魔法少女☆鹿目まどか 円環最期のZERO秒間   作:凡庸

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エピローグ8 意志

【あなたには感謝しています、マジンガーZERO】

 

 崩壊寸前となった機械の人型、傀儡が緑の文字で意思を発した。

 ZEROは攻撃の手を止め、その意思を見ている。

 パイルダーの中にいる女神は、相手の言葉に不吉な予感を覚えた。

 

【わたしを生み出してくれて】

 

「(ひっ……)」

 

 必死に口を両手で抑えて悲鳴を堪える。

 機械の人型という時点で、その予感はしていた。

 宇宙が始まる前の可能性の光に溢れた光景の中に、この存在もいたのだろうと。

 思い返せば、最初の頃にZEROを突き破って生まれた光の一体がこれによく似ていたような気がする。

 

 しかし何故か、強烈な違和感があった。

 外見だけは同じでも、中身がまるで異なっているような。

 異なる何かが、この機械の傀儡を演じているような。

 そんな感覚が女神にはあった。

 

―――その器に関しては否定しない

 

―――だが、私はそこに巣食っている貴様など知らぬ

 

―――意思を発せるなら名もあるだろう。ならば名乗れ、何者だ

 

 魔神の意思を女神は黙って見守った。

 返事はすぐにあった。

 

 

【わたしは】

 

 その形を描いた緑の文字が弾け、光となって残骸となりかけている傀儡を包む。

 

【この宇宙の意思であり】 

 

 光の繭のようになった内側で、傀儡の欠損部位が修復されていく。

 ただ直るだけではなく、形も変わっていった。

 再生した四肢は以前よりも太く、体格が二回り近く大きくなっていた。

 特に頭部の変化は如実であり、二本角を生やしていた頭部からは怒髪天を突くような三本の角が生えていた。

 

―――ドラゴンか

 

 その姿をZEROはそう言った。相手に対してのものではなく、独り言としての呟きだった。

 魔神の頭部に座しているために、女神にはその声が聞こえた。

 そこにはどこか、忌々しさが滲んでいるように思えた。

 女神もまた、ドラゴンと呟いた。

 たしかに禍々しさと勇壮さが混じり合った姿は魔物じみており、口元から伸びた鋭角は竜の髭に見えなくもない。

 竜が人の姿を為したらこの姿となる、とでもするような姿に思えた。

 

【この宇宙の摂理】

 

 意思が発せられると同時に、再び姿が変容していく。

 竜の姿が、その身を包む緑の光に食い荒らされるように覆い尽くされる。

 濃さを増した緑の内側で形成された姿は、更に巨大になっていた。

 一回りほどの巨大化を果たした傀儡の姿は。

 

「悪魔」

 

 腕も足も肩も、巨大になったその背には、全身を覆ってもなおも余るほどの長大で巨大な翼が展開されていた。

 蝙蝠を思わせるそれは、禍々しい姿と相俟って悪魔そのものの姿であった。

 自分の現身にとっての親友、自分にとっては敵か味方かの判断が疑わしい存在として、自認としての悪魔の知り合いはいる。

 しかしこれは、言葉通りの悪魔にしか思えなかった。

 

 畏怖が恐怖に至らないのは、ZEROと共にいるからだった。

 自分一人で対峙したらと思うと、心が砕けてしまいそうに思えた。

 その心境を反映させつつ、女神は髪をZEROの操縦桿に絡ませる。

 自らの心の拠り所にするために。

 

 

【意志を貫き、願いの成就に至ったわたしの名は】

 

 緑の文字はそこで止まった。

 不意な停滞に、女神は言葉の主の戸惑いのようなものを感じた。

 それでも数秒後に、新たな文字が紡がれた。

 

【ウィル】

 

【私の名は、ウィル】

 

【言葉の意味通り、意志を示す名です】

 

【以後お見知りおきを】

 

【マジンガーZERO】

 

 ZEROの名を言い終えた時、悪魔の視線が動いた。

 

【そして】

 

 比喩ではなく、鋭い眼の中に瞳が浮かんでいた。

 それはZEROの頭部を、パイルダーを見ていた。

 

