魔法少女☆鹿目まどか 円環最期のZERO秒間   作:凡庸

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第49話

「暁美さん。寝るならせめて床にしておきましょうよ」

 

「………」

 

 同居人の言葉に、炬燵に突っ伏している暁美ほむらは沈黙で返した。

 無言だが、顔を僅かに左右に振っていた。しばらくはこのままでいいという意思表示だった。

 沈黙し眼を閉じた彼女の脳内では、一つの物語が何度も再生されていた。

 

「(謎のロボット…ミネルバX)」

 

 観測した世界、『マジンガーZ』の物語のタイトルを、暁美ほむらは呟いた。

 思考の中では物語が流れている。

 それはマジンガーZの伴侶として設計された女性型ロボットであるミネルバXの物語。

 悪の天才科学者に建造され、伴侶と戦わされる羽目になり、それでも伴侶と共に戦える存在となった。

 筈だった。

 

「…なんで」

 

 暁美ほむらは呟いた。

 その声は悲しさと、そして怒りで満ちていた。

 

「なんで、守ってあげられなかったの」

 

 彼女の脳裏では、機能を停止し水底に沈められるミネルバXの姿が浮かんでいた。

 敵の攻撃により、ミネルバXは搭載された回路を壊されて狂乱し、それが大惨事を招く前にと破壊されてしまったのである。

 それを見た瞬間、暁美ほむらは自分の身が引き裂かれたような痛みを覚えた。

 世界の観測から数時間は経っているが、その痛みは今も収まらず増々増大していくようだった。

 

 そして頭の中で何度も何度も思考を繰り返した。

 ほんの少し、あと少しだけ時間があったのなら、ミネルバXは破壊されずに済んだ。

 そう思って繰り返し物語を観た。

 次に観た時にはその結果が変わっているのではないか。

 またはそもそも、自分が観たものは間違いだったのではないか。

 ひょっとしたらこの世界そのものが自分の妄想の産物ではないか。

 そう思いながら、その思いが妄想であり自分の願望だと分かりつつ、かつて時間を繰り返した少女は世界を繰り返し観測した。

 

 当然ながら結果は変わらなかった。

 そして二十回ほど世界を繰り返して観た結果が、今のこの暁美ほむらの状態を招いていた。

 

「…こんな気分は、久々ね」

 

「…暁美さん」

 

 憔悴した様子の相棒兼主を前に、まばゆも悲痛な面持ちを浮かべた。

 暁美ほむらがこういった表情をする場面を、彼女は何度も観ていた。

 愛する者を救うべく時間を巡り、しかし全てが徒労に終わった時に見せる嘆きの表情。

 今の彼女の顔は、その時の表情に似ていた。

 

「大丈夫よ」

 

 ハンカチで顔を拭きながら、暁美ほむらは言った。

 彼女の顔には、びっしりと冷や汗が浮かんでいた。

 

「少し感情移入しすぎたわ」

 

 顔から布を離し、気丈さを装って彼女は言った。

 無理に微笑むのは却って不安を煽るし、そもそも演技は上手くない。

 だからありのままにしておこうと彼女は思った。

 つまり、全く大丈夫ではなかった。

 しかしまばゆもまたそれを理解し、ハンカチを受け取ってその場を離れた。洗濯に行ったのだろう。

 また気を遣われたと思いつつ、暁美ほむらは息を吐いた。

 吐きながら思考を整理する。

 

「なんでここまで…思い入れてしまうのかしら」

 

 今の疑問を彼女は口に出した。

 自分でも疑問に思うほど、ミネルバXという存在に想いを込めてしまう。

 鋼の女神が辿った悲劇が自分の感性に深く刺さった、というだけでは説明がつきそうに無かった。

 そこでふと気が付いた。

 他者への共感。

 それは長らく希薄化していた感情だった。

 正確には、そう思うように自分を騙していたような気もするが、既に悪魔となった自分としては他者への共感性が薄れているとした方が気分的には落そうだった。

 悪魔を演じるのに気楽もあるかと自嘲すると、少しだけ気分が晴れた。

 なんだかんだで自分は自分の事が好きではなく、その自分を嘲られたので気分がマシになったのだろうと思った。

 そう思うと馬鹿馬鹿しくて、思わず笑ってしまいそうになった。それがとても昏い感情であることは分かっていた。

 そしてそれを行ったなら、同居人は心配するだろうと慮る心は残っている。

 だから彼女はそこで手打ちとすることにした。

 

 気分を変えようと、暁美ほむらはまた世界の観測をしようと思った。

 矛盾する行為に思えたが、今は他の気分転換の方法が思い浮かばなかった。

 次の物語を観測しようとリモコンを手に取り、再生ボタンを押す。

 ところで彼女の手は動きを止めた。

 

「……なるほど。嫌なのね」

 

