魔法少女☆鹿目まどか 円環最期のZERO秒間   作:凡庸

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第53話

 『自己再生』。

 それが、鹿目まどかが最初に思った事だった。

 自分が思い描く『最強で無敵のマジンガーZ』。

 その能力がこれだった。

 発想の原型は、個体差はあれど魔法少女に標準搭載されている同能力である。

 血と肉で出来ている脆い魔法少女が戦い続けられる理由の一つとしてとても重要なものだった。

 もしこれを頑強極まりない超合金Zで全身を構成しているマジンガーZが搭載していれば、それはもう無敵だろう。

 最初からもう結論が出来てしまった、と鹿目まどかは一瞬思ったが、それはすぐに幻想だと思い直した。

 

「…これだけじゃ足りない」

 

 脳裏を過るのは戦闘獣。そしてグレートとカイザーだった。

 前者は単純に打点が高く、後の二体は装甲が超合金NZと超合金NZαという上位の素材を使用している。

 NZならまだ理解が及ぶが、NZαは常軌を逸した頑丈さを発揮していた。

 カイザーの異常な頑丈さを鑑みると、再生能力程度では安心できない。

 なので、彼女は根本から考え直すことにした。

 

「破壊不能」

 

 読んで字の如くである。

 そう。

 破壊出来ない。

 破壊されない。

 それが、鹿目まどかの考えたマジンガーZの基本性能だった。

 超合金Zは無敵の硬度を誇り、衝撃や熱によって破壊されることはない。

 

「…よし」

 

 その案に、鹿目まどかは満足げに頷いた。

 それだけではなく、

 

「エネルギーは無尽蔵」

 

 と、とんでもないことを言いだした。

 マジンガーZは元々からして、光子力により莫大なエネルギーを有している。

 それが無尽蔵となってしまった。

 光子力エネルギーは全身を構築する超合金Zに蓄えられ、体内の光子力エンジンにて増幅される。

 これは永遠に尽きることが無く、マジンガーZは不滅の存在と化した。

 インキュベーター垂涎の存在となってしまったことに、鹿目まどかは苦笑した。

 とはいえ、これで基本性能は良しとした。

 

 あとは「再生」に次ぐ機能の創造である。

 破壊不能の存在に再生など、とは思わなかった。

 最強の存在であるのなら、妥協は許されない。

 力はあればあるだけ良いのだ。

 

「そして自分で武器を生み出せる」

 

 その応用だろうか。

 更に能力が盛られたのであった。

 イメージとして両腕の側面から刃を生やしたマジンガーZが描画された。

 その時に気が付いた。

 

「………あ」

 

 ここまでの大体は、既にマジンガーZが備えている能力である。

 武器の生成や再生は魔法少女の能力が元ネタだった。

 それ以外は能力の高低はあっても概ねその通りである。

 そしてZの時点でこれならば、グレートとカイザーは更に上を行くことになる。

 というかそもそも、この両者は自前で刃を生成できる。

 改めて思えば、カイザーどころかグレートも異常な性能なのである。

 

「あんなの、ぜったいおかしいよ」

 

 彼女は率直な感想を口にした。

 体全体が重金属に変じたかのように、疲労で重くなった気がした。

 

「!!!!」

 

 だが、鹿目まどかは再びペンを走らせた。

 方向性は間違っていない。

 ならば自分のイメージの角度はまだ低い。欲望の値が低すぎるのだ。

 ならばもっと。

 もっとイメージを膨らませろと彼女は自分に命じた。

 魔法少女の力を乗せたマジンガーZ。

 そんなの、最強で無敵で完璧であるに決まってる。

 いや、そうでなければならない。

 絶対に描いてやる。

 顔の汗を拭うのも忘れ、彼女は思考を巡らせていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…辛いわ。本当に」

 

 暁美ほむらは苦悩していた。

 苦悩しながらもその手は止まらず、何かを書いている。

 机の上には何冊もの本が置かれ、その大体は開かれていた。

 作業に没頭する彼女の元へ、いくつかの声が届いた。

 

「ワッツ?何でリアル・ファイトのWORLDにROBOTが?」

 

「大国の軍隊のやる事ですからね。大体何でも作れるんでしょう。多分」

 

