時天空を一時的に封印しているマジンガーZは、己を時天空ごと滅ぼせと告げ、ZEROは了承した。
そして、マジンガーZEROはマジンガーZの胸に手を置いた。
その様子に、Zは疑問を抱いた。
―何をする気だ、ZERO
―――兜甲児の真似事だ
―――君を渡しはしない
ZEROの言葉に、Zは呆気にとられたようだった。
触れた瞬間、跡形もなく消滅させるだろうと思っていたからだ。
―そうか
―それもまた、君らしい
返事にZEROは頷いた。
すると、Zの姿が希薄化していった。
微細な粒子となり、風で流れる砂のように消えていく。
消えゆく先にはZEROがいる。金色の粒子となったマジンガーZを、そして内在する時天空をZEROは取り込んだのだった。
Zが消えた時には、幻影の鹿目まどかが残った。
目を閉じ、先のZのように虚空に横たわっている。
しかし、ここで疑問が残る。
先ほどのマジンガーZは時天空由来ながら、完全なるオリジナルの意識が召喚された存在でもあった。
ならば、同じ条件で生成された鹿目まどかの複製もまた…。
―――さて、ここからは
そう意思を発したところでZEROの動きが止まった。
正確には、ZERO自身の動きを機体が反映しなくなったのだった。
―――そうか
―――鹿目まどかよ
―――この事について、少し話をさせていただく
ZEROの手は、横たわる鹿目まどかを掴んでいた。
そしてZEROのコクピットにも、先ほどまでZEROの肩にいたはずの鹿目まどかが座している。
機体としてのZEROを、鹿目まどかが操縦していた。
そしてZEROの口が大きく開き、鹿目まどかを飲み込んだ。
その瞬間、コクピットの中の鹿目まどかは糸が切れた人形のように意識を喪失した。
魔神もまた、二人の鹿目まどかの後を追おうと意識を沈静化させていく。
その時だった。
―――マズい
ZEROにしては珍しく、少し動揺したような意思だった。
直後、空間を切り裂くような速度で何かが飛来した。
「マジンガーZEROぉぉおおおおおお!!!!!」
変異したグレートマジンガー、グレートマジンカイザーSKLとでも呼ぶべき機体に乗った暁美ほむらであった。
鹿目まどかが捕食される瞬間を目撃し、完全に頭に血が上っている。
「暁美さん!さっきのは遠隔で見てましたけど魔神様が悪いわけじゃ」
まばゆの発言を無視、というよりも激昂していて頭に入らず、鋭い斬撃が見舞われた。
驚くべきことに、それは右肩から腰近くまでを切り裂いた。
どこかで見たような光景だった。
切裂かれたZEROは、右手でグレートの頭に触れた。
かつて別のグレートの顔面を握り潰しかけたのと同じ姿であったが、今回は微かに触れるにとどまっていた。
―――暁美ほむら、愛生まばゆ。貴女がたにも話がある
そう告げられるが早いか、二人の意識は即座に眠りに落ちた。
暁美ほむらは動揺したままに、まばゆは了解を示す敬礼のポーズで意識を失う。
その後、ZEROの意識も後を追った。
両眼の輝きが静かに消えていく。
マジンガーZに封じられた時天空の核を喰らったことで、時天空が生み出した可能性の光の複製達も既に消えている。
静寂に満ちた宇宙の中で、かつてと同じようにマジンガーZEROは沈黙していた。
「ふむ」
白で覆われた世界の中で、少女は目を覚ました。
目を開いての第一声は、感心の声だった。
正確には、少女の姿を、鹿目まどかの姿をした者が。
金色の瞳をした鹿目まどかの正体は、マジンガーZEROに他ならない。
かつて兜甲児の姿を借りた時と同じく、黒いシャツに青いズボンを履いている。
しかしその姿は今、首から足首の近くまでを桃色の糸で幾重にも巻かれて拘束されていた。
またあまりにも巻かれすぎていて、ミイラよりも酷い有様となっている。
「この私が全く動けぬ。大したものである」
全く怒った風も動揺もなく、ZEROは感心だけを告げた。
視線が上へと動く。
金色の眼差しの先には、桃色の髪と瞳をした少女がいた。
黒く巨大な立方体の上に、制服姿の腰を預けて座っている。
少女を前に、ZEROは静かに頭を下げた。
「お初に御目に掛る。人としての『鹿目まどか』」
魔神の声に、鹿目まどかは少し驚いたようだった。
「やっぱり、一目で分かるんですね。私が神様じゃないってことが」
「うむ。そして私にも適切な呼び方が思い浮かばなかった故、そう言った。気分を害されたなら申し訳ない」
更に深く頭を下げた魔神に、鹿目まどかは首を左右に振った。
少し間を置き、ZEROは少し首を戻した。
