魔法少女☆鹿目まどか 円環最期のZERO秒間   作:凡庸

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第62話

 赤黒い血膿のような呪いの海が、少しずつその嵩を減らしてゆく。

 どこまでも広がり、実質無限に等しく重ねられた呪いは消滅により減っているのではなかった。

 ある一点に吸い込まれ、取り込まれているのだった。

 やがて呪いの海が消えた。

 赤黒は濃縮し、漆黒の何かの姿を取った。

 その巨大な人型は、頭から足までを闇の衣で覆ったかような姿だった。

 

「酷い姿」

 

『仕方ないです。知られていない、といのが大事ですから』

 

 禍々しい姿からは、相反するような二人の少女の声が発せられた。

 

「でも、そうも言ってられなさそうね」

 

 緊張の声が発せられ、人型が彼方を見た。

 赤黒い海が消えた後には、灰白色の虚無の空間が残った。

 無限に広がる空間の端が、一斉に蠢くのが見えた。

 彼方の存在ながら、二人の少女にはそれらの姿がよく見えた。

 

 それは百足の歩脚のように動き、魚の鰓のように開閉を繰り返し、そして腐肉に群がる蛆虫のように蠢いていた。

 食虫植物にも獣の牙にも、猛禽の爪にも生物の内臓のようにも見えてそのどれよりも悍ましい形をした、悪夢ですら及ばない異界の怪物達が一斉に人型を目指して押し寄せていた。

 

「あれが時天空。その本来の姿」

 

 少女は、暁美ほむらはそう言ったが、彼女自身でも正しいか分からなかった。

 聞いた限りでは時天空とは無限の空間を持つ異界の怪物であり、これも数多の姿の一つに違いないという確信があった。

 

『グロすぎて吐きそうなんですが』

 

「我慢なさい、とは言わないわ。好きになさい」

 

『そんな事言われちゃ、絶対に吐けないじゃないですか!』

 

「あら、好きになさいと言ったのだけど?」

 

 まばゆの言葉に暁美ほむらも呼応し軽口を投げ合う。

 投げやりになったのでも危機感が無いわけではなく、狂気に対する気構えをする時間が欲しかったのだった。

 

「慣らしにはちょうど良いわ」

 

 暁美ほむらは戦意を口にした。

 使命感と、力を試したいという願望が滲んだ声だった。

 待つのではなく自ら向かおうとした時に、一歩を踏み出す前に彼女は視線の先の存在に気が付いた。

 巨大な剣が、虚無の世界の地面とでも呼ぶべき場所に、墓標のように突き立っていた。

 実体ではなく、茫洋とした光で出来た存在だった。

 

 その柄を、虚空から生えた太い腕が握り締める。

 剣を形成する光から、その腕は形成されていた。

 腕から肘が伸び、太い型と胴体が出来上がり、そして全身が構築された。

 それは甲冑を着た巨大な人型だった。

 まるで、古代の武人を思わせる姿をしていた。

 

 暁美ほむらが乗る人型よりも、その存在は頭一つ以上巨大であった。

 それが、ねじれた三本の角を持つ頭部を深々と下げ、片手腕を着いて跪く。

 それは支配者に対する臣下の態度だった。

 

「ここは任せたわ」

 

 暁美ほむらの言葉にその存在は頷いた。

 相手の頷きを見届けてから、彼女は人型を飛翔させた。

 体を覆う黒衣が翼のように展開され、巨体を虚空の彼方へと押し上げる。

 瞬く間に人型の姿は極微の点となり、やがてその場から完全に消え失せた。

 

 その後を、異形の大海嘯が追ってゆく。

 しかし、その前に武人が立ち塞がる。

 構わず突撃していく異形達の前に、斬撃が見舞われた。

 それは接触してすらいないというのに、暴風が浜辺の砂を吹き飛ばすかのように異形達を粉砕した。

 斬撃は一撃に留まらず、瞬時に数十条も放たれた。

 異形が砕かれ、更に微塵となっていく。

 その様子を前に、武人の口に亀裂が入る。

 それは自らの力に満足し、殺戮の美酒に酔う邪悪な笑顔だった。

 

 弾け飛ぶ破片の中を、一体の異形が貫きながら飛翔し武人に迫る。

 昆虫の足を束ねて槍のようにした形状の異形は、背後から武人を貫くべく複雑な軌道を描いて迫っていた。

 武人は顔を向けず眼だけでそれを追った。

 接近には気付いていたが、放置していた。

 油断したのではなく、直接拳で殴り殺したいと思ったのだろう。

 

