クリサンセマムのロビーで毎朝行われている打ち合わせがある。
以前、テツコがハウンドの獲物を横取りした事件ののち、本人からの申し出を受けて開催されるようになったものである。
ハウンドの今日のミッション予定とテツコの訪問先、それを事前にユウゴとテツコの間で共有し、事故を防ぐ目的だ。実際、これはシンプルながら効果的で、始めてから一度もバッティングは起きていない。
「テツコ、おはよう」
「おはよう、ユウゴにニール。今日は二方面か」
「そういうことだ、よろしく頼む」
基本的にはユウゴとテツコの二名で行われるこの打ち合わせだが、その日の出撃部隊数によっては今日のニールのように顔ぶれが増える場合もある。ルルやクレアが参加した日もある。
ちなみに、キースは現場指揮を取ることはないので参加することはしない。リカルドは戦闘以外でも多忙なのでユウゴからの伝聞ですませている。シュヴァルとジークはお察しなので打ち合わせの存在を知っているが、呼ばれない限り来ない。フィムもシュヴァルがいないので来ない。
「そういやアインはここに来ないよな」
ふと、ユウゴは気になったことをそのまま口に出した。ニールがぴくりと反応して、テツコはさらりと必要ないからなと答えた。
必要なことは個別で共有しているらしく、加えてアインは、ハウンドに協力は惜しまないが方針を決める部分に口を出したくはないと言っているそうだ。テツコはそれに同調し、若い芽を見守るのも年長者の勤めだからと理解を示した。
ユウゴはそれに納得し、話を進めようとした。しかし、ニールは思うところがあるようで、少しいいだろうかとそれを妨げた。俺が口を出すことではないと思うんだがと前置きし、もしかしてテツコがアインとの接触を避けているのではないかと言った。
「どうしてそう思うんだ?」
「一緒にいるところを全く見かけないし、名前を呼ばないようにしているだろう」
「割と一緒にはいるんだが、名前はそうだな」
というかそもそも単体でもそんなに見かけないんじゃないか。そう返されてニールは二、三拍考えて言われてみればそうかも、と思った。
毎日顔を合わせているせいで忘れがちだが、テツコもアインも、クリサンセマムに籍を置いていないのだ。というかむしろ、毎日顔を見ていることがおかしい。そして二人とも、呆れるほどに多忙なのである。
「極東にいた時から同じ部隊でも別行動取ることが多かったからな。今は毎日顔を見てるし、君らは知らないだろうがたまにミッションにも同行してる」
ハウンドの面々は自分とミッションに行きたがらないから、という言葉はちゃんと飲み込んだ。
「名前はまあ、この船の中ではそのままでいいと言われているが、外でうっかり漏らすわけにもいかないからな」
クリサンセマムの主要な乗組員は全員、アインの正体を知っている。だから船内に限り、アインは呼び名に注意を払う必要はないとテツコに言ってはいるのだ。
そしてテツコはそれを了承した上で、アインの名前を決して呼ばない選択をした。ミッションに行く時も基本的に二人きりなのは、咄嗟の呼びかけに名前が不要だからである。
意識をすれば、アインと呼ぶことは可能だろう。しかしその選択肢はテツコの中にはない。アインは、アインではないのだ。
「そういうわけで、別に避けているわけではないよ。心配をかけたならすまないな」
「いや、俺の方こそ、不躾なことを聞いて悪かった」
「仲間内の調和を取ろうという配慮は別に不躾でもなんでもないさ」
若いのにしっかりしているとニールを褒めて、ユウゴは顔には出さず心の中で強く頷いた。長兄には是非見習ってほしいものである。いや、人間関係や人間性という点でいえばジークは非常に優れた人格ではあるのだが。主にそれ以外で。
脱線した話は戻り、業務連絡は滞りなく完了し、テツコは今日も今日とて各ミナトへ協力要請の挨拶回りに出かけて行った。残った二人も各自部隊を率いて、三者は特段大きな問題もなくその日の任務を終えた。
しかし、ニールは終始いささか元気がなかったようである。察したキースがそれとなく聞き出し、そのままテツコに伝えた。現状、ハウンドの中でテツコと一番打ち解けているのがキースである。話を複雑にするより、本人と相談した方が早いと判断した。
「ニールはいい意味で繊細だな」
「そうなんだよね。優しいからさぁ」
「承知した、不安を払拭しよう」
翌日、テツコはアインを訓練室に呼び出した。キースはジークを上手く焚き付けて、ジークが他のハウンドのメンバーを引き連れてくる手筈だ。
「まあそういうわけだから、付き合ってくれ」
「俺は構わないが、逆効果にならないか?」
「なんでだ。手加減抜き、友情のステゴロだろ」
「お前以外がそれ言ってるの聞いたことないんだが」
「そんなわけないだろ、リンドウさんから聞いたのに」
「情報源として最悪だろうが」
そんなことない、ちょっと言動がちゃらんぽらんなだけだ。やっぱりちゃらんぽらんだって思ってるじゃねえか。それがいいところだろ。論点をすり替えるな。
二人はヒートアップした勢いのまま、待ち人来ぬまま拳をぶつけ、きたる頃には二人して肩で息をするほどに燃え尽きていた。
「えーと、どういう状況?」
「りん、リンドウさんの名誉を、守る勝負を、している……」
「そういう話、じゃ、ねえと、言ってる……」
ニールが見たのは床に転がる二人だけだったが、それでもストンとつかえてた何かが腹の中へ落ちていく感覚があった。幼い頃に見た兄弟たちによく似ていたからだ。
仲がいいんだな、家族と変わらないくらいに。知らず知らず顔が綻ぶニールを横目に見ながら、結果オーライってことでまあいいかとキースも笑った。