魔法少女☆鹿目まどか 円環最期のZERO秒間   作:凡庸

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エピローグ2 くろがねの城

 広いとも狭いとも思えない、別の法則が支配する異界のような空間があった。

 その中に、一人の女性の姿があった。

 

 「君達には、苦労を掛けるな」

 

 女性の、鹿目詢子の姿のZEROは上を見上げた。

 全身を白い帯で覆った、巨大な姿があった。

 空間内の距離感がおかしくなりそうな異界の中でありながら、その巨体は空間そのものを圧しているかのような存在感があった。

 

 足の爪先から器のような頭部の端までが包帯で覆われ、更には太く長い鎖で全身を縛られている。

 両膝を突き、胸の前で両腕を水平に交差した姿は、拘束具を着せられた囚人か処刑を待つ罪人にも見えた。

 ZEROの言葉の矛先は、人型の頭部にあった。

 頭部には赤い装甲があり、その一部は硝子で覆われている。

 その中にいる者へと、魔神は語り掛けた。

 

「兜甲児」

 

 硝子の内側には、人型と、マジンガーZと同じく拘束された少年がいた。

 こちらは包帯ではなく、コクピット内部の至る所から生じた触手によって拘束されている。

 触手はパイロットスーツを貫いて皮膚へと直接同化し、ヘルメットの内側からも溢れた触手が耳孔や眼から彼の内部に侵入している。

 痛々しいどころではない、凄惨な姿となっていた。

 

『久しぶりだな、ZERO』

 

 身じろぎ一つしないまま、少年は意思を発した。

 痛々しい姿と相反する、強い意志と生命力に満ちた意思だった。

 

「加害者の私が言うのも烏滸がましいが、その姿は」

 

『苦しくはねぇよ。お前の時もそうだった。見た目ほどは痛くない』

 

 見た目ほど「は」と強調し、笑いの口調を交えて兜甲児は言った。

 過去を懐かしむ様子はあれど、憎んでいる様子はなかった。

 そうか、とZEROは返した。

 淡々とした口調は変わらないが、幼い少女ではなく経験を経た大人の女性の姿である為、感情を押し殺しているのが分かる声となっていた。

 

「単刀直入に言おう。時天空を引き取りに来た。封印は私が担う」

 

 ZEROは右手を伸ばした。

 助けを与えるようにも助けを乞うようにも見えた。

 兜甲児は首を横に振るイメージを思念で送った。

 

『大真面目な場面なんだろうが、言葉に出すと意味不明だな。漫画かゲームの貸し借りかよ』

 

「茶化すな。この手を取ればそれで奴を引き剥がせる。触れなくていい、思えばそれで事足りる」

 

 返ってきたのは、手を払いのけるイメージだった。

 僅かに眉が跳ねる。それが、理解不能を示していた。

 

『無理すんな。お前にはお前の仕事があんだろ?』

 

「無理などしていないし、時天空ごときでは支障も無い」

 

『その「ごとき」と自分を永遠に宇宙から隔離しようとした奴が何言ってんだ』

 

 兜甲児が苦笑する。ZEROの黄金の眼には気付きがあった。

 

「そうか。やはり彼女らを私の元へと誘ったのは君達だな」

 

 兜甲児を見る眼と口調には、責めるような色と響きがあった。

 

『俺達はほんの少しだけ手を貸しただけだ。お前の存在を信じて求めて、世界を超えてまで追い掛けたのはあの子たちの意思だ』

 

「止めても良かったのではないか?」

 

『彼方にいたのがお前だからこそ、あの子達を送り届けた。お前が負ける訳ないからな』

 

「そういう問題では」

 

 ZEROの抗議の声よりも、兜甲児の意思が先んじた。

 

『お前がやるべきことは、俺とZには無理だ。だからせめて、こうすることでお前を手伝わせてくれ』

 

「せめて?せめて、だと?」

 

 言葉の意味を確認するように、ZEROは言った。

 兜甲児の献身は、せめての意味である少しでもという範囲を逸脱しているどころではなかった。

 