【その内にいる者よ】

 

 緑が渦を巻いた視線で、ZEROの頭部を凝視している。

 幾度目かの悲鳴が漏れようとした時、顔の前に文字が浮かんだ。

 

―――落ち着け、娘よ

 

 声に付随して、鹿目詢子の声を原型とした声が脳裏に響く。

 

―――奴は中まで見えていないし、そなたの声も聞こえておらぬ

 

―――何者かがいるであろうとして、声を掛けているだけだ

 

―――奴としては、兜甲児に話しかけているつもりなのだろう

 

 言葉と声が終わった時、コクピットの中でみしりという音が鳴った。

 計器の上を這い廻り、座席や操縦桿に絡みついた女神の髪が圧搾を強めたのだった。

 恐怖を追い遣ったのは、兜甲児への嫉妬だった。

 

―――その意気だ

 

 娘の態度に、ZEROは興味深さと面白さを覚えているようだった。

 親が親なら子も子である。

 

―――だが姿は見せるな

 

―――そなたたちを、奴に解析させるわけにはいかぬ

 

―――分かったな

 

 ZEROは念を押した。

 自らの内にある、無限に増殖する鹿目まどかの世界。

 それは宇宙の上位存在達にとって何物にも代えがたいほどに搾取しがいのある資源であり、それが断片でも渡ることを危惧しているのであった。

 魔神の意思に、女神は強く頷いた。

 そして、尋ねた。

 

「何ですか。あれは」

 

 女神の声に、既に恐怖は無かった。

 内心ではあるが、嫉妬の怒りで一時的とはいえ対外的には恐怖が焼き尽くされている。

 

―――全てを奪い、際限なく進化するもの

 

―――我ながら、他人事とは思えぬな

 

「それは私も同じです」

 

 自嘲めいた魔神の言葉に女神も頷いた。

 形はどうあれ、自分が世界を掌握した存在であることに違いは無い。

 

【酷い言われようですね】

 

【しかし紛れもない事実だったので仕方ないですが】

 

 ZEROの言葉を独り言と捉えたか、ウィルはそう言った。

 言葉の一部に魔神は違和感を覚えた。

 

―――(だった、だと?)

 

【ですがマジンガーZERO】

 

【わたしがあなたと近い存在である、と認めてくれたことは光栄です】

 

 魔神の中で、ウィルに対する違和感が膨らんでいく。

 超高速で演算が開始され、それはやがて納得へと繋がっていった。

 

―――成程

 

―――貴様はそのものではなく、紛い物か

 

【その認識で差し支えありません】

 

【わたしは既に過去を超えていますので】

 

 ウィルが意思を発した瞬間、緑の繭が弾けた。

 その瞬間にも、内部の存在は形を変えていた。

 露わとなった姿は、闇のように黒かった。

 

―――故に、その姿か

 

―――その機体群は幾つも見てきたが、それは初めて見る

 

 全体的な姿は、少し前の悪魔の形とよく似ている。

 各所の装甲が角張り、鎧を着込んだかのような重装甲の姿へと変わっている。

 肩は巨大な球体となり、その背中では巨大な翼が広がっている。

 悪魔を思わせる形であったが、それは複数の十字のようなパーツが横に繋がることで出来ていた。

 口元は鎧の面貌のように緩い弧を描いていた。獲物を前にした獣が、歯を剥いているような形に見えた。

 

―――過去を超えたと言ったな

 

【ええ、たしかに】

 

―――いるのだな、奴が

 

【ええ、ここに】

 

 ウィルの返事に合わせ、傀儡の額の緑のパネルが開いた。

 内部もまた緑の光で満ちており、緑光は流血のように溢れ出た。

 その奥にあったものが露わとなり、女神は咄嗟に口を抑えた。

 

「ひどい……」

 

 女神の声には悲哀があった。

 傀儡の額の中には、黒髪の少年の姿があった。その年齢は、自分の姿の原型である鹿目まどか達と変わらないように思えた。

 その姿を、無数の触手が覆っている。

 肉に這い回る蛆虫か、土中に満ちた蚯蚓の大群に覆われているように、彼の顔と言わず全身を包んでいる。

 彼を少年と見做せたのは、触手越しに見える体格が自分達と異なっていると見えたに過ぎない。

 眼球や口、そして耳孔にも触手は穿孔し皮膚と癒着している。

 その姿には、魔神と女神には見覚えがあった。

 