斜め下を、自らを拘束する桃色の束を見つめている。
「女神としての『鹿目まどか』よ。その姿は苦しくはないか?」
機械が発するような無感情さで、ZEROは労りの言葉を口にする。
糸からは淡い光が立ち昇る。
苦しくはないという意思表示だった。
「単刀直入に言おう。私は当初、この世界を滅ぼしに来た」
魔神は自分の行動を告白した。
それは罪の自白に等しかった。
魔神の言葉を、それぞれの鹿目まどかは黙って聞いている。
「千切れて流れた世界を垣間見た時、その危険性に気が付いた」
魔神の指摘に、息を呑む気配が空間に流れた。
「貴女達の世界は無限に拡散し増殖を続け、万物を侵食していくものだ」
淡々とした口調でZEROは語る。
「その性質自体は、はっきり言えばさして珍しくはない。寧ろ世界の基本と言える。だが」
ZEROは息を吸った。
本来呼吸は不要である。疲労が生じたのだろう。
「貴女達の世界はあまりにも魅力的に過ぎる。この宇宙に存在する力ある者達は、貴女達の世界を万物を滅ぼす兵器として転用してしまう」
「それは、一体…」
鹿目まどかが魔神に問うた。その答えには察しがついていた。
ただ、魔神の口から聞きたかったのだ。
「『円環の理』。魂を救済する尊き仕組みだ」
魔神の言葉に、女神が変じた拘束具が震えた。
怯えのような、歓喜のような震えだった。
「魂とは、この宇宙で最も手出ししにくい存在だ。ラ=グースや時天空でさえ、魂の輪廻転生は防げない」
「それなのに、貴女は傷付いた者達の魂を集めて癒し、永遠の楽園を為した」
「拘束でも監禁でもなく、ただ他者を労わる癒しの心で以て」
「それは例えようもなく、素晴らしいものだ」
「争いと破壊を繰り返す、救いがたき事象に満ちた、この宇宙の奇跡だ」
魔神の口調は淡々としていた。
ただ事実を告げる口調はこの上ない賛美であった。
「だからこそ、その仕組みには利用価値がある」
口調は変わらないが、そこには機械と摂理の冷たさがあった。
「故に、私は貴女方の世界を滅ぼそうと思った」
言葉は自白へと戻り、魔神は行動の理由を告げた。
少し間を置き、鹿目まどかが口を開いた。
「あなたが私達を滅ぼそうと思ったのは、何時ですか?」
「それは」
魔神は言い淀んだ。常に淡々としているために、動揺は極めて分かりやすい。
「最初の一瞬だ」
そして機械であるが故に、問いかけには嘘を発さない。発せないのだろう。
「だからといって、言い訳に過ぎない。私は危険な存在だ」
「それを言うのなら、私達だって同じです。あなたはさっき、私達はこの宇宙で一番危険だって言いました」
「私の過去を見たであろう?」
「過去は過去です」
「拭い難い過去だ」
「拭う必要なんてありません」
ZEROの言葉を、鹿目まどかは片っ端から潰していく。
ZEROは黙るしかなかった。
神の力を無くした少女を前に、究極の魔神が屈していた。
しばし黙ったうえで、再び口を開いた。
「本当に、良いのか?」
静かで重苦しい問いだった。
鹿目まどかは頷いた。
その途端、世界が震えた。
魔神が見上げた先に、二人の鹿目まどかがいた。
一人は元のままの姿であったが、その傍らの鹿目まどかは淡く輝く赤い色をした、茫洋たる輪郭の曖昧な姿をしていた。
曖昧ながら、紛れもなく鹿目まどかと認識できる姿だった。
それが、視界の全てに溢れた。
黒い立方体に座った少女の姿が、夥しい数という言葉では到底足らない数で顕現している。
モザイクのような、またはバグった映像のように、茫洋たる鹿目まどか達の姿は震えていた。
そして、オリジナルの鹿目まどかにも異変があった。
苦痛を感じているのは、蒼白となった顔色と、膝の上で握られた小さな手の震えで分かる。
対して、彼女の表情には虚無が張り付いていた。
吐き気を堪えているような、それでいて酷く眠そうな、または生まれたての赤子のような。
そして、生きながらに喰われていくような。
鹿目まどかに起きている現象は、正にそれだった。
見れば彼女の背中から、恐らくは背骨のあたりから真紅の細い糸が伸び、別の鹿目まどかに繋がっている。
茫洋たる姿は、真紅の糸で作られたが故の姿であった。
オリジナルの存在を細分化し、幾重にも存在が枝分かれしている。
枝分かれとは世界の可能性であり、無限に拡散していく「鹿目まどか」の宇宙であった。
自分の中に抱え込んだ膨大な可能性が溢れかえり、自らの体を突き破って世界となって溢れている。
それは際限なく続いていく。
少女の魂を贄として、または苗床として、無限の世界が創造されている。
