魔法少女☆鹿目まどか 円環最期のZERO秒間   作:凡庸

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第42話

 声が聞こえる。何かが見える。

 日常生活の中、不意にそんな感覚を覚える事がある。

 階段を上るとき、寝間着から制服に着替えるとき、妹の手製の料理を味わっている時。

 実体として行動している自分とは別に、肉体の中から飛び出した意識の一部とでもいうような感覚で、今観ているものとは別の何かが見えて音が聞こえる。

 そんな奇妙な体験が、ここ最近増えている。

 最初にそれを実感したのはいつだったか、と思い返そうとするもののさっぱりと分からない。

 例えるならいつから言葉を喋れるようになったとか、息を吸う事を覚えたのは何時かとか、そんな答えようのないものに思えた。

 いつものように通学路を歩く中、鹿目まどかは今日もまたそんな感覚を味わっていた。

 先を歩く妹の姿を目で追い、彼女が語り掛けてくる言葉を聞き逃さずに頷きながら、意識の一部は別のものを認識していた。

 

 

 

 

 

 

 

 夜の闇にも勝る暗澹とした黒い風が吹き荒れていた。

 風は細身の少女の姿を取り、紫と白の衣を纏って舞うように廻る最中、重々しい破裂音と共に火花を放っていた。

 繊手に握られた武骨な拳銃から放たれた弾丸は、少女の周囲に並び立つ者達を撃ち抜いていた。

 襤褸を纏った骸骨の頭部が爆ぜ、枯れ木のように細い腕が千切れて胴体が吹き飛び両断される。

 

 しかし異形達は止まらなかった。少女の数倍から十数倍ほどもある巨体の群れは破壊されてなおも長大な腕を振り回し、首や胴体だけで飛翔し少女を捉えようと包囲を深めていく。

 美しい黒髪が禍々しい風のように廻る中、少女の口元が見えた。それは、微笑みを浮かべていた。

 冷たい殺意と焔のような怒りが混じった微笑だった。

 

 自らへと迫る巨腕へと少女は自ら飛んだ。巨大質量の上を足場に一気に駆け抜けるや、少女は異形の頭部を蹴って更に跳んだ。

 その先にいた骸骨を更に蹴って跳び、伸ばされた腕や迫る頭部を蹴り、撞球のように跳ね回る。

 跳躍に次ぐ跳躍と疾走の中でも、少女は腕と身体を振るい続け、銃撃が異形達を穿っていく。

 絶え間なく続く輪舞のように、黒く美しい風のように廻天を繰り返す。

 尖った踵が異形の体表を抉りながら廻り、絶え間ない銃撃は鞭の殴打のように異形を薙ぎ払う。

 怯んだ異形達は互いに激突し、暗い孔である口腔を広げ無音の怨嗟の叫びを上げた。

 

 それらの動作が一斉に停止した。そして止まったと見えた途端、体表に穿たれた弾痕を基点に巨体の各部に線が奔った。

 互いの接触の衝撃がその線に触れた時、異形の崩壊が始まった。

 積み木が崩れ落ちるように、異形は大小さまざまな升目となって地面へと落下した。

 辛うじて原型が残っている頭部が上を見上げた。

 ほぼ同時に、頭部へと数発の弾丸が叩き込まれた。割れた破片を、黒いバンプスが優雅に踏み潰した。

 黒い煙となって消えゆく異形の残滓を、踵で丹念に潰す様すら典雅であった。

 

「悪くないわね」

 

 静かな、しかし確かな高揚感を混ぜつつ少女が呟いた。

 落とされた視線の先には両手で握る拳銃の柄があった。正確には柄から僅かに伸びた弾倉の部分。

 細い腕の先の美麗な指が握る拳銃の弾倉の底部が歪曲し、小さな斧状の刃となっている。

 銀の刃の表面には、黒い煙が微かに漂っていたが、それは見る間に消えた。

 彼女の足裏で今も損壊され続けている、異形から湧き出ている残滓と同じものだった。

 