―――私の真似か、それは

 

【より深く彼を知り、そして守護するために取った方法がこれでした】

 

【わたしはあなたから生まれた存在故に、どこかで覚えていたのかもしれません】

 

 額から溢れた緑の光が、傀儡の傍らで六角形の形を成した。

 それは傀儡の顔に散りばめられた、幾つものパネルの形に似ている。

 その中で、まるで映画のように映像が展開されていた。

 

 映っていたのは、青い星を背に立つ傀儡の姿だった。

 今のように黒くはなく、炎のように赤い色をしていた。

 力強く腕を組んだ傀儡の背後、自分の生きた場所ではないが、紛れもなく地球であると分かる惑星から、緑の光が湧き上がる。

 それは茫洋たる形で、更に認識力が及ばないのか曖昧な形であったが巨大な人型を形成した。

 やがて傀儡と人型は、眩い光の矢となって突撃した。

 

 迫ってくる傀儡は、やがて何かと激突した。

 そこで、映像は途切れた。

 

【危ないところでした】

 

 感慨深い様子でウィルは言った。

 

【ほんの僅かでも力の差が埋められていたら、わたしの存在は霧散していたでしょう】

 

 ウィルの言葉で、女神は察しがついた。

 先ほどの映像はウィルの視点によるものであり、それを貫くために放った光の突撃をウィルは取り込んでしまったのだと。

 

【彼は夢を観ています】

 

【わたしを倒し、新たな世界に旅立った夢を】

 

【それはとても素敵で】

 

【とても危険な夢です】

 

 その時、触手で覆われた少年の顔を細い指を持つ手が撫でた。

 それもまた触手で出来ていたが、それは少女の手だった。

 手首から先が無い手が虚空から出現し、手首から先が急速に形成されていく。

 渦巻く触手が絡み合い、細い胴体と腕と肩を作り出す。

 

 瞬き一つする間に、制服を着た少女の形が出来ていた。

 カチューシャで纏められた髪の下にある眼は見えなかったが、その下の口は緩やかに微笑んでいた。

 慈愛に満ちた笑顔に見えた。

 

―――そうか

 

 魔神が意思を発した。

 

―――貴様はその者に夢を見せることで、世界を掌握しているのか

 

【ええ。わたしの中には無限の世界が存在しています】

 

―――聞くまでもない事だったな

 

 魔神の言葉は女神の言葉でもあった。

 かつてのZEROと同じことを、ウィルは行っているのだった。

 

―――それで、貴様は何がしたいのだ

 

【この宇宙の掌握です】

 

―――既に世界を手にしているのにか

 

【この宇宙は、災厄と悲劇と破滅で満ちています】

 

―――言われるまでもない。それが世界だ

 

【なので、それらをわたしの力で消し去りたいと思っています】

 

【そのために、あなたの力が欲しいのです。マジンガーZERO】

 

―――黙れ

 

 言葉よりも早く、返礼が放たれていた。

 傀儡の周囲に、無数の光の十字が浮かぶ。

 

―――サザンクロスナイフ

 

 あらゆる方向から、光の十字が傀儡へと殺到する。

 迫る光の大群の中を、緑の線が迸った。

 

【トマホーク】

 

 意思と共に振られたのは、円盤を思わせる形の巨大な斧だった。

 長大な柄の先端の大斧が超高速で振られ、全てのサザンクロスナイフを破壊していた。

 それが今、パイルダー目掛けて振り下ろされた。接近の兆しも女神には分からぬままに肉薄されていた。

 

―――させぬよ

 

 魔神の意思と共に激震と轟音が炸裂する。

 左手のアイアンカッターが斧を迎撃し、受け止めていた。

 衝撃で弾かれたと見えたのもほんの一瞬であり、再び刃同士が重ねられる。

 それは一瞬を百分割してもまだ足りない密度で繰り返された。

 魔神と傀儡はその場に留まらず、高速で移動しながら斧同士の剣戟が交わされていく。

 