『どっち道、時天空を取り込んだ俺とZはお前の中にいる。実質お前が封印を担ってるんだから、手伝いにもなってねぇよ』

 

「馬鹿を言うな」

 

 魔神の声には怒気が含まれていた。

 

「時天空に直接触れ、そして抑え込むなど正気ではない」

 

『ならこう言えば安心するか?お前の方がヤバかったし、俺もZも苦しんだ』

 

「ならば猶更、その災厄は私に直接寄越せ」

 

『駄目だ』

 

 兜甲児の意思は、反論を赦さぬ苛烈な想いが宿っていた。

 

「私に時天空を渡し、君とZはそれぞれの道を行け。私に付き合う事など無い」

 

 それでもZEROは反論した。兜甲児は再び駄目だと言った。

 

『嫌だね。お前の心の中が俺達の居場所だ。俺とマジンガーZはどこにも行きやしない』

 

 ZEROには兜甲児の言葉が理解出来なかった。

 かつて暴虐を尽くした相手の元から去れたのに、何故再び共にあることを望むのか。

 

『俺とマジンガーZは、既に数多の世界に旅立っている』

 

 少し寂しそうに、少年は言った。

 

『だから余ってて暇なのさ、俺達は』

 

「………」

 

 ZEROには相手がどのような存在か分かっている。

 自分が時間を繰り返し、幾度も幾度も殺し続けた殺戮の歴史の主人公。

 意識が砕けては直しを繰り返し、永劫の上に永劫を重ねた地獄へと堕とし続けた。

 だからこそ、兜甲児の選択が意味不明だった。

 

『無数にいる兜甲児とマジンガーZ。その内の一組が、お前に寄り添っちゃいけない決まりでもあるのか?』

 

 そう告げられ、ZEROは絶句した。

 

「何故、そこまでする?」

 

 舌が空回りするような声だった。

 ZEROは問うた。いくら考えても、答えは見出せなかった。

 

『俺達は責任を果たしてるだけだ』

 

「何の責任だ?」

 

 重ねてZEROは問うた。兜甲児の言葉は、またも意味が分からなかった。

 

『俺達はお前の中から可能性の光を解き放った。その結果を俺は、「みんなが本来望むべき世界」とした』

 

「………」

 

 ZEROは黙って聞いている。

 金色の瞳には、かつての光景が蘇っているようだった。

 

『確かにそれは、その通りであっただろうさ。でもな』

 

 そこで初めて、兜甲児が苦悩を見せた。

 

『同時に数多の惨劇と悲劇を、災厄をばら撒いてしまったんじゃないかとも思うのさ』

 

 ZEROが一瞬眉を僅かに跳ね上げ、そして薄く閉じた。

 黄金の瞳で、兜甲児を、そしてマジンガーZを凝視する。

 

『お前が自分の中に封じ込めて守っていた、あの平和な世界を壊したのも俺達だ。責任を取る理由としては、十分すぎるだろう』

 

 薄く開いていた眼を閉じ、ZEROは目を瞑る。

 数秒ほどの思考の末、魔神が口を開いた。

 

「悲劇と災厄は、どこにでもある。そこが虚無でない限り」

 

 悲劇と災厄、そして虚無でもあるのがZEROである。

 それだけに、魔神の言葉は質量を有しているように重かった。

 

「解き放たれたのは災いではない。災いを祓う力であり、戦い抗う者達なのだ」

 

『………』

 

 兜甲児は沈黙を保った。そして魔神の言葉を聞き続ける。

 

「それに兜甲児。お前はあの時、こう言ったではないか。全ての可能性はこの私から生まれたのだと」

 

 淡々とZEROは告げていく。

 

「ならば悲劇も惨劇も災厄も絶望も、全ては私が解き放ったのだ」

 

『お前、それは』

 

「だから兜甲児よ、思い上がるな」

 

