虚無の空間で、剣戟の音が絶え間なく続いていた。
輝く二体の人型が、大剣と双剣を用いて争っている。
既に動くものは何も無く、原型すら留めていない残骸が広がっている。
二体からの攻撃を受けて殲滅され、ついでに二体の争いで切り刻まれたのだろう。
永遠にも思えた交差は、唐突に絶えた。
双剣を構えた勇者が、その輪郭をゆっくりと崩し始めたのだった。
大剣を握る武人は、剣を背中に収めた。
そちらもまた、姿を崩し始めていた。
争いを終え、二体は距離を隔てて向き合っていた。
―――あばよ、暗黒大将軍
消えゆく寸前、勇者から意思が発せられた。
「言葉は蛇足だ、剣鉄也」
武人は言葉で返した。
その様子に、勇者を操る青年はどこか皮肉気な笑みを浮かべた。
そして跡形もなく消え去った。
武人、暗黒大将軍は静かに消滅の時を待った。
今の記憶は消え、どこか別の世界線の自分へと意識が向かうのだと思っていた。
勇者とはまたそこで争い合える。
負けるかもしれないが、闘争はやめられないしやめる気もない。
そして何より、それしか出来ない。
自嘲でもなく事実を確認し、大将軍は静かに目を閉じた。
閉じる直前、視界に小さな光が過った。
それは、緑色に輝く少女の姿をしていた。
体躯に対し、不釣り合いに大きな鋏を握った奇妙な少女であった。
そこは広大な空間だった。
天井は少なく見積もっても三百メートルの高さがあり、幅と奥行きは果てしない。
恐らく十数キロ単位だろう。
街一つが建物含めて丸ごと入る空間は、薄闇で満たされている。
「ようこそ、悪魔の領域へ」
少女の美しく高らかな声が空間に響いた。
それは天井近くまでせり上がった巨大な祭壇の上の、石造りの玉座から発せられていた。
祭壇の麓には、黒い長シャツと青いズボンを履いた、妙齢の美しい女性の姿をした存在がいた。
「暁美ほむら。姿が少し変わったな」
「そちらもね」
少しどころではない、と暁美ほむらは思った。
抑揚の無い声で告げた存在は、鹿目まどかの母の姿となったマジンガーZEROである。
自らの領域にそれを招いた暁美ほむらは、内心の動揺を悪魔的な演技力で乗り切っていた。
「私について、詳しくは聞かないのかしら?」
「それはまた別の機会にさせていただこう」
その返事が来て、内心でほっとしていた。
今の彼女の姿は、普段とは少し異なっていた。
肩が露出し、細部にも変化があった。
この姿になったのは自分でもよく分からない。
意識が戻った際にはこうなっていた。
多分、いつも通りまばゆが原因だろうと思った。
「最初に謝っておこう、と思ったけれど、あれはあなたも悪いのよ?」
「その認識で構わない」
敢えて挑発的に言い、ZEROはこれまで通り弁明をしなかった。
鹿目まどか本人に等しい複製体を、女神の意思に操作されたZEROは捕食させられていた。
その様子を見て暁美ほむらは激昂。
カイザー化、しかもSKLの力を得たグレートで肩から腰の手前にまで切断に至る斬撃を見舞ったのだった。
「怒って当然だ」
ZEROの方から擁護ともとれる言葉が来たので、暁美ほむらはそれに乗ることにした。
そこで、外見以外の変化に気が付いた。
「過度な敬語はやめたのね」
「思う事があるもので。ところで、愛生まばゆは不在だろうか?」
「さっき散歩に出かけたわ。新しい場所だからテンションが上がっているのでしょう」
「生活に喜びを見出せるのは良い事だ」
そっちもよ、と暁美ほむらは思った。
何があったのか、ZEROの口調は丁寧だが幾らか砕けた言い方になっている。
前の遜った言い回しも聞いてて悪い気分がしないのだが、こちらの方が気楽だし、それに相手も楽そうだった。
「彼女には助けられたわ、本当に」