「いえ、悪くないどころじゃないわ。本当に便利。ギミック自体は単純なのだから、もう少し早く…」

 

 そこで少女は言葉を切った。これ以上は愚痴になると思ったのだろう。

 後悔を振り払うように、少女は振り返った。

 

「そちらはどう?って聞くまでもなかったわね」

 

 声を掛けられた存在は、少女、のように思えた。

 その姿は曖昧な光の線で描かれていた。輪郭は微細な動きを繰り返しており、まるで風に揺れる炎か煙のようだった。

 それでも細い手足とフリルをふんだんに使った衣装の面影と、短いツインテールの髪型であることが分かった。

 凄く可愛い、と鹿目まどかは思った。

 何故そうだとすんなり分かってしまったのかが不思議であったが、今は眼の前の光景の方が気になっていた。

 光で出来た少女の背後には、山のように堆積した異形達が転がっていた。

 闇色の少女が葬った者達と異なり、損壊は殆どない。

 

 ただ骸骨のような頭部や肋骨が浮き出た痩せた胸などに、小さな陥没があった。

 陥没の直径は、光の少女の手の大きさと同じに見えた。

 他には少し大きめの痕も見え、それは靴の爪先による蹴りだと思われた。

 殴る蹴るだけで光の少女は異形の山を、比喩通りに山に匹敵する堆積を築いている。

 闇の少女は驚いておらず、光の少女に誇らしい様子もない。

 前者はこの手の事に既に慣れ切り、後者はそもそも戦闘に価値を見出していないように思えた。

 この時、闇の少女の関心は別の所にあった。

 

「これが気になるのかしら」

 

 闇の少女は手の中の銃器を光の少女に見せた。相手に見せるまでもなく、当人はそこに視線を注いでいた。

 

「気になるというか、気に入らないと言った感じかしら。確かに私の動きとこの武器は、あなたから教えて貰ったものを参考にしたわ」

 

 闇の少女の口調は淡々としていた。だがほんの僅かに違和感があった。

 少し早口に過ぎる言い方は、少しだけだが緊張感が感じられた。闇は光に怯えているかのようだった。

 

「奴の形は」

 

 光の少女が言葉を発した。外見に違わない可愛い声と鹿目まどかは思い、一方で闇の少女のクールな声とはまた異なる冷たい発声が耳に残った。

 

「奴に似ている」

 

「………」

 

 闇の少女は黙った。それを見聞きしている鹿目まどかも、元より口を挟む気もなく挟めないが黙っていた。

 光の少女が告げた言葉と声の趣には、理解しがたく形容しがたい冷気と虚無の感情で満ちていた。

 

「気持ちは分からなくもないけど、そんなに邪険にしなくても」

 

「………」

 

 光の少女は沈黙で応えた。言葉を探しているようには見えなかった。

 ただ、何も言う事が無いのだろう。

 

「そうね。例えるならあなたにとっては、人間に水の中で暮らせとか酸素の代わりに硫黄で呼吸しろっていうものかしら」

 

 闇の少女も疲れたように言った。そして視線をちらりと流す。

 異形の堆積の隅に、何やら小さなものがいた。

 

「確かに、度を越えて嫌いなものは兎に角嫌いだわ。いえ、嫌とかそういう問題じゃないわね」

 

 絶対零度の視線で、唾を吐き捨てるような口調で闇の少女は言った。

 少女の声に小さなものが大きく震えたのが見えた。

 その様子に幾分か心が落ち着いたのか、闇は光へと向き直った。

 

「でも克服できるなら、したいと思ってる?」

 

 闇の問い掛けに、光は頷いたように見えた。葛藤があったらしく、動作までには時間を要した。

 それを確認すると、闇の少女は手を振った。風切り音が鳴ったと思った時には、地面に銀の輝きが突き刺さっていた。

 

「ならそれをお使いなさい。荒治療よ」

 

「………」

 