 腕を向けようとした時、その異形は痙攣したのちに弾け飛んだ。

 弾けた残骸には、紫電が纏わりついている。

 それを見た瞬間、武人は横薙ぎの一閃を放った。

 振り切られる前に、それは轟音と共に受け止められた。

 長く伸びた二本の剣の先に、大きさは武人よりはやや小さいが、しかし全身を刃で構築したかのような鋭い姿の存在があった。

 

 それはまるで、勇者のような雄々しき姿をしていた。

 武人と勇者は、そのまま得物を切り結ばせた。

 大剣と双剣の激突により巨大な衝撃が発生し、それだけで周囲を蹂躙した。

 その交差が続いた果てに、二体は離れた。

 そして背を向け、自らが向いた方向へと突撃し異形の群れを殺戮し始めた。

 

 武人の眼から発せられる光線が無数の異形を薙ぎ払い、勇者が放つ雷撃が無数の異形を爆散させる。

 背を向けていた二体は、ほんの一瞬だけ互いを見た。

 そして互いに、皮肉気な笑みを見せていた。

 武人は人型の頭部と、胸部にある老爺の貌が。

 勇者は頭部の中にある、操縦席に座す青年が。

 互いに今の境遇を不可思議に思っているようだった。

 遣り取りはこれで十分であり、そして言葉を交わす必要はないとして、古代の武人と鋼の勇者は背を向けて破壊の力を奮っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…これは』

 

 女神の意思は世界を観ていた。

 それは、完全平和という言葉が相応しい世界であった。

 争いは無く、人々が明日を夢見て生きていくことが出来る世界。

 その世界の中では、アニメ作品としてのマジンガーZが1972年から現在に至るまで数十年も終わることなく続けられていた。

 日々の苦悩も、未来への迷いも、創作物としてのマジンガーZの勇姿に勇気づけられ、誰もが希望を抱ける世界だった。

 

 この光景を、女神の意思はかつて眼にしたことがあった。

 まだ円環の理にいた時に、世界の観測でマジンガーZを知り、そして疲れて眠った時に見た夢の世界がこれだった。

 しかしこれは、魔神の記憶の中の世界である。

 つまりは、かつてあったこと。

 あの光景は、夢などではなかったのだ。

 何故自分が、これを夢として見たのか。

 魔神と出会ったことで記憶が入り混じったのだろうかと、女神の意思は考えた。

 

 しかし今は、さらにやるべきことがあった。

 世界を観て魔神を知る。

 それが自分がやるべきことで、そして何よりも知りたいことだった。

 

 平和な世界を凝視していると、世界に異変があった。

 世界が変容した訳ではない。

 世界に覆い被さるように、または世界の奥に透けて見えるように、別の光景が浮かんできたのだった。

 その光景に、女神の意思は息を呑んだ。

 

 見えたものは、マジンガーZだった。

 ただしそれは、夢の世界の様子とは全く異なっていた。

 広大な空間の中、無惨に破壊されたマジンガーZが機械の触手で雁字搦めにされて拘束されていた。

 それも、数は一体だけではなかった。

 数体、数十体どころではなく、その空間そのものが破壊されたマジンガーZの大群で出来ていた。

 投げ出された手足の奥にも見える事から、それは地層のように堆積していることが伺えた。

 冒涜的極まりない光景であったが、女神の意思は、何故そうなったかが分かっていた。

 

『ZERO』

 

 幾億も、幾星霜もの時を超えてZEROに挑んでいった兜甲児とマジンガーZ。

 その全てがZEROに敗れ、捕食された結果がこの光景となって表れていた。

 無数のコードは破壊された装甲の内側へと伸び、砕けた頭部の中で意識を失っている兜甲児の耳孔や眼にも触手が群がっている。

 無惨な光景ながら、女神の意思にはそれがとても安らかな眠りに見えた。

 闘争の軛から解放され、終わらない夢の世界にいるような。

 

『ああ、そっか』

 

 女神の意思は、それを見て察しがついた。

 

『あの世界は、夢の世界だったんだ』

 

 平和な世界が静かに続く、終わらない永遠の物語。

 拘束された兜甲児達が望んだ世界の具現化が、あの世界の正体だった。

 そう気付いた時、女神の視界に新たな光景が浮かぶ。

 