【なるほど】

 

【その中にいるのは、兜甲児ではなさそうですね】

 

―――ブレストファイヤー

 

 剣戟の中で魔神は蹴りを放った。

 斧を盾に防いだ瞬間、即座にブレストファイヤーが放たれた。

 

【肯定と受け止めます】

 

 光の奔流の中から意思が発せられた。

 傀儡は斧に加えて翼で全身を覆っていた。

 深紅の光の中で、緑色の瞳が煌めく。

 翼が翻して熱線が押し戻し、斧の斬撃で吹き散らした。

 

【驚きました】

 

【この武装と翼が溶解するとは】

 

 翼と斧は原型を残しつつ、表層や端は熱した飴のように蕩けていた。

 

【そして確信しました】

 

【共にあるのが兜甲児なら、共に戦っているのでしょうが】

 

【その様子では何かを守護しているようですね】

 

【わたしのように】

 

 ウィルの意思に合わせ、触手の少女が少年の頭を愛おし気に撫でる。

 それは愛玩動物を愛でるような、玩具を弄ぶような手つきであった。

 

―――貴様のそれは守護ではない。搾取だ

 

 呆れを有した意思でZEROは返した。

 開いた口からは、光が漏れている。ルストハリケーンが放たれる寸前だった。

 その瞬間に、ZEROは気配を感じた。

 それは自分の両肩から不意に発生したものだった。

 

「そうだよ」

 

 魔神の意思を肯定する、少女の声が響く。

 ZEROもウィルも動きを止めた。

 

「守護なんかじゃない」

 

「ええ。存在を踏み躙っているだけよ」

 

 静かだが苛烈な怒りを有した声と、淡々とした冷ややかな怒気の声が鳴る。

 声の発生源を傀儡の機械の眼で探したウィルの視界に、眩い光が突き刺さった。

 それは桃色と闇色が混じった、混沌の光の鏃であった。

 

【何ですか】

 

【今の光は】

 

 眼に突き刺さった鏃を手で払い除けて、ウィルは言った。

 声には疑問と鬱陶しさが感じられた。

 眼の表面には、微かな傷が付いていたが瞳である緑の渦に呑まれて消えた。

 その渦が、光の鏃の発生源を捉えた。

 

【なるほど】

 

【あなたたちですか】

 

【ZEROに巣食っているものたちは】

 

 ZEROの両肩に、小さな二つの姿が見えた。

 左肩には可憐なドレスを纏った少女が、右肩には制服を思わせる趣の衣装の少女が立っていた。

 それは鹿目まどかと暁美ほむらの二人であった。

 共に弓矢を手にした二人は、金色の輝きを纏った光の姿となっていた。

 

【その曖昧な形、脆く脆弱な姿、そしてあまりにも弱き力】

 

 言葉が紡がれる度、瞳の中の渦巻きが密度を増していく。

 それはウィルの感情を、苛立ちと嫌悪感を示していた。

 

【わたしは既に名乗りました。名乗りなさい、小さく弱きものどもよ】

 

 ウィルは二人の少女達に問いかけた。

 触手で出来た少女の瞳無き視線が、鹿目まどかと暁美ほむらへ呪詛の視線を送っている。

 

「私達は、魔法少女です」

 

 鹿目まどかは答えた。声には震えがあったが、強い意思に満ちていた。

 非道を赦さないという正義の心が、彼女にはあった。

 

【魔法、少女】

 

【あたらしい病の一種、そして汚染物質として認識します】

 

 少女の姿のウィルはそう吐き捨てた。

 揶揄と侮蔑、そして本当にその分類で魔法少女を認識したのだった。

 

「黙りなさい。蚯蚓女」

 

 冷淡な声で暁美ほむらは言った。

 その一言は、上位存在に響いたようだ。

 

【言い返すという事は、自覚があるのですね】

 

【ひょっとして、世界を蝕んだ経験があるのでは?】

 

 ウィルの問い掛けに、暁美ほむらは舌を噛んだ。

 表情と形には出さず、口の中だけで済ませた事だが、その時にウィルは微笑んだ。

 

