無数の光が空間を駆け巡る。
それらは刃であり槍であり弾丸であり、または拳や蹴りであった。
無数のそれらは一撃一撃が建物や街を、それどころか地形や世界を破壊するほどの威力を持っていた。
炸裂する光はしかし、その攻撃の対象に対して一切の損傷を与えることが出来なかった。
破壊の力を秘めた光は、同じく光輝く装甲の上で儚く弾けて消えた。
徒手空拳に至っては、逆に放った方の手足が破壊される有様だった。
無敵としか思えない防御力。
それがその存在にはあった。
弾いた光が輝く霧となり、やがて消え去った後に、その存在の姿が露わとなった。
「マジンガーZ」
暁美ほむらが名を呟く。声には畏敬の響きがあった。
対照的に鹿目まどかは一言も声を発していない。
ただ、輝きを放って聳える魔神を見ていた。
輝きの奥には、その光でさえ照らす事の出来ない闇があった。
光のマジンガーZは、その闇を守るかのように光の軍勢の前に立ち塞がっていた。
悪魔が鋳造した拷問具のような恐ろしさで、そして神のような荘厳さを湛えた顔で機械の魔神は光の者達を一瞥した。
途端に、全ての者達が崩壊した。
「!?」
生じた現象に、暁美ほむらは無言のままに驚愕した。
ある者は砕かれ、崩れ、溶解し崩壊していった。
それは光の者達が辿った終焉の光景だった。
マジンガーZが機械の眼で一瞥しただけで、その事象が起きていた。
正確には、その光景が暁美ほむらの元に届いたのだった。
彼女はそれが、全ての者達にも届いていると感じた。
自分に立ち向かうとこうなると、光の魔神は無言で示したのだと。
何故こんなことが出来るのか、という疑問は即座に理解に変わった。
光の者達は全て、マジンガーZから発生した。
人が乗り込む機械の巨体という概念の原初であるから、同時にその終焉を司る存在でもある。
その事を、機械の魔神は最初からその名前で示していた。
Zとは、終焉の意味に違いない。
「因果律兵器」
鹿目まどかの呟きを、暁美ほむらは聞いた。
因果律の操作による事象の終焉。それは神である鹿目まどかに備わった権能である。
それに匹敵するものを、マジンガーZも持ち合わせている。
いや、自らの存在していた世界ならまだしも異なる世界にすら因果律の操作を適用可能であるとするならば、能力的には遥かに上回っているのではないか。
荒唐無稽、と言ってしまえば簡単だが、今この光景を見ている鹿目まどかと暁美ほむらには全てが事実としか思えなかった。
高次元存在と化した自分達ですら及ばない、大いなる宇宙の摂理を二人は目の当たりにしていたのであった。
だからこそ、確信が持てた。
「あの先に」
半ば無意識に、暁美ほむらは口を動かしていた。
「いるのね」
言ってから、彼女ははっとした。
事象の終焉であるマジンガーZの先に、何がいるというのだろうか。
それが何かは分からないままに、彼女は無意識のうちに確信していた。
あの果てには、闇の奥には何かがいる。
あるのではなく、いる。
人格と精神を備えた何かが。
それは何か、と暁美ほむらは思考する。
マジンガーZは終焉と始まりを司る存在である。
ならば、その始まりは如何にして生まれたのか。
物語に至る前の最初の存在。
最初から最強で無敵の存在などありはしない。
鹿目まどかが因果律を操作できるのは、自分が時間遡行を繰り返したせいだ。
であるのなら、マジンガーZが無敵の存在になったのにはその原因がある。
最強で無敵の存在に至るまでの、「始まり」となる前に何があったのか。
始まりという概念を考えた時に、最初の一歩という言葉を暁美ほむらは思い浮かべた。
最初に至る前のもの。
それを、数字で表すのならば。
「!!」