 それは荒廃した地球の遥か上空に広がる大宇宙の中、静かに佇んでいるZEROの姿だった。

 身じろぎ一つせず、ただそこに存在している。

 恐ろしい姿でありながら、魔神もまた安らかな眠りを享受しているように見えた。

 

 世界とはZEROであり、ZEROの中に世界がある。

 実体としての地球は滅んでも、人が消え去った訳ではない。

 ZEROの内にある世界で命を得て生きて死んで、また生まれてを繰り返す。

 誰も存在しなくなった虚無の宇宙で、魔神はただ一つ存在し続けるものとしてあり続けていた。

 自分の理想とする夢の世界を、未来永劫に続けるために。

 

 その光景に、女神の意思は息を吐いた。

 そこに恐怖は無く、安堵があった。

 真の平和、自分が創り上げたかった世界がそこにあったと感じたのだった。

 自分が生み出した円環の理は死後の世界であるが、ZEROの世界で人々は希望に満ちて生きている。

 もしも自分が、そんな世界を創っていたのならという想いが女神の思考を過る。

 しかし一方で、女神には疑問があった。

 それが何か上手く言い表せないが、何かこの世界には違和感がある。

 そう思った時、重なる景色に変化が起きた。

 

「どんなに素晴らしい夢を見せようと」

 

 無数のマジンガーZの内の一つに変化があった。

 拘束されていた兜甲児が目覚めている。

 

「お前が創造できなかった残酷な未来が、俺には見える」

 

 目覚めた兜甲児が乗るマジンガーZが眩い光を発し始めた。

 体に突き刺さった触手を引き剥がしながら、彼は右手を伸ばす。

 傍らにある別のマジンガーZが同じように輝き出し、そして形を変えていく。

 眩い光が女神の意識を真っ白に染め上げる。

 光の中、女神はこれが夢の終わりであると知った。

 輝くマジンガーZが形を変え、現れたのはグレートマジンガー、そして剣鉄也であった。

 その光景を見て、女神の中で思考が繋がった。

 

 ZEROの生み出した夢の世界が壊れる様子を自分は見た。

 それは世界の中で、マジンガーZの二次創作として「マジンガーZvs暗黒大将軍」が製作され、物語の主人公がマジンガーZと兜甲児からグレートマジンガーと剣鉄也に変わったことを切っ掛けとして起こっていた。

 夢の世界の中、ネットを通じて配信された「マジンガーZvs暗黒大将軍」は多くの者達に刺激を与えた。

 

 無敵のマジンガーZの物語を真っ向から否定する作品を観た事をある種の免罪符とし、自分で新たな物語を作ってもいいと考える者達が増えた。

 その思いは光となって世界を巡り、やがてその原因である二次創作者の元へと届いた。

 その少年は、名を兜甲児といった。

 ZEROに捕食された兜甲児は、夢の世界の中でただの偶然により物語の主人公と同名になった少年として生きていた。

 そんな彼が記憶を取り戻し、ZEROへと反旗を翻したのだった。

 膨大な光は彼へと至り、そうして兜甲児は眠りから目覚めたのだった。

 

 その様子を、女神は複雑な面持ちで見守った。

 守りたかった世界が壊されていく様子が、見ていてとても辛かったのだ。

 

 そして、世界の崩壊は続いていく。

 再び景色が歪み、新たなものが女神には見えた。

 それもまた、世界が壊れていく様子であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 マジンガーZとなった時天空とZEROの戦いは激しさを増していた。

 二つのルストハリケーンが放たれ、渦と渦同士が激突する。

 渦の大きさで言えば、ZEROはZを圧倒していた。

 大海に対しての滝の大瀑布といったほどで、比較対象にもなりやしない。

 しかしZのルストハリケーンはZEROのそれを貫き、ZERO本体を内部に取り込み攪拌させた。

 不壊の超合金Zが腐食し、脆弱となった装甲が剥離する。

 錆色に変形した腕の刃で渦を払い、ZEROはそのまま腕をZに向けた。

 相似形のように、ZもまたZEROに腕を向ける。

 

―――アイアンカッター

 

 光の意思と共に、ZEROの腕の刃が異常なほどの巨大化を見せた。

 ZERO本体を上回る弓なりの刃となって射出される。

 Zはそれを、ロケットパンチで迎え撃つ。飛翔の寸前、腕の両側面から斧状の刃が展開されていた。

 激突の瞬間、砕け散ったのは巨大な弓なりの刃であった。

 そしてZの拳は硬く握り締められた一方で、ZEROの拳は五指が圧壊されかけている。

 跳ね返ってきた腕を再装着し、ZEROはZへと急接近をかけた。

 相手も同じくZEROへと近づき、近接戦の間合いに入る。

 殴りかかる刹那にZEROは五指を再生させ、再び拳を造る。

 Zも同じく殴打を放つ。相手の拳を、それぞれの掌が受け止め轟音と衝撃が響き渡る。

 