 再生ボタンに乗せられた親指は、動かそうと思っても動かなかった。

 意思と身体が物語の観測を拒否しているのだと思った。

 元々魂と肉体を切り離された存在であり、更に上位となってもその仕組みは変わらないので妙な認識になっていると感じた。

 要は、もうマジンガーZの世界を観たくなくなったのだった。

 観ると辛くなるからだろう。

 愛してくれたものを守れなかった英雄の姿は、今の暁美ほむらにはまるで愚者の偶像のように思えた。

 

「いや、違うわね」

 

 そう思った思考を、彼女は否定した。

 自分を重ねてしまうからだと彼女は思った。

 愛する者を救う為に世界をやり直したのに、結局は救えなかった自分にと。

 また気分が落ち込んだと思う前に、彼女は手を動かした。

 自分の精神状況を鑑みたことで、一応は精神が落ち着いたらしい。

 

 しかしマジンガーZの世界の観測は、せいぜいあと二話程度で限界だと悟った。

 せめて物語を見届けようと、最後の物語へと進んでいった。

 とはいえ物語の最後はなんとなく予想がついていた。

 愛してくれた者を救えなかったが、マジンガーZは無敵のスーパーロボットである。

 きっと圧倒的な完勝で物語を締めくくるに違いない。

 そう確信しつつ、暁美ほむらは世界を進めた。

 その時、彼女は再び動きを止めた。

 

「何かしら、これ」

 

 その世界は、並ぶ世界とは軸をずらして表示されていた。

 例えるなら、劇場版の様なものではと彼女は思った。

 

「『マジンガーZ対暗黒大将軍』…?」

 

 訝し気にそのタイトルを呟いた。

 心の中で何かが引っかかるような、文字通り、爪か何かで引っ掻かれるような感覚がした。

 なんというか、酷く不吉なものに思えた。

 

「それは、そうね」

 

 その感情を暁美ほむらは整理することにした。

 結果、不吉なのは当然だと思った。

 

「暗黒大将軍」

 

 タイトルにもあるその存在は、どう考えても碌な存在に思えない。

 魔女、使い魔、ウワサ、キモチ、魔獣、そしてナイトメアにインキュベーター。

 自分がかつて接してきた災厄達とその名を比べてみても、圧倒的な存在感が感じられた。

 ラスボスという言葉が頭を過る。

 それと同時に、メラっとしたものが脳裏を掠めた。

 

「対抗心ですか?」

 

「そういうことになるわ」

 

 何時の間にか戻ってきた相棒の問いに、暁美ほむらは素直に答えた。

 嘘をついても仕方ないし、今は時間が惜しかった。

 怒っている。暁美ほむらは今の自分の心をそう評価した。

 ミネルバXへの憐憫さと悪魔である自分よりも強そうな名前の存在への、我ながら子供っぽいと自覚しながらの対抗心。

 そして愛する者を救えなかったヒーローへの不信感と、それに重なる自分への嫌悪感がないまぜになり、怒りの火が心の中で燃えていた。

 心の火の薪とでもするかのように、彼女はその物語を観測することにした。

 それが心の火を止めるのか、或いは炎へと変えるのか。

 そう考えるのも惜しいままに、彼女は世界観測のボタンを押した。

 

 

 

 

 

 

 

「暁美さん。寝るなら炬燵よりも床がお勧めですよ」

 

 お布団も敷いてありますし。とまばゆは繋げた。

 少し前に似たような言葉を聞いたような気がした、と暁美ほむらは思った。

 しかしその思考は、心の中で渦巻くものによって吹き散らされ、そして飲み込まれた。

 心の中で渦を巻くのは、炎のように熱い感情だった。

 その感情を讃えながら、炬燵に突っ伏していた暁美ほむらは顔を上げた。その両眼もまた、炎の色に染まっていた。

 心臓は熱く高鳴り、顔にはびっしりと汗が浮かんでいる。

 

「グレート…」

 

 その感情を込めながら、暁美ほむらは呟いた。

 

「グレートマジンガー……!」

 

 顔を上げた視線の先にあるテレビの中には、偉大な勇者の名を持つ巨大ロボットがいた。

 それは、マジンガーZをより鋭利にさせたような造形をしていた。

 

「なんて…なんて完璧な兵器なの……!」

 

 彼女の言葉の通り、グレートマジンガーの力は実に圧倒的だった。

 マジンガーZが損傷を受けた攻撃は全く効かず、対してグレートの攻撃は全てが必殺だった。

 内蔵された大量の武器はZのそれを大きく上回り、機械獣を凌駕する力を持つ戦闘獣達を文字通り木っ端みじんに粉砕していく。

 

「これが、グレートが一体いれば…武器調達は不要だったわね」

 