 世界の観測装置を用いて、アリナは他の世界を観測していた。

 少し前は異形の兜型だったが、今は手のひらサイズのキューブ型となっている。

 アリナ本人のキューブ生成魔法とまばゆの光の魔法が合わさり、軽量化に成功していた。

 四角の中に投影された世界があり、アリナはそこを覗き込んでいた。

 

「スペックが滅茶苦茶なんですケド。MASKED-RIDERか何か?」

 

 アリナほどの異常者が困惑していた。

 観測対象が何処の世界かは察しがついたが、暁美ほむらは声を発しなかった。

 元々自分に向けられた発言ではないし、今は作業中である。

 そしてそもそも、幾つもの世界を巡った彼女ですらその世界は度し難かったのである。

 

「今度はサイボーグ・ドッグが壁を粉砕してるんですケド」

 

「やっぱ凄いですね、米軍は」

 

 そう言い終えたまばゆと、それを聞いたアリナが自分をじっと見た。ような気がした。

 恐らく自分の勘違いで、ワルプルギス用にと散々に在日米軍基地から兵器を略奪したことへの罪悪感の表れだと思った。

 ついでにもしもあの等身大の人型兵器が配備されていたら、結構役に立ったに違いないという思考が掠めた。

 簡易的ながら備わった再生能力と、人間を凌駕する戦闘力。

 何より命令を与えれば機械の整備までこなせる汎用性が気になっていた。

 味方として使えたら、結構便利だったに違いない。

 会話も可能なので、暇つぶしにも役立ったろうと。

 

「出来た」

 

 雑念まみれの思考ながら、完成品が出来ていた。

 声に呼び寄せられ、まばゆとアリナが練り歩いてきた。

 

「Beautifull」

 

「ほんとです。そっくりですよ」

 

 暁美ほむらが描いたものに、アリナとまばゆは賛美を送った。

 この時暁美ほむらは、二人の評をほとんど聞こえていなかった。

 

「鋼の女神…ミネルバX」

 

 彼女の呟きは感嘆の響きを帯びていた。

 机の上に広げられたノートには、美しい女性の姿が描かれていた。

 それは、擬人化されたミネルバXであった。

 

 その顔は、絶世の美女に相応しい造形をしていた。

 大人の女性の凛々しさと少女の若々しさが矛盾なく合わさった、美の結晶のような麗しさがあった。

 モデルのような高めの頭身、全体的にスラっとしつつも豊満なバスト、そして腰の括れや体の各部の曲線も、何もかもが美しい。

 その姿を、ボディスーツの様な衣装が覆っていた。

 女体の形が如実に浮かび上がった姿であるが、女神の彫像の様な神々しさがあった。

 

「邪悪なものにも使い道はあるものね」

 

 視線を自らの創造物に注いだまま、暁美ほむらは苦々しく呟いた。

 机の上には、アリナの棚から拝借した資料集が堆積している。

 それらの内の一つ、分厚い書物が開かれていた。

 そこに描かれていたのは白と黒の魔法少女。

 

「なるほど。織莉子さんとキリカさんのボディを参考にしたんですね」

 

「確かにこの二人は素材として優秀なんだヨネ」

 

「…っ」

 

 指摘された言葉に、暁美ほむらは不快さを湛えた呻きで応えた。

 言われた通り、肉体のモデルとしたのは美国織莉子と呉キリカである。

 身長と体格のバランスを考慮した結果、自分が最も嫌う魔法少女二名に行き着いたのは皮肉でしかなかった。

 

「でもベースは暁美さん本人ですよね。雰囲気が似てます」

 

「気持ちが籠ってる証拠だヨネ。褒めてアゲるヨ、デビルホムホム」

 

 暁美ほむらは頷いた。

 嬉しい事は嬉しいのだが、嫌いな存在と融合するに等しい所業は彼女の胸を抉っていた。

 経験は無いが、産みの苦しみの摸倣であると思う事にした。

 しかし、これは始まりに過ぎなかった。

 まだスタートラインにすら立っていないと言える。

 

「ここからだわ」

 

 苦悩の表情を浮かべながらも、彼女は決意を固めた。

 本当に大変なのはここからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 神である少女、鹿目まどかは悩んでいた。

