グレイプニルはエルヴァスティの奇跡を経て、日々その在り方を変えていた。
圧倒的なカリスマ性と多くの支持によりかつてはその舵を一人で切っていたガドリンは、後進のため席を降り、しかしその絶大な影響力によって議会という合議制の一席に戻った。
そして後ろをついて歩くだけだった者たちも、隣を歩き、いつかは自らが率いていかなくてはならないのだと奮起した。目覚ましい進歩であった。
多くの人と、アラガミと、命ある全てと相互に心を通わせたことは、まさしく奇跡だったのだ。たとえ、時を同じくして数え切れないほどの命を失っているのだとしても。
新たな歩みを始めたばかりのグレイプニルはまだまだ発展途上だ。基盤が軍隊であるのに前線から離れていたツケも大きい。
だからこそ、テツコが現れた時は最初こそかなりの警戒をしたものの、また別の奇跡が起きたのだと感じた。同じフェンリルの流れを汲む者同士、より良い関係を築いていきたいと考えている者が議会でも多数を占めている。
もちろん、全会一致の考えではない。
「あなたはあの厄災の三賢者に近しい人間でしょう。正直どこまで信用してよいものか測りかねます」
テツコよりはいくらか年嵩であろう一人が、今まで誰もが口にすることをはばかってきた言葉をぶつけた。
諌める者もいたが、あまり数は多くない。議会の全員が少なからず抱いてきた気持ちだったからだ。
「それは、私が身内かわいさにグレイプニルを陥れるようなことをしそうだ。というような意味合いだろうか?」
「……そこまでするとは思っていません。しかし彼らの……ソーマ・シックザールの身柄を隠して罪から逃すくらいのことはする可能性があります」
彼らは罪を償うべきなのですと続き、それにはいくらか賛同者がいた。テツコに対する感情の好悪を差し引いても、ここはおそらく議会としての共通認識なのだろう。誰一人として異を唱える者はいない。
敵対するとは思われていないが、罪人を情けから匿うくらいのことはするかもしれない、といったところだろう。
至極真っ当な指摘だった。自分たちの長がもっとも当てはまっているということを除けばだが。
当然そんな指摘はせずに、テツコは責任問題というわけだとむしろ理解を示してみせた。
「その通りです。この世界の惨状をもたらした三人には相応の刑を受けてもらうべきだ」
「心配しなくとも、私がいくら庇ったところで彼は罰を受けたがるさ。そういうやつだ。他の二人は知らないが」
だからまずは生死の確認から。死んだという確たる証拠がないのなら生きているものと仮定して所在を調べる。見つかったのなら正式に裁判にかけて、刑を決める。
なぜこの事態に陥ったのか。今まで何をしていたのか。反省はあるか。後悔はあるか。弁明はあるか。この現状に対し、己ができることはあるのか。
「私は、彼が犯した罪に対して相応しい罰を与えればいいと思っているし、私自身も部下の不始末として同等の罰を受けるつもりでいる」
ざわつく面々の中、ガドリンだけは静かにテツコの言葉を復唱し、相違はないかと問いかけた。
「隊員の失態は隊長の責任であるべきだし、友人が死をもって償うというのなら一緒に地獄に落ちてやるのが私のなりの友情だよ」
そういってテツコは柔らかく目を細めて薄らと口角を上げた。
こうして、テツコの言葉はグレイプニル議会の議事録の一つにしかと記録され、来るかわからない裁判の日まで口外されることを禁じられた。今となっては、テツコに疑念を抱く者もいない。
テツコにしてみれば、あっさり引き下がったらお前が私を殺すことになるが? というアインへの純然たる脅しである。
どんな拷問よりも効く確信があり、全く美談などではない。付け加えるなら極刑を免れるだけの証拠もある。
「まあともかく、とりあえず三者とも生きてることを願うばかりだよ」
当事者から情報が得られれば今後の方針にもより役立つはずだとそれっぽい言葉を並べ立てて、テツコは議会のケツ叩いた。
そうして今後の灰域対策の要項に、ジョサイア・クオン、イェスタ・ヘイデンスタム、ソーマ・シックザールの捜索が加えられた。
恐ろしいほど順調な道のりに、テツコは内心ほくそ笑んだ。千里の道の一歩目を、アインの意思を丸無視して踏み出したのだ。
議会が解散したあと、テツコはガドリンに呼び出された。当然のことである。ガドリンが十数年守ってきた秘事を無遠慮に暴かれようとしているのだから。
しかしそんなのはテツコの知ったことではない。どうせ灰域の問題が解消すればアインは自ら名乗り出るのである。
早いか遅いかの違いでしかないのなら、そこに自分の願望も乗っけてしまえばいい。アインは決してやりたがらない、絶対にやらなければならないことの下準備だ。
「戦犯が三人いるというのなら、必ず三人引き摺り出す。それだけのことだ」
根拠はない。ただ確信があった。
アインに夢を見させるほどの説得力を持った計画を最終段階まで進めた能力があり、リスクに関する警告も受けていた。
であれば、必ず保険はかけたはずなのだ。身勝手にその引き金を引いた愚か者は、成功する未来を見ていたはずなのに、己の命だけは守れるようにと何かしらの策を講じた。
ジョサイアかイェスタか。はたまたそのどちらもなのか。テツコは彼らの人となりを知らないので憶測すらもできない。
それでも、必ず生きているだろう犯罪者を白日の元に晒し、友人の名誉を回復する。それだけは、リンドウからアインの決意を聞いた日から決めている。
そもそも私のヘキとして、やりたいようにやった結果が奇跡的に益に転がっただけですみたいな論法使うタイプが好きなんですけど、私がその論法を振り翳さなくても無印主人公は逃げるなする人間なので「こんくらいやる。こいつはやる」と勝手に説得力出るの大変ありがたいですね。びっぐらぶ。