 かつての自分の戦いを思い出しながら、暁美ほむらは呟いた。

 マジンガーZもそうだったが、マジンガーと付く兵器は頑強な材質で造られた全身が強力な武器であり、その上内臓兵器が多すぎる上に強過ぎる。

 ミサイルは勿論の事、どう収納しているのかは分からないが脚部には剣であるマジンガーブレードが格納され、剣戟まで可能ときている。

 ロケットパンチの強化版であるアトミックパンチ、明らかにブレストファイヤー以上の火力を誇るブレストバーン。

 その上、その放熱板が着脱可能でブーメランとして投擲可能とあっては…。

 

「最高だわ。この力があれば、いえ、あったならワルプルギスの夜なんて…」

 

 そう呟いた彼女の顔に、青白い光が映えた。

 それは曇天から降り注ぐ稲妻を受け止め、自らの力として放つ武装の光であった。

 

「サンダーブレーク……これは………良いわね。実に良い」

 

 言いながら、暁美ほむらは想いを馳せる。

 雷撃が武器。なんと素晴らしい事だろうか。

 長射程・広範囲・高威力。そして何より、先ほども思ったが武器を調達する必要が無い。

 纏うようにして展開すれば障壁にもなる。攻防共に完璧ではないか。

 そして何より。

 

「カッコいいですからね」

 

「うぇひっ!?」

 

 不意に声を掛けられ、暁美ほむらは奇声を上げた。

 体もびくりと震え、情けない姿を晒したが、奇声の発音は親愛なるものの発する笑い声と近かったのはせめてもの救いだろうか。

 

「そうですね。グレートは能力を制御されてますから暴走の心配も無いですし。暁美さんの相棒にもぴったりです」

 

「嫉妬してるの?」

 

 平静を装い、髪をふぁさっと掻き上げながら聞き返した。

 暴走という単語については、内心の動揺が掻き消していた。

 

「破壊不能の装甲に再生能力、自己強化まで行えるチート性能ですからね」

 

「何を言ってるの?」

 

「確かにそれに比べたら、私なんて鋏をチョキチョキとしたり高次予測の紛い物は出来ても因果律操作は出来ない小娘ですしぃ」

 

 重症ね、と暁美ほむらは思った。

 年上の後輩兼相棒は想像力が豊かだが、それにしても度が過ぎている。

 恐らくグレートマジンガーに魔法少女のような機能を搭載させたような妄想をしているのだろうと思った。

 そう思っている間にも、まばゆは何やらぶつぶつと呟いている。

 単語を拾うと「人を二十分で殺す労災案件」「パイロットは消耗品」「小遣いは二千円」という言葉が聞こえた。

 聞かなかった事にしようと彼女は思った。

 その一方で、思う事もあった。

 

「妄想……なるほど」

 

「ん?暁美さん、どうしました?」

 

 一通り独り言を呟き切り、既に平静さを取り戻したまばゆは尋ねた。

 

「そうよ!」

 

「ぉぉえ!?」

 

 予想だにしていなかった大声に、まばゆの返事は奇声となった。

 その原因となった暁美ほむらの声と表情には、輝かんばかりの興奮があった。

 それは、これまで長い間彼女と共にいたまばゆも、あまり目にした事の無い表情だった。

 

「そう!終わり方が気に入らないのなら、新しく創り出せばいいのよ!」

 

「…………」

 

 興奮した様子で語る暁美ほむら。沈黙する愛生まばゆ。

 まばゆの脳内では思考が乱れ飛んでいたが、一方で納得もしていた。

 眼の前の存在は、気に入らない終わりを迎えた物語を改変した悪魔であるからだ。

 

「そうよ。私が思い描けばいいの。彼女の…ミネルバXが、幸せを掴める物語を」

 

 拳を強く握り、強い意志を込めて暁美ほむらはそう言った。

 

「ではこれをどうぞ!」

 

 使命感に燃える暁美ほむらの前、彼女が立ち上がった炬燵の上に、まばゆは原稿用紙の束と多数のペンを置いた。

 

「とりあえず、妄想を形にしてみましょう。絵図より文章の方が楽でしょうし」

 

「…ありがとう、まばゆ。でも、それを使うのは後にするわ」

 

 相棒の順応性と忠誠心に感謝しつつ、暁美ほむらは一つの決心をした。

 まばゆは嫌な予感がした。それは、とてもとても嫌な予感だった。

 

「まず、ここから出ましょう。行く処があるの」

 

「…行くところ、ですか」

 

 こことは異なる場所。となるとそれは多くはない。

 いや、一つだけと言っていい。

 

「円環の理へ。まどかの元へ行くわ」

 

「………」

 

 暁美ほむらの宣言に、まばゆは沈黙で返した。

 やや置いてから「分かりました」と返した。

 沈黙の間に、彼女の心の整理はついていた。疑問はあるが、その感情に浸るよりも今は行動すべきと思った。

 そしてとうの昔に、暁美ほむらが何処へ行こうとも、自分は何処までもお供すると決めていた。

 

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