【なるほど。魔法少女とは、そういう存在ですか】

 

【興味が湧いてきました】

 

「本当ですか?」

 

 暁美ほむらが反論する前に、鹿目まどかは声を発した。

 対話の余地があると、彼女は思ったのだった。

 戦わずに済むなら良いとして、暁美ほむらも黙るしかなかった。

 

【ええ。精査の必要はありますが、あなたたちは資源としての価値がありそうです】

 

「資源」

 

 暁美ほむらは呟いた。そして同時に、対話は不可能であると感じた。

 そしてもう一つ。

 ウィルと名乗った存在と、自分達が知る存在との共通点を見出し始めた。

 感情の希薄さと、淡々とした口調は否が応にもあの存在を思い起こさせる。

 

【あなたたちの存在は、資源としてなら容認してさしあげます】

 

【その方が宇宙の為でもあるでしょう】

 

【返答はいかに?】

 

 ウィルは尋ねた。鹿目まどかの肩は震えていた。

 震えながらも、伏せられていた眼が上がる。強い眼差しで、彼女はウィルを見上げた。

 

「私達は、資源なんかじゃない。あなたが私達を病と思うなら、それで構わない」

 

 そう言って、彼女は弓矢を番えた。

 

「その病の力を見せてあげるわ」

 

 暁美ほむらもまた、黒い弓矢を構えた。

 そして二人は同時に矢を放った。

 放たれた矢は、ウィルへと向かわなかった。

 二人の経つ場所から数十メートル先で激突し、混沌の光となって弾けた。

 弾けた光は無数に拡散し、自らを放った二人の傍へと戻っていた。

 そこで、微細な光は寄り集まって形を得ていった。

 

 身長にして170センチほどの、花嫁衣裳を思わせる衣装とベールで縁取られた長帽子を被った少女の姿。

 長いマントを羽織り、魔女を思わせる帽子を被った、肌露出の極めて多い衣装の少女。

 鎧と修道女服を合わせたような衣装を纏った、前髪が特徴的な少女。

 ジャケットとホットパンツを纏い、巨大なカッターナイフを思わせる刃を手にした少女。

 修道女を思わせるフードを被った、タイツの様な衣装を着た少女。

 鹿目まどかと暁美ほむらのように、光りで出来た少女達が出現していた。

 そして彼女らの周囲には、彼女らと縁があると思しき少女達が寄り添っている。 

 敵対者か味方か、彼女らも分かっているのか距離感は様々だった。

 

 鹿目まどかと暁美ほむらには、彼女らの存在は幻影の様なものだと分かっていた。

 本人に相当する者達は眠っており、その影のようなものを自分達は呼び出したのだと。

 記憶、と呼ぶのが相応しいかもしれない。

 意識に相当するものはなく、あくまで人格のコピーである。

 それでも彼女らは敵味方の垣根を超え、今はウィルを敵と見做している事が分かった。

 自分達の存在そのものを有害であると断じ、搾取しようとする存在に対しては一丸となる想いがあるのだろう。

 それで痛い目を見たものが、あまりにも多すぎる為に。

 

―――私と娘の、もう一人のそなたへ言った言葉は聞こえていたな

 

 光の少女達が並ぶ中、意思が放たれた。

 全ての少女達は、鹿目まどかと暁美ほむらも振り返った。

 振り返った先には、ZEROの顔があった。

 髑髏を思わせる、鉄仮面の貌だった。

 

―――何故、来た

 

―――何故、姿を見せた

 

 重なる問い掛けに、返す者はいなかった。

 しかし共通していたものがあった。

 全ての少女達の口から、小さな悲鳴が上がったことである。

 それほどに、ZEROという存在は恐ろしかった。

 先ほどの問い掛けには、魔神の怒りが滲んでいた。

 怒りを有したZEROとの対峙が、彼女達に恐怖を刻んでいた。

 それは、ウィルという未知の存在と対峙している今でさえ感じた事のない恐怖だった。

 

 だからこそ、彼女らは安堵した。

 自分達の世界の守護神の、圧倒的な恐怖と強さを再確認できたことで。

 