 腕を組み、ノートへと視線を落とす。

 ノートの中には無数のマジンガーZが描かれていた。

 所狭しという言葉がぴったり合うような、というか隙間の存在を赦さないほどにぎっちりと書き込まれていた。

 僅かな隙間にすら、デフォルメされたマジンガーZが描き込まれている。

 それが、ノート一冊分に及ぶほど描き込まれていた。

 病的に思える現状の理由は分かっている。

 ネタに詰まったのだった。

 描きたいものはある。だが描きたいことが多すぎて纏めきれない。

 発熱した思考を発散させるために、延々とマジンガーZを描いていた。

 しかし無駄な行為には思えなかった。少なくとも描画は大分上達した。

 どんな事にも無駄は無いと思えた。

 

 一方で、大量に描いたマジンガーZ達はまるで、山積みになった残骸を彷彿とさせた。

 走り書きに近いものも多数あり、それらはまるで損傷を負ったかのようになっていた。

 ペン先を離す前に描画に移ったことも多く、そのせいで無数のコードに覆われて何かに接続されているようにも見える。

 そんな意図は全くなかったのだが、酷く無惨な様子にも見える。

 例えるならそれは、マジンガーZの墓場であった。

 思わず罪悪感を覚えていると、何かがふつふつと心の奥から湧いてくる感覚がした。

 それはインスピレーションの閃きだった。

 

 思考が霧散しないように、鹿目まどかはノートを見た。

 描かれているのは無数のマジンガーZ。

 何故こんな数が存在するのか。

 それは自分が描いたからではあるが、多数あるからには何かの理由がある筈だ。

 多数描いたのは、最強の存在を目指したからだ。

 しかし何故、複数描く必要があったのか。

 思考が交差し、結果と因果が前後する。

 そして閃きは形を成した。

 

「試作品」

 

 そうだ、と彼女は確信した。

 最強という終着点があるが故に、それに至れなかった存在達。

 これらは、マジンガーZの試作品達なのであった。

 そう気付くと、更に思考が先に進んだ。

 多くの存在がそうであるように、完成や現時点での最高点に達するまでには無数の試作を生む。

 それは自分、つまりは鹿目まどかも同様だった。

 

 自分という存在は、時間遡行を繰り返し、因果を蓄積させて神へと至った。

 一番最初に魔法少女になった頃と、神になる前の自分とでは比較対象にもなりはしない。

 それに気付いた時、彼女は新しい考えが浮かぶと同時に複雑な心境を抱いた。

 歓喜と悲哀が入り混じる。

 だが感情に呑まれる前に、鹿目まどかは新しいノートを生成してからペンを取った。

 全ての感情を元に、描きたいものを描く。

 彼女は再び作業に没頭し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「暁美さん、大丈夫ですか?」

 

「デビルホムホム、吐くならバケツの中にしてプリーズ。大事に全部使うカラ」

 

 机に突っ伏しながら、暁美ほむらは自分を心配する声を聴いていた。

 後半の方は、これでもこの異常者を超えた異常者なりの気配りと思うことにした。

 そうしなければ、心の負担が更に増えると思ったからだ。

 今の彼女は、心を切り刻まれる苦痛に耐えていた。

 彼女の顔とゼロ距離となったノートには、彼女の描いた物語が描かれていた。

 描いた張本人である暁美ほむらはそれを見て

 

「地獄」

 

 と呟いていた。

 嘆きながら、彼女はノートの中身を読み返した。

 絵と文章で、または多数の設定の走り書きを視認して、脳内で映像へと変換する。

 彼女の心の中で、等身大の美少女となったミネルバXの活躍が紡がれていく。

 それは苦難と悲しみに満ちていた。

 彼女が描いたミネルバXは、時を遡る能力を持っていた。

 自らが破滅する度に意識は起動した時点に戻り、その度に新たな選択をし、破滅の未来を避けようとする。

 だが何度試してもその試みは実を結ばず、彼女は何度も何度も時を巻き戻し、新たな世界で新しい選択を続けていく。

 

 時間遡行の原理については、深く考えなかった。

 ただ、彼女が迎えた悲劇を回避するためにはその方法しか思い浮かばなかった。

 

「…違うわ」

 