 兜甲児の声をZEROは遮った。

 その声は神の傲慢さに満ちていた。

 

『強引に過ぎるぞ、ZERO』

 

「前よりは謙虚だ」

 

『そうだな。違いねぇや』

 

 少し間を置き兜甲児は返し、ZEROは率直に返した。

 少年の笑い声が聞こえた。それは長く続き、やがて名残惜しそうな響きを残して終わった。

 

『Zが話があるそうだ』

 

 少年の声にZEROは頷いた。兜甲児の意思が消え、別の意思が現れるのをZEROは感じた。

 

「君からも兜甲児に何か言ってくれないか、と問うのは無粋だな」

 

―――その通りだ

 

―――俺と兜甲児は一心同体だ。離れはしない

 

「そうだな」

 

―――折角だから伝えておこう

 

―――俺は君を恨んでいない

 

「世辞はよせ」

 

―――君のお陰で、俺は正義の側に立つことが出来た

 

―――正義の側に立ち、悪と戦う存在になれた

 

―――君がいなければ、俺は単なる兵器であったのだろう

 

―――兜甲児とも、仲間達とも

 

―――そして、ミネルバXとも出逢えなかった

 

―――俺に自我を与えてくれて、感謝している

 

「その自我は君が自ら勝ち得たものだと反論しても、君は認めないのだろうな」

 

―――このあたりの頑固さは、君といい勝負だ

 

「であろうな」

 

 ZEROは頷く。表情は変わらないが、僅かに声が高い。

 恐らくそれは笑いの意思なのだろう。

 

「正義か。たしかに君達こそ、守護神と呼ぶに相応しい。確かに私は強いが、好き勝手に暴れているだけだ」

 

―――何を言う

 

―――君は宇宙の守護神として、誰よりも立派にやってきたじゃないか

 

―――俺達の誇りだ

 

「私は君達の誇りか」

 

 意味を噛み締めるようにZEROは呟く。

 

「ならばその言葉、呪いのように受け止めよう」

 

 認めたくはないが、認めざるを得ない。

 自らの憧れから向けられた誇りという感情を、呪いと為して己を縛る鎖とする。

 かつての自分を繰り返さぬように。

 ZEROの内心を見抜いたように、マジンガーZは頷きの意思を送った。その意思には、兜甲児のそれも含まれていた。

 それは、別れの時が来た合図であった。

 

『じゃあな』

 

―――さらばだ

 

 二つの意思が同じ意味の言葉を紡ぐ。

 

―――『マジンガーZERO』

 

 そして同じ名を唱える。

 マジンガーZEROとは、かつて怨敵の名として幾度も告げられた呪いの言葉でもあった。

 しかし今は、掛け替えのない仲間の名として呼ばれていた。

 或いは、願いを託す神の名として。

 同じ言葉で同じ音だが、マジンガーZEROの名前は意味を大きく変えていた。

 それは新たな誕生の祝福にも思えた。

 ZEROはその祝詞を頷きで受け取り、しかし今度は首を小さく左右に振った。

 

「さらばではない」

 

 そう言って、右手の親指で自らの胸の間を突いた。

 もの言わぬ鼓動が、冷たい指先を出迎える。

 

「これからも一緒だ」

 

 冷たさとは逆に、その声はどこか暖かかった。

 ZEROの言葉にマジンガーZと兜甲児は微笑みの意思を返し、消えた。

 最初から最後まで、二人は身じろぎ一つしなかった。

 物言わぬ存在と化して、ZEROの前に聳え続けている。

 それをZEROは眺めていた。

 空の彼方を眺めるように。底知れぬ水面の底を覗き込むように。

 

 

 

 

「マジンガーZERO」

 

 不意に、再び名前が呼ばれた。

 その声には、祝福の響きは無かった。

 ただ言葉として発音しただけの、空気を震わす音としての現象だけがあった。

 振り返ると、そこには美しい女体の線を浮き彫りにした鋼の女神が、マジンガーZの伴侶であるミネルバXがいた。

 

