灰の海を越えて   作:赤穂あに

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鉄を打つ

 

 テツコのグレイプニルでのお勤めが終わりを迎える前日、イェスタの三ヶ月の延命がほぼ確定した。従来のゴッドイーター用に調整された、灰域耐性の大幅な向上が見込める偏食因子を発見したらしい。

 どうにもバランで作り上げたあれこれに手を加えて、しばらくはそれで食い繋ぎながら革新的な何かを模索する方向でいくらしい。大した執念である。

 その成果には感心するし、テツコではどうしようもない部分への戦力増強の一助であることも明白だったため、評議会に意見を求められた時も素直に益であると答えた。

 テツコには不要だが、グレイプニルには大いに有用なのだ。

 この一ヶ月、日々耐久値を削りながら、死なないが肉体にはつらい濃度に放り込まれ続けた神機使いたちも、これでより過酷な環境へと赴けると涙を流して喜ぶことだろう。

「冗談として受け取っておこう」

「冗談じゃなく涙は流すんじゃないか?」

 あっけらかんと笑ったテツコに対して、ガドリンは短く息を吐いた。想像できてしまったからである。

 事実上、グレイプニルの全権を与えられたテツコはそれはもうやりたい放題だった。成果としては『所属の全ゴッドイーターが一人で小型アラガミの討伐を果たした』だけで、文字にすれば瑣末なものだが大切なのは当事者意識と成功体験である。

 灰域が蔓延る欧州の地を、ゴッドイーターとして戦いたった一人で生き延びた。この事実はきっとどこかの未来で彼らの命を救うはずだ。

 現にすでに、テツコから死ぬくらいなら敵前逃亡という命令を下された時に散々反発してきたような無駄なプライドは消え失せている。まあテツコに叩き折られただけでもあるのだが。

 グレイプニルはようやく、ただのゴッドイーターたちになったのだ。

 仲間と共に命を賭け、アラガミに抵抗し、その結果として人類を守る。実態を伴う組織へと成った。

 その代償としてちょっぴりお茶目になったくらい、可愛いものである。

 テツコとしては堅苦しいのは息が詰まるので、より濃い灰域に行けるな! と肩ポンしたら大変光栄でありますどちくしょう! と返事してくるくらいがちょうどよかったりする。

 ガドリンが求めていたものと方向性は異なれど、それでも確かにテツコは成果を出した。

「貴官の働きに敬意を払おう。どうかね? 君さえよければこのままグレイプニルの総指揮官におさまるのは」

「御免被るよ。私は人の前に立つ人間であって、上に立つ器ではないんだ」

「そうか、残念だ」

 こうして、惜しまれながらもテツコのグレイプニルでの刑期(にんむ)は終わりを迎えようとしていた。

 

 翌日、所属の全ゴッドイーターへ新たな偏食因子の発見が通達され、喜びや不安や気合いや憂鬱でグレイプニル全体がどよめいていた時のことである。

 ひときわ大きな警報が鳴り響き、灰嵐種が確認されたと放送が入った。

「こちらテツコ、灰嵐種の位置情報と近隣マップ、進路予測を」

『こちら管制室、モニターに映します』

 感応レーダー、新型ビーコンをすり抜けたのか、そもそも発生直後なのか。前触れもなく旧フェンリル本部付近へ現れた灰嵐種は、現状特に大きな動きはなくただうろうろと彷徨っているだけのように見える。

 マップ上を緩やかに動く赤いアイコンに合わせて、そこを中心に付近の灰域濃度が揺れ動くのがわかった。

「さらに広域のアラガミ反応を表示しろ。あと、ハウンドに連絡を」

『中型以上に絞って表示します。それと、現在通信不安定のため外部と連絡が取れません』

「現在出撃中の部隊へ帰還命令を」

『……二部隊、無線に応答がありません』

「その二部隊の作戦エリアをマップに反映」

『出します』

 状況はあまりよろしくない。灰嵐種に動きはほとんどないが、今すぐこちらに向かってくる可能性はある。ハウンド含めた外部への救難要請は不可。安全が確認できていない部隊もいる。

「最終出勤日にずいぶんとまあ手厚いボーナスが出たものだな」

 やれやれと肩をすくめたテツコに、少佐が在籍中なのが不幸中の幸いだと誰かが返す。腹を括る技能であれば、ここ一ヶ月で嫌というほど身につけてきたのだ。

「灰嵐種は私が引きつける。その間に通信が復旧次第帰還命令と救難要請。通信が戻らなかった場合に備えて、三方向に二部隊ずつで出撃、接触できれば口頭で連絡、誘導。戦う必要はない、とにかく生きて連れてこい」

「イエッサー!」

 テツコ以外の六部隊も念を入れて対灰嵐種戦術弾を携帯したのを確認して、散開。グレイプニルが灰嵐種に直接対応する、初めての瞬間だった。

 

