魔法少女☆鹿目まどか 円環最期のZERO秒間   作:凡庸

60 / 60
第60話

「………」

 

「これはとってもエクセレントな事になってきたんですケドだよ」

 

 観測した事象に対してまばゆは絶句し、A-Qは感想を漏らした。

 感動しているのは言葉からも分かるが、口調はアリナとインキュベーターが混濁しておりそれが混乱を示している。

 恐らくは発狂寸前なのだろうが、元から狂っているので耐性があるということだろう。

 まばゆは自分も同じような精神状態だと察していたが、耐えられているのは暁美ほむらの観測者であるという自負であることも分かっていた。

 

「急ぎましょう、A-Q」

 

「無論なんですケドだよまばゆ」

 

 決意の眼差しで、まばゆは彼方の世界を、そこに立つ暁美ほむらを見ている。

 一方のA-Qは、世界を観測したまま両手と耳からの触手を激しく動かしていた。

 残像しか見えない速度で何かを激烈に描いている。

 それもまた、超高次元の狂気に触れた歓喜と恐怖を紛らわすためだった。

 そしてそれらを糧にして、この異形の獣は何かを描いていた。

 

 四つの眼が彼方を観る背後では、鹿目まどかが安らかな寝息を立てている。

 その寝息は、どこか赤子のそれのような響きであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………へぇ」

 

 暁美ほむらは感心したような呟きを漏らした。

 しかしその発音には、嫌悪感と憎悪。そして罪悪感があった。

 

「凝った事をやるのね」

 

 緑で覆われた小高い丘の上に立つ彼女は、夜の街並みを眺めた。

 大都会でありながら、自然の部分も潤沢に残す街並み。

 水路には小舟が行き交い、月光が映える夜空には多数の飛行船が飛び交っている。

 風が吹き、彼女の髪を乱し、暁美ほむらは髪を掻き撫でた。

 それに呼応したかのように、足元の緑に変化があった。

 緑の葉を押しのけ、血のような彼岸花が咲き誇る。

 

 飛行船は炎に包まれ、次々と落下していく。

 直撃を受けたビルが粉砕され、ほぼ全面がガラス張りとなっている校舎も爆炎に飲み込まれた。

 それは彼女の経つ場所にも降り注いでいった。

 迫り来る鉄と炎の塊を前に、暁美ほむらの視線は氷のように冷えていた。

 

「回りくどい茶番に付き合う気は無いわ」

 

 告げた言葉も炎の中に呑まれていく。

 飛行船が破裂する寸前、それは何かによって内部から引き裂かれた。

 それは炎よりも赤かった。

 

「頼むわよ、ブレーンコンドル」

 

 青白い月光を跳ね返す真紅の流線形。

 戦闘機であるブレーンコンドルの操縦桿を握りながら、暁美ほむらは呟いた。

 音速を遥かに超えた速度で飛行し、試運転のついでとばかりに複数の飛行船に機首から突っ込み破壊していく。

 鋭い機首と翼は巨大質量を易々と引き裂いた。

 発声した衝撃も炎も、紅の鷹には一切の傷を与えられない。

 

 炎で覆われた夜空を背に、暁美ほむらは水路を目指した。

 機首を傾け垂直にし、一気に水面へと迫る。

 途端に、水面が大きく渦巻いた。

 そして、渦の中から河川を割り砕きつつ巨大質量がせり上がる。

 黒と白銀の装甲を持った人型、偉大な勇者グレートマジンガーの威容が現れる。

 

「いい言葉ね……ファイヤーオン!!」

 

 焔となりて魔神の魂に火を灯す。

 彼女が抱いたそんなイメージの通りに、魔神の両眼に光が点る。

 水飛沫が上がる中でグレートは力強く両手を振り上げると、背中の装甲が開いた。

 

「スクランブルダッシュ!!」

 

 彼女が叫ぶと、真紅の翼が展開されていた。

 翼の焔が吹き、グレートの巨体は一瞬にして高空に飛翔していた。

 未だに炎の残滓が揺れる夜空で、彼女は周囲を見渡した。

 

「不愉快な姿ね」

 

