魔法少女☆鹿目まどか 円環最期のZERO秒間   作:凡庸

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第5話

 大地が揺れた。轟音が鳴り響き、地面が建物ごと大きく跳ねる。

 地面は砕けて波打ち、津波のようにのたうつ。その範囲は十キロ以上に上り、粉塵は空を覆った。

 それら全てを、上空からの巨大な影が塗り潰している。影の中を、複数の人型が疾駆していた。

 影の中でありながら、その輪郭は色濃い闇で彩られている。

 身長百五十センチ程度の少女達の姿をした、影絵のような者達だった。手に手に武具を携え、衝撃の中心へと向かい空を駆ける。

 

 その時、影の中で粉塵が切り裂かれた。

 目や口が窪みによって再現された少女達の顔は、嘲りの笑いの形をしていた。

 それらが揃って十数体、一瞬にして胴体から切断されて宙にあった。一刹那の前に、彼女らの中心を一筋の光が駆け抜けていた。

 

 

「スクランダー…カッター」

 

 

 悲痛さに満ちた女性の声が、墜落していく少女達には聞こえただろうか。

 声を紡いだのは、少女達よりも幾分か年上かつ身長の高い、少女以上成人未満といった年齢の美女だった。

 銀と黒で彩られた女体は裸体に極めて近い肉感と金属の輝きを放つ、人と人外の美を示していた。

 鋼の女神(ミネルバ)と、彼女を見た者は思うかもしれない。

 背面には、闇の中で燦燦と輝く光の翼があった。翼には微かに、闇の残滓が付着している。

 少女達の首を撥ねたのは、この翼の一閃だろう。

 滞空する鋼の女神の周囲へと、更に数倍に達する少女達が接近していく。

 

 その更に遠方からは、大津波か雲霞の如き数の少女達の姿が見えた。

 彼女は、女神は逃げも隠れもせず、少女達の到来を待った。

 鳥の翼を模したような美しい銀髪を冠した麗しい顔は、哀切さに満ちていた。

 

 

「ごめんなさい」

 

 

 謝罪と共に、女神の両目が輝く。

 光は目から溢れ出し、涙となって頬を伝う。

 そこに、真紅の光が差した。

 それは、女神の下方から生じていた。光子の翼を翻し、彼女は飛翔した。

 影の少女達は、その後を追うべく目の無い顔の眼差しを向けた。

 だがその途端、彼女たちの体に異変が生じた。体の各部が砕け、その輪郭を崩壊させていく。

 それはまるで、津波が砂へと変じて崩れていくかのようだった。

 人形のように壊れていく少女達を、女神は悲痛な眼差しで見送った。

 

 彼女たちが地面へと落下する前に、その姿を真紅の光が包み込んだ。

 

 

 

『ダイナミックファイヤー』

 

 

 思念と共に、大地の一面が真紅に染まる。大地に描かれたのは、一対の翼のような巨大な紋様だった。

 そのから放たれた熱線により大地を覆う瓦礫や少女達の残骸が一瞬にして蒸発する。

 見渡す限りの真紅の光を前に、女神は静かに上空を見ていた。

 超高温が女神の肌を焙るが、彼女の外見に変化はなく、ただ苦痛を堪える表情だけがあった。

 しかしそれは、大地をも消滅させる超高熱による苦痛の為ではなかった。

 

 熱線は空を貫き、空も真紅に染め上げた。その紅の炎の中、巨大な影が蠢いていた。

 紅の中で、途方もなく巨大な存在が崩壊していた。

 それは巨大な歯車であり、そこから逆さまに生えた貴婦人でもあった。

 崩壊していく歯車の貴婦人は、炎の中で哄笑を上げていた。

 しかしそれも数秒であった。光が収束し、消滅した後には無音の空が残った。

 吹き荒れていた超高熱も、冗談のように消えている。

 

 光が収束した場所は、大地に立つ黒鉄の巨体。

 高高度から墜落し、大地に激突してもなお、その鋼の体には傷の一つもない。

 瓦礫による粉塵も、超高熱と爆風によって吹き飛ばされている。

 黒鉄の体には、何の欠損や汚損がない。

 しかしながら、その巨体は片膝を着いた。

 

 

「Z…」

 

 

 巨大な顔の傍ら、肩のあたりに女神は降り立ち、その繊手を装甲にそっと添える。

 Zと呼称した存在とのサイズ比は、それこそ神と人間のようなものであったが、彼女が巨体を見つめる眼差しは愛する異性に対するそれであった。

 

 