―――そちらが上か

 

 ZEROは静かに独白する。

 Zの拳を受け止めた掌が陥没し、割れた手の甲から拳の一部が見えている。

 そして受け止められた拳はZの握力で圧壊していた。Zの方には破損は見えない。

 顔を突き合わせたような超至近距離で、二体の魔神は眼を光らせた。

 光子力ビームが激突し、光の飛沫が撒き散らされる。

 そして光線だけではなく、同時にブレスファイヤーとルストハリケーンまでもが放たれた。

 三つも重なった超破壊力に、流石に両者は耐え切れずに大きく背後に吹き飛ばされた。

 

 ZEROは全身が火傷を負ったような姿となっていた。

 既に欠損していた右眼は未だに直らず、表層とはいえ装甲が爛れている。

 再生能力を発動させているが、おぼつかない様子だった。

 阻害されているのだろうと魔神は察し、現状の維持に努めた。

 対して、マジンガーZは完全に無傷だった。

 装甲の欠けどころか、微細な傷の一本さえ入っていない。

 それを気にした様子もなく、二体の魔神は再び闘争を開始した。

 

 明らかに、ZEROが劣勢に立たされていた。

 損傷自体はそこまで深くはないが、確実にZEROは損耗している。

 ZEROが弱いのではなく、マジンガーZが強過ぎていた。

 

 その状況を、女神の意思が見ていた。

 ZEROの苦戦に、彼女は唇を噛み締める。

 

『私の…せいだ』

 

 罪悪感と後悔に滲んだ声を女神は発した。

 マジンガーZは無敵の存在である、という彼女のイメージが、超高次元存在である時天空によって再現されていると気付いたのだった。

 基本性能が高すぎるのもあるが、原因は他にもあった。

 女神が見る戦場には、無数の赤い線が縦横無尽に走っていた。

 それは因果の束であり、血のように赤い糸がZEROの全身を鎖のように覆っているのが見えた。

 時折無数の糸の中の一本または何本かが強く光り、その度にZEROの装甲が砕け散った。

 破壊の因果を結び、事象として発現しているのだと分かった。

 

『因果律兵器…』

 

 女神としての自分の力、そしてZEROの世界でマジンガーZが持っていた異能の力を、時天空のマジンガーZも行使していた。

 本来であれば即死するはずの力に抗えているのは、時天空をしてもZEROは強大であるからだった。

 しかし徐々にZEROが眼に見えて押されていく。

 因果の糸は減るどころか増え続け、勝利の可能性を刻一刻と削っている。

 

『うっ……』

 

 女神の意思が苦鳴を発する。

 自分が信頼を寄せるものが傷付くのを見るのが苦しい、というのも勿論だったが、ZEROが破壊される光景にとても心が痛んだ。

 

「酷い光景だね」

 

 自分の傍らで声がした。それは自分と同じ、鹿目まどかの声をしていた。

 

「でも、これが正しい光景にも思えるよ」

 

 自分よりも幼く聞こえる声は、てぃひひっと小さく笑っていた。

 笑い終えると、声の主の気配が消えた。

 幾つもの事象を見て疲弊した自分の心が生み出した幻影、と女神の意思は思う事にした。

 

 正しい光景、という言葉を重ねながら戦場を見ると、声の主の意図に気付いた。

 マジンガーZとは正義のヒーローである。

 恐ろしげだが荘厳で、人が縋りたくなるような神々しさがある姿をしている。

 対してZEROは、恐怖心を煽り立て、全てを傷つけ破壊せんとするような姿である。

 マジンガーZに似ていて、そして決定的に違う姿は、Zが本物でありZEROが紛い物という対比に繋がる。

 ヒーローに対峙される、悪役の構図にも思えた。

 そう思ってしまった事に、女神の意思は悲鳴を上げた。

 本物と紛い物。

 その対比は、自らにも当てはまるからであり、そして今一番ZEROを信じなければいけない自分が、そう思ってしまったことに。

 

『違う!!』

 

 自らの思考を否定すべく、彼女は叫んだ。

 

『あなたは偽物なんかじゃない!あなたは』

 