「私達は、魔法少女だからです」

 

 姿を見せた事も、これがZEROの意思に反した事であることも鹿目まどか達には分かっていた。

 しかしそれでも、自分の意思は通したかった。

 守られてばかりという立場は、どうしても我慢できなかった。

 魔法少女は希望の存在。

 だからこそ、災厄に立ち向かわなければならないと思ったのだった。

 

「力の差は理解しているわ」

 

 暁美ほむらが鹿目まどかの言葉を引き取った。

 

『だから、ははさま』

 

 女神が続いた。

 ジロリと見られたような感覚を、女神は味わった。

 人としての自分と悪魔を手引きしたのは、他でもない女神だった。

 

『私達は、あなたの力となって共に戦います』

 

 全ての少女達が頷いた。

 そして、手近な者と手を繋いだ。

 花嫁姿の少女は傍らの小柄な少女と手を繋いだ。

 二人の顔には笑顔があったが、小柄の少女と手を繋いだ道化服の少女は露骨に嫌そうな顔をしていた。

 それでも、全ての少女が手を繋いだ。

 その瞬間、眩い光が迸った。

 

 少女達の環が、烈しい光で包まれていく。

 一人一人に見えている少女達の中には、それぞれ無数の存在が重なっていた。

 それは彼女達自身であったり、彼女達の人生の中で出逢う人々であったり、個体を形成するのに必要な世界そのものを彼女達は内包していた。

 少女の姿をしている者達全てが、それぞれ無数の世界であり宇宙であった。

 脇役なんて一人もいない。

 全てが魔法少女という、物語の主役であり主人公。

 

 そんな彼女達が手を繋ぎ合い、魔神の背後を目指して飛翔し光となって新たな形になっていく。やがて、巨大な環が形成された。

 ゼロと無限。事象の終焉。

 そして最終にして原初を示す円環の翼。

 それは、無数の可能性を内包した魔法少女達の世界そのもので形成された翼だった。

 

 少女達の放っていた金色の光は、煮詰めたような深紅に変わっていた。

 血を思わせる色は、死の象徴でもあり生命の誕生の色でもあった。

 魔神そのものよりも更に巨大な円環の翼、ZEROスクランダー。

 新たに形成された翼には、無数の環が刻印されていた。

 環同士が線で繋がり、血色の中で渦巻いている。

 

「いこう、ほむらちゃん」

 

「ええ、まどか」

 

 鹿目まどかと暁美ほむらも手を繋いだ。

 言いたい事と伝えたいことは山ほどある。

 自分達の間には、世界を変えても埋められなかった溝がある。それを少しでも埋めていきたい。

 だからこそ、自分達が存在するための世界を渡すわけにはいかなかった。

 

 そして二人も光となった。光はスクランダーではなく、ZEROの胸へと向かって行った。

 左右の放熱板へと、鹿目まどかと暁美ほむらの光が吸い込まれていく。

 傷ついていた放熱板が再生され、更にスクランダーと同じく円環の刻印が放熱板にも刻まれた。

 翼と放熱板の環はまるで、外側を凝視する眼にも見えた。

 

『あなたと私達は、もう離れることはありません』

 

 女神の言葉と共に、彼女のいる場所が、ZEROのパイルダーが光に包まれた。

 内部では彼女の髪が渦巻き、波のように揺れている。

 そして内部を完全に覆った時、女神が自分の胸の奥で膨大な熱が生まれていくのを感じた。

 魂が溶け、髪を伝ってパイルダーの形を変えていく。

 赤味がかった桃色の宝石のような、卵の形へと。

 

『私はずっとここにいます。もう何処にも行きませんし、あなたを決して離しません』

 

 女神は己の魂そのものを、パイルダーと同化させていた。

 鉄の装飾を施された宝石の卵は、彼女の魂であるソウルジェムだった。

 名付けるならば、ソウルパイルダーとでも呼ぶべきか。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

―――そこまでして、私の存在を縛るか

 

 魔神の言葉に女神は頷いた。

 新たなZEROスクランダーと放熱板もまた、赤黒い輝きを発していた。

 それは意思による同意というよりも、自らが存在するために世界を守るという、本能的な反応だった。

 故に、絶対的なものだった。

 