 暁美ほむらは自らの思考を否定した。

 ミネルバXはマジンガーZの伴侶として創造されながら、添い遂げられずに機能を停止した。

 ほんの少し、あと少しだけ救援が早かったのなら、彼女は助かっていた。

 暁美ほむらはその結果が許せず、自ら物語を紡ぐことにした。

 その時点で、彼女はこの行為に矛盾を感じていた。

 求めているのは結果であり、過程ではない。

 なので悲劇を描く必要はなく、ミネルバXにとってのハッピーエンドを描けばいい。

 

 その過程を描いているのは、自らの内に渦巻く混沌とした感情に起因すると、暁美ほむらは確信していた。

 事情により長らく忘却する羽目になっていたとはいえ、自分の時間遡行には愛生まばゆという相棒がいた。

 前述のとおり忘れていたが、今でははっきりと思い出せるし今は常に共にいる。

 だがしかし、忘却により孤独に過ごしていた記憶は如何ともしがたい苦痛を未だに心に残していた。

 この痛みを共有できる存在が欲しい。

 その感情はまばゆへの裏切りに近いと思いながらも、暁美ほむらは自らの物語をミネルバXへと適用していた。

 時を繰り返し、今では高次元存在と化したとはいえ、精神は十四歳の子供であるから経験が足りない。

 だから自分の人生を使うしかなかった、というのは他者から見れば納得するかもしれないが、それでも自分は納得できない。

 しかしそれ以外に自分の人生は無く、他に選択肢はない。

 行き場のない思いを、暁美ほむらは創作という形で吐き出していた。

 

「………」

 

 やがて彼女は、ゆっくりと顔を上げた。

 首の座らない赤子のようにぐらついた頭部を、半ば強引に正して姿勢を戻す。

 背後では相変わらず、アリナが世界を観測している様子が伺えた。

 流れてくる会話によれば、ごく普通に暮らしていた女子高生が何故かロボットに乗ることになり、警官に暴力を振るったり賭け試合で無双したり、挙句に金を盗んだり宇宙から地球に落下したりといった事象が発生しているらしい。

 魔法少女基準でも異常な事態が起きている事が察せられていた。

 そもそも漏れ聞こえているだけでも素行が悪すぎる。

 そんなことが許されていいのか。

 そう思わずにはいられなかった。

 

「ふっ……」

 

 気付かぬうちに、暁美ほむらは微笑んでいた。

 少し前にアリナが観測していた世界もそうだが、世界の在り方は様々であり、中にはあまりにも混沌とした世界があった。

 その事がまるで免罪符のように、暁美ほむらの心を癒していた。

 その感覚は錯覚であると認識しつつも、カオスな世界の在り方は暁美ほむらに奇妙な勇気を与えていた。

 世界は自由であっていい。

 そう言われたような気がした、と思う事で自分を納得させようとしている。

 生来の生真面目さゆえに苦しみつつ、それでも彼女は癒されていた。

 

「…え?」

 

 その感覚に、突如として別のものが覆い被さった。

 それは彼女の、暁美ほむらの思考ではなかった。

 彼女と限りなく近く、そして果てしなく遠い存在からの思考が、暁美ほむらに流れ込んでいたのだった。

 その発生源へと、暁美ほむらは視線を送った。

 十数メートル離れた場所に座る少女、鹿目まどかの姿を視認した瞬間。

 

「暁美さん、ちょっと失礼します」

 

「え?」

 

 従者の声に反応する間もなく、暁美ほむらの視界が閉ざされた。

 数秒後、暁美ほむらの口は小さな声を漏らしていた。

 それは、恐怖の悲鳴であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界は破壊で満ちていた。

 地上に広がるビル群は瓦礫の山と化し、自然の緑は全てが焼き尽くされた死の荒野となっている。

 空に青は無く、僅かな灰色の隙間を除いて毒々しい黒煙が世界を覆っていた。

 薄闇に沈んだ世界はしかし、至る所で轟々と燃え盛る炎によって照らされていた。

 文明も自然も、何もかもが等しく地獄の如き猛火の凌辱を受けている。

 