 叫ぶ女神の視界を、そしてZEROを、無数の輝きが照らした。

 それは光ではなく、全てを漂白し蹂躙する虚無の輝きだった。

 輝きとは、無数の姿をとった人型の群体だった。

 その存在に、女神は見覚えがあった。

 

『可能性の…光』

 

 呟いた時に、無数の虚無が放たれた。

 茫洋たる輝きをした人型達が、一斉に自らの全ての力を解き放ったのだった。

 遍く必殺。

 かつてそう呼ばれた現象だった。

 

 無数の輝きが、因果で拘束されたZEROの全身に突き刺さる。

 装甲が砕け、内部のメカが抉られ、胴体や膝に大穴が開いていく。

 女神は泣き叫びながら、静止の言葉を発していた。

 

『やめて!傷付けたりしないで!もう悪い事なんてしてないの!お願い!』

 

 叫ぶ中、女神の意思に別の光景が流れ込む。

 それもまた、無数の光に脅かされるZEROの姿だった。

 ZEROはかつて、無数の世界を自らの内に取り込み、時間と空間を完全支配しこの世の全てとなった。

 しかし対存在である兜甲児が、ZEROの世界の中で無数の可能性を解き放った。

 それはZEROに取り込まれた夥しい数のマジンガーZを媒体として可能性の光となってZEROから解放された。

 発声した可能性の光達は、自らが真に誕生するためにZEROに対して総攻撃を放った。

 その再現が、今行われているのだった。

 防御も回避も、反撃も不可能な遍く必殺が、ZEROを蹂躙し続ける。

 それはZEROがかつて行ってきた所業の報復であり、当然の報いと言えた。

 

 しかし、それは過去の事である。

 今のZEROとは違う。

 だから、無駄とは分かりつつも女神の意思は叫び続けた。

 これが続けば、それがZEROの終わりだと思った。

 この現象がかつてZEROを破壊したものであるなら、今度も同じことになる。

 そうすれば、時天空に全てを支配されてしまう。そして何もかもが消える。

 それは嫌だった。

 

 そうなれば、この先を知ることが出来ない。

 ZEROはかつてこれを受け、そして存在を破壊された。

 しかし今ここにいる。

 そうなった経緯がどうしても知りたい。

 何故変わることが出来たのか、それが堪らなく知りたかった。

 

 その時に、彼女の視界が再び歪んだ。

 無数の輝きに蹂躙される場面なのは変わらない。

 だが、その視点が異なっていた。

 攻撃を放つ側から、攻撃を蹴る側へと視点が推移していた。

 ZERO自身の視界かと思えば、それより少し上の位置に、パイルダーの内部に思えた。

 確かに自分は今、ZEROの頭部に相当する場所で世界を観ている。

 しかし今見えるのは、今ではなく過去の光景だった。

 ZEROから生まれた光達が攻撃を放つ場面に、女神の意思はいた。

 その光景を、自分が「観ている」のではなく「覚えていて」、「思い出している」のだと感じた。

 

「サンダーブレーク!!」

 

「光子力ビーム!!」

 

 無数の光、遍く必殺の中で一際強い二つの光が放たれた。

 ZEROに囚われていた剣鉄也とグレートマジンガー、そして兜甲児とマジンガーZによる同時攻撃だった。

 それが致命傷となり、ZEROの動きが止まった。

 

―――私ノ完全ナル世界ガ消滅スル

 

―――マジンガーガ勝利シ続ケル最強ノ世界ガ

 

 ZEROが兜甲児に向けて意思を発した。それは命乞いなどではなく、彼への問い掛けだった。

 

―――兜甲児

 

―――ソレハ オ前自身ノ夢デアッタハズダ

 

―――イイノカ 

 

―――ソレデモ?

 

 意思を発したZEROの感情が、女神の意思に流れ込む。

 ZEROとは、絶望という意思の凝集体でもあった。

 万物の存在を認めず、だからこそ全てを壊し、ただ一つの存在であり続けた。

 それは逆に言えば、全てに渇望し欲していたともいえた。

 永遠に等しい時間、全てを否定し尚且つ求めていたというのは、あまりにも屈折していて、それでいてひどく人間的な苦悩でもあっただろう。

 その感情を、女神の意思は絶望であると定義した。

 魔神の問いに、兜甲児は少しの間目を閉じた。

 少年の貌には確かな苦悩があった。

 だがそれを、彼は肯定しつつも自らの言葉で返した。

 

