フェンリル極東支部。かつて日本と呼ばれた島国に位置している、旧世代のフェンリル体制における重要拠点の一つである。
アラガミの数も種類もその強ささえも世界で随一と不名誉にも称された極東は、他の地域の神機使いからは墓場とすら呼ばれていたとかなんとか。
極東には精鋭揃いと評されていたのも、逆説的に精鋭でなければ生き残れないというだけ、という話もあるくらいだ。
灰域により地域が分断された今となっては現状の把握も比較もしようがないが、しかし、目の前の光景を見るとその表現すら可愛いものではと思えてしまう。
「これは……すごいな」
神機を模した木剣で打ち合うシュヴァルとテツコの模擬戦は、一方的というには穏やかなものだった。
ハウンドのエース──シュヴァル・ペニーウォートが二本の短めの木剣を叩き込み、テツコは同じく短めの木剣一本でそれをいなしている。いいようによってはテツコは防戦一方で、シュヴァルは倍の手数で猛攻を仕掛けている、と表現できなくもない。
もっとも、シュヴァルの一太刀がただの一度でもテツコを捉えていればの話だが。
「シュヴァルが一本取れないってマジ……?」
「口に出さないっで!」
「野次に返事とは、余裕があるな!」
最後はシュヴァルが左手の甲を打ち据えられて、木剣が床に転がる音がして終わった。結果を見ればシュヴァルの惨敗だが、それでもやはり、終始穏やかな立ち合いであったという印象が強い。
「見事という他ないな、目がいいのだろうか?」
ルルは、テツコの強さが目の良さにあると考えた。回避も守備も攻撃も、すべてが最小限の動きにまとめられていたからだ。
「目がいいのもそうなんだろうが……、動きの正確さがとんでもないな。見えてたって、紙一重で全部避けるのは普通しないだろ」
ユウゴは体捌きを評価した。後ろに半歩だけ下がったテツコの髪を、シュヴァルの木剣が掠めたのは一度や二度ではなかったのだ。
「あとシンプルに腕力どうなってんの? 一回シュヴァルの体浮いたよな?」
ジークは剛腕さに少したじろいでいた。ゴッドイーターという規格にはまれば男女の差などないようなものだが、それにしたって打ち負かそうと向かってくる男──それも欧州で随一の実力者である──を、受け切るどころか力技で押し返すのはさすがに次元が違う。
「シュヴァルがこちらの動きに慣れてきていたからな、動揺させるために一度退いてもらった」
テツコはなんでもないことのように言って、シュヴァルが取り落とした木剣を拾い差し出した。痛みの割にはあざ一つ残っていない左手を二、三度握り直してから、シュヴァルはそれを受け取る。
深く息を吸い、大きなため息をつき、シュヴァルは結論を出した。
「あと五十回くらいやれば僕が普通に勝つようになるとは思う」
テツコは小さく笑って謙虚だな、と返した。いわく、十回もやれば三割返されるし、最終的にはよくて五分五分になるだろうとのことだ。
「全盛期にはほど遠いさ。経験値で相手ができているだけで」
これで全盛期じゃないのか、とか、それでも五分五分で止まるんだな、とか。色々思うところはあったが、全員口に出すことはなかった。
無言で目で語り合い、極東ってヤバいんだな、という共通認識が生まれた瞬間だった。
そんなことを各々の用事で模擬戦の場にいなかった面々へ夕食の時に話した。
クレアとリカルドは直接見ることができなかったことを残念がり、キースはそれよりテツコの乗ってきた装甲車の仕組みを知りたがった。
ゴッドイーターではないイルダとエイミーは、ただでさえ人智を超えたと常々感じているシュヴァルが手も足も出ないということが上手く想像できず、ハウンドで最もシュヴァルに近いとされるニールは次は自分が相手になりたいと申し出た。
フィムは父が負けたという事実に少ししょんぼりした表情になり、それにショックを受けたシュヴァルは次は勝つという高すぎるハードルを自分で設定してしまった。
わいわいがやがやとした、いつもの和やかなクリサンセマムの夕食の風景だった。テツコも進んでよく喋るわけではないが、数日前に加わったとは思えないほどにはこの景色に溶け込んでいた。
その中で、アインだけが終始無言であった。正確に言うと、一通り模擬戦の話を聞いた後に「シュヴァルが負けたのか?」と再確認して、シュヴァルの心のやわいところとフィムの父への期待をちょっぴり傷つけて、それっきり黙っていた。ちなみに、きちんと謝罪はしている。
アインはテツコの強さを疑っていない。自身の命もそれ以外も、数え切れないほどに救われてきた。その強さゆえの無茶な行動に、同じくらい肝を冷やされてもきたが。
テツコは強い。生え抜きの極東支部のゴッドイーターで、精鋭揃いと評される中でも特に群を抜いている。
しかしそれでも、テツコは普通のゴッドイーターである。アインとは根本が違うということを、誰よりもアインがよく知っている。
「テツコ、お前、いまいくつだ?」
「アインさん、ちょっとそれはダメじゃない?」
「知っての通りお前と同い年の三十四だが?」
リカルドの静止も無視して、テツコが平然と答えた。フィムからのなにがダメなの? という無邪気な質問にも、にっこり笑顔で特にダメなことはないよと返している。
イルダが、アインからテツコへの態度はそういうところがあるからなぁと先日の破裂音を思い出していると、アインが口を開いた。
「クレア、後で精密検査を頼めるか?」
「え? はい、あの、精密検査ですか?」
「確認したいことがある。受けろよ、いいな」
「承知した。直接聞けばいいのに、科学者だなぁ」
食後に実施された精密検査の結果から、さまざまなことが判明した。
基本的な健康状態から、偏食因子の適合率、現在の制御能力、潜行灰域濃度レベルなど。結論として、現在の欧州一帯で活動するには一切の支障がない状態であることが確認された。
また、微量であるが、自ら体内でP53偏食因子を生成する能力を有していることも。
「これは、どういうことですか?」
「過去に体の一部がアラガミ化した名残だ。十数年経って問題ないことから、極東支部として危険はないと判断している。不安なら今すぐ船を降りるよ」
クレアは口を開いて固まった。
自機主人公2
シュヴァル・ペニーウォート
3の自機主人公。薄い紫がかったポニーテール。右耳にチェーンタイプのピアスをつけている。一児(フィム)のおとうさん。
ハウンドの鬼神。バイティングエッジを愛用。戦闘はバカ強いがメンタルは普通。
二人が使っている木剣は3のスタッフロールでマールとリルが持ってたやつをイメージしています(誰に伝わるねん)