 それらを物ともせず、激震と轟音を響かせ、破壊された世界を更に破壊していく存在がいた。

 それは、奇怪な姿をした機械の獣。

 機械獣と呼ばれる巨大ロボットだった。

 数十メートルもある体躯の機械獣は一体ではなく、群体生物の如く無数に存在していた。

 黒煙で覆われた空もまた、大雲霞に等しい数の空飛ぶ機械獣でひしめいている。

 

 大地には兵器の残骸が散らばり、それらが無残に踏み荒らされる。

 人間の姿は何処にもなく、屍の欠片すら見当たらない。

 しかし異形の大群は、ある一点を目指して進撃していた。

 

 その機械獣の群れが、突如として破裂した。

 頑丈な装甲が紙きれのように破壊され、内部のメカを血飛沫のように撒き散らす。

 地上の数十体が吹き飛ばされると、今度は上空の機械獣達が百体以上も爆砕された。

 それらの破壊は、火焔を噴いて高速で飛翔する黒鉄の拳によって起こされていた。

 開いた五指からの逆噴射により、拳が腕に装着される。

 発射から帰還まで、二秒と掛かっていない。

 たったそれだけの間で、世界を蹂躙した機械の獣達は数百体も破壊されていた。

 撒き散らされた炎が、その存在を煌々と照らし出す。

 

『マジンガーZ』

 

 その名を唱えたのは、二人の少女だった。

 鹿目まどかと暁美ほむら。

 二人の少女の姿は虚空に浮かび、横に並んでいた。

 

 

 視線の先には、くろがねの城、マジンガーZの威容が聳えていた。

 そこに向けて、無数の機械獣達が殺到する。

 ロケットパンチの一撃で二百体近くの機械獣を粉砕したが、それは氷山の一角に過ぎなかった。

 同胞の死骸を踏みつけ、宙を舞う破片を翼で切り裂きながら機械獣達は殺到していく。

 迫り来る機械獣を前に、マジンガーZは動きを止めていた。

 

 やがて距離が詰まり、機械獣達はZに向けて一斉に武具や爪に牙を立てていく。

 だが接触の瞬間、砕け散ったのは機械獣の方だった。

 武装だけではなく、刃を振るった腕が、牙で噛んだ頭部が、蹴爪を立てた足が枯れ木のように折れている。

 機械獣が弱いのではない。

 マジンガーZの装甲が異常な強度を誇っており、攻撃の反動で破壊されたのだった。

 

「破壊不能」

 

 暁美ほむらは鹿目まどかの呟きを聞いた。

 確かにマジンガーZには傷一つない。黒と白の装甲は、まるで磨き上げられた鏡のように輝いている。

 その輝きに赤が足された。

 胸の放熱板に、瞬時に膨大な熱力が蓄積し眩い光を放っている。

 そして。

 

「ブレストファイヤー」

 

 鹿目まどかの声を、真紅に染まった視界の中で暁美ほむらは聞いた。

 正面に向けられて発射された筈の熱線は、その範囲が全方位に広がっていた。

 紅の視界の中、機械獣達は瞬時に蒸発した。

 距離も範囲も関係なく、一滴も残らない完全な消滅。

 それは大地も同様であり、大地は波立った途端に蕩けて消えた。

 異常としか思えない威力であった。

 

「無尽蔵の…エネルギー」

 

 頭の中に流れてきた言葉を、暁美ほむらは口にする。隣の鹿目まどかは無言で頷いた。

 同じ思考を共有していると暁美ほむらは思った。

 これが、鹿目まどかの考える「無敵のマジンガーZ」なのだと。

 

 破壊はなおも収まらず、大地が大きく抉れていく。

 最初の時点で、見滝原に相当する地域が地中深くまで蒸発したことが察せられた。

 それから数秒経ち、既に破壊の範囲は日本列島を覆っている。

 やがて海が蒸発し、大陸が爆ぜ割れ、そして…。

 

 破滅の光景を見つめる鹿目まどか達も、完全に光に呑まれていく。

 その中で、二人は同時に相手の手を握った。

 鹿目まどかは左手で、暁美ほむらは右手を伸ばした。

 神の左手と悪魔の右手が、真紅の中で交わる。

 

 

「感じる。運命の渦を」

 

