アーカイブに落とされた今回のデータを確認しながら、アインは幼いテツコが放った言葉を思い返していた。
アインはここ十数年の間に極東で起きたことについては何も知らない。テツコにそれとなく聞こうとしたこともあるが、楽しみにとっておけばいいと言われて深く追求することもなかった。声色からも、自分が知っておくべき深刻な事案もないと判断したからだ。
しかし、テツコと出会ってから厄災が起こるまでのことは、おそらくお互いにほぼ把握しているはずだ。レトロオラクル細胞の研究に本腰を入れ始めてからも、顔を合わせることはなくなっても定期的に連絡は取っていた。
遠方に出ている間でも、テツコのみとやり取りしていたわけではない。何か大きなことがあったのならば、誰かから一報くらいは入るはずだ。誰かが犠牲になるようなことが起きたのだとしたら、なおさら。
もう二度と。
これは一度目があって初めて成立する言葉だ。自分が把握している間に、そのようなことは起きていない。テツコが誰かのために犠牲になりかけたことなら数えきれないほどたくさんあるが、その逆は想像もできない。
テツコにはそれほどの力がある。圧倒的な強さ。それは、肉体のみを指すのではない。
であれば。
どういうことだと問い詰める声に反応しないのも納得だ。おそらく、答えるまでもないのだろう。深く深く潜っていくその先に、いやでも答えは差し出されるのだろう。
感応領域内での資料を閉じ、サカキとリッカが書いた大元の研究論文を開く。被験者の記載はないが、彼らが極東で実証実験をおこなったのならば誰が見られ、誰が見たのかは容易に想像がつく。
テツコは知っていたのだ。感応領域の接続により自身の何を見られることになるのか。その上で、命と天秤にかけて死を選んだ。そして今も、おそらくその選択は変わっていない。
「上等だ」
ターミナルの接続を切る。やることは一つだ。テツコを助ける。本人の意思は無視するに限る。極東の連中はその方がいいのだと、アインはよく知っている。
起憶結果〔テツコ〕
お父さま、お母さま、血はつながっていないけれどたくさんの家族。
お洋服を似合うとほめてもらって、好き嫌いがなくてえらいとなでてもらう。
みんなで大きなテーブルを囲って食事をする、お誕生日にはケーキとプレゼントも。
おはようからおやすみまで、私の毎日は幸福と愛で満たされていた。
足りないものは何もなかった。
私のすべてがあの家の中にそろっていた。
私のすべてはあの家の中にしか存在できなかった。
上手いこと組み込まなかったので分けて投下。
最初1000字いかなくて水増ししました。