 吐き捨てつつ、暁美ほむらはグレートに斬撃を放たせた。

 激しい金属音が鳴り、二本の剣が防がれる。

 剣の侵攻を防いでいるのは、黒く細い、針のような槍だった。

 それを握るのはグレートに匹敵する巨体。

 兵隊の人形を思わせる姿の存在だった。

 その造形を、暁美ほむらは不愉快と称した。

 かつての自分に、眼鏡を掛けていた頃の自分にその存在は酷似していた。

 

 それが五体も、グレートの前に立ち塞がり、五体掛かりとはいえ複数の槍を用いてマジンガーブレードを防いでいた。

 それはつまり、硬度もグレートに匹敵することを示していた。

 恐らく槍の鋭さも剣と遜色ないだろう。

 その予想を前に暁美ほむらは警戒したが、されど恐怖はしなかった。

 

「悪いけど、私は少々荒っぽいわ」

 

 その言葉は白光の中で発せられた。

 

「サンダーブレーク!」

 

 剣からの雷撃に、一体が感電し身を震わせる。

 他の四体が退避に移るが、その前に二振りの剣による斬撃が人形達に見舞われていた。

 しかしそれぞれの首か胴体を断つ筈の斬撃は、深手に留まっていた。

 

「小賢しい」

 

 吐き捨てた暁美ほむらの口調には、苦笑の成分が強かった。

 グレートの両手の甲と剣の柄に、微細な線が突き立っていた。

 それは巨大な人形達の装備した槍の形と同じであった。

 視線を下すと、街並みの至る所に等身大の人形達の姿が見えた。

 

 無数の人形達による槍の投擲が、浅いとはいえグレートの装甲に突き刺さり、剣速を遅らせていた。

 暁美ほむらが苦笑したのは、それがかつて魔女となりかけていた自分がほぼ無意識の防御反応として行った攻撃であり、今の自分がそれを受けた事がおかしかったからである。

 しかし即座に、その感傷は怒りによって焼却された。

 感情だけではなく、彼女は実際に行動に移していた。

 

「ブレストバーン!!!!」

 

 莫大な熱量が瞬時に蓄積し即座に熱線となって放たれた。

 放たれた無数の槍もその持ち主も、そして街並みも蒸発し、爆炎が建物を薙ぎ倒していく。

 かつて自らが生み出した架空の世界とその住人が滅ぶ様を、暁美ほむらは冷たい眼差しで見下ろしていた。

 それは機械であるグレートマジンガーの眼よりも非人間的な、軽蔑と侮蔑に満ちた視線であった。

 

「これで終わりじゃないのでしょう。早く来なさい」

 

 グレートの掲げた両腕からは、金属の割れる音が響いていた。

 突き刺さった槍を食いつぶすようにして、装甲が再生しているのだった。

 破壊を免れた街並みの各所から、大小さまざまな人形の群れが現れる。

 それらは飛翔し、一直線にグレートへと、暁美ほむらへと向かって行った。

 冷徹な殺意を両眼に宿したまま、彼女は魔神の力を奮い偽りの世界を破壊していく。

 

 

 

 

 

 

 

―――ブレストファイヤー

 

―――ルストハリケーン

 

 

 全てが灰白色で覆われた世界の中で、光の文字と共に破壊の奔流が吹き荒れる。

 宇宙はおろか、次元や概念さえも破壊し無に還す力だった。

 だが永劫に続く筈の破壊の力は、次の瞬間には吹き抜けた風のように消えていた。

 

 

―――何故効かない、とは問うまい

 

 その事象に対し、魔神であるZEROは感慨の欠片も無い意思を発した。

 魔神の力を全く受け付けなかったその存在もまた、魔神であった。

 ZEROに酷似していて、そしてかけ離れた存在。

 神々や邪神でさえも喰らう異形の虚無である時天空が、ZEROと対峙するために選んだ姿は正にマジンガーZだった。

  

―――模倣ではなく、そのものか

 

