「…」
「…」
夜の街の公園で、鹿目まどかと暁美ほむらは沈黙していた。
童心に還るつもりなのかブランコに乗り、脚をぷらぷらとさせている。
カシュっという音が鳴った。二人が同時に飲み物の缶の蓋を開けた音だった。
少し前に寄った自販機で、両者は共にブラックコーヒーを選んでいた。
そして二人同時に缶を口に添えて一気に飲み干した。
同時に飲み終え、同時に缶を消滅させる。
飲料の購入から今に至るまで、二人は無言を貫いていた。
というかそれ以前、アリナ・グレイの部屋から出てからずっと無言だった。
無言ではあるが、両者は意思を通わせていた。
相手の思考が、なんとなく流れ込んでくるのであった。
様々なノイズはあれど、考えの方向性は同じだった。
「…あれは、空想とは思えないわ」
暁美ほむらの呟きに、鹿目まどかは頷いた。
先ほど自分達が観た映像。
正義のヒーローである筈のマジンガーZが世界を滅ぼす様は圧巻だった。
その映像は自分達の妄想から生み出されたもの…の筈なのだが、自分達にはその実感が無かった。
一方で、それが空想の事象とは思えなかった。
何でそう思うのかが分からない。
アリナなの創造物である映像に、圧倒的なリアリティがあったからというだけにも思えない。
自分達が望んだ映像でないにも関わらず、何故か納得してしまう。
だからこそ、あの映像が空想とは思えないのだった。
「多分、私達も似たようなものだから…かしら」
ヒーローであってヒーローではない。
ヒーローの出来損ない。模倣品にして模造品。
そんな自分達の境遇を、本物の英雄であるマジンガーZにも適用してしまった。
暁美ほむらの考えはそうだった。
鹿目まどかは沈黙を守った。
一部では同意しているが、完全な否定はしたくない。
救いようのない世界に自分達は生まれたが、それでも救いが無ければならないと思っているからだ。
暁美ほむらにもそれは分かっている。
だからこそ、自らの存在を英雄と認めるわけにはいかなかった。
自分達が世界を害する者であったせいで、自らの半身に等しい少女は神と成り果ててしまった。
今こうして高次元の世界で共に過ごしているが、それは現世でしたかった。
唇を嚙み締め、思考を打ち切る。少なくともそう思い込むことにした。
今のこの思考は少なからず、鹿目まどかにも伝わっているからである。
「こうして会うのも久々ね。前は」
言いかけてから言い淀む。
背骨が焼却されたような怒りが、暁美ほむらの体内を駆け巡った。
「魔獣どもを懲らしめた時だったわね」
努めて怒気を殺して、暁美ほむらは言った。
それは思い出すのも腹立たしい、という言葉では到底及びもつかない事柄だった。
魔女の代わりに世界に湧いた災厄の存在である、「魔獣」。
それらは数多の世界の中で結託し、円環の理へと反旗を翻した。
魔法少女達は無力化され、女神である鹿目まどかは囚われの身となった。
暴虐に晒されようとしたその時に、悪魔である自分が魔獣の前に立ち塞がり、醜悪なる者達を蹂躙したのであった。
そこに至るまでは決して楽な道のりではなく、悪魔と女神の力を以てしても魔獣達は強大だったが、最終的に自分達は勝利を掴んだ。
「そうね。私達は魔獣どもを倒したわ」
暁美ほむらの声は、怒りと高揚によって熱を帯びていた。
鹿目まどかもまた頷いた。
あの時の感覚は、今もはっきりと覚えている。
傍らにいる少女と共に戦い、世界を奪い返した。
「ええ、確かに私がこの手で」
ブランコの鎖から手を離し、暁美ほむらは掌を掲げた。
開いた繊手の間に、彼女は眩い光を見た。
それは嘗ての光景であり、それを二人は鮮明に覚えていた。
「……」
「……」
しかし、二人は沈黙した。
自らの記憶に間違いは感じない。