左右を確認してから暁美ほむらは言った。聞かれていたら気恥ずかしいと思ったのだろう。
ZEROも頷いた。
「彼女は私の存在を、これまでの事を『作品』として認識し、記録として自らの内に保持していた」
「だから私もあなたを思い出せた。記憶というものは厄介ね。消え去っても好奇心やふとした弾みで戻ってしまう」
自分の言い回しに、暁美ほむらはちょっとムカついていた。
白い獣の淡々としたインテリな言い回しは、多分永遠に慣れることが無く今後も自分を苛むのだろうと思った。
「でも、今回は思い出せて良かったわ。というよりも、良かったと思えるように今後の働きで示して頂戴」
「勿論だ」
敢えて皮肉の言い回しをした暁美ほむらに、ZEROは即座に答えた。
獣の事を思うものとは違う、罪悪感による胸の痛みを彼女は堪えた。
「話は変わるけど、鹿目まどかには会わないのか…とは聞いてくれないのね」
「今は、まだ手が離せない」
「何が起きてるかは分かるわ」
一瞬、暁美ほむらは眼を閉じた。
瞼の裏では、母親の姿をしたものに縋りついて泣く鹿目まどかの姿が映っていた。
耳の奥でも、「ママ!ママぁ!」と叫ぶ声が聞こえる。
叫びは二重に聞こえた。女神と人間の人格それぞれで泣いている事が分かった。
縋り付いている相手は、自分が今対峙しているZEROである。
同じ時間に別の場所にいることに、暁美ほむらは既に驚かないしそれを不誠実とも思わない。
そういう存在なのだと既に慣れている。
慣れるくらい、もう随分と一緒にいるのだった。
「会う資格は私には無いわ。今の私は」
「それを言うなら、私は魔神だ。それも」
「最強最悪の存在だったのはもう遠い昔でしょう。尤も、最強でいてもらわなければ困るのだけど」
互いに相手の言葉を遮り、最後に暁美ほむらが先手を取った。
相手への気遣いはあっても言いたいことと、言うべきことがあるからだ。
「もう、何処にも行かないわよね」
「ああ」
「なら永遠に、この世界と寄り添い続けなさい」
「ああ」
強い口調を演じながら、そして縋る思いで暁美ほむらは告げていき、ZEROは淡々と応じていく。
「この世界と外界を隔てる窓になって、未来永劫に魔法少女どもの囀りを聴き続けるがいいわ」
「それは素晴らしい事だ」
その返事には少し間があった。
自分の言った言葉を、想像して思い浮かべたのだろうと思った。
淡々な口調の中に、歓喜の意思が感じられたからだ。
「マジンガーZERO。そんなに魔法少女が好きになったの」
「好きだ。そして魔法少女だけではない。私は魔女も使い魔も、そして他の地域の者達も好きだ」
「早口がちょっと怖いわよ」
自分も気を付けようと暁美ほむらは思った。
しかし、ZEROの言葉は頼もしかった。
「推し活もやりすぎないようになさいね」
「そうしよう。過去のこともある」
しまったと彼女は思った。
ZEROに気にしている風は感じられないが、何も思わないはずが無い。
「そもそもあなた、自分の価値を過小評価しすぎなのよ」
咄嗟に言った言葉は、叱咤となっていた。
「必要以上に自分を隠して、全部自分で背負い込んで」
次の言葉も同じであった。そして自らの発言は、自分にも返ってきていると感じられた。
「傍から見ていて、まどろっこしいところも随分とあったわ」
自分の言葉に自分で傷付きつつも、暁美ほむらは驚いていた。
自分で言うのも烏滸がましいが、自分で自分を、暁美ほむらを客観視出来ている事に。
ああそうか、と彼女は思った。
自分とZEROも似ているところがあると、そう感覚で感じていたからだった。
ZEROはマジンガーZと兜甲児を「推し」すぎて、世界はおろか推し対象さえも破壊して取り込んだ。
