に間違いは無いと確信しているので疑問は一瞬で消えた。

 消えた心の隙間を、湧き上がってくる創作意欲が埋めた。

 鹿目まどかは再び座席に座り、芯を補充したペンと新しいノートに新たな物語と世界を紡ぎ始めた。

 その様子を、妹は傍らで見守り続けた。

 

 最近、転校によって空席になった座席の上に猫のように体を丸めて寝そべりながら、両手で頬杖をついて鹿目まどかを笑顔で観ている。

 時折手を伸ばし、姉の顔の汗をハンカチで優しく拭っていた。

 何度目かの手拭いを受けた時に、鹿目まどかは妹に尋ねた。

 「あなたも描いてみない?」との言葉に、妹は少し戸惑い、そして少し陰を含んだ表情を見せて微笑んだ。

 曰く、

 

 

「私、そういうことが出来ないの。お話づくり、下手なんだ…」

 

 

 との事だった。

 その様子はあまりにも悲し気で痛々しくもあり、鹿目まどかはペンを差し出したペンを申し訳なさそうに引っ込めた。

 

 

「気にしないで」

 

 

 と微笑む妹。その時には既に、悲しみは跡形もなく消えていた。

 

 

「お姉ちゃんのお話、私に聞かせて」

 

 

 朝日のように微笑みながら妹は言った。その期待に応えねばと鹿目まどかは思い、より一層創作意欲を滾らせた。

 それから更に二時間が過ぎた。時刻は既に、夜の十時に差し掛かっている。

 その時、鹿目まどかは筆を置いていた。代わりにノートを観音開きに広げ、妹に見せていた。

 描いたものを指差し、描かれた者の設定や世界観などを力説している。

 

 手に槍を持ち、鳩のような翼を生やした九体の守護天使。

 

 鬼や般若を思わせる恐ろしい面構えをし、日本刀で武装した紫色の鎧武者。

 その同類と思しき青と紅、黒や銀の個体。

 

 頭に分厚い鍋か鉄の塊を乗せたような武骨さに反し、それを支えているのは華奢で小柄な少年の体。

 両腕は黒い装甲で覆われ、肘のあたりで関節が外れて内部から伸縮自在のワイヤーが現れ手が長く伸びるらしい。

 設定としては、ロボットでありながら妹がいるのだとか。

 

 次のページには、見開きで多くの存在が描かれていた。曰く、鏡の中に住んでいる生き物達らしい。

 蝙蝠や大蛇に大牛に犀に猛虎に牡鹿、変わったものだとカメレオンやエイ、更には龍や不死鳥のようなものなどもいた。

 

 更に次のページには、武骨な鉄のフレームや配線が剥き出しになった人型達が練り歩いている様子が描かれていた。

 設定としては外国で造られた人工知能搭載型のロボットであり、高い戦闘力を持つものの災害救助や介護の現場に用いられる存在だという。

 その傍らには大型犬としか思えない存在が描かれており、彼女曰く極めて強力な力を持ったサイボーグ犬だという。

 それを補足するように、その隣にはこの犬型存在が複数の壁面を突進でぶち抜く様子が描かれている。

 フレームの個体群もまた、手足を破壊されてもある程度なら自己修復出来るらしい。

 とても頑強、英語で言えばタフな存在であると鹿目まどかは語った。

 

 描かれた存在達は気性が荒かったり危険な性質を持っているものも多かったが、そこに正義や悪の区別はない。

 全てはその力を用いる者次第であると、鹿目まどかは力説していた。

 例とされたのは、包丁や裁縫の針といったものだった。使い方によっては人を傷つけるが、それらはそのために作られた訳ではない。

 使うものによってどうとでも変わってしまう。だからこそ正しく使わなければいけないと、鹿目まどかは妹に説いた。

 愛おしげな表情で、妹は姉の言葉を聞いていた。

 その前提を語ると、鹿目まどかはキャラクター達の詳細を再び語り始めた。

 それは延々と続いた。

 書いている間に思い付いたものと、解説をしていく中で新たに思い付いたもの。

 イメージは際限なく広がり、彼女の中で創作意欲の薪となって燃えていく。

 

 時間はあっという間に過ぎ、今日描いた者達の設定を語り終えた時には午前零時の数分前となった。

 やり切ったという思いとこれまでの疲労によるものか、鹿目まどかは急速に眠くなっていくのを感じた。

 まだ語りたいことがあるのに、と鹿目まどかは必死になって眼を開こうとした。

 ぼやけた視界を、自分よりも小さな手が優しく塞いだ。

 

 

「無理はしないで。もう休んでいいんだよ」

 

 