 互いの手を握った時、二人の脳裏に声が響いた。

 それは声だけで、その者の見た目もまた麗しいと分かるほどの、美しい女性の声だった。

 

「閉じた永遠の輪を…また…すでに」

 

 その声は、無限の虚無と悲しみで満ちていた。

 

「滅亡が始まっている」

 

 諦念の嘆きが二人の元へ届いた時に、鹿目まどかと暁美ほむらの輪郭が消滅した。

 存在している世界そのものが崩壊したからだと、消えゆく二人は悟った。

 意識が消えていく中、深い悲しみの声が、二人の心に喰い込んでいく。

 そして消滅の刹那、最後に観た光景が脳裏に焼き付いた。

 

 万物が崩壊する、この世の果てが訪れる中。

 破壊の根源であるマジンガーZだけが、不滅を示すかのように悠然と聳え立っていた。

 そしてその魔神の顔は二人に向けられている。

 鋭角が縁取られた機械の眼光が、鹿目まどかと暁美ほむらを見ている。

 それは機械のものではなく、感情のある存在の視線であるように、消えゆく二人は感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「って感じだけど、どうだったカナ?」

 

「………」

 

「………」

 

 アリナの声が耳に届き、鹿目まどかと暁美ほむらは自分の頭に手を伸ばした。

 カチャリという音を立てて外されたのは、緑色の光を帯びたゴーグルだった。

 VRゴーグルというやつだろう。緑色は濃淡が入り混じり、それを製作したものがまばゆとアリナであることを示していた。

 

「……」

 

「……」

 

「どうだったカナ?」

 

 ゴーグルを外した二人は、何時の間にか白い椅子に座らされていた。

 暁美ほむらはその椅子が、かつて自分の精神世界の中で見た悪夢の産物であることに気が付いたが、文句を言う気は失せていた。

 感想を急かすアリナの言葉も、ほとんど耳に入らず無言を貫いている。それは鹿目まどかも同様だった。

 ただ二人は、さきほど観て聴いた事象の事で頭が一杯だった。

 あの観たものが、自分達二人の妄想から出力されたデータを用いて、アリナが製作した映像作品であることは理解出来る。

 だが、どう反応していいのか分からなかった。

 それは、あの破滅的な内容に対する思いであるのだが、その出来栄えについて、という想いとは少し異なっていた。

 

 ゴーグルを椅子の傍らに置くと、鹿目まどかと暁美ほむらは立ち上がり、ふらふらとした足取りで何処かへ歩いて行った。

 アリナはその様子を眺めつつも、後を追わずに二人の背を見送った。

 

「ま、いっか」

 

 欠伸を噛み殺す様な口調でアリナが言った。

 

「ハッピーエンドは嫌いじゃないけど好きでもないんだヨネ」

 

 ゴーグルの内の一つを手に取って覗き込む。

 その中で、マジンガーZの物語が描かれていた。

 苦戦しながらも機械獣の軍団を倒し、ループを乗り越えたミネルバXも破壊されることはなく、世界に平和が訪れる様子が描かれている。

 現実と見まごうほどに精緻に描かれたアニメーションは普段のアリナの絵柄ではないが、卓越した画力によって世界が描画されていた。

 その出来栄えに一定の評価はあれど、言葉の通り満足ではないようだ。

 ゴーグルを再び椅子に戻すと、アリナはその場を後にした。

 眠っている後輩の世話をしに行ったのだろう。

 

 入れ替わるようにして、まばゆがその場に赴きゴーグルを装着した。

 当然ながら、アリナが観たものと同じ世界が描かれている。

 正義のスーパーロボット、マジンガーZによって世界が平和になる様子をまばゆは観た。

 観終えてからもしばらくの間、まばゆはゴーグルを装着したままだった。

 やがて顔から外した際、まばゆは少し、困ったような表情を浮かべていた。

 

「うーん………」

 

 可憐な苦悩の唸りを、まばゆは漏らす。

 

「どうするのが正解なのか。そもそも正解なんてあるんでしょうか」

 

 嘆きの様な言葉を呟き、彼女はゴーグルを椅子に戻した。

 そして鹿目まどかと暁美ほむらが出て行った方向を眺めた。

 アリナの部屋の出口から、二人が戻ってくる気配は未だない。

 

 

 

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