明日への扉   作:忘れ去られた夜明け

4 / 4
まだ、世界は動かない

遺跡を出る頃には、空はすっかり夕暮れに染まっていた。茜色に染まった雲の隙間から、微かに星の瞬きがのぞいている。アスリアは足元の石を踏みしめながら、静かに森の道を戻っていった。

 

けれど、心は遺跡の中にあった。あの金色の石。手のひらで生まれた、火と光の魔法。それは、確かに彼女の中で何かを変えていた。

 

(本当に、魔法が使えるなんて……)

 

村に戻ってきたのは、陽が完全に落ちてからだった。小さな集落は相変わらず静かで、暖かな光が家々の窓から漏れている。

 

アスリアは、自分の家の戸を開けると、そっと石を取り出した。あの瞬間の感触――指先から立ち昇った火の粒と、揺らめく光――それをもう一度確かめるように、両手で包み込む。

 

すると、ふわりと空気が揺れた。

 

石は再び、微かな脈動とともに熱を帯びた。アスリアの意識が自然と集中し、掌から小さな火の花が咲いたように舞い上がる。

 

「……やっぱり、偶然じゃなかったんだ」

 

そのささやきには、もう迷いはなかった。

 

魔法は誰もが知る力。だがそれを扱えるのは、ごく一部の“素質を持つ者”のみ。アスリアは、これまでずっと自分には縁のない世界の話だと思っていた。けれど今は違う。あの石が、彼女の中に眠る可能性を呼び起こしたのだ。

 

次の朝、彼女は村のはずれにある高台に立っていた。

 

風が吹き抜ける丘の上から、遥か遠くの大地が見渡せる。そこには、旅人たちが語っていた“魔法ギルド”があるという町があった。魔法を学び、鍛え、技を磨く者たちが集う場所。力を得た者が向かう道。

 

(……行こう)

 

胸に手を当て、アスリアはそっとつぶやいた。

 

「この力が、本物なら――それを確かめるためにも、進まなくちゃ」

 

村には何の告げもせず、旅の支度だけをしてアスリアは歩き出した。背中には小さな鞄、懐には金色の石。そして胸には、まだ見ぬ“真実”への小さな決意。

 

そうして、アスリアの旅は始まった。

 

道は整備されておらず、森の中を抜ける獣道のような細い小道。だが、不思議と足取りは軽かった。これまで知らなかった「自分の力」を見つけたことが、胸の内に小さな灯をともしていたからだ。

 

小鳥のさえずりと、木々のざわめき。朝の空気は清々しく、目の奥まで染み渡るようだった。

 

ふと足を止め、アスリアは振り返る。霧がかった森の向こうに、かすかに村の屋根が見えた。

 

「……ありがとう。私、行ってくるね」

 

誰にともなくそう呟いて、もう一度前を向く。

 

そして、彼女は歩き出した。

 

これは、名もなき村の少女が、魔法使いとして歩み始める、最初の物語だった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定