無数の光が世界を蹂躙する。
山頂に着弾したバスケットボール大の光は一瞬と言う間も置かずに大山脈を根こそぎ消滅させ、惑星の反対側まで抜けて更に止まらず闇の世界を走り抜ける。
光の蹂躙によって嘗て青かった惑星は、最初からそうであったかのように赤茶けた死の世界へと変貌した。
文明の痕跡も、そこに生きていた者たちの足跡も、何もかもを否定し破壊していくかのようだった。
闇の世界に光の文字が並ぶ。惑星を焼き尽くした業火の残り火が、光の文字へと怨嗟のように纏わりついている。
そこに更に、光が追加されていった。
光で描かれる少女達の名前の列挙は、止まるところを知らなかった。
数多の名前が、光の文字となって並ぶ。
そして光は形を崩し、一点へと向かっていく。
光を放つものへと。
痛みが。怒りが。悲しみが。あらゆる感情が。
個々の想いを宿しつつ、同じ場所へと流れていく。
真紅の円環を背負った、黒鉄の神へと。
何度も何度も殴られた。誰に殴られているのかも、何時からこうなっているのかも分からない。
眼は潰れ、歯は砕けて舌が千切れる。
数時間以上殴られ続け、少女の原型を少しだけ留めた状態となってから解放された。
仰向けの状態で弱弱しい呼吸のまま更に数時間が経過し、やがて小さい喉に血溜まりが出来、少女は息を続けられなくなった。
四肢は切断され、背中には鈎爪が引っ掛かって宙吊りにされている。
喉から下腹部に掛けて肉の裂け目が出来ており、そこからは臓物が垂れ下がっている。
痛みもすでになく、意識は朦朧としている。
夢現の様な心で、最悪の姿で少女は死んだ。
巨大な器具のようなものに固定され、全身が少しずつ、少しずつ潰されていった。
一時間に一ミリ程度ずつ圧搾され、死ぬまでには相当な時間を要した。
体に傷は無かった。ただ頭蓋が切り開かれ、薄桃色の脳髄が露出させられていた。
無数の針が脳を無惨に貫き、針から伝わる刺激と電流が少女の脳と心を焼き焦がしていった。
眼球が白濁し、何も見えなくなってからも少女は生きていた。手足を虫のように震わせる死の痙攣は長く続いた。
巨大なすり鉢。そんな場所に少女はいた。眼の前には既に、巨大な何かが迫っていた。すりこぎ棒だと気付いた。
逃げる間もなく、少女はそれに腹を圧し潰された。口からは血と内臓が逆流し、眼球も弾けた。
動けなくなったところを足のつま先からゆっくりと丹念に磨り潰されていき、既に潰れている腹が磨り潰された時には、彼女の鼓動は動きを止めていた。
沈んでいく意識の中、鹿目まどかは高速で記憶の追体験をしていった。
無数の惨たらしい死の記憶が脳裏を駆け巡る。
焼けた鉄を飲まされる、手足を潰され、鞭で打たれて、全身の皮を剥がされる。
記憶と共に痛みと悲しみが蘇る。一気に蓄積していくその数は、数百や数千では利かなかった。
切られ、煮られ、焼かれ、叩かれ、潰され、引き裂かれていく。
即死という状況はほぼなく、大半が長時間の拷問による無残な死であった。
同じような状況が幾つも重なり、その細部が少し変化しているだけのビジョンもあった。
しかし苦痛であることに変わりなく、全く慣れず常に新鮮な痛みが彼女を襲う。
記憶は際限なく増えていった。数にするのは無駄かもしれない。
それでも例えるなら、宇宙の始まりから終わるまでの時間の間、彼女は壊され続けていた。
それも一度だけではなく、何度も何度も。
同じ時間を足すか、掛け合わせるか、或いは重ねるか。
時や数字の概念が無意味になるくらいに、彼女は壊されていった。
痛みと悲しみが積もりに積もって、一緒くたになっていく。
狂ってしまうような光景と苦痛であったが、少女は耐え抜いた。
それは狂気に堕ちて楽になれない、という事だった。
そこで少女の意識が一瞬途切れた。地獄の回想は、終わりを迎えたのだった。
『さて、ならしはこの程度でいいだろう』
その刹那に、脳裏に声が、思念が過った。
『そうだろう?鹿目まどか』
無という存在が出すような声だった。
目が開いたとき、周囲には闇が見えた。