 闇の少女が投擲したのは、両刃の剣であった。

 軽く投擲したと思しいのに、刀身は半分以上が地面に突き刺さっていた。

 光の少女はそれをじっと見つめていた。首を背後に垂らす様な、独特の首の傾げ方をしていた。

 そのまましばし時が流れた。だれもが動きを止めている。

 視界の隅に存在している、どうやら体を丸めた動物のようなものだけが怯えたように震え続けていた。

 だがやがて、闇の少女が口を開いた。

 

「…ごめんなさい。やりすぎたわ。そもそもあなたに武器は不要で」

 

「要る」

 

 闇の少女の声を遮り、光の少女が剣の柄に手を掛けた。そして一気に引き抜く。

 抜かれた刀身には土も泥も、砂の一粒さえも付いていない。

 

「良い品だ」

 

 身の丈にも等しい長さの剣を光の少女は軽々と振り回す。

 

「ありがたく使わせてもらおう。感謝する」

 

「…どういたしまして」

 

 闇の少女は頷いた。この時鹿目まどかは、闇の少女が酷く罪悪感を感じていると思った。

 光の少女は闇の少女の行動を肯定したが、口調は更に虚無で満ちていた。

 例えるなら自分の言葉を機械に打ち込み、機会の音声で再生させたようなものとなっていた。

 内心を強引に身の内に閉じ込めたのだと、どんな鈍感な存在でも分かるような口調となっていた。

 それが闇の少女への当てつけでも威圧でもないことだけは分かるのだが、そう気遣ってなおも湧き出てくる憎悪にも似た感情は、意思と感情を持つ存在が持ち得てはならないとしか思えない領域に感じられた。

 

「やれることは、全て遣る」

 

 その感情の全てを体内に格納しつつ、輝く少女は告げた。溢れ出る鬼気とでもいうべき感情は、あくまでそう受け取った者達が感じる存在だった。

 

「その通りね」

 

 軽く息を吐いてから闇の少女が肯定する。

 

「あなたがそう言うのなら、遠慮はしないわ」

 

 闇の少女の声には迷いが消えていた。光の少女の言葉を了承や免罪符として捉えたようだ。

 少女の視線は上を向いていた。

 無数の高層ビルや積み上げられた異形の山の遥か先に、巨大な影が浮かんでいた。

 灰色の空の下、広大な街並みを圧倒する巨大な何かが存在していた。

 巨大に過ぎて視界に収まり切らない。だが何故かその形状が頭に浮かんだ。

 逆さまになった巨大な人形のイメージが、鹿目まどかの思考の中に流れていた。

 恐ろしい、と彼女は思った。

 

「今これを言うのは場違いであるし、いい思いはされないだろうが」

 

 光の少女が呟いた。声の調子に変化はない。だが、感嘆の感情で彩られていると思った。

 

「美しい」

 

 空を圧する巨大な異形を見上げる光の少女の口角が僅かに上がっていた。

 微笑んでいる、のだろうが、見る者がその表情から読み取ってしまうのは獲物を前にした捕食者の貌だった。

 巨大な異形は光の少女にとっては敵ですらなく、ましてや捕食対象でもない。

 ただ美しいと評する対象、即ち美術品を鑑賞しているに等しい。

 明らかに場違いな感想であるのだが、そこに違和感が無かった。この存在ならそう思うだろう、と思わせる何かがそこにはあった。

 

「私にとっては宿敵であり強敵よ。このままだと手に余るわ」

 

 美しい顔に嫌悪感を浮かべて闇の少女は言う。

 本当は彼女曰くの宿敵に対し罵詈雑言を並べたいのだと思われた。そうしないのは、相手の評価を否定しないためだろう。

 そして更には、嗜虐心を堪えていたというものがあった。

 彼女は「このままだと」と言っている。つまりは、

 

「だから、相応しい武器を使いましょう」

 

 対抗手段を有しているという事だった。それも格段に強力なものを。

 光の少女は視線を闇の少女へと向けた。視認の瞬間、その瞳孔が大きく開いた。 

 