彼女が身を擲って構築した概念を引き裂き、願いを否定し壊してしまった自分と何が違うのだと、暁美ほむらは思ってしまった。
回数の問題ではない。問題はやってしまったことである。
「今度は…これからはもっと、上手くやりなさい」
最後の言葉は途切れ欠けていた。ZEROを通すことで自分の心を癒したいのだと思えてしまった。
真っすぐにこちらを見る、女神と同じ金色の眼は自分の心を見透かしているように思えた。
「そして、自分の事を大事にして」
それは本心であり、自分も救われたい気持ちがあるのだという表れだった。
ZEROは分かったと告げた。
自分の声が、その声に重なって聴こえた。
「これからもよろしくお願いする、暁美ほむら。そちらも自分を大切にせよ」
柔らかながらの命令口調はやはり、心が見られているのだと思った。
支配されているのではなく、そもそも存在してきた年月が桁違いに過ぎて経験が豊富であり、自分のような小娘の心は分かってしまうのだと理解した。
しかし今は、その命令口調が有難かった。
自分より遥かに年上で超高位の存在からの言葉ならば、受け取っておくべきだろう。
そう免罪符的に思うことが出来るからだ。
卑怯だという気持ちはあまり湧いて来ない。
恐らく、あの外見が原因だろうと思った。
鹿目まどかの母という姿は、あまりにも強かった。
素直な気持ちで、暁美ほむらはZEROの言葉に頷くことが出来た。
だから、彼女はそれに報いたいと思った。
「あなたは過去を嘆くけど…あなたがかつてしてきた事と、そして私達にしてくれたことは全て、ある言葉で表現できるわ」
「教えていただきたい。それは何だ?」
本心からの疑問の声だった。
暁美ほむらは唇を蠱惑な形に歪めた。
その言葉は、彼女にとって特別な意味を持っている。
軽々しくなど使えない。
そして今が、使うに値する時だった。
「愛よ」
時が止まったかのような、しんとした時が流れた。
「そうか」
ZEROはやがて口を開いた。
「そう思う、ように出来るようにしよう」
ゆっくりとした口調は、愛という言葉を噛み締めているように感じられた。
暁美ほむらは頷いた。
言いたいことは、今のところ言い終えていた。
相手もそれを察したらしく、軽く一礼をしてから踵を返した。
「では御機嫌よう。魔神様」
神の母の姿をした魔神の背に、悪魔は別れの言葉を投げた。
「ああ、そういえば」
「ぴゃっ」
それが届いた途端にZEROは振り向き、不意を突かれた暁美ほむらは奇妙な悲鳴を上げた。
「そちらがよければの話なのだが、一人紹介したいものがいる」
「誰、かしら?」
互いに悲鳴を聞かなかった、出さなかった事にして話を進めた。
なんとなく、暁美ほむらには察しがついた。
出てきた人物の数は限りなく少ないからだ。
「それは」
言葉を衝撃と金属音が掻き消した。
ZEROは腕を掲げていたが、暁美ほむらには何が起きたのか分からなかった。
「良い一撃だ。離脱したのも良い判断だ」
「悪魔様の御前である。魔神如きが頭が高い」
ZEROの感心の声を、敵意を有した声が迎える。
ZEROから少し離れた場所に、暁美ほむらより頭一つは高い今の姿のZEROよりも更に頭一つ以上高い背の姿があった。
青黒い甲冑と漆黒のマント、そして三本の捻じれた角を生やした兜が見えた。
長い腕には二メートル以上の長身よりも長く肩幅よりも広い幅の大剣が握られている。
その姿には見覚えがあった。
「暗黒大将軍…?」
名を呼ばれた瞬間、その存在は即座に暁美ほむらに向き直り片膝をついて跪いた。
「左様でございます、悪魔様。愛生まばゆ様の命により、参上いたしました」
「………」
暗黒大将軍であることを肯定した女は、威厳がありつつも妙に可愛らしい声をしていた。
声優であれば、大層大物に違いないとさえ思わせるほどの。