その中で、自分の体だけが見えた。一片の穢れもない、雪の様な輝きを放つ神々しい衣装。
仰向けにされ、首を少し前に傾けられた姿勢の中で、彼女はそれが見えた。
目を見開き、動こうとしたが動けない。
両腕は真横に延ばされ、手首で身を横たえている土台に固定されている。
両足首も同じであり、首もまた拘束されていた。
冷たい温度と感触、そしてジャラジャラと鳴る音から、彼女はそれが鎖であると知った。
そして今の体勢は、十字架に架けられた罪人のそれであることも。
全く動けず、ただ見ることしかできない。
見るものとは、自分の胸と腹部だけである。
そこに、異常が生じた。
滑らかな曲線を描いた、美しい女性のボディラインが不意に大きく隆起した。
それは体内で巨大な泡が生じ、人体を押し上げたかのように見えた。
その異変の発生源は、彼女の下腹部だった。
皮膚の下で生じるボゴボゴというあぶくが、少女の肉体を変えていく。
それは経験したことのない苦痛だった。女性の肉体がこういう形に変わることは知っている。
ただ、それはもう失われた機能だった。人として生きていた頃も、この形になったことは無い。
少しだけ、その膨らみに愛おしさを感じた。それは本能だろうと思った。
その形は、内側に命を宿した姿に酷似していたからだ。
しかしすぐに、これが異常であるという認識の方が勝った。
そう思っていると、膨張していた腹部が急速に萎んでいった。
見る間に元の平坦な、女体の形が浮き出た姿へと戻る。膨らみの痕跡は、どこにもなかった。
少女はその様子に安堵と悲しみを覚えた。それはまるで自分の中で存在していた何かが、生まれる事無く奪われたかのようにも思えたからだ。
しかし、その思考と感情を苦痛が引き裂いた。
平坦に戻った腹部が、今度は一気に膨張した。それは全体的に膨らむのではなく一点に集中しての膨張だった。
体内から押し上げられる未知の苦痛に、少女は口を大きく開いた。
その時、喉の奥で痛みを感じた。そして次の瞬間、少女の口が引き裂けた。
喉奥の痛みは形を伴い、喉を押し広げて口を引き裂き外部へと溢れ出したのだった。
歯が外側へ向けてへし折れ、舌が抉られ、血と肉が少女の口から溢れ出す。
顎を砕かれ、口が倍近くの広さまで押し広げられていく中で少女は見た。
自らの内から出でた者の姿を。
自分の血の色で赤く濡れてはいたが、その存在は純白の体毛で全身を覆っていた。
血と肉と粘液を纏わりつかせながら、それは口外から飛び出し少女の腹部に四肢を落とした。
着地の衝撃で少女が呻いたが、それは気にした風もない。
血よりも赤い眼が少女を一瞥しただけで、その存在は、その獣は少女の腹部の膨らんだ部分に顔を近づけた。
そして口を開くと、膨らんだ少女の腹に噛みつき首を振った。肉と衣装が弾けて散った、と見えた時には少女の腹が破裂していた。
散乱する桃色の衣装と血肉の中から、その獣と同じ形をした頭部が顕れた。
丸っこい頭部の左右には、人の腕と手に似た器官があり、その中央には金色に輝くリングが浮遊している。
血に濡れた顔と異形の器官は、人間の子宮と卵巣に酷似した造形をしていた。
可愛らしいと思える一方、生理的な嫌悪感を誘発する姿かたちの獣であった。
それが、その個体の隣からも頭を出した。先の個体が少女の肉をこじ開けつつ這い出ると、そこから更にもう一体が。
猫くらいの大きさのそれは、少女の体内から次から次へと湧き出していく。
異常な苦痛と嫌悪感、そして恐怖に少女は破壊された口から血と唾液を吐きながら首を左右に振った。
最悪の光景を、少しでも見ないようにするために。だがその動きは、前を見つめる姿勢で固定された。
獣の内の一体が少女の頭の背後におり、片足で踏みつけ、視線を固定させていた。
細い指が折れそうなほどに握られ、全力で首を動かそうとしたがびくともしない。
見せられているのは、異形の獣が自分の体内から次々と生まれていくという最悪の光景だった。