「…それは、まさか」

 

 光の少女に絞り出すような声を上げさせたのは、闇の少女が掲げた腕にあった。

 闇の少女の制服のような趣の衣装で覆われた腕。それ自体に変化はない。

 変化は腕の周囲にあった。少女の細腕を覆うように、彼女の腕の何倍も太い黒い腕が重なっていた。

 大きさで見れば、闇の少女の体躯よりも大きかった。

 幻影のように揺らめき、されどそこに確実に存在していると見える奇妙な変化だった。

 夢と現が交わったかのような奇怪な変化。

 幻影の巨大な篭手を装着したような闇の少女の表情は、困惑はしつつもどこか楽し気に見えた。

 早くこれを使いたい。そんな感情が読み取れた。

 

 握られていた五指が開き、右の人差し指が伸ばされる。幻影の巨腕の中で、少女の手も同じ動作を行っていた。

 伸びた指の先端は、上空の巨大人形を差していた。

 

「それは」

 

 光の少女が言葉を繰り返した。その視線は闇の少女の巨腕を見ていた。

 声の調子も表情も変わらない。

 ただ、その視線は対象を物理的に刺し貫くような鋭さがあった。

 先ほどは抑えられていた感情が、今回は表出されていた。

 それは、憎悪。

 

「時と場所は変わっても、お前の事は大嫌いよ」

 

 それを振り払うように、気付かぬように闇の少女は告げた。

 彼女もまた、天空に浮かぶものに対して同じ感情を持っていた。

 それもまた、憎悪であった。

 そしてこの時、空の異形の上空で変化があった。

 灰色の空に曇天が広がり、深い闇が立ち込めている。その闇を貫き、一条の光が大地に落ちた。

 曇天から降りた落雷は少女が掲げた巨腕の人差し指へと吸い込まれた。

 稲妻は腕に触れた瞬間、元の数十倍の輝きを放った。灰色の空の元、薄暗さで満ちていた世界を光が覆った。

 

「堕ちなさい。忌まわしい夜」

 

 少女の宣言に従うように、腕全体に帯電していた雷が指の先端へと移動する。

 その様子を、光の少女はじっと見ていた。光とは相反する、闇の輝きと感情を孕んだ視線であった。

 それと相反するように、巨大な指の先端で超新星爆発が起きたかのような極光が放たれた。

 全てが漂白され、光に塗り潰されていく。

 

「サンダーブレーク」

 

 光が万物を染め上げた瞬間、鹿目まどかはそんな言葉を聞いた。

 そしてみしりという音も聞こえた。

 それは光の少女の方から聞こえた。握られた拳による圧搾音、または全身のこわばりが筋肉と骨を締め上げたような、全身を圧搾するかのような軋み音に思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キンコンカンコン、という聞きなれた音が耳朶を打った。

 学業終了のチャイムが鳴り終わる頃には、鹿目まどかは帰宅の準備を終えていた。

 鞄に筆記用具を仕舞うと、彼女はふああと可愛らしく欠伸をした。

 今日一日は、どうにもぼやけた気分が続いていたなと思い返す。

 授業の光景に折り重なるように、何かが見えていたような。

 もう一度欠伸をしたあたりで、鹿目まどかは思い返すのをやめた。

 ここ最近いつもの事であるし、夢から覚めたのであれば現実に向き合うべきだと。

 いつもの通り、彼女は待つことにした。

 もう少し経てば、妹が自分を迎えに来る筈だから。

 

 

 

 

 

「という訳で、このお手紙は預かります」

 

 後者の裏手。薄暗がりの中で鹿目まどかの妹…邪神マドカは手紙を送り主に向けてちらつかせながら言った。

 告げられた相手は当然ながら困惑した。鹿目まどか本人の靴箱に入れていたのに、その妹を名乗る存在が来るとは。

 それにそもそも、彼女に妹などいたのかと。

 相手の困惑の表情に、邪神は溜息を吐いた。

 