その瞬間、思考の中で光が弾けた。
それは答えであり、そしてその答えを塗り潰す光の奔流だった。
思い浮かんだそれは、僅かに二文字。
一瞬あれば言い終えられる。
それが、脳内を乱反射する光に阻まれて紡げない。
思考がそれを拒否しているのだと、暁美ほむらには分かった。
茫洋たる思考の中で、彼女は鹿目まどかを見た。
彼女も似たような状態となっていた。
夢うつつのような、虚実が入り混じる表情。
彼女はそれに必死に抗っていた。
もしも意識が途絶えれば、恐らくすべてを忘れてしまう。
それはきっと、それが正しいとされる未来なのだと思えてしまう。
これまでのことは全てが夢となり、自分達とは重なり合わない存在となる。
それでいい。それで何も問題ない。
だから意識を閉ざしてしまおう。
それで正しい未来に、世界に戻る。
他者からの強要ではなく、他ならぬ自分の中の理性がそう訴えていた。
それを踏まえた上で、暁美ほむらは決断した。
左手が、震えつつも力強く高々と掲げられた。
「来て」
彼女は叫んだ。
その途端、彼女の左手の甲に光が集った。
それは他ならぬ、暁美ほむら自身の身体より発せられた光だった。
やがて、光は輝く盾の形を成し、一際強い光を放った。
「来て!」
叫んだ瞬間、光が炸裂した。
安寧の覚醒を、暁美ほむらは選択しなかった。
自らが全てを捧げた相手である鹿目まどかに報いるために、彼女は現状の打破と鹿目まどかの願いを叶えることにした。
輝くマジンガーZの背後に広がる闇の奥に、鹿目まどかが望む何かがいる。
闇の奥へと目指すためには、マジンガーZを超えていかねばならない。
しかし、くろがねの魔神は最強であり無敵である。
ならば、それを超える存在の力を借りればいい。
「偉大な勇者!!」
叫びと共に、光が爆発した。
その輝きの強さは、マジンガーZにも匹敵している。
そして光は形を成していく。
その存在の名は。
「グレートマジンガー!!」
暁美ほむらの叫びに、二条の光が重なった。
脚部より抜き放たれた二本の剣を構えた、もう一体の魔神がマジンガーZと対峙する。
マジンガーZより大きな体格であり、全身が鋭利な刃のような姿の巨体は、暁美ほむらの盾から顕現していた。
かつて彼女は、収集した武器を時を止める盾の中に収納していた。
その能力を再び使い、彼女はもう一体の魔神を呼び出していた。
この時、暁美ほむらは自らの思考がクリアになっていくのを感じた。
自分の知らない、いや、忘れていた事象が心の中を巡っていく。
何故自分が盾の中からこの存在を召喚できたのか。
断片的な光景と情報が、自分の中に拡散していくのが分かった。
だが、今は。
「そこを退けなさい。くろがねの城」
冷徹な声で暁美ほむらは言った。
声の裏では、嘆願に近い想いを抱いていた。
「(お願いだから、あの子の前で争わせないで)」
一筋の汗が頬を伝うのを、暁美ほむらは感じていた。
それが顎から滴ったとき、状況に変化があった。
マジンガーZが、こちらに向けて右手を伸ばした。
それは攻撃の為の拳ではなく、広げられた掌だった。
何を意図しているのか、暁美ほむらには分かった。
それは手招きだった。
そしてそれは、自分に向けられたものではない事も。
「………」
振り返ってから頷き、そして傍らを通り過ぎていく鹿目まどかを、暁美ほむらは無言で見送った。
広げられた巨大な掌の上に、鹿目まどかは静かに着地した。
手はゆっくりと上昇し、城塞のような頭部へと至る。
魔神の頭脳であるパイルダーの風防が開くと、鹿目まどかはすぐさまその中に飛び乗った。
飛び乗る前に一瞬振り向き、再び暁美ほむらに向かって頷いた。
いつか見た表情と似た、決意の顔に近かった。