だが、何かが引っかかる。
それは何かが分からない。
それが何かは分からなくていいし、分かる必要はない。
そんな、確信があった。
「………」
沈黙したまま、暁美ほむらは思い返す。
魔獣達は自分達の世界を一時的に、そして断片的とはいえ掌握した。
自分達は記憶の世界とでもいう場所に閉じ込められ、蘇らせた魔女という概念に襲撃された。
それを自分は、暁美ほむらは真っ向から打ち破った。
強化した身体能力で殴る蹴るをし、かつてとは比べ物にならないほどの威力に強化した銃火器で群がる魔女達を粉砕した。
超強化されたワルプルギスの夜でさえ、徹底的に蹂躙した。
それは魔獣達も同様だった。
世界を蹂躙した罪を、徹底的にその身に味合わせてやった。
ぶちのめしている際に、暁美ほむらは魔獣の願望を知った。
殴る蹴るし、撃ち貫いてを繰り返している際に浴びた、魔獣の肉体の残骸である瘴気からそれが伝わってきた。
魔獣達は鹿目まどかを暴虐し、永遠の拷問にかけようとしていたのだった。
魔獣の思考の中で、鹿目まどかは悍ましい災厄に見舞わされていた。
それは考えるだに思考を灼熱させる光景だった。
しかしそれは、何一つとして実現しなかった。
思考はあくまで思考であって、実現した事象では無い。
それが実現する前に叩き潰したし、もしも仮に自分が敗北しても魔獣達は鹿目まどかを掌中には出来なかっただろう。
世界が掌握されたとはいえ、それは断片であり本体ではない。
鹿目まどかの側からすれば魔獣とは世界の一部であり、鹿目まどかは世界そのものである。
観測者の立場であったなら、魔獣も観測対象なので積極的に干渉を行う事はない。
だが直接対決を挑んできたのなら話は別であり、敵として排除できる。
世界そのものに対して、世界の一部では勝ち目がない。
魔獣が一時的に優勢だったのは、あくまで虚を突いたからに過ぎない。
対峙した時点で、魔獣の敗北は確定していたのだった。
何故なら、鹿目まどかの神としての権能は。
「因果律兵器」
鹿目まどかは呟いた。
暁美ほむらは頷いた。
そう、因果律の操作である。
時間を繰り返して因果を束ねて神となった存在故に、因果律を操ることが出来る。
それを応用し、自らが望んだ世界を選ぶことが出来る。
敗北の事象を握り潰す事も出来れば、ほんの僅かでも勝つ可能性があればその事象を転移現出させることが出来る。
故にその能力の名は。
「因果律」
再び言葉を繰り返す。
そこで両者は気が付いた。
「因果律…兵器………?」
因果律は分かる。
だが兵器とはどうしたことか。
何故「魔法」と呼ばずに「兵器」としたのか。
それではまるで。
「マジンガーZ」
鹿目まどかは呟いた。
我が事であるかのように。
暁美ほむらは頷きかけ、そこで自らの心に驚いた。
因果律兵器という存在をマジンガーZも持っている。
そんな確信を抱いている自分に驚いていた。
マジンガーZは強力だが、言ってしまえば単に強力な兵器である。
いくらなんでもそんな無茶苦茶な能力は持っていない。
その筈だが、何故か心は納得している。
寧ろ、疑問に思っている心に動揺している。
落ち着こうと努めると、原因が分かってきた。
少し前に観た、世界を滅ぼすマジンガーZ。
それは正に神であり悪魔である者の所業だった。
あらゆる抵抗を物ともせずに、正義も悪もなく世界を蹂躙する。
そんな力を持っている存在ならば、因果律を操作し自分の望んだ世界を顕現させることも可能かもしれない。
寧ろ、その結果があの破滅の世界なのだろうか。
暁美ほむらはそんな思考を抱いた。
「考え過ぎね」
暁美ほむらは静かに言った。
だが内心は揺れていた。
考え過ぎではない。寧ろ思考が足りないと思っていた。