 姉の眼を塞ぎながら、妹は姉の耳元でそう囁いた。限りなく優しく、そして有無を言わさない響きがあった。

 鹿目まどかの意識は言葉を聞き終えた途端に眠りに落ちた。

 虚脱した姉の体を妹が優しく支え、抱き抱えるとベッドへと横たえさせた。

 眠りの姫君となった姉の頭を優しく撫で、妹はシーツで姉の体を覆った。

 

 眠りを覚まさないようにゆっくり歩き、鹿目まどかの創作物が詰まったノートを手に取り、電気を消して教室を出た。

 そのまま校舎の外へ出て、校庭の真ん中へと歩いて行った。

 空では満月が青白く輝き、無数の星々が煌めいている。

 遠くに見える町の光もまだ絶えず、夜空を駆逐しかねない光を放っていた。

 

 

「さん」

 

 

 妹が呟く。遠くの明かりが消えた。

 

 

「にぃ」

 

 

 その手前の町の光が絶えた。

 

 

「いち」

 

 

 夜空から光が消えた。

 月も星も、最初から無かったかのように、光で覆われていた空は闇へと変わった。

 妹のカウントはそこで終わった。その次に続く数字を言いかけ、口を閉じている。

 その表情は苦虫を嚙み潰したような、忌々しさに満ちていた。

 そして闇の中で、カチリという音が鳴った。

 校舎の時計の針が、深夜零時を差した音だった。

 その時だった。

 眩い光が、光の絶えた空へと、世界へと拡散していったのは。

 

 それはまるで、無数の流星が降り注いだかのような光景だった。

 異なるのは、天からではなく地上から湧き上がるという点だった。

 その発生源は、鹿目まどかのノートであった。彼女の妹が両手で持ったノートは風もないのに勝手にページが捲られ、光はその中から発せられていた。

 天に地に、夥しい数の光が溢れていく。

 それは最初は流星のごとく線であり点であったが、飛翔の最中に形を変えていった。

 あるものは人型に、あるものは獣のように。またあるものは、空想上の魔物の姿に。

 夜空を背後に蛇行するのは、光で己を形作った東洋龍。

 並んだ牙の間からは、無音の咆哮が轟いた。

 龍の傍らには、手に槍を携えた有翼の人型が九体も並んでいる。

 蛇のような鰻のような、異形の頭部を持った異形の天使達だった。

 

 地上には多数の獣達が犇めいていた。

 威嚇のように首をもたげたコブラや両手に巨大な爪を携えた猛虎、両腕が重火器と化している猛牛の姿が見えた。

 それらの少し上には大量の蜻蛉のような者達が飛翔し、巨大な翼を広げた蝙蝠や鋼の翼を持った白鳥達が滞空している。

 その者達の間には少年のような姿をした小柄な影が立ち、フレームが剥き出しの人型も群れを成して並んでいた。

 それぞれの大きさは、個体差はあれど人型であれば二メートルから三メートルほどの大きさがあった。

 龍や蛇などは頭から尾の先まで七メートルほどもある。

 並び、飛翔する者達は鹿目まどかの妹を取り囲んでいた。

 ノートからの光の発生は止まらず、光の者達の個体数は増し、包囲網も厚みを増していく。

 妹を取り囲む存在のどれもが、全体はやや曖昧な形ながら、それでも明確な敵意と殺意を持った眼で鹿目まどかの妹を睨み威嚇している。

 その存在を許さない。そんな意思を、光の者達は全身から発している。

 対する妹は、なおも光を放ち続けるノートを左手に持ったまま、右手を前に突き出し掌を返した。

 そして、親指を除く四指を曲げた。それは手招きであった。

 

 

「おいで。お姉ちゃんの思考から湧いて、お姉ちゃんを苛むものたち。おぞましい可能性の光ども」

 

 

 笑顔を浮かべる妹。だがその眼には一切の親しみは無く、侮蔑と嘲弄、そして嫌悪に満ちていた。

 

 

「お前達の存在の一切を…私は……世界はお前達を赦さない」

 

 

 妹の言葉が紡がれる中、包囲網が一気に狭まった。彼女を取り囲む者達が、一斉に殺到したのであった。

 

 

「虚無へと還れ」

 

 

 爪に牙に、閃光に銃撃が鹿目まどかの妹を襲った。

 処刑に等しい状況の中、彼女は変わらず桃色の瞳に嘲弄を浮かべて微笑んでいた。

 開いた口の中には、人間にあるまじき形の鋭い歯が並んでいる。歯の奥にあるのは、赤い肉ではなく闇よりも暗い黒。

 全てを喰らい飲み込む超重力の孔のような、或いは何もかもを引きずり込む牢獄のような。

 地獄とでも呼ぶべきものが、鹿目まどかの妹の中にはあった。

 

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