「その名は、彼女達の為に使いなさい」

 

 静かな口調であったが、ミネルバの意思には地獄の業火のような烈しさがあった。

 謝罪も反論も赦さず、同意以外の全てを拒否する意思があった。

 

「自らを誇示するだけではなく、彼女達の為だけに」

 

 ミネルバXの言い回しは、奇妙でもあった。

 誇示するだけではなく。

 その言い回しから、ZEROはミネルバXの苛烈な意思を感じた。

 それは、今のZEROにとって残酷な報復であった。

 かつての傲慢さを決して忘れず、そしてその心も持ち続けろと。

 傲慢なる意思で以て、この世界を守れと。

 それはかつてと変わらない、無慈悲で傲慢な、究極の破界神になれという命令でもあった。

 

「分かった」

 

 ZEROは頷いた。

 そして真っすぐにミネルバと視線を交わす。

 眼を背けたくなるような憎悪と悲しみと、そして僅かな、しかし確かな憐れみがあった。

 自らの感情が眼から光となって漏れている。

 そう悟ったミネルバは眼を閉じた。

 再び開いた時には、彼女は踵を返していた。

 

「Zと甲児さんは眠ってるけど、私と意識は繋がっている」

 

 背を向けたまま、ミネルバは告げた。

 それはZEROに告げるかどうか、迷っていた事柄だった。

 背中の奥で意思を感じた。それは安堵の感情だった。

 相手の意思が理解出来てしまう事に、彼女の中で怒りが渦巻く。

 自分はこの存在が、新たな因果を観測するために生み出したものであると、否応に理解させられるためだった。

 

 しかし一方で、心の大半を憎しみで占めても最後の僅かな領域は憎悪に染まらない。

 ZEROに作られた存在であるという事は、ZEROのお陰で自分は多くの愛する者に出逢うことが出来、世界を愛せたという事でもある。

 だからこそ、彼女は心を込めて口を開いた。

 憎悪と感謝が、自分の中で混沌となっているのが分かった。

 感情の正体は、永遠に答えが出ないのだろうと彼女は思った。

  

「だから、マジンガーZERO。お前の事は、これからもずっと見ているわ」

 

 それ故に、彼女の声は虚無を孕んでいたのかもしてない。

 感情の表出をシャットアウトした声は、皮肉にもZEROのように淡々としていた。

 微かに後ろを向いた際にZEROに見せた眼は、声とは裏腹に刃の鋭さとなっていた。

 それに対し、ZEROは無言で頷いた。

 確認すると、再びミネルバXは歩き出した。

 しかし、数歩進んで足を止めた。

 

「招待状が届いたから、少し出かけてくるわ」

 

 後ろを見ずに、右手を掲げる。

 美しい指先が、丁寧な包装をされた手紙を優しく掴んでいる。

 手紙には、「暁美ほむら」「愛生まばゆ」の名前があった。

 

「良い事だ。好かれているのだな」

 

「ええ、本当に良い事よ」

 

 そう告げて再び歩き出す。

 その輪郭が、幻のようにぼやけ始める。

 ああ、そうそうと、消えゆく前にミネルバは言った。

 

「お客様達がお見えよ。くれぐれもご無礼の無いように」

 

 そう言って、ミネルバが消えた瞬間に。

 新たな気配が、この空間に生じた。

 気配の数は二つ。

 一人は桃色の髪をした制服の少女。

 もう一人は紅の映えたブラウンヘアーの、レディーススーツを着た女性の二人であった。

 二人は少女が右手で、女性が左手で互いを握り合っている。

 

「よう、もう一人のあたし」

 

 女性が右手を掲げる。ハイタッチを求めるような、気楽な態度だった。

 その顔は、今のZEROと酷似していた。

 女性は親し気に笑っており、傍らの少女も少し恥ずかし気に笑っている。

 

 一方で、ZEROは無表情のままだった。

 無表情の中に、苦悩と困惑が伺えた。

 

 

 

 

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