マジンガーZはあくまで、数多の世界の中で垣間見た世界の一つである。
正確には世界の中で生じた世界というべきか。
あくまで世界の中で生じた創作物の形で存在するものだ。
現実ではなく架空の存在。
実体は無く、全てが作りもの。
そこに自分達が価値を見出し、心を掻き乱されているに過ぎない。
なので世界そのものである鹿目まどかの存在を前にすれば、あまりにも矮小な存在に過ぎない。
世界は幾つも重なっているが、それは「鹿目まどか」という存在を基点とした世界である。
鹿目まどかの手中にある世界以外に世界は無く、それ以外は全て虚構に過ぎない。
それは厳然とした事実であり、疑いようもない。
しかし今、自分は、そして世界そのものである鹿目まどか自身もそれに疑念を抱いていた。
疑うことに意味はなく、そうしても何もないというのに何故か考えが止まらない。
妄想が止まらず、滾々と湧いてくる。
その思いは暁美ほむらと鹿目まどか、両者の思考を大いに掻き乱した。
駆け巡る思考は一瞬たりとも止まらず、心の中を奔っていく。
やがて思考の奔流は視界の中にも流れ、二人を飲み込んでいった。
「これは…」
気が付くと二人は、暗い闇の中にいた。
一切の光の無い空間が四方を覆っており、その果ては見えなかった。
闇の中に存在する人型の輪郭として、暁美ほむらと鹿目まどかが存在していた。
互いに互いの存在だけを感じている。
しかしその状態は長く続かなかった。
闇の中に、やがて一筋の光が流れた。
それは闇の中の遥か上から生じていた。
一筋だった光は枝分かれし、無数の分岐を描いた。
それは闇の中に立つ二人の元へと辿り着き、鹿目まどかと暁美ほむらはその光に触れた。
光に触れた途端、二人の中に世界の記憶が流れ込んだ。
垣間見たのは、人が創り出した人造の神の世界だった。
福音の名を持つ存在に乗り込む少年少女達の物語は、何度見ても彼女らの心に重苦しい感情を与えた。
世界の記憶を垣間見ながら、二人は空を見上げる。
光の分岐は更に別れ、空間を埋め尽くしていく。
闇は既に駆逐されかけており、世界は光で満ちていった。
「!」
「まどか!?」
その光の下へと、鹿目まどかは跳んだ。暁美ほむらも追従する。
光の奔流の中を飛翔していく最中にも、様々な世界の記憶が二人の中に流れ込んでいった。
装甲騎兵、聖戦士、日輪と月光の武人、鋼の闘将、そして機動戦士達。
光を構成しているのは、機械の体を持った戦士たちの物語だった。
鹿目まどかと暁美ほむらは、その源流へと向かって行った。
「まどかっ…!」
名を呼びながら追い掛けるが、鹿目まどかの飛翔速度は速かった。
その様子には、悲痛なほどの必死さがあった。
流れる光に混じり、彼女の思考が暁美ほむらに届いた。
光が伝えて来たのは、機械の戦士達が破壊されていく様子だった。
その世界の主人公に相当する者達は、世界の中で傷付き敗れ、打ちのめされていた。
だが最後には立ち上がり、自らの使命を全うしていた。
その様子が無数の光となって暁美ほむらの心に叩きつけられる。
それは彼女の情報処理能力を大きく超えており、彼女はその全てを認識しきることは出来なかった。
しかし、暁美ほむらはその光を見た鹿目まどかの心境を察した。
彼女はそれら全てに深い同情と、そして憧れを抱いていたのだった。
同時に、彼女が抱いた欲望にも気が付いた。
それは、勝利への渇望。
絶対に負けたくない、負けてはならないという、強迫や狂気にも似た感情。
それが何から来ているのか、暁美ほむらには分かっていた。
それを誘発したものは、他でもない自分であるからだ。
引き裂かれて分断された事が。
暁美ほむらに負けた事が、鹿目まどかはどうしようもないほどに悔しいのだった。