 相手の造形と力。

 そしてこれまでの経緯から、魔神は相手の存在を分析した。

 自分は少し前までこの虚無と同化し、無であり続けることで存在を封じていた。

 その封印が解かれた際に存在をコピーされ、そしてこの姿に行き着いたのだと。

 万物を虚無に還す力が敢えて形を以て凝縮したことで、その存在は限りなくマジンガーZへと近づいている。

 本物と呼んでいいほどに。

 そして自分そのものではなく、マジンガーZの姿となった事にも、凡その見当はついていた。

 

―――私は偽物ということか

 

 自嘲のような言い回しだが、魔神の意思には納得があった。

 それで正しいと思っているからだ。

 しかし、それ以外の感情もあった。

 

―――かつて愚行を繰り返した私が、言える立場でもないが

 

―――貴様の存在は、万物に対する冒涜だ

 

 静かに、淡々と。

 そして冷徹な怒りの意思を魔神は発した。

 対峙が激突へと変わったのは、この直後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「人形ごっこはもう終わり?」

 

 暁美ほむらの言葉に、肉が潰れる音が重なった。

 半分ほど抉られた状態の人形の頭部が、偽りの見滝原のビルへと激突した音だった。

 無理矢理首を引き千切った残りの胴体を、グレートの手が乱雑に投げ捨てる。

 落下した胴体の周囲は瓦礫が山積し、そして似たような状態の人形の残骸が山となって転がっていた。

 切断され、千切れた傷口からは吐き気を催す様などす黒い粘液が際限なく滴り、一帯を沼のように変えていた。

 

「ごめんなさい、グレート。随分と汚してしまったわね」

 

 済まなそうに言いながら、暁美ほむらはグレートの様子を確認した。

 偉大な勇者の全身は、自分を模した人形から溢れ出た汚濁の液に塗れていた。

 

「…本当に、汚してしまってごめんなさい」

 

 その汚濁の正体に、彼女は気付いていた。

 

「これは、かつての…いえ、私自身の……感情……」

 

 インキュベーターの実験により蓄積した穢れ。

 そして呪いが凝縮し溢れ出したものだった。

 これはかつて起きた事だが、その結果として今の自分がある。

 だからそれを、彼女はかつてと言わなかった。

 その感情は今でも暁美ほむらという存在となって形作っている。

 それと寸分違わないものが、滾々と絶え間なく、人形達の残骸から溢れ出している。

 

 彼女の言葉を引き金としたのか、呪いの粘液が一斉に溢れた。

 一瞬にして呪いが津波のように湧き上がる。冗談のような光景と異常事態だった。

 しかし、暁美ほむらに動揺は無かった。

 偽りの見滝原の大部分が呪いに呑まれた直後、ドロドロとした表面を突き破り、巨大な何かが現れた。

 それは巨大な、白い顔。

 それもまた、暁美ほむらに酷似していた。

 何かを言いたそうに、暗い洞のような口を開いた。

 

 「だまりなさい」

 

 口が開けたと見えた瞬間に、雷撃が巨大な顔へと突き刺さった。

 雷撃は白い顔の虚ろな眼窩を焼け焦がし、開いた口から白煙を立ち昇らせる焼死体へと変えた。

 

「順番が逆よ」

 

 呪いの海へと沈んだ、かつての自分を見下ろしながら暁美ほむらは吐き捨てる。

 その背後から、巨大な手が迫る。

 グレートの巨体が指の一本にもならないほどの、巨大に過ぎる手だった。

 

「そう」

 

 一瞥すると振り返り、同時に斬撃を見舞った。

 親指を除く四指が切断され、それもまた血液の代わりに膿のような呪いを撒き散らす。

 降りかかる呪いを切り払いながら、病的に白い腕の上をグレートが疾駆する。

 もう一本の腕が迫ったと思った時には、巨大な暁美ほむらの首が切断されていた。

 

 呪いの海に落下する巨体は、裸体か薄手のワンピースを着ているような姿だった。

 肉体の造形が完全に自分のそれと同じことに、暁美ほむらは憎悪を覚えた。

 相手の目論見に確信が持てたのだった。

 

「私になりたいという事ね」

 

 言葉にして言った瞬間、彼女の感情は沸騰した。

 

「ふざ、けるなぁぁあああああッ!!!!」

 

