感応受容型ビーコンはバランに再びの信頼と富をもたらした。
たったあれしきの発明でこうも容易く元の、いやそれ以上の地位を確立できるとは。なぜ思いつかなかったのか。いや、思いついてはいたのかもしれない。ただ私の理性が思いとどまらせたのだ。
しかし結果を見ればどうだろう。この事業は、私が決して間違っていなかったことをも証明した。素晴らしいという他ない。
リスクを負ってでも手を取った価値は想像以上に大きいものだった。私の正しさは実証され、人類が救われる日も近づいている。
私の悲願が叶うときが、もう目の前にあるかのようだ。
「きみも嬉しそうな顔をするんだな」
私が懸念した最大のリスクは、私の飼い犬からの信頼を得て、とうとう私の執務室に足を踏み入れるまでの人間となった。
あの男がかつて信頼を寄せた人物に、当然飼い犬は強く警戒をしていた。私の意向を無視することがないそれは、私の代わりにこの女と幾度となく顔を合わせ、言葉を交わし、事業案を出し合い、その合間に探りを入れた。
見えてきたのは厄災以降の極東の様子だった。ここと同じように喰灰に飲み込まれ、多くが死に絶えたものの、AGEなしでなんとか凌ぎ切ったのは極東だからこそだろう。
しかしそれでも、どこかで限界が来るだろうことは明白だった。かつてのフェンリルように、支部の垣根を超えた相互扶助が不可欠であり、その任務に差し向けられたのがこの女だ。
部下の不始末の責任を取らされ隊長の肩書きを失い、挙げ句の果てには単身放り出されたという。与えられた装甲車に付けられた名前は棺桶だった。
言われたからには役目は果たすと犬に語った倉橋テツコは、その言葉通り常に精力的に活動していた。バラン、その他ミナト、グレイプニル。全てに分け隔てなく力を貸し、得たものも惜しみなく他者に与えた。
その在り方が、あの男を思い出させて不快であったことは間違いない。しかしそれでも、時折見せる境遇への不満や零れ落ちる苛立ちが決定的な違いを教えてくれる。
利用できると犬は言った。その頃には、グレイプニルも秘密裏にではあるが厄災の三賢者の情報を集め始めており、どの道見つかるのは時間の問題だった。
初めて顔を合わせ、私が名乗ったとき、倉橋テツコはかつてと同じ言葉を言った。
『私は、能力のある者とその者がもたらす結果だけを重視する』
私は賭けに勝ったのだ。あとはそれを名実ともにするだけ。そのための準備も、全て済ませてある。
「頬くらい緩むとも。ようやくこの身の汚名が晴れ、欧州も救いの道を歩き出す」
人目を避けて、名前をひた隠す日々に別れを告げるのだ。晴れやかな気分にもなる。
「……最終確認だ。きみは、自らの無実を証明し、自らの能力をもってこの欧州を救わんとする。そうだな?」
「当然だ。あなたの提案した感応受容型ビーコンが出した検証データが、それを証明してくれる」
「よろしい、そう言ってくれると思っていたよ」
前祝いだと差し出されたワインを煽り、随分と久方ぶりに気持ちが浮ついたまま眠りについた。
執務室のソファの寝心地は悪く、目覚めは最悪だった。体の節々が痛く、凝り固まったのか動かしづらい。重たい瞼を開けて、体を起こそうとする。視界に広がる景色にはなんの見覚えもない。
『おはよう、夢も見ないほどぐっすり眠れただろう?』
今となっては聞き慣れた声がどこかから聞こえてくる。だんだんと意識がはっきりしてくると、無骨な内装や拘束された手足、自らの置かれた状況が飲み込めてくる。
「これは、なんの冗談だ」
『私は面白くない冗談は好まない』
スピーカー越しと思われるノイズ混じりの声を聞きながら、心の臓がどくどくと早鐘を打つ。何がどうなっている。ここはどこだ。私はこれからどうなる。
私は、未来を取り戻すはずではなかったのか。
『貴様が自己保身しか考えていないクソ野郎で、本当に嬉しいよ』
「おい! 倉橋テツコ! どういうことだ」
「それは今から貴様が自ら告白するんだよ、イェスタ・ヘイデンスタム」
予告なく差し込む光の先、逆光で顔が見えないが間違いなく倉橋テツコがいた。いつぶりかわからない太陽光に、とても目が開けられない。
眩しさに顔が歪み、強い力で引きずられた瞬間、置かれた状況を理解し反射的に叫んでいた。
「そ、外だと?! 何を考えている、私を殺す気か?」
「心配するな、殺してくれと頼まれても生かしてやる」
十数年ぶりの外気が、私の肌をピリピリと突き刺してきた。
元気よくヘイトするためにヘイトタグつけました。