「私の姉に相応しい内容かどうか。妹である私が検閲します。ではまた後日」

 

 立ち尽くす少年を放置し、邪神は踵を返して歩き始めた。数歩歩いたところで歩を止めた。

 溜息を吐いて向き直る。そこには今もまだ、その場に立つ少年がいた。

 中性的な顔には、困惑と幾らかの不満の表情が浮かんでいる。

 その表情が凍り付いた。鹿目まどかの妹の顔を見た時に。

 今の彼女の姿は校舎が落とす影に完全に飲まれていた。それでありながら、表情ははっきりと分かった。

 鹿目まどかの妹は、向日葵のような笑顔を浮かべていた。

 

「もう学校は終わりだよ。さっさとお帰り」

 

 優しく、諭す口調だった。少年は数歩後退り、やがて体を反転させて駆け出した。

 

「今回は赦してあげる。なんていうか、食べ飽きた」

 

 そんな声が少年の耳に届いた。転びそうになりながらも、少年は邪神の視界から遠ざかっていった。

 邪神はまたも溜息を吐いた。

 相手と、そして自分への呆れが含有された吐息だった。

 視線を送ると遠くだがまだ見えている場所にいる。

 というかそもそも、世界の何処にいようが自分の思い一つで一瞬で消せるし未来永劫に苦しめることも出来るし、なんならそれは何度もやった。

 何時の頃からか捕食して消していったが、最後に苛んだのは随分前に思える。

 久々に遊ぼうか、という思いと放っておこうという無関心が内心で拮抗した。

 結果、選択は後者に傾いた。

 邪神はまたも溜息を吐き、踵を返して歩き始めた。

 幼馴染の想いに気付かず破滅を呼び込んだ愚か者よりも、愛すべき姉に会う方が考えるまでもなく重要であった。

 

 人の絶えた教室の中で、鹿目まどかは自分の座席に座っていた。

 右手にはシャープペンが握られ、机の中央には白紙のノートが広げられている。

 普段であれば、溢れ出る空想によって白紙の部分は一瞬で埋まり、一冊のノートが空想の存在で埋め尽くされるのにそう時間はかからない。

 だが今の彼女は呼吸と瞬き以外の全ての動きを止めていた。

 今の彼女は、視界に覆い被さる思考の中の光景を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 高空にて、争う者達がいた。

 林立するビルが小石程度に見えるくらいの高高度は乱流が渦巻き、風の流れには紅蓮の炎が纏わりついていた。

 乱流の中心には、巨大な人型が存在していた。

 黒一色で彩られた、逆さまになった貴婦人の人形。そう形容されるような巨体が風と炎を従えていた。

 そこに挑む存在がいた。それは貴婦人に対してあまりにも矮小な存在だった。

 それは闇色を纏った、少女の姿をしていた。その輪郭は明瞭と曖昧を繰り返していた。

 まるで焔(ほのお)のようだと、鹿目まどかは思った。

 

 闇の少女は細い体躯の背中から、猛禽類のそれを彷彿とさせる翼を生やしていた。

 華奢な体に反する力強さで羽搏くと、少女の体は弾丸となって飛翔した。

 貴婦人へと向けて飛ぶその前に、複数の影が立ち塞がった。

 それらの形を鹿目まどかが認識する前に、闇の少女は影たちの背後に回り込んでいた。

 

「遅いわ」

 

 そう告げた時、鹿目まどかはようやく影たちの形が見えた。

 それらは闇の少女に近い体格を備えた、これもまた少女と思しき形状の影だった。

 フリルやレースを用いた煌びやかな造形の衣裳を纏っている事が、黒い影の色で描かれていたとしてもはっきりと分かった。

 闇の少女はその内の一体の肩を両手で掴み、右膝を胴体へと叩き込んだ。

 その途端、影の少女の背中が砕けた。

 

「二―インパルス」

 