その思いが暁美ほむらにも伝わっている事を、鹿目まどかも理解していた。
同時に、マジンガーZへの思い入れの原因にも気が付いた。
主人公であることを全うできずに敗北した事を、鹿目まどかはマジンガーZにも重ねていたのだった。
何故この考えに至ったのか、意識を共有していても、その思いまでは暁美ほむらには分からない。
しかし、何かに想いを重ねてしまう事は理解出来る。
他ならぬ自分自身が、悲劇の結末を辿ったミネルバXに自分と同じく時間遡行の運命を与え、物語を描いたように。
理解者が、共感者が欲しい。というのは間違いないが、それはまばゆへの背徳に繋がるような気がした。
その抜け道を縫うように、自分とは別の原因で時間を遡行している存在が欲しかったという願望があった。
時を遡るという正気を失いそうな思いをしている他の誰かが、欲しかった。
それこそが、同じ苦痛を分け合える存在だと思った。
だから空想の中でも、自分と似た宿命を持った存在を創造したのだろうと、暁美ほむらは思った。
そこでふと、暁美ほむらは疑問を抱く。
「…何なの」
疑問は言葉となって口から漏れた。
「この…胸の高鳴りは」
今の自分が肉体なのか意識体なのかは分からない。
高次元存在と化しているので、そのあたりは元々曖昧である。
しかし、体内で心臓があると思しき部分が暴れるように震えている。
人だった頃、自分は心臓を病んでいた。
そのせいで散々に苦しい思いをしたが、この鼓動はそれとは違う。
苦しさは無く、熱い血が全身を駆け巡る感覚があった。
高揚が全身を包んでいく。そんな思いがした。
「ッ!」
その感覚を残したまま、暁美ほむらは鹿目まどかを追った。
同時に、彼女からも熱を感じた。
彼女も自分と同じく高揚し、光を求めて飛翔している。
光の果てに何があるのか。
それが知りたい。
「もしかしたら」
暁美ほむらは呟いた。
もしかしたら、光の先には自分が思い描いた存在があるかもしれない。
それは即ち、自分が思い描いた創作物の世界。
自分の脳内だけに存在するものが、形を成しているかもしれない。
そう思った時、体の熱は一段と強くなった。
そして悟った。
「(まどか…あなたも…)」
彼女もまた、その思いを抱いているのだと。
途方もない、というよりも馬鹿馬鹿しい話かもしれない。
しかし今の二人には、他者がどう思おうと構わなかった。
ただ心から望むものを求めて光の中を進んでいった。
「!?」
その時ふと、殊更に強い輝きを持つ光が傍らを通り抜けた。
それは何か、途方もない存在に思えた。
鹿目まどかもそれに触れ、言葉を失っていた。
宇宙そのものである自分達でさえも、それをどう評していいか分からなかった。
他の光と同じく、それらは機械で出来た人型をしている。
ごつごつと角ばり、手足も胴体も太く長い巨体が見えた。
それは伝説で謳われるような、圧倒的な力を持つ巨人を彷彿とさせた。
それはまるで人間の様な姿をしていた。
近い形で言えば肉と機械が交じり合った人造の神だが、これもそれに近い雰囲気を感じた。
白銀の光を放ち、頭部から巨大な翼を生やした姿は異形であったが言葉に尽くしがたいほどの美しさがあった。
その姿が更に強く輝き、世界を光で包んでいった。
万物を等しく光で照らす様は、世界を均等に調律していくかのようだった。
八体の機械の巨人が見えた。それらはそれぞれが異なった形をし、一体で世界を蹂躙しうる強さを持っていると感じられた。
それらが無残に引き裂かれ、砕かれていく。
暴虐を為しているのは、禍々しい姿をした機械の巨人。
全身から刺の様な鋭角を備えた姿は、徹底的に他者の存在を拒絶し苦しめ抜くという意思を表してるかのような残虐性に満ちていた。