『君は無事か。ミネルバX』

 

 

 傍らの女神に、Zは思念を送る。女神…ミネルバXは頷いた。

 黒鉄の神、Zは動力が切れたのではない。彼の体内の動力炉は、その巨体を最大戦速で未来永劫に稼働させる出力を持ち全身を構築する超合金は破壊不能の強度を誇る。

 今放った熱線も、必殺の一撃ではあったがその消費分は既に補われている。

 

 

『すまない』

 

 

 Zは思念を放った。嘆きの感情に満ちていた。

 その嘆きを受けるものはもう、誰もいない。

 

 

『苦しめてしまい、すまない』

 

 

 その対象は、彼に戦いを挑んだ無数の異形達だった。敵対した者達を、Zは心底から憐れんでいた。

 機械の頭脳には、真紅の熱線の中で消えゆく貴婦人の哄笑が今でも鳴り響いているのだろう。

 いや、それだけではなかった。

 飛翔する鉄拳で打ち貫かれた脳髄は、消滅の寸前に意思を発していた。

 全てを消し去りたいという願いの思念だった。

 口から放った神の嵐の中。原子まで破壊する光子と強酸の奔流の中、異形達は断末魔を放っていた。

 後悔、憎悪、執着、無関心、悲哀、愛情、そして嘆きと祈り。

 それらは一瞬で消え去ったが、厳然とした事実であった。

 

 

『俺ではやはり、あの者の様にはいかないな』

 

「違います」

 

 

 Zの嘆きを、ミネルバは即座に否定する。その顔には悲しみがあり、その心の中には消えることが無い憎悪があった。

 

 

「あの悪魔には、Z。貴方のような感情は無いわ」

 

 

 口調を抑えてミネルバは言った。その顔はどこか虚ろであった。

 極限の怒りを、機械としての性能をシャットダウンすることで封印しているのである。

 辛辣な言葉が、それでも怒りが表出した証拠だった。

 

 

『君の気持ちはよく分かる。だがその悪魔は俺の中にもいるのだ』

 

 

 伴侶の言葉に、ミネルバは唇を噛みしめ、拳を強く握る。

 繊手が束ねられた小さな拳は更に一回り小さくなった。異常な力が拳に加わっていた。

 

 

『あの者は変わった。俺が勝てたのは、君とあの者が彼女達の力を削いだからだ』

 

 

 Zの言葉にミネルバは頷く。愛する者に尽くせたという感情が、彼女の中の激情を退けていく。

 完全には消えず、恐らくは永遠に消えないだろうが、今はそれが収まっていた。

 しかしそれでも握り締められた拳は震えた。だがそれは、彼女の怒りによるものではなかった。

 振動しているのは、世界そのものだった。

 天も地も、万物を激震が襲っている。その中で小動もしていないのは、Zと呼ばれた機械の神のみ。

 彼は立ち上がり、紅の翼で飛翔した。

 広い大空は彼の領域であるが、振動はなおも続いてる。

 大地は既に砕け、世界が黒い大穴に呑まれていく。そして、その大穴は世界を喰らいながら蠢いていた。

 

 大穴の淵から、何かが這い出していく。

 黒い触手のようなそれは胴体ではなく、体の一部にしか過ぎないとZとミネルバは判断した。

 

 

『ミネルバX』

 

 

 続く言葉に、ミネルバは身構えた。

 予測されるのは二つ。どちらも相手が自分を想ってくれていることが分かり、途方もなく嬉しいのだが、彼女は片方の言葉を切に願った。

 

 

『共に戦おう、我が妻よ』

 

 

 望む答えを選択した彼に、彼女は力強く頷いた。

 遂に穴は世界を砕き、その内側から巨大な異形を吐き出した。

 それは空を覆う巨体を誇った歯車の貴婦人すら、比較対象にもならない存在だった。

 迫る闇を前に、Zとミネルバは一歩も引かずに対峙している。

 両者の体に光が点り、搭載された武装がメカニズムの唸りを上げる。

 

 

『友よ、後は頼む』

 

 

 闇との接触を前に、Zは内心で呟いた。

 そして鉄の城として、迫る闇を迎え撃った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女はきょとんとしていた。首を右に傾げ、相手を見る。

 相手もまた同じように首を傾げた。不思議なことに、全く同じ速度とタイミングだった。

 

 

「あ、ああ、あ、あ…」

 

 