「不肖、暗黒大将軍。悪魔様と愛生まばゆ様、そして御眷属のお歴々のお世話をさせていただきたく存じます」
暁美ほむらは衝撃を受けていた。
見た目の変化はZEROという前例があるから分かる。
ZEROの世界でも戦闘獣は魔法少女以上の再生能力を発揮していたので、それを応用すれば見た目はどうとでもなるのだろう。
性別に関しても、元になった存在は一万年以上を生きる生体サイボーグなので最早どうとでもなるのだろうし拘りすらないのだろうと思った。
そう思う事にした。
とりあえず、まばゆとは後で話をせねばと思った。
言葉を精査すると、一番の下っ端の地位を望んでいるらしい。
となるとあれだろうか、クララドールズ達の一員になるのか。
そんな考えが頭を巡った。
「…ありがとう。とりあえずカバン持ちからお願いするわ」
「感謝いたします。悪魔様」
カバン持ちとは縁がある存在由来の地位だったが、下っ端と思い浮かべて結びつけられたのがそこだったことに悪魔は心の中で謝罪した。
ついでに暗黒大将軍の胸の装甲のあたりには、元は老爺の貌があったが、今ではそれが黒いトカゲの紋章に、悪魔の紋章となっている事に気が付いた。
忠誠心は本物らしい。たまに指示を無視するクララドールズに見習わせたいとさえ思った。
とても疲れた、と彼女は思った。
そのせいか、腹が空いた様な気がした。
「では手始めに、ピザでも焼いてもらえるかしら」
空腹だったからか、彼女は欲に従った。
ピザにしたのは、元がギリシャあたりの人なので得意料理かもしれないと思ったからだ。
言ってから、そもそも古代人だし、そういえば暗黒大将軍は人を生きたまま喰っていたことを思い出して後悔した。
「え、カバン持ちじゃないんですか」
「おだまり」
何時の間にか隣にいたまばゆの言葉を暁美ほむらは制した。
日頃から感謝しているが、今はそう言っておきたかった。
「畏まりました、悪魔様」
要望に対し、暗黒大将軍は平然と答えた。
どうやら料理は出来るらしいと、製作者である狂人の科学者及び闇の帝王に感謝した。
調理場があるらしい方向へと向かう暗黒大将軍。
元々この場所は、以前暁美ほむらが召喚されたミケーネの居城であった。
それが彼女とまばゆが暮らしていた場所、円環の理から少し離れた位置にあるまばゆの部屋に重なるように出現していた。
部屋は城を見下ろすように、最も高い場所の先端に乗っかっている。
異常な事態に慣れ過ぎている事は、暁美ほむらも自覚していた。
「貴様の分は無い。魔神よ、去れ」
「そうしよう。息災でな」
「災い自体がほざくな」
返事をすることなく、軽く手を振ってZEROはその場を後にした。
あの存在に敵意を向けられるなど、よく出来るものだと暁美ほむらは感心さえしていた。
自分が斬撃を見舞ったことは今は記憶の外だった。
一方で敵対的な態度には納得がいく。元々そういう間柄であったことは知っているからだ。
「悪魔様、どのように御作りいたしましょうか?」
「具材は…そうね、チーズをたっぷり乗せて頂戴。溢れる少し手前までのギリギリで」
畏まりましたと大将軍は応え、調理場へと消えた。
「暁美さん、順応力高いですね」
「悪魔だもの」
まばゆの軽口に軽口で返す悪魔であった。
その頃には既に調理が始まっているらしく、焼けた小麦の匂いが漂っていた。
「いつか、鹿目まどかと食事を囲める日が来ればいい」
去っていく魔神の背から、そんな声が聞こえた。
「その日はそう遠くはない」
「だと良いわね」
魔神の言葉に悪魔が応えた。
その傍らでは、まばゆが手を振っている。
そして魔神は闇の奥へと消えた。
暗黒大将軍(ロボットガールズZのすがた)
そして悪魔ほむらちゃん誕生