 影の少女の背から抜けたのは、黒く輝く長く鋭い鋭角だった。

 胴体の殆どを破壊された影の少女の背には大穴が開き、そこからは闇の少女の細い膝が見えた。

 黒い鋭角は、少女の膝を基点として影か靄のように覆い被さっていた。

 影や靄のように見えながら、実際はこの通りに物理的な実体を以て影の少女を破壊している。

 そして鋭角は一体の少女だけではなく、その背後にいた三体の影の少女達をも貫いていた。

 致命傷ということか、形を崩壊させていく影の少女達。その側面から殊更に色濃い影を纏った少女の影が迫っていた。

 それは両手の甲から複数の爪を生やした少女の影。

 その姿を見た時、闇の少女の美しい顔に嫌悪と憎悪が、そして獰悪な笑みが浮かんだ。

 

「いい位置ね。ありがとう」

 

 闇の少女は消えてゆく影の少女達に埋没させていた右脚を、引き抜くのではなく体の捻りを加えて真横に振った。

 旋風のような逆回し蹴り(バックスピンキック)が迸った後には、両断された影の少女の姿があった。

 両腕の爪を振るう前の体勢で硬直したその姿へと、闇の少女は侮蔑の眼差しを送るとその身体を蹴って背後に跳んだ。

 蹴りが直撃した影の少女の顔と胸元は大きく歪んだが、次の瞬間には無数の微細な影によって闇の少女の犠牲者達は消し飛ばされた。

 それらは影で造られた弾丸や弓矢、或いは黒色の光線だった。

 新たに出現した影の少女達が闇の少女の周囲を取り囲み、一斉に砲撃を放っている。

 初弾を回避されても、影の少女達に動揺は無かった。

 影少女達の数は数十どころか百にも達しており、数の優位は揺るがない。

 少々削られたとしても構わないし、そもそもほんの少し砲撃の矛先を変えればそれで終わりだからである。

 闇の少女が逃げた先へと弓矢や銃器、または杖や刃の先端を向けた時、そこで影少女達は硬直した。

 そこには闇の少女がいた。そしてその手には、異様に過ぎる存在が握られていた。

 

「ちょっと大きすぎたわ」

 

 それはあまりにも巨大な、Vの字を描いた黒い刃だった。刃の幅は、二十メートルにも及ぶだろうか。

 刃の末端を握る少女の姿は巨大な刃の付属品にしか見えなかった。

 

「いえ、元もこんな感じだったわね」

 

 闇の少女の独白を、影少女達は聞こえたかどうか。

 口を開いた時に少女は刃を投擲し、言い終えた頃にはそれは周囲を旋回し主の元へと戻っていた。

 刃は超巨大なブーメランとなって影少女達を横薙ぎに両断し、そして主へはなんの負担も与えずに手元へと戻っていた。

 再び手に握られた時、黒いブーメランは急速にサイズを縮めた。

 瞬き一つの間に、それは闇の少女の首へと結ばれた。この武装は、彼女の首のリボンが変じたものであった。

 自らが放っておきながら、闇の少女はこの現象に首を傾げていた。

 

「科学の力って凄いのね」

 

 そう呟いた彼女の姿に、紅が映えた。それは大空を染め上げるほどの、炎の大瀑布だった。

 両断された少女達を飲み込みながら闇の少女へと迫るそれは、貴婦人の口元から放たれていた。

 

「小賢しいわ」

 

 空全体が燃え上がるような炎を前に、少女は冷ややかな視線を送ると左手を伸ばした。

 手の甲のあたりには、銀の円盤が装着されていた。

 

「散りなさい」

 

 そう言うと、円盤は激烈な勢いで回転を始めた。

 回転に周囲の大気が巻き込まれるや、それは超巨大な竜巻となって放たれた。

 炎の瀑布が文字通りに滝とするならば、こちらは超大型の台風であった。為すすべもなく炎は竜巻に飲み込まれて押し返された。

 それだけではなく、竜巻は貴婦人へと到達しその巨体を飲み込みさらに上空へ吹き飛ばした。

 街のように巨大なそれが木の葉のように吹き飛ぶのは、冗談にしか見えない光景だった。

 そして、これで終わりではなかった。

 

