灰の海を越えて   作:赤穂あに

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疑惑の新規事業

 ルルのところへ一通のメールが届いた。差出人はルルが師と仰ぐゴウ・バランからであり、それにはテツコが最近頻繁にバランに出入りしていることが書かれていた。

 バランは今、過渡期にある。元々ろくな噂がなかったところに、前船長の重大な灰域航行法違反。さらには、朱の女王を裏切りグレイプニルに売ったことで、その評判は地に落ちた。

 戒めと更生を示すために設立された公安捜査局と治安維持部隊は、自浄作用として一定の成果を出してはいるものの、組織として膿はまだ残っている、というのがゴウの見解だ。

 そんな中で、治安維持部隊の隊長に任じられたゴウでさえも平時は入れない区画に、テツコが入っていくのを見たらしい。そっけなくも弟子思いなゴウの一報に嬉しく思う反面、ルルはこの情報をどう扱ったものか少し悩み、アインに相談した。

「さまざまなミナトに協力要請をしているとは聞いていたが、まさかバランにまでとは……。もしや、あそこがどういうところか知らないのだろうか?」 

「いや、性格的にデータベースにある情報にはおそらく全て目を通してるはずだ。何も知らないということはないだろう」

「では、何故……」

 アインはいくらか考えて、ルルからゴウヘバランの機密に触れない範囲の動向を聞き出すよう指示をした。

 同時に、ダスティミラーの情報網を駆使し、かつイルダに情報共有と協力を仰ぎ、別ルートでの調査も並行して進めた。

 結果として、全てシロと呼ぶべきものだった。

 かつて日常的におこなわれていた非人道的な実験の痕跡は確認できず、加えて少し前に適合率の低いAGEを大量に放出した事実と合わせても可能性自体が低いと判断された。

 何かしらの共同開発が進められているとしても、ゴウが知る範囲ではなく、また、アインやイルダのコネクションでは確認しようのないことだった。

「シロではあるけど、この情報の隠蔽具合は怪しく見えるわね……」

「利益の大きい新規事業だろうか? 上層部まで噛んでいるとなると、相当だが……」

「あり得る話だな。バランの性質はともかく、技術力は本物だ」

「テツコさんが一枚噛んでるなら後ろ暗いことはない、と信じたいけれど」

「そこは信じていい。誰かに被害が出るようなものを進めるやつじゃないからな」

 結局、テツコとバランの共同開発事業が何やら秘密裏に進行しているのだろうが、特に問題視する内容でもない、という仮説でこの話は終わった。

 

 数週間後、グレイプニルに欧州全土のミナトが召集された。バランが主軸で新型ビーコンの敷設計画のプレゼンがおこなわれ、大多数の支持を得て可決された。

 計画の全容は、航路の確保に使用しているビーコンをすべてバランが開発した『感応受容型ビーコン』へ入替え、今後、極東への超長距離航行やその他地域へ進出する際もこれらを使用し航行の安全性を高める、というものだ。

「感応受容型ビーコンの設計は、実にシンプルなものです」

 既存のビーコンに灰域踏破船の感応レーダー波を受信する機能をつけ、それを付近のビーコンと相互に高速伝達する。常にアラガミの正確な位置情報を直近のビーコンで捕捉し続けることにより、より安全な航行が可能となる。

「感応レーダーは素晴らしい技術です。しかしこれは大きなジレンマを伴っています。運用に優秀な航海士が不可欠であり、その感応力の高さは往々にして戦闘力に繋がります。つまり、最も精