「分かった」
ZEROは告げた。
ゆっくりと、右腕が伸びていく。
体に纏わりついている桃色の糸が緩み、そして腕と手の輪郭に沿ってぴったりと張り付いた。
少女の腕が伸び、五指が開く。
それは、世界を求める手であった。
「ZEROに還れ」
魔神の言葉と共に、腕に絡んだ桃色の糸が溢れた。
それは桃色の大海嘯となって、遍く世界を飲み込んだ。
「鹿目まどか、気分は?」
「うん、もう大丈夫」
テーブルを挟んで、鹿目まどかの姿のZEROと鹿目まどかが対峙している。
ZEROの拘束は解け、そして鹿目まどかの口調は随分と砕けていた。
鹿目まどかの世界を飲み込み、そしてここに至るまではほんの一瞬だった。
鹿目まどかにはもう、苦痛の欠片も無い。
「やっぱり、ここは懐かしくて落ち着くなぁ」
「確かに。姿を同じくさせていただいている恩恵か、私も安らぎを感じる」
広く機能的で、そして安らぎに満ちた一室だった。
そこは、鹿目まどかが人間として生きた家の居間だった。
「しかし何故だろうか。安らぎならまだしも、私も懐かしさを感じるとは」
「それはそうだよ。だってあなたは私の」
そこで鹿目まどかは言葉を区切った。
「私達の、生みの親なんだもの」
そう告げた鹿目まどかの声は、どこか二重に聞こえた。
鹿目まどかの姿自体は変わらない。
だが、瞳の色が変わっていた。
ZEROから見て左が桃色で、右が金色の色をしている。
女神と人が、再び合わさった事を示していた。
「あしゅら男爵さんみたいだね」
「む……」
悪戯っぽく言った鹿目まどかに、ZEROは口を濁した。
ZERO本人も思いはしたが口にはしなかったことだった。
しかし今は、言うべきことがあった。
「確かに私は貴女の世界を手にした。私であれば、無限の宇宙の器となれる」
そこで、しかしと魔神は言った。
「だが私は」
鹿目まどかの世界そのものを手にしても、それでも譲ってはいけない一線があった。
それを、ZEROは口にしようとしていた。
「はい」
それを遮り、鹿目まどかが口を挟んだ。
「その人は」
言葉に意思が乗せられ、ZEROへと届いた。
鹿目まどかの告げた、「その人」の姿が魔神の思考に浮かぶ。
それは鹿目まどかとどこか似ていて、そして異なる人物だった。
人としてその者から生まれ、そして神になった事で関係が断ち切られた者であった。
「私の母では」
激しい音が、その言葉を断ち切った。
それは人の姿を取ったZEROが、自分の顔を両掌で叩いた音だった。
「言わせねぇぞ」
―――!?
自らの口から出た声に、ZEROは驚愕していた。
言わせぬぞと、ZEROは言ったつもりだった。
掌から感じる顔の形は、そして今出た声は鹿目まどかのものではなかった。
幼き子供が、決して言ってはならない言葉を防ぐため、断腸の思いで変じた姿。
その姿になったのはZEROの意思でもあるが、しかし今、ZEROの理解を超えた現象が起きていた。
だが今は、思考よりもやるべきことが先だった。
顔から手を離し、ZEROは立ち上がった。
服装自体は変わらないが、その背は鹿目まどかを超えていた。
桃色の髪は、桃色に紅を足した色に変わっていた。
その姿を見た瞬間、鹿目まどかは駆け寄っていた。
間にあった机は瞬時に消え、隔てるものは無くなっていた。
すぐに辿り着き、その身体に抱き着いた。
そして、脇目も振らずに声を上げて泣いた。
生まれたての赤子のように。
新たな姿、神の母である「鹿目詢子」の姿となったZEROは、ただ泣き喚く鹿目まどかを金色の眼で見ていた。
桃色の眼からも、ZEROと同じ金色の眼からも、人の意思と女神の意思の両方で、ただ相手を抱き締めて泣いている。
その様子を、ZEROは黙って見つめていた。
どうすればよいのか、迷い戸惑っていた。
その時、自然と手が動いた。
それはZEROの意思であり、また別の意思でもあった。
―――ボサッとしてんな
―――こうすんだよ
自らの内で響く声にZEROの手は従った。
震える指先で、桃色の頭にそっと触れる。
決して壊さぬように、間違っても傷付けぬように。
今の形は異なるとはいえ、万物を破壊し蹂躙してきた手が少女の頭を優しく撫でる。
その動きはZEROには二重に重なって見えた。
自分の意思によるものと、そして自分の中の別の意思によるものの二つに。
「そうか、私は、そして…あなたは」
魔神の呟きが、小さく零れた。
そして静かに目を閉じた。
自分の名を呼ぶ、複数の声が聞こえた。
次回、エピローグ