 相手の口が小刻みに震える、桃色の少女は不思議に思った。

 自然と体が動いていた。震える唇に、そっと手を伸ばす。

 唇に手が触れ、親指が下唇を少し引いた。米粒のような白い歯と、桃色の歯茎が見えた。

 その歯並びと歯の色、それどころか唇に顔に髪型にと、少女は全てに見覚えがあった。

 

 

「ありがとう、鹿目まどか。震えが少し収まった」

 

 

 相手は礼を言った。桃色の髪に可愛い顔に小柄な体格。

 異なっているのは、服装のみ。

 見滝原中学校の制服と、黒いロングシャツに藍色のスリムパンツの対比。

 鹿目まどかと鹿目まどかが対峙していた。

 

 

「すまない、鹿目まどか……すまない……私としたことが……」

 

 

 唇を掴まれている方の鹿目まどかは、そのままの状態で器用に声を出した。

 口の開閉を伴わず、喉の震えだけで行われる発声はだみ声となっている。

 掴んでいる方の鹿目まどかは、その様子に驚いていた。

 言動よりも、自分の声帯がこんな音を奏でられる事に、であった。

 それは我ながら、魅惑的と思える音程のだみ声だったのだ。

 

 

「私の姿は、どこかおかしかったのか?どこか至らぬ点があったのか?むしろ完璧すぎ……ている、わけがない。完璧などこの世になく、そしてこの美しさは再現できるものではない。そもそも再現するという行為に何の意味がある。相似形との対峙では単に、生理的な嫌悪感を与えてしまっただけではないか」

 

 

 可憐なだみ声による長ったらしい独白が続く。聞いている方の鹿目まどかは少し怪訝な表情をした。

 気味が悪い、というまでには至らないが、少しの不信感と自らの至らなさと鹿目まどかへの無配慮を嘆いている鹿目まどかへの心配があった。

 常人なら、或いは少しでも情緒を持つ存在なら気が触れてもおかしくなさそうな状況だったが、制服姿の鹿目まどかはほぼ、相手への心配だけをしていた。

 優しすぎる、という言葉では足りない精神の持ち主だった。

 それから更に少し嘆いたところで、

 

 

「ああ…終わった。絶対に嫌われたくない相手に絶対に嫌われた。世界はそれで確定されてしまった。もう終わりだ。私もう無理、零に還る」

 

 

 と、天を仰ぎながら私服姿の鹿目まどかは嘆いた。

 相変わらず唇を引かれたまま、という事を除けば中々様になる姿であった。

 それはこの世の無情を嘆く、少女の形をした神にさえ見えた。唇が掴まれていることを除けば。

 その時、その唇に力が加わった。手前に軽く引かれたのである。

 穏やかに輝く白い光が溜まる空を仰いでいた鹿目まどかが前を見る。

 言うまでもなく、そこにも鹿目まどかがいる。

 唇は更に強くぐいと引かれた。引かれたが、肉の形は変化しなかった。

 最初はともかく、掴まれている側が自分で唇を尖らせたことで、鹿目まどかは唇を掴めていた。

 柔らかい感触だが、それ以上の物理的な変形が不可能のような。極めて何か、物理の法則に反したような存在だった。

 そのような事は鹿目まどかは思いにもせず、ただじっと見ていた。自分と同じ顔の存在を。

 強い眼差しであったが、そこに敵意は無い。

 あるのは、手を離すまいという必死さだけだ。よく見れば、桃色の瞳を宿した眼には微かな潤みも見えただろう。

 

 

「…行くな、というのか」

 

 

 相変わらずのだみ声で、しかし落ち着きを取り戻した声で鹿目まどかは言った。

 鹿目まどかも頷いた。

 

 

「すまない、鹿目まどか。私としたことが取り乱してしまった」

 

 

 鹿目まどかに謝罪する鹿目まどか。鹿目まどかも鹿目まどかの謝罪を受け入れた。

 

 

「醜態を晒したことに対し、可能な限りの謝罪をしよう。望むことを言ってほしい」

 

 

 鹿目まどかが告げた。それは見返りを求めない、ただどこまでも真摯な言葉であった。

 真摯であるが、それはどこか非人間じみていた。まるで、機械や法則が祈りを捧げているかのような。

 

 

「貴女の望みが、私の望みだ」

 

 

 その言葉は、相手の遠慮を挫くためか。鹿目まどかは少し悩み、その言葉を受けることにした。

 恐らく、謝罪を無為にしては悪いと思ったのだろう。あまりにも優しすぎる少女だった。

 この時になってようやく、鹿目まどかは鹿目まどかの唇から手を離した。

 繊手には、一滴の唾液も付着していなかった。

 

 

 

 

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