灰の海を越えて   作:赤穂あに

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境界線を侵す

 

 テツコの第二のお勤めのスタートは実に好調だった。なにせ、噂の域を出なかったその実力がグレイプニルのお墨付きとなったのだ。しかもしばらくは無償でこき使って良いときた。テツコの奉仕活動は過労死しない程度に盛況だった。

 ハウンドにとっては最悪の商売敵みたいなものだったが、タイミングはいいというべきか否か、ミナトと対抗適応型装甲の生産プラントの建設でてんてこ舞いになり始めていたため、討伐ミッションの幾らかがテツコに回されるのは助かる面もあった。

 一時的に実入りは減るが、対抗適応型装甲の生産流通はそれを補ってあまりある一大事業だ。抜かるわけにはいかなかった。

 連日疲れ切った顔で船に戻ってくる若人たちを、テツコは懐かしい気持ちで見守っている。クレイドル発足当初のことを思い出させてくれるハウンドに、極東にいる友人たちの顔を重ねていた。

 若いっていいなぁと年寄りじみたことを考えつつ、日課の神機の整備に手をつける。休みなく戦うことはなんら苦ではないが、今となっては神機の方がテツコについて来れていない。

 損耗したパーツを修復し、各接合部に違和感がないか確かめる。無茶をすると大変な目に遭うことは身をもって知っているので、手は抜かない。

 調整が一通り終われば動作確認をする。刀身、銃身、装甲、変形。全てが普段通りで変わりないか。訓練室で一人黙々と神機を振っていると、扉が開く音がした。

「熱心ですね」

 くどいようですが、たまには休まれた方がいいですよと困った笑顔でテツコに声をかける。リカルドだ。

 クリサンセマムに来たばかりの頃に休みは足りてると豪語し、実際ひとつの不調も見せなかったテツコに変わらず忠言を続ける希少な人物である。

「わかってるんだが……肩の力が抜けたからかようやく本分に戻ったからか、妙に気力が有り余っててなぁ」

 テツコはやるべきことと並行してだが、それでも気持ちの上ではやりたいことを優先した。

 そして、それは終わった。どのような形であれ結末を迎えた。これ以上テツコが介入する余地はない。もともとなかった余地をこじ開け、ねじ込み、割り入った。

 できることは全てやったつもりだ。満足とはほど遠いが、腹の奥底に飲み込んでおく程度には収まった。

 そういう、やらなくてもいいことに回していた分の活力が全部有り余っているとテツコは感じている。要するに、物足りないのだ。ワーカーホリックもドン引きな働き者である。

「そういうわけだから、暇なら少し手合わせでもどうだ? 寝る前にもう少し疲れておきたいんだ」

 イエスと答えないと結局ひとりでそのまま続けるだけだろうなと判断して、リカルドは仕方ないと言って了承した。対人であれば素振りよりは早く疲れてくれるだろうし、純粋にテツコというゴッドイーターの力量に興味もあった。

 腐ってもエリートの一員として正規の訓練を受けた身である。勝ちはともかくそう易々と負けてやるつもりもないし、攻めるよりは守るほうが得意でもある。可能な限り粘って、テツコにはできるだけ早く寝床についてもらおう。

 そうリカルドは考えていた。客観的に見ても自惚れもなければ気負いすぎたこともない。五分、十分と耐えられる算段だった。テツコですら、そういう腹づもりでいた。

 それではと軽い声かけのちに放たれた上段蹴りをいなしたリカルドの腕に擦過傷ができた。摩擦熱に顔を顰めるよりも、驚愕でその目が見開かれている。

 テツコ自身も有り余るを通り越した出力に戸惑い、最悪の心当たりに愕然とする。

「リカルド、ちょっと踏ん張れ、すまない」

「え、ちょ、テッ!」

 テツコは蹴り抜いた足を床に戻して、リカルドの胸ぐらを掴む。静止の声を上げながらもほとんど反射で伸びてきた手を掴み、リカルドは腰を落とした。そしてあっけなく体を宙に持っていかれ、重力に従いそのまま落ちた。

 下半身が床を鳴らし、上半身はテツコに掴まれたまま宙に浮き、横目の数センチ先には床がある状態で、さすがに元気が有り余り過ぎではなかろうかと思いながら、リカルドは床から目を離しテツコに振り返る。

 リカルドの胸ぐらを掴んだまま硬直し、眉根を寄せて自身の手元を睨みつけている。そしてリカルドをそっと床に下ろして、自由になった手のひらをゆっくりと握りしめ、開いた。

 テツコはすまないなと言いながらリカルドに手を差し出し、助け起こした。リカルドはどうもすみませんねといつも通り笑って答えて見せるが、テツコの顔は変わらず険しいままだ。

 どうしましたと問いかけるより一拍早く、テツコはリカルドにクレアの帰還を確認する。クレアのみならず、ハウンドは本日の仕事を全て終えているので全員船に揃っている。

「わかった、ありがとう」

 言うが早いか否か、テツコは神機を回収して部屋を出て行った。どうにもただ事ではなさそうで、リカルドは一つ息をはいてからテツコの後ろに続く。どうにも、テツコが寝るのはまだまだ先になりそうである。

 

 テツコはクレアを探し出して自身を精密検査にかけるよう頼んだ。夜分に申し訳ないが今すぐにと。できれば、人知れず。

 医務室にはテツコとクレア、流れでついてきていたリカルドがいた。血液を採取し、全身をスキャナーに潜らせ、結果が出力されるのを待つ。

 クリサンセマムに来たばかりの頃と全く同じことをされているはずなのに、過ぎ去る速度に天と地の差があるように感じる。テツコは組んだ両手に一層力を込め、浮き出る血管にどす黒い筋を見た、気がした。

 ものの数十分が永遠のようだった。いっそ本当に永遠であればいいのにとすら願った。しかし現実は非情で、映し出された結果も予想通りの最悪の回答だった。

「これは、どういうことですか」

 クレアがテツコを問いただす。わずかだが保有する偏食因子の生成能力と、投与されたそれらを合わせてなおゆうに上回る血中のオラクル細胞。紛れもなく、侵喰の──アラガミ化の兆候だった。

 




ど偏見なんですけどうちの子のアラガミ化を考えないうちの子勢っているんですかね?ほんとに偏見ですまない。
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