「逃がさないわ」

 

 吹き飛ばされていく貴婦人。その顔の傍に闇の少女が立っていた。

 黒髪こそ靡いてはいるが、高速で吹き飛ばされていく貴婦人を完全に補足している。

 そして。

 

「受けなさい」

 

 左腕を伸ばした少女が告げる。

 腕に覆い被さるように、巨大な黒い鋼の腕が現れた。

 そしてただでさえ巨大な腕が、更に巨大に変貌していく。

 

「アトミック」

 

 拳の部分に鋭角が奔り、腕と拳全体が打撃武器へと変貌する。

 

「ドリルプレッシャー」

 

 次いで、同じように伸ばされた右腕も同様に黒い腕を纏い、それの形も変わる。

 こちらは長大な槍のように太く長く伸び、螺旋掘りを描く掘削機へとなっていた。

 

「パンチ」

 

 少女が告げた途端、二つの腕は前へと飛翔し貴婦人の巨大な顔を撃ち抜いた。

 比喩ではなく事実として、貴婦人の顔は撃ち抜かれて崩壊した。

 顔を破壊されても二つの拳を受けた推力は弱まらず、二呼吸した後には貴婦人は大地へと墜落していた。

 並ぶビル群が玩具のように薙ぎ倒され、強風を受けた砂上の楼閣のように消し飛んでいく。

 その様子を闇の少女は空でも眺めるように静かに見下ろしていた。

 やがて少女の首のリボンが解け、薄い胸元を覆うように別の形をとった。

 それは先ほど彼女が投擲した、巨大なブーメランの小型版だった。

 服の装飾に用いられるリボンにしてはやや大きめとなったが、それでもそれはリボンであった。

 異常なのは、そこに膨大な熱が集中し赤熱化していることだった。

 

「ブレストバーン」

 

 熱が頂点に達した時に、少女はそう言った。

 胸のリボンからはその形状と同じ形を描いた灼熱の光が放たれ、貴婦人が墜落した場所へと降り注いだ。

 光の集約地点を基点に、堆積していた瓦礫が水に触れた泥のように溶けていく。

 ほどなくして、大地は巨大な火口と化し、溶解した地面を鮮血のように噴き出し始めた。

 闇の少女は灼熱の光を止め、ただ高空に留まっていた。

 完全なる圧勝。

 だれがどう見ても、闇の少女の勝ちだった。

 火口の中には貴婦人の巨体はどこにもなく、先ほどまで交戦していた異形達も影も残らず消し飛んでいる。

 ここからの反撃の眼もなく、闇の少女の敵対者は完全に詰んでいる。

 これで終わり。

 これがこの物語の終焉だった。

 

 

 

『違う』

 

 

 思考の中で、鹿目まどかは自分の意思を言葉に出した。

 

『これは、違う』

 

 見覚えがある場所だった。

 見覚えのある人物がそこにいた。

 対峙する存在にも見覚えがあった。

 だが、違う。

 使用している武装とか能力とか、それも大きく異なるがそこではない。

 

 自分の知る存在は、こんなにも強くはなかった。

 傷とは無縁ではなかった。

 

 そう認識した時、思考の中に広がる光景が急速に変わっていった。

 

『そう。これじゃない』

 

 想いを言葉に出すと、肉体の手が握るペンが動いた。

 

『あなたの辿った、残酷な物語が』

 

 ペン先が奔り、白紙のノートに物語を紡いでいく。

 

『私には、見える』

 

 思考の中に新たに生まれた光景を、鹿目まどかは一心不乱に描いていった。

 教室の扉が開く音も、そして自分を呼ぶ声に気付かないほどに、彼女はその行為に没頭していた。

 

 

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