それは機械の形をした死、そのものに見えた。冥府の王という言葉が暁美ほむらの脳裏を過った。
そして最後に見たものは…それを、彼女達は「観た」と思うべきか言葉に詰まっていた。
何故ならそれは、視界に入り切らず彼女らの認識を超えていたからだ。
途方もなく巨大なそれは、比較対象を上げるならば複数の銀河を束ねたようなサイズに思えた。
鹿目まどかと暁美ほむらの二人は共に、宇宙を改変した存在であるが、それでもこの存在を前に言葉を失っていた。
理解しがたい大きさのそれは禍々しくも雄々しい鬼か、鎧武者か。
その両方を合わせたような姿をしていた。
恐ろしいが、見る者を勇気付けるような、そんな感覚がした。
天も次元も超えた存在を前に、心が麻痺したのだろうかと暁美ほむらは思った。
同時に一つの確信を抱いた。
「…間違いない。この光は…これらの遍く光は…」
震える声で言葉を紡ぐ。
「虚構、なんかじゃ…」
「ない」
暁美ほむらの言葉を、鹿目まどかが引き取った。力強い、確信に満ちた一言だった。
その時、一際強い光が彼女達の前に広がった。
これまでの光は大きさに差異はあれど、流れていく線だった。
しかしこれは、虚空に浮かぶ光の塊だった。
惑星の様な球形で、大きさは6階建てのビルほどであり、高さで言えば18メートルくらいだろう。
この球体から、無数の光が発生しているのであった。
遍く光の発生源。
その正体を、二人は触れるまでもなく理解した。
「マジンガーZ」
同じ名前を二人は同時に唱えた。
輝く機械の戦士達。
光の形となって迸るそれらは、正確にはそれらの属した世界は全て、マジンガーZの世界から発生していた。
その様子を見て、鹿目まどかは最初にマジンガーZの物語を見つけた時の事を思い出した。
とてもとても古い世界。そう、彼女は思ったのだった。
今、それは直観ではなく事実であると分かった瞬間だった。
人が乗り込む機械の戦士達。
強大な力は使うものによって正義に、そして悪になる。
その概念を、世界を創造したのが、「マジンガーZ」であると二人は確信した。
世界を生み出す存在。
それは、つまり。
「神」
息を呑みながら暁美ほむらは言った。
その声には畏怖の響きが滲んでいる。
鹿目まどかは宇宙を変えて女神となり、自分はその少女の力を剥ぎ取り悪魔とされる存在へと変化した。
そんな自分達を上回る存在など無いと思っていたが、今まさに眼の前にそれがあった。
自らを世界の基点とし、無数の世界を生み出している存在が。
これを神と呼ばずしてなんとすべきか。
その時に、鹿目まどかと暁美ほむらの思考に一つの言葉が浮かんだ。
「魔神」
存在を示す言葉が紡がれた。
ただしそれは、暁美ほむらの口からだけだった。
鹿目まどかは沈黙し、マジンガーZという世界が放つ光を見ていた。
正確には、その光の奥を。
世界を生み出す眩い光の背後には、光の影となる闇が見えた。
何物をも照らす光の奥には、何にも照らされる事の無い無明の闇があった。
その闇は、光よりも大きく広大だった。
まるで、無限に広がる暗い海の様だった。
鹿目まどかは、光の奥のそれを見ていたのだった。
暗闇の大海を観る鹿目まどかの思考に疑問が浮かぶ。
マジンガーZが全ての始まりであるのなら、その前は何があるのだろう。
その思考に、暁美ほむらも気が付いた。
始まりであるのなら、マジンガーZは一番最初に存在したものということになる。
では、その前は。
マジンガーZが最初の壱であるのなら、その前の存在とは何か。
壱の前は、始まりである。
それを、数字で表すのなら。
「―――!?」
そう思考した時に、女神と悪魔の少女の体が震えた。
苦痛ではない。
ただ、消えていく。
その思考が、思い浮かべた数字が。