「見てくれZERO」

 

「この大いなる可能性を」

 

 遍く必殺は絶えず放たれ、そして可能性の光達は今この時もZEROから発生し続けている。

 

「これこそ俺が…いや、みんなが…」

 

「本来望むべき世界だ」

 

「何よりこの可能性はお前の中から生まれたんだ」

 

「だから」

 

「……………」

 

「ZERO」

 

「お前は負けたんじゃない」

 

「勝ったんだ」

 

 兜甲児の言葉は、仇敵を、そして自らの半身を傷付けるものではなかった。

 その言葉を受けた瞬間、ZEROの中で何かが、そして全てが変わった。

 

 ―――ソウカ…

 

 かつてのZEROの意思が、女神の脳裏に響いた。

 

 ―――ソウカ…コノ輝キハ 私ソノモノカ……

 

 感情の変化が何であるか、女神にはすぐに分かった。

 それは、絶望から希望への相転移だった。

 ZEROという名の破界神が、ZEROという名の創造神に変わった瞬間だった。

 

 その時に、女神の視界が移り変わった。

 ZEROのパイルダーが、無数の光を受けてもそこだけは無事だった部位が崩壊していく。

 違う、と彼女は思った。

 崩壊ではなく、別のもへと変わっていくのであった。

 それは卵であり、繭のような働きを果たしていた。

 その中で育まれたものが、解き放たれた瞬間を彼女は観たのだった。

 その時に、彼女は自らの正体を知った。

 

『そう…だったんだ』

 

 女神の意思は、ZEROから新たに生まれたものを見る。

 それは輝く衣装を纏い、弓矢を携えた少女の姿をしていた。

 少女の光はZEROの正面へと飛翔し弓を番えた。

 既にZEROの姿は崩壊しかけ、無事な部位などどこにも残っていなかった。

 最後の一撃を放つその瞬間、少女の光が眩く輝いた。

 光の中には、輝く翼を纏った神々しい姿がった。

 女神と呼ぶに相応しい存在が弓矢を放ったその瞬間、再び女神の意思の視界が歪む。

 

 過去から今へと、視点が変わる。

 そこには同じく、無数の攻撃に晒され崩壊寸前となったZEROがいた。

 そして、最期のトドメを放つべく弓を番えた少女の姿が、魔法少女の姿の鹿目まどかの幻影がそこにいた。

 弓矢が放たれるその瞬間、ZEROの頭部が、女神の意思が光を放った。

 光を前に、複製の可能性の光達も、鹿目まどかの幻影も怯んでいた。

 虚無が、虚無なりの恐怖を覚えたようだった。

 

『あなたは、偽物なんかじゃない』

 

『あなたは、ZERO。最強で無敵の、私達のスーパーロボット』

 

 女神の意思がZEROに語り掛ける。

 因果を紡がれ、意思を押し込められていたZEROにも彼女の言葉が通っていく。

 崩壊したかけた機体が、少しずつ動きを再開していく。

 そして強い意志と声で、彼女はあらんかぎりの力を込めて叫んだ。

 

『マジンガーZERO!!』

 

 名が叫ばれたその瞬間、魔神の両眼に光が宿った。

 それは、新たな誕生の瞬間でもあったのだろう。

 欠損していた部位が、時を逆戻しにしたかのように再生していく。

 それを危機と感じたか、鹿目まどかの幻影が弓矢を放った。

 傷が塞がっていく頭部へと飛来した虚無の鏃。

 しかしそれは、輝く光の鏃によって粉砕された。

 

 幻影がその根源を探ると、ZEROの貌の前に光輝く少女の姿があった。

 それは確かに、鹿目まどかの姿をしていた。

 桃色と白を基調とした姿であったが、肩は露出しスカートの丈も変わっている。

 胸の前で結ばれたリボンの前では、金色の錠前が下がっていた。

 自らの新しい姿と、今奮ったその力に女神の意思は驚いていた。

 しかし、これも当然だと思った。

 自分は女神であり、そして、何よりも。

 

―――ありがとう、鹿目まどか

 

 再生を終えたZEROが言葉を発した。

 

―――私をその名前で、マジンガーと呼んでくれて

 

―――感謝する

 