―――ならば、私も応えねばな

 

 魔神の呟きと、ウィルの動きは同時だった。

 一瞬の間も置かず、最初からそこにいたかのようにウィルの姿はZEROの背後にあった。

 既に両腕は振り上げられていた。

 

【廃物どもめ】

 

 吐き捨てながら、新造されたZEROスクランダー目掛けて大斧が振り下ろされる。

 それを、ZEROは僅かに一瞥した。

 

―――魔法少女達よ

 

―――もう二度と、この世界の外へは出さぬ

 

 ZEROが呟く中、無数の破片が散らばっていた。

 それは、ウィルが振り下ろした大斧の残骸だった。

 

【なんと】

 

 僅かに溶解したとはいえ、斬撃でブレストファイヤーを吹き散らした斧が砕け散っていた。

 赤黒い光で満ちたスクランダーには、僅かなへこみや傷の一筋さえ存在しない。

 

―――私はそなた達の城塞で

 

 ZEROの言葉を遮るように、巨大な翼が展開されている傀儡の背から何かが伸びた。

 

―――牢獄だ

 

 言葉と共に、再び何かが砕け散る。

 ZEROの胸の放熱板を狙って放たれたそれは、傀儡の背中の中央から伸びた長大な槍だった。

 フレキシブル構造をしたそれは、爬虫類の尾のようにも見えた。

 斧が破壊された上で放ってくるのだから、鋭さは斧以上のものだったのだろう。

 それが先と同じく、放熱板に掠り傷さえ付けられずに破壊されていた。

 先端が潰された尾を、ZEROの手が掴んで引いた。

 

 退避する間もなく傀儡は引き寄せられ、ZEROと傀儡の頭部が激突した。

 傀儡の額は再び緑色のフィルターで覆われたが、衝撃で装甲が弾けていた。

 対してZEROのパイルダーは全くの無傷。

 魔法少女にとって最大の弱点であり、そのくせに本来は耐久性など殆どないソウルジェムであったが、女神の魂は異常な強度を持っていた。

 

【なるほど】

 

【超合金Zで廃物達を覆いましたか。それも特別製】

 

【それほどまでに、自らを蝕む廃物達が大事なのですか】

 

【理解不能です】

 

―――理解などしなくてよい

 

 頭突きで弾き飛ばしたばかりのウィルの言葉をZEROは切って捨てた。

 そこで魔神にも疑問が湧いた。

 

―――自分もその者を守護しているのなら、こちらの気も分かりそうなものだが?

 

【分かりません。廃物どもと一緒にされては困ります】

 

―――愚問だったな

 

 分かり切った返事に、ZEROは退屈そうだった。

 一方、ZEROは視界に映る異常に気が付いた。

 緑色のフィルターで保護された操縦席に座す少年が、僅かだが動きを見せた事に。

 全身を覆う触手の拘束を受けながら、俯き気味だった顔が少しだけ上げられていた。

 

【いけません、これは】

 

 ウィルの言葉から、魔神は焦燥を感じ取った。

 見れば触手で出来た少女の姿が、砕けた装甲で僅かに傷付いているのが見えた。

 

「ミ…チル……?」

 

 少年が呟いた。閉じられていた眼が微かに開く。

 見えたのは、緑色の瞳。同色のフィルター越しにもはっきりと分かるほどの、濃い緑色だった。

 人の名らしきものを呟いた少年の緑の瞳は、傷ついた少女の姿に向けられていた。

 そして更に、彼は視線をずらして前を見た。

 魔神のパイルダーの中に存在する、女神の姿を彼は見た。

 

「ミチ…ル?」

 

 同じ名を彼は呟いた。

 その声は女神にも聴こえた。

 

―――少女の形をしたもの全てが、その名の者に見えるということか

 

―――むごいことをする

 

『酷い…』

 

 少年の悲惨な状況に、女神は言葉を失っていた。

 だが彼女の心境とは裏腹に、傀儡は動いていた。

 少年が声にならない声を上げ、操縦桿を動かすのが見えた。

 その瞬間、横薙ぎの一閃が放たれていた。

 澄んだ音が鳴った。

 