その時、視界に異変が生じた。今や獣たちは、腹以外にも胸や腕や足からも発生していた。
ほんの少しの切り傷が内側から開いたかと思ったら、先に生まれた者たちはその傷に口を寄せて引っ張り、開いた隙間をこじ開けて獣たちが這い出てくる。
既に異常であるのだが、その光景にもう一つの映像が重なって見えていた。
それは仰向けにされ、十字架に鎖で縛られているまでは同じであったが、その姿が異なっている。
ずたずたにされ、女神の残骸とでもするような現状と異なり、その姿には一つの傷もなかった。
だがその服装は、人として生きた時のもの、かつて通っていた中学校の制服姿となっていた。
映像が交互に、頻繁に変わっていく。
これが映像なのか、実体が変化しているのか。
彼女には、瀕死の女神には判断がつかなかった。
やがて、獣は女神の左目からも発生した。
小さな眼窩を砕きながら、複数の獣たちに顔を齧り取られながらの発生だった。
女神の顔の左半分は、大きく抉られた肉の穴と化している。
既に生れ出た獣の数も分からない。
ただ、彼女は周囲からの視線を感じていた。
闇の中で、無数の血色の眼が彼女をじっと見つめている。
それはまるで、実験動物を淡々と解剖し、その結果を事務的に書き留めている科学者の様だった。
その視線に情動の欠片もないあたり、生物というよりも機械や法則に近い存在にも思える。
浅い息をしながら女神はそう思い、それがこの存在なのだと思い返していた。
しかし、どこか違和感があった。闇の中で輝く獣の眼の色は同じだが、何かが違う。
そう思っていた思考は、絶え間ない苦痛の波に押し流された。獣の発生はなおも続いた。
やがて、獣たちの発生が止まった。
既に拘束具も無意味となっている。拘束すべき部分が壊され、既に解けているからだ。
女神の顔も、無事な部分は右目の周囲だけとなっていた。
光景を見続ける為だけに残されたのだろう。眼は閉じられなくなっていた。
何時のころか分からないが、瞼が剥ぎ取られていた。ある意味で最悪の凌辱を受ける中で、その暴虐は気付かぬうちに指を切った程度の感覚になっていたようだ。
もう頭部も動かせないが、女神は前を見続けていた。胴体は体の淵しか残っておらず、赤黒い空洞が続いている。
その肉と衣装の切れ端の淵を、一匹の獣が歩いていく。
歩いた先で、獣は頭を穴の中へと突っ込んだ。下腹部のあたりだった。
女神の体が震えた。去来したのは、心を毟り取られるような悪寒と恐怖。
頭を戻した獣は、何かを咥えていた。それは薄桃色をした袋に見えた。袋からは左右に伸びた管が見えた。
形としては獣によく似ていた。
血と体液に濡れた桃色の袋の表面は粘膜に見えたが、よく見れば濡れそぼった体毛だった。女神は、それが見間違いでない事を願った。
桃色の袋を咥えた獣が女神を見た。女神は違和感に気が付いた。
獣の外見は概ね変わらないが、しかしどこが戯画的だった。
そして最も異なっていたのは、その眼と顔であった。
元の獣は、表情の変化という概念が無い。感情が無いからだ。
だがこの獣は、嘲弄の形に口を歪めていた。相手の苦痛を理解し、それを好ましいと思える悪意がそこにはあった。
そしてその眼には白目があった。
血色の瞳はそのままに、穴の様な眼窩に白目が広がり、そこに血色の瞳が嵌っている。
この獣には女神であっても良い思いは抱きにくいが、それでも同じ世界の存在であると思っていた。
だが、これは。
そう思っている女神へと、獣は視線を送り、桃色の袋を咥えながら口をもごもごと動かした。
「では御機嫌よう、女神様」
女神の知っている声で、僅かで、そして大きく異なった姿の獣はそう言った。
元と同じく淡々とした、法則が話しているかのような声だった。
そして激痛と共に、女神の視界が閉じられた。
残った右目から、獣が生まれ出したのだろう。
眼と頭蓋を破壊しながら獣が這い出ていく感覚を最後に、女神の意識は薄れていった。
「そしてようこそ、鹿目まどか」
消えゆく女神の意識は、最後にそう聞いた。
獣の声には、嘲りと失望が滲んでいた。