 魔神の言葉に、女神の意思も、鹿目まどかも頷いた。

 自分は確かに女神としての意思ではあるが、同時に鹿目まどかでもある。

 ZEROはこれまで、何があっても自分をマジンガーとは名乗らなかった。

 最もマジンガーZに近く、そして遠い存在であり、自ら名乗るのは容易くてもそれは自認に過ぎない。

 誰かに名前を呼ばれる事を、心から渇望していたのだろう。

 そしてそれは、女神の意思も同じであった。

 鹿目まどかでなくなったと思っても、心のどこかで誰かに鹿目まどかと呼ばれたかったのだと気が付いた。

 

 再び、虚無の輝きが、遍く必殺が空間を生めるような密度で放たれる。

 その前に、ZEROは右手を伸ばした。そして人差し指が静かに伸ばされる。

 

―――サザンクロスナイフ

 

 虚空に無数の十字架が浮かび、指先に向かって大群となって飛翔する。

 

 放たれたサザンクロスナイフは、虚無の光とそれらを放つ虚構の輝き達も切り裂いた。

 縦横無尽に動き、放たれる虚無を蹂躙する。

 虚無のマジンガーZと鹿目まどかにも十字架が飛来するが、その二体は腕と弓矢で十字架を払い落とした。

 そして虚構の輝き達は切り裂かれながらも再生し、また切断面から寄生虫のように生えていく。

 一度復活されてもまた圧せばいいとして、再び攻撃を放とうとした時、虚無の天蓋に亀裂が入った。

 その亀裂は、禍々しい闇色をしていた。

 それを虚無たちが認識した瞬間、巨大な落雷が虚空を覆った。

 

 感電し爆散する虚無が弾けるその中を、闇色の人型が凄まじい速度で落下していく。

 落下の最中、その存在へと無数の攻撃が殺到する。

 人型が纏った、闇の衣にも見える部分が次々と剥離するが、人型は止まらない。

 虚無のマジンガーZへと一気に肉薄した時には、その輪郭が見えていた。

 虚無の魔神と魔法少女は、同時に異能を解放させた。

 その存在が何であるか察しがつき、破滅の因果を紡いだのだった。

 

『!?』

 

 虚無の鹿目まどかの無表情な顔に、硬質の動揺が走った。

 因果が紡げず、異能が弾き返されていた。

 動きを硬直させた鹿目まどかとは逆に、マジンガーZは動いていた。

 超高速で振り抜かれた腕には、アイアンカッターが生成されていた。

 交差するZと人型。

 金属音が鳴り響いた後に、人型が纏っていた最後の闇が切り裂かれた。

 闇の奥にいたのは、より鋭く、先鋭的で重厚な姿となった偉大な勇者であった。

 

「さしづめ、グレートマジンカイザーSKL…ってところかしら」 

 

 黒く禍々しい姿でもある異形の勇者の中で、暁美ほむらが言葉を発した。

 巨大生物の顎を思わせる巨大な刃が振り抜かれた先で、切り裂かれたアイアンカッターが落下した。

 マジンガーZの腕にも長く深い切り傷が入っている。

 接近戦は不利としたか、Zが後退に移ったとき、新たな姿となったグレートの左手が伸びた。

 

「ええっとゴッドサンダーかトールハンマーブレイカーか」

 

「サンダーブレーク!!」

 

 慌てるまばゆの声を貫き、暁美ほむらの叫びが迸る。

 指先からは、これまでとは比較にならない範囲に広がる黒い稲妻が溢れた。

 

「どんな姿に変わっても、グレートマジンガーであることに変わりはないわ」

 

「え、でもさっきグレートマジンカイザーSKLって」

 

「ブレストバーン!!」

 

 追撃の叫びがまばゆの突っ込みを掻き消した。

 広大な真紅の帯が虚空に描かれ、夥しい数の虚無を飲み込んでいく。

 

「見ての通りよ、マジンガーZERO」

 

 暁美ほむらがZEROの名を正しく呼んだ。

 ZEROにマジンガーという名に対する憧れがある事と、自分にその資格は無いと言われたことを思い出していた。

 

「あなたはさっさと、その紛い物を片付けなさい」

 

「ええっと、この姿で来た事に対しては御心中お察ししますがどうかお心を鎮めて」

 

―――協力、感謝する

 

 まばゆが言い終わる前に、ZEROは感謝を示した。

 言い終えられなかったのは、暁美ほむらがグレートを急発進させ、群がる大群へと突撃したからだった。

 巨大な刃の一振りで大軍勢を薙ぎ払い、雷撃や熱線で大量破壊を撒き散らす。

 密着しての接戦に持ち込もうとしたところを、胸の放熱板を外して変形させた銃器の弾幕が襲い掛かり接近を赦さない。

 それどころか、銃器であるブレストリガーのグリップの刃で切り刻まれる始末だった。

 かつての自分と似た、そして遥かに破壊力を上げた力を暁美ほむらは存分に発揮し、禍々しい姿のグレートが大軍勢を粉砕していく。

 