風防が閉じられ、魔神へと鹿目まどかが乗り込む。
その光景はまるで、Zに彼女が喰われたかのようだった。
この時に、暁美ほむらは悟った。
マジンガーZは、鹿目まどかを待っていたのだと。
彼女の願いを叶える為に。
闇の彼方へと向かう為に。
少女を自らの頭脳に乗せた魔神は、力強く両腕を掲げた。
その傍らへ、もう一体の魔神が並ぶ。
頭部の中の座席には既に、鹿目まどかと同様に暁美ほむらが座している。
マジンガーZとは対照的に、グレートは両腕を左右それぞれの斜めに下げ、泰然とした姿勢をとっている。
風防越しに二人は顔を見合わせ、頷いた。
やることは決まっている。
「ブレストファイヤー!!」
「ブレストバーン!!」
二人は同時に叫んだ。そして、二体の魔神の胸部から真紅の光と膨大な熱が放たれた。
二条の熱線は闇の大海を貫き、闇の中に隙間を穿った。
その中へと、二体の魔神は飛び込んでいった。
紅の翼で闇を引き裂きながら、光の矢となって飛んでいく。
その周囲に、光の軍勢が集結していく。
鹿目まどかの願いを叶える為に、光の者達もまた闇へと挑む。
Zとグレートを先頭にしながらの進軍は、巨大な鏃のような姿となっていた。
闇を照らす光であったが、闇もまた強大だった。
二体の魔神が穿った隙間は徐々に閉じていき、それに触れた光は接触部位を掻き消された。
しかし、腕や各部が削られようとも光達は一体として離脱しない。
鹿目まどかが闇の彼方へ行けるよう、光達は自らの身を擲っていた。
痛々しい姿に変貌していく者達を見て、鹿目まどかは心の痛みを感じた。
だからこそ、絶対にその思いを無駄にはしないと心に刻み込んだ。
やがて闇の奥、殊更に色濃い闇が蟠る地点へと辿り着いた。
その中央には、奥に行くに従って閉塞していく小さな光点があった。
鹿目まどかと暁美ほむらは、これが闇の終焉であり、閉ざされた世界の壁とでもいうべきものだと思った。
その光点に向け、光達は力を放った。
螺旋を描く二又の槍の投擲や巨大な銃器による一斉射撃。
福音の名を持つ決戦兵器達は、各々が展開する強力な障壁によって自他を守りつつ力の限りを尽くしていた。
それに応えるように、無数の光が闇の中の光点に目掛けて放たれる。
しかし最後の障壁はそれだけに強固であるのか、どれだけの攻撃を受けても光点の大きさは拡大しない。
その中で、マジンガーZは動きを止めていた。
正確には、鹿目まどかがそう望んでいた。
諦めたのではなく、状況を打破する力を思い描いていたのだった。
最強で無敵のマジンガーZ。
そのイメージを、自分が搭乗したZに適応すべく必死に頭を働かせていた。
このマジンガーZは自分の願いを叶えてくれようとしている。
ならば自分の思いが反映されるはずだと、鹿目まどかは踏んでいた。
それが傲慢な意思であるとは分かっていても、彼女はそれしか方法が思い浮かばなかった。
そしてマジンガーZは、確かに彼女の心に応えていた。
操縦桿を伝わり届けられるイメージが、魔神の姿を少しずつ変えていく。
身動きを止めたマジンガーZへと、四方から闇が触手のように伸びていく。
どうやら闇自体も、Zを危険視しているらしい。
光の者達が即応し、そちらにも火砲を浴びせ闇の触手を粉砕するが、それでも数は膨大だった。
光達を切り裂き、または掻い潜りながらZへと迫る。
「グレートタイフーン!!」
接近していた触手の群れを、もう一体の魔神が放った大竜巻が無残に引き千切る。
残ったものも、両手に携えられた剣によって切り刻まれた。
「邪魔はさせないわ」
言い終えるが早いか、今度はグレートの腹部から無数の弾頭が放たれた。
拡散する小型ミサイルの大群であるネーブルミサイルが、周囲の闇を蹴散らしていく。