 怒りのままに操縦桿を握り、暁美ほむらは魔神の力を奮う。

 ほぼ同時に、呪いの海を突き破り、何体もの白い女体が現れる。

 それが更に、暁美ほむらの激情を駆り立てた。

 

「サンダァァアアアブレェエエエエク!!!!」

 

 叫びと共に、掲げられた両手の十指から無数の雷撃が放たれた。

 雷撃はかつての暁美ほむらの複製体達の青白い肌を焼き、そして炭化させていく。

 剥がれ落ちた素肌の下は、黒い膿のような呪いで満ちていた。

 そして呪いの海を突き破り、夥しい数の人形達と複製達が現れる。

 

 雷撃も灼熱も爆炎も、そして暁美ほむらの悲鳴のような怒号も、何もかもが大軍勢と呪いの海に覆われていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『………』

 

 女神の意思は、眼の前で繰り広げられる光景に言葉を失っていた。

 ZEROの名を持つ魔神と、マジンガーZの姿と存在となった時天空。

 巨大に過ぎる二つの力が、互いの全存在を賭けて戦っている。

 

 剛腕が激突する度に、どこまで続くとも知れない灰白色の虚無の世界全体が震えた。

 それが一瞬の間に数千数万、数億と繰り返される。

 創造神である魔神と、神も邪神も喰らう原初の異形は時間と空間を超えた領域で戦っている。

 それを観測できるのは、ZEROの中に自分がいるからであると女神の意思は認識した。

 激しい戦いの中でも、女神の意思には一切の衝撃も痛みもない。

 パイルダーに相当する場所に座し、自分は戦いを見守っている。

 

 億が端数に思えるほど繰り返された拳戟の果てに、二体の魔神は左右に弾けた。

 凄まじい速度で弾け飛んだ先で、それぞれの両眼が輝いた。

 

―――光子力ビーム

 

 ZEROの意思と共に、二重螺旋を描くビームが放たれる。

 マジンガーZもまた、同じく両眼から二重螺旋の虚無の輝きを放つ。

 それらが交差した時、眩い炸裂が起こった。

 万物が白く照らされる中、二体の魔神もまた全ての色を失い、線画のような姿に見えていた。

 

 その中でも、二つのビームの拮抗は続いている。

 永劫に続くと思われた状態はしかし、唐突に破られた。

 虚無が光を貫通し、ZEROの右眼へと突き刺さる。

 破壊不能である筈の装甲が欠け、ZEROの右眼が欠損していた。 

 

―――この傷は

 

 そう聞こえた魔神の意思からは、どこか懐かしさを感じた。

 そして女神自身も、魔神が負った負傷に自分の意識が向いているのを感じた。

 それが何故かは分からなかった。

 分からないと言えば、疑問に思っている事がある。

 

『私達の創造神』

 

 女神の意思は、そう呟いた。

 それは自分が知り得ない事だった。

 暁美ほむらと魔神のやり取りから、それを知ったが、その詳細は記憶にない。

 そのことに、堪らなく興味を惹かれた。

 今はそれどころではない、というのは分かっている。

 

 だが今の自分はあまりにも無力だった。

 そして鹿目まどかであることをやめたのに、相変わらずその姿でしかいられない。

 魔神同士の戦いにも参戦出来ず、ただ見るだけしかできない。

 かつて鹿目まどかは誰かを守れる自分になることを望み、願いを叶えた。

 それは女神の意思である自分の力ではあったが、それを行使したのは鹿目まどかである。

 だから自分は何もしていないのだと、女神の意思は思っていた。

 今も昔も変わらず、何も出来ない弱いまま。

 

『…嫌』

 

 女神自身も知らない内に、その呟きは漏れていた。

 

『何も出来ないなんて、嫌だよ』

 

 嘆きのような言葉は、決意の言葉でもあった。

 今の自分には、観測を行う事しかできない。

 ならば、観る事しかできないならば、徹底的にそれを行おうと思った。

 

 自分が知らない事を観るべく、女神の意思は静かに目を閉じた。

 眠りに落ち行くように、静かに意識を閉じていく。

 するとやがて、瞼の内に煌めく輝きが見えた。

 魔神の記憶の中へと、女神の意思は静かに意識を沈ませていった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。