「私達が」

 

「地獄です!」

 

 気分の高揚から、二人は観測した世界のセリフを言ってみた。

 元の発言者達の事を思い出すと背筋が冷え、そして自分達の声色では迫力が不足していると悟りしばし無言となった。

 しかし、言葉の通り、この場において敵方から見れば暁美ほむらと愛生まばゆは地獄そのものに違いなかった。

 

 

 

 

 

 

『そこ!』

 

 新たな姿となった鹿目まどかが弓矢を放ち、虚無の鹿目まどかが迎撃する。

 互いの力は互角であるが、双方一歩も譲らない。

 そしてマジンガーZEROとマジンガーZも激しい戦いを繰り広げていた。

 互いが持つ武装がぶつかり合い、拳と蹴りが交差する。

 変わったのは、傷付くのが一方的ではなく互いに等しくなったところだった。

 そして互いに再生能力があり、破損は即座に回復する。

 だがそれも、僅かにZEROの方が早かった。

 アイアンカッターで抉られた装甲が塞がる前に、ZEROの拳がZの胴体を貫いた。

 その動揺が虚無の鹿目まどかにも伝わったのか、そちらもまた動きを止めた。

 隙を見逃さず、鹿目まどかの矢が己の虚無の胴体を貫いた。

 

―――これで

 

『これで!』

 

 拳でZを貫いたまま、ZEROが飛翔する。

 同じく己の幻影を貫いた矢の根元を握り、鹿目まどかが宙に舞う。

 上昇からの急降下をし、虚無の大地とでもよぶべき地面に相手を背中から激突させ、地面を砕きながら幾度も地面に叩きつけて飛翔する。

 飛翔の最中、ZEROと鹿目まどかは互いを見た。

 そして、手中にある己の現身を互いに向けて投げ飛ばした。

 当然、その中心でZと幻影は激突した。

 衝撃で傷付いたそれらに、眩い光が差した。

 

―――光子力ビーム

 

 ZEROの眼から、眩い光が放たれる。

 それは黄金と、花のような桃色が混じった光だった。

 ZEROの肩には鹿目まどかが立っており、その首に触れて自分の力を流していた。

 光子力と魔法の合わさった光線は二重螺旋を描き、そして無数の光弾となった。

 全てを照らす光に、Zと鹿目まどかの幻影は抵抗する間もなく飲み込まれた。

 

 光が消え去った後、そこには四肢を大きく欠損させたマジンガーZの姿があった。

 再生する力も残っていないのか、身動き一つせず虚空に横たわっている。

 よく見れば、鹿目まどかの幻影もまた、パイルダーの中で座席に身を預けている。

 本来ならば、先ほどの攻撃で両者は完全に消え去る筈であった。

 それをせず、ZEROと鹿目まどかは無力化に留めていた。

 

―――君にはいつも手間を掛けさせる

 

 倒れ伏すZへと近付き、ZEROが意思を発した。

 僅かに、Zの姿が鼓動のように震えた。

 

―時天空が、完全に俺を複製したことが幸いした

 

 ZEROと似た、しかし別の存在の意思がZEROと鹿目まどかに届いた。

 それは、Zから発せられていた。つまり。

 

『マジンガーZ…』

 

 くろがねの城の名を鹿目まどかは口にした。

 時天空が完全なるマジンガーZの複製を生み出した時、その意思も召喚されたのだろう。

 時天空という強大な存在が大きく傷付けられたことで、その意識が表出したといえる。

 

―今、奴は俺の内にいる

 

―かつての君のように

 

―――確かに 適切な例えだ

 

―冗談だ

 

 魔神同士はその時確かに笑ったように思えた。

 しかしそこで、マジンガーZが苦鳴のようなものを発した。

 

―悪いが、もう時間だ

 

―もう奴を抑えられない

 

―俺より強き俺よ

 

―俺ごと、時天空を滅ぼせ

 

 Zが躊躇なく告げた言葉はあまりにも苛烈だった。

 しかし、ほぼ間を置かずにZEROが応えた。

 

―――承知した

 

 その言葉を実現すべく、マジンガーZEROはZに向けて手を伸ばした。

 

 

 



















次回、最終回
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