―――これが本来の力か

 

 ZEROが伸ばした右手の掌に、横一文字の傷が入っていた。

 掌の表面とはいえ、その破壊を為したのは溶解しかけて刃の面が潰れている斧である。

 先ほどまでの、ウィルの操作によって動いていた時と今の傀儡は別の存在となっていた。

【この者は、起こすわけにはいきません】

 

 ウィルが告げると同時に、少年の全身を触手が覆った。

 少年の輪郭が全て覆い尽くされたとき、傀儡の全身からは力が抜け、手にした斧はだらりと下げられた。

 

―――保護という言葉を、一度辞書で調べるといい

 

 ウィルの現状に、ZEROは皮肉を述べた。

 それは恐らく、自分に向けられた言葉でもあった事だろう。

 またこの時、魔神の右の放熱板の中で暁美ほむらは怪訝な表情をしていた。

 魔神の言葉に、どこか既視感というか、言い覚えのようなものを感じたのだった。

 

 恐らく並行世界の自分だろうと彼女は思った。

 鹿目まどかを主人公とした世界は、今この時も無数に発生し続けている。

 ならば、今魔神が言った言葉に近いものを言った自分がいても不思議ではないと。

 

【では、わたし自身でお相手しましょう】

 

 ウィルの返事に、ZEROは最早リアクションを示さなかった。

 話が通じない相手に何を言っても無駄であり、いい加減飽きてきたからだ。

 しかしその一方で、魔神が相手に全くの油断をしていなかった。

 

―――よく見ておくがいい

 

―――我が娘、そして魔法少女達よ

 

 傀儡へと、天蓋を覆う緑の光が降り注ぐ。

 滂沱と降り注いだ光の中で、巨大な光が輝いた。

 傀儡の大きさを遥かに超えたそれは、六角形の形をしていた。

 六角形はウイルスの増殖のように次々と増えていく。

 図形同士が繋がり合い、一面に広がる光の中で連なり続ける。

 

―――奴の名は

 

 緑の光を突き破り、何かがZEROへと迫る。

 それは途方もなく巨大な赤い存在だった。

 対してZEROは拳を放った。

 宇宙全体が軋むような振動が迸り、赤の破片が飛び散った。

 対するZEROも、破損は無いが大きく後退していた。

 女神と魔法少女達は、この状態が信じられなかった。

 ZEROが、力負けにするとは。

 

―――エンペラーだ

 

 魔神の言葉に続き、緑の光の奥から巨大な姿が顕れた。

 それはこれまでに見た、傀儡たちの姿に似ていた。

 傀儡たちの行き着く果てのような、全ての姿を取り込み混ぜ合わせたような姿だった。

 エンペラーという言葉が、女神の中で何度も繰り返される。

 皇帝という意味が、圧倒的な存在感を伴って眼の前に君臨していた。

 大きさは、太陽系ほどもあるだろうか。

 全長30メートルほどのZEROとは比較対象にもなりはしない。

 

 だが逆に言えば、それほどのサイズ差がありながら、多少の力負けで済んでいる。

 改めて、守護神である魔神の強大さが感じられた。

 ならば、恐れることは何もない。

 女神も魔法少女達も何も言わず、魔神の言葉に従う事とした。

 この戦いを、見届けるのが今の自分達の使命であると

 

―――さぁ、ケリをつけようか

 

 自分で言いながら、魔神はこれが終わりではないと思っていた。

 これが始まりであり、その終わりは魔神をしても定かではない。

 だが一応の決着を付けるべく、魔神は巨大に過ぎる存在を相手に身構えた。

 そして最後に、存在を示す名を唱えた。

 

―――ゲッター

 

 告げられた名への返しとして、皇帝と呼ばれた存在、ゲッターエンペラーは深緑の光の熱線で応えた。

 マジンガーZEROが、両眼からの光子力ビームで迎え撃つ。

 深緑と金色の光の激突が、宇宙の闇と虚無の灰色を駆逐せんばかりに拡散していく。

 

 

 

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