知識の中には存在するそれが、思考の中で霧散する。
「あ…あぁ……」
暁美ほむらは身を折って呻いた。
その中でも鹿目まどかは震えに耐えていた。
共有している意識の中で、何度も同じ数字が
何を考えていたのか、その思考が千切れていくのを感じた。
ひどく眠いような、それでいて意識ははっきりしている。
身体的にも精神的にも、なんら不調は感じられない。
震えるのは、その原因を探ろうとしているからだと理解した。
知らなければいい。考えなければいい。
そうすれば途端に全てが上手くいく。
数多の世界は実在する存在だとしても、それぞれが別であり触れ合う事はない。
触れ合わないので関わりもない。
関わらなければ争いもない。
光の中には無数の機械の戦士たちがいる。
戦う者がいるということは、それはその世界が戦乱に満ちている事を示している。
そんな者達と関わることに、何の利益もないし災厄しか得られない。
そして何より、自分達こそが災厄の塊だと骨の髄から理解している。
だから互いに知らない方がいいし触らない方がいい。
だから、これ以上を知る必要はない。
無数の光を観た事を美しい思い出として、鹿目まどかを伴ってこの場を離れよう。
暁美ほむらはそう思った。
「嫌よ」
心底からの言葉を、暁美ほむらは叫ぶように呟いた。
同時に疑問が湧いた。
なぜ自分はこれが本心なのか。
千切れる思考を繋ぎ合わせ、答えを導く。
「会いたいから」
再び呟く。
その途端、思考の中に光が輝いた。
それは美しい女性の姿をしていた。
「また…会いたいから…!」
始まりの前の原初の存在。
それを見たい。
闇に覆われた、世界の果てを見てみたい。
流れていった光は過ぎ去らず、彼女らの背後に留まっていた。
大海の様な巨大な闇には及ばないが、それでも広大な大河のように光が広がっている。
不定形の曖昧模糊とした形で並ぶ無数の光達は混じり合っているようにも見えるが、光はそれぞれが独立している。
限りなく近い距離で寄り添い合いながら、決して交わろうとはしない。
確固たる個として、光達は並んでいる。
待っているのだと、鹿目まどかと暁美ほむらは思った。
「お願い」
その口火を切ったのは、鹿目まどかだった。
「闇を照らして!」
叫び声が空間に響き渡る。
命令のような口調であったが、それは懇願だった。
悲痛さを帯びた叫びに、光達が呼応した。
辿ってきた道を逆になぞるように飛翔し、闇へと向かう。
曖昧だった形状が変化し、徐々に明確な姿を取っていく。
「『可能性の光』」
飛翔する無数の光達は、翼や輝く炎を噴いて飛翔していく。
その姿を見て、暁美ほむらの口はそう呟いていた。
それは、どこかで聞いた言葉だった。
それをどこで聞いたのか、彼女には見当がついている。
光達が向かう闇の彼方で、自分はその言葉を聞いたのだった。
光達の一体が闇に向け、手に携えた武具を投擲した。
両刃の大剣と思しきそれは投擲の最中に音叉を思わせる二又の槍へと変形し、更に速度を上げて飛翔する。
煌々と輝く螺旋の槍は、その輝きで闇を。
「!?」
鹿目まどかと暁美ほむらが、いや、その場の者全てが硬直した。
輝く槍は闇に接触する前に、更に眩く輝く金色の光によって受け止められた。
それは巨大な拳であった。
掴まれていた槍は、次の瞬間にはその柄を握り潰されていた。
柄だけではなく、全体の形が崩壊する。
光の粒子となって散る光の槍は、自ら以上の輝きを放つ破壊者の姿を淡く照らした。
その存在は正に、その名に相応しい威容を持っていた。
魔神と呼ぶに相応しい姿を。
「マジンガーZ」
鹿目まどかと暁美ほむらは、同時にその名を呟いていた。
無明の闇を守るかのように、くろがねの魔神は無数の光を前に泰然と聳え立っていた。