灰の海を越えて   作:赤穂あに

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だいぶ主観です(私の書く小説全てに言えます)


土地柄

「テツコさん、あなた働きすぎではないですか?」

「藪から棒になんだ」

 テツコがクリサンセマムで過ごすようになって一ヶ月ほど経った頃のことである。イルダに少しよろしいですかと口先だけの確認をされて、執務室まで連行されたと思ったら開口一番このやりとり。

 半ば無理やりソファに押し込まれ、入ってきたばかりの扉を振り返れば、行く手を阻むようにユウゴが腕を組んで仁王立ち。

 定位置でいつものポーズのイルダは神妙な顔つきで、その近くにはリカルドが顔に困ってますと書いている。デスクを挟んでイルダの斜め前に立つエイミーとクレアはなんだか眉毛を下げていた。

 なんなんだと抗議の声を上げるより早く、イルダはここ一ヶ月のテツコの腕輪のビーコン反応の位置情報を提示した。安否確認のために必要なことなので、それ自体はテツコは気にしていない。船に来た日に情報提供に同意もした。

「これがどうした?」

「もう一度言います。働きすぎです」

 グロブの感応レーダーの精度向上のために近隣地域を走行し、極東から持ち込んだだけの神機パーツではいささか不安があるからと素材回収に赴き、たまにグレイプニルからフェンリル関連の協力要請があれば足を運び、必要であればクリサンセマム発行のミッションに同行する。

 これらが、欧州に来てからのテツコの日常である。忙しないが、クレイドルでも毎日あっちこっち飛び回っていたので大差はない。

 これくらい普通では? という顔で首を傾げるテツコに、ユウゴが突っ込む。

「なんでそれに全部ついでのノリで中型大型のアラガミ討伐がついてくるんだよ」

「そこにアラガミがいたら倒すだろ」

 民間人からすればあまりにも心強い言葉である。しかし、まっさらな民間人はここにはいないので、全員が呆れるか引くかの反応しかない。

 おずおずとエイミーが軽く手を上げて口を挟む。あの〜、と言い淀む様が不憫だった。

「先日、現着したらハウンドのミッション対象が討伐されていたことがありまして……」

「…………問題なのか?」

「俺たちハウンドに実績はあればあるだけいいからな。報酬もおじゃんになって問題しかない」

「すまん、考えたこともなかった。……報酬は貰ってもよかったんじゃないか? 討伐はされてるだろ」

「倒した物証が出せないし、俺たちの成果じゃない! 信用問題になるだろ!」

 ああ〜という顔をして、テツコは申し訳なかったと素直に頭を下げた。アラガミ討伐をビジネスとして扱う感覚がないのだ。

 ユウゴは次から気をつけてくれればいいとだけ言って、俺からは以上だと次にバトンを渡した。テツコは、ユウゴ以外からはまだあるのかぁと隠すこともなく面倒くさい顔をした。

「テツコさん。私は船医として乗組員の健康を管理する義務があります」

「メディカルチェックは受けてるし、数値に問題もないだろう?」

「労働時間と労働環境のことを言っているんです!」

 クレアはある日のテツコの移動記録と周辺灰域情報を照らし合わせて、紅煉灰域で数十分の活動があったはずだと問い詰めた。

 またもやテツコはああ〜という顔をして、そういえば妙にやりにくい日があったかも、と呑気な返事をした。

「グロブでそういう地域を回避できるんじゃないんですか?!」

「回避はできるが、潜行可能濃度内に一体だけなら倒しにいくだろ、普通」

「普通じゃない!」

 クレアはほとんど叫びながら、両手で顔を覆った。エイミーが肩に手を当て慰めている。

 これもだめだったのか。クレアの様子から反省し、テツコはこれまた素直に謝った。

 物分かりがいいのって案外たちが悪いのかもしれないと思いながら、クレアは次からはちゃんと報告してくださいとだけ言って、引き下がった。

「んじゃ最後は俺から。あのですね、あなたはクリサンセマムの乗員ではありますけど、正式にはフェンリルの人間でしょう? 日替わり当番やらなくていいんですよ?」

「暇な時に手伝ってるだけで当番を引き受けてるわけじゃない」

「その間に休んでくださいと言ってるんです!」

「神機振り回すより休まってる」

 イルダは頭を抱えた。これはもうアインから釘を刺してもらうしかないだろうか。

 そんなイルダの心中を読み取ったように、テツコは無言で通信機を手に取った。スピーカー状態の呼び出し音が執務室に何度か響いたのちに、アインの声がした。

『どうした?』

「なあ、欧州ってアラガミが少なくていいよな。一日に何度も出撃しなくていいし、夜中に叩き起こされて大型種二体を一人で倒してこいとか言われないし、偽装したミッションで急に弩級アラガミぶち込まれたりもしない」

『脈絡なく親父の悪口差し込むのやめろ』

「悪いことする人だとは思ってるが悪い人だとは思ってない」

『なんなんだほんとうに……』

「改めて極東ってやばかったなぁという気持ちを共有したくなっただけだ」

『あんなとこと比べるな。今は当てはまらんかもしれないが、世界中が天国になるぞ』

「そりゃそうだ」

 そこからさらに中身のない雑談を二、三交して、アインとの通信は終了した。終始訝しげな態度ではあったものの、アインは深く聞き出そうとすることはしなかった。

 そして否定もしなかった。要するに、テツコが言ったことは全て事実ということだ。

「こちらにいる限り、私はよぉーく休めている。話は以上だな?」

 キースに神機を見せる約束をしているからと、これまた別ベクトルに重労働となりそうな予定をさらりと晒し、扉の前のユウゴにごく自然に道を譲らせて、テツコは執務室を出た。

 先ほど感じた呆れと引きが、呆然とドン引きになって部屋に満ちている。

「ものすごく今更なんだけど」

 と、イルダが口を開いた。アインさんってミナトのオーナーでゴッドイーターで研究者なのよね。

 それなりにこの船にはいても、基本がダスティミラーに籍を置くため労働環境に注視されていなかったもう一人の人物。よく考えればアインも極東出身で、肩書きだけでも既に多忙だ。

 そしてあの態度である。確かめるまでもなく、よく働いているのだろう。というか、働かないと回らないはずだ。イルダ自身、真面目に働いているのにたまに回り切るか怪しい時がある。

「……もしかして私って怠け者だったりする?」

 一周回って自信喪失し始めたイルダを、エイミーとリカルドがフォローする。そんなことないですよ、オーナーは勤勉です。

 それぞれ胸の中では書類に取り掛かるのが遅いところはあるが、とか、家事全般目も当てられないが、とか。思うところはあったけども。

「グレイプニルって元はフェンリル本部所属だったんだよな?」

「私はあんな労働環境に置かれたことはないです」

「だよな」

 かつて牢獄暮らしであったユウゴだが、どっちがマシなんだろうと考えて首を振った。生産性のないことはやめよう。

 どちらがより劣悪か。そんな結論は誰の慰めにもならないのだ。

 




ちなみにテツコは普通に手枷で奴隷扱いの方が悪いに決まっていると即答します。死地に向かうのはお互い平等で、自分は軍人として真っ当に扱われたという認識だからです。特務? 知らんな。
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