そして暁美ほむらは、自身の背後から気配を感じた。
それは敵のものではないが、それでも思わず警戒心を抱くほどの強大な力の気配であった。
まず最初に、強烈な閃光が闇の奥の光点に炸裂した。
それを放ったのは、全身が鋭利な装甲で覆われた存在。
冥府の王のような禍々しい姿をした者の攻撃だった。
そこへ更に、巨大な大渦が襲い掛かった。
光の者達の中でもかなりの巨体を誇る、伝説に謳われる巨人の様な姿をした存在は、腕に携えた巨大な重火器から渦巻く波動を放っていた。
そして最後に、巨大な円錐が叩き込まれた。
それは伝説の巨人さえも上回る体躯の、それも本来は更に途方もない大きさであると察してしまうほどの巨大な姿をしていた。
闇に接触するギリギリまで拡大したその姿は、骸骨と鬼と、そして鎧武者を合わせたような姿をしている。
超高速で回転する螺旋は、光点に触れた途端に先端が大きく爆ぜた。
それは破壊不能の存在を破壊しようとした事による、摂理からの報復だった。
全ての攻撃が弾き返されたが、しかし、それらの攻撃は光点を覆う闇の駆逐に大いに役立っていた。
そして稼がれた時間によって、準備が終えられた。
放たれ続ける光の中央で、マジンガーZがその姿を変えていた。
体格が一回り大きくなり、装甲は厚みを増し、それでいて愚鈍さとは無縁の堂々たる体躯をしていた。
背中のスクランダーは刃のような変形をし、右腕は幾重にも装甲で覆われた剛腕となり、左腕からは文字通りの鋼の刃であるアイアンカッターが展開されている。
より攻撃的な姿に変じた上に、その力も桁違いに増していた。
動力源である光子力は無尽蔵に動力炉から供給され、マジンガーZに無限の力を与えている。
それが不可能を可能とする権能をこの魔神に付与していた。
それは因果律を操作する力である、「因果律兵器」。
つまるところ、自らの望む結果を現象として発現させる力であった。
僅かでも可能性があれば、その結果を発現させられる。
鹿目まどかは、それに全てを賭けていた。
「!!」
声にならない声で、鹿目まどかは叫んだ。
最強の存在を思い描いたことと、そして自らが乗る無敵の魔神から感じる莫大な力が、彼女を苛んでいた。
自らの思考と感情に、鹿目まどかの心は焼かれていた。
その中で、彼女はレバーに触れてボタンを押した。
魔神はその動作に忠実に従った。
―超力ロケットパンチ
感情に苛まれる中、彼女はそんな声を、文字が脳内に浮かぶのを感じた。
―アイアンカッター
名称が思考に浮かぶと同時に、魔神の両腕が放たれた。
それは不壊の光点を砕き、そして切り裂いた。
光は既に点ではなく、大孔と化している。
マジンガーZはそこに向けて飛翔していった。
だが接近の最中にも、光の孔が閉じていくのが見えた。
閉じていく孔の修復を妨げようと、光達は再び攻撃を開始した。
だが、破壊よりも閉塞が一瞬速いと分かった。
しかしそこに、無数の雷撃が襲い掛かった。
「サンダーブレーク!!」
雷撃は毒蛇のように穴の淵へと喰らいつき、破壊する。
そして、暁美ほむらは叫んだ。
「行きなさい!」
それは、血を吐くような叫びだった。
応援と、そして離別の叫びだった。
「あなた自身の願いの為に!」
暁美ほむらの叫びに、鹿目まどかは頷いた。
そして魔神に自分の願いを送り、魔神はそれに光で応えた。
―光子力ビーム
DNAの塩基配列のような、螺旋を描いた光線がマジンガーZから放たれる。
それは破壊と、因果を繋ぐ光であった。
世界を隔てる孔が貫かれ、Zの姿はその中へと消えていく。
同時に、周囲の全てが光と化した。
眩い閃光の中、全ては光に吞まれていった。