 そういえば当然のように単独行動に入ったなと、グロブの感応レーダーを起動してからテツコは気付く。

 いまさらであるし、ガドリンが止めていないのならそれは許可が出たと同義であるので、長く気には留めない。もっとも、誰か一人くらいは疑問に思ってくれてもいいような気はするが。

 それだけ信用されたということがどうにも少しむず痒くなり、同時に極東が恋しくなる。気が緩んでいけないが、おおよその目的を達成した今、テツコはだいぶ精神にゆとりができていた。

 アインは無事で、贖罪の機会も許され、ハウンドの尽力で極東に至る道もすぐそこまで見えてきている。イェスタの処遇には少し不満があるものの、想像していた以上にアインが彼を仲間として信用しているのを垣間見て、叩き潰す気持ちも少し萎えている。

 もう少しアインがイェスタのことを悪く思ってくれればなぁ。そんなことを考えてしまうほどに、アインの答えは寛大だった。

 イェスタの行いを許しはしないだろうが、自身への振る舞いに思うところはないときた。テツコが怒り狂っているのは後者のため、大変噛み合いが悪い。

 そしてイェスタ本人も、さらに開き直ったのか一番下っ端でありながら周りを顎で使い、寝る間も惜しみながら一日中研究室に篭っていると聞く。反省も後悔もなければ死ぬ気もない。

 上手くいっているようで肝心なところが空回ってしまった。いまさらながらため息が出て、この鬱憤は体を動かして晴らそうと決めグロブのアクセルを強く踏み込む。標的はもうすぐそこだ。

 

 テツコが灰嵐種と戦闘するのは今回が初めてのことだった。ハウンドが獲得した情報の中でも、データベースで広く公開されている以上の知識はない。

 しかしそれでも何事もなく済んだのは、ひとえにキースが開発した戦術弾のおかげであろう。灰嵐種による灰域の活性化と肉体への損傷を一時的にではあるが中和する。恐ろしい発明である。

 これに改良を重ねていけば灰域問題も解決に近づくのでは? と高度な理論には明るくないテツコは思うのだが、現実としてその方向に向かっていないのがおそらく答えなのだろう。

 灰嵐種のコアを回収しつつ、両手をグーパーと動かしていると無線からざらつくノイズが入り、程なくしてクリアな音声が届くようになる。

『──さ、倉橋少佐、応答願います。こちら管制室』

「こちら倉橋、聞こえている。灰嵐種は討伐した、他部隊の状況を」

『こちらでも灰嵐種の沈黙を確認、無線が順次復旧し、捜索していた二部隊の無事も確認できました。内一部隊は現在交戦中ですが、戦力と対象ともに問題なく対処可能と判断しています』

「了解した。ハウンドへの連絡は?」

『接触した部隊の案内でそちらに向かっているところです』

「この通信をハウンドに繋いでくれ」

『承知しました』

 二、三拍ののち、無線の向こうから聞こえる声が変わった。

『こちらハウンド。テツコ、聞こえるか?』

「ユウゴか、呼び出しておいてすまんな」

『それは構わないが……本当に一人で倒したのか?』

「当初の予定では君たちが来るまでの足止め程度の気持ちだったんだが……アレは駄目だな。引きつけておけるが、怪我を負わずともやられる可能性がある」

 戦術弾を使用して直接的なダメージを緩和してなお、肌にまとわりつくような不快感。呼吸のたびに喉を砂が通るような違和感。空気が体を蝕む、悍ましさ。そういうものが一向に消えない。

 資料からはマガツキュウビの殺生石のようなものを想像していたが、性質が全く異なる。即効性という意味では殺生石の方が危険かもしれないが、継続性とアラガミ自体が備えている性質という点では灰嵐種の方が数倍はタチが悪い。

『それでじゃあ一人で倒すかとはならないだろ、普通』

「仕方ないだろう。この濃さじゃグレイプニルは誰も連れてこられない」

 だから君たちを呼んだんだよとテツコは言い、だからといって単独で向かうテツコを誰も止めないのは論外だろうと、喉まで出かかった言葉をユウゴは飲み込む。

 とにかく生存最優先と口を酸っぱくするテツコをユウゴは知らないゆえの心配であったが、言うだけ無駄ということだけは理解できた。

 無駄足踏ませたお詫びにこのコアは君たちに進呈しようと、帰り支度を始めて雑談に興じ始めた頃だった。ユウゴとの無線に管制室のオペレーターが割り込む。

『倉橋少佐、大型種がそちらに接近中です。接触予測時間十分後、対応できますか?』

「種類は?」

『アグニ・ヴァジュラと思われます』

『灰煉種?!』

 テツコは再び手を握って開くを繰り返して、問題ないと返す。無茶するなと苦言を呈すユウゴを、だから早く来てくれと軽くいなす。

「こういうのはだいたい十分もかからずやってくるんだ」

『嫌なこと言うなよ……』

 管制室から謝罪と訂正が入るまで、あと十秒。

 




話が繋がる目処がようやくたったので投稿。書きたいものを書いちゃうんだよな……なぜなら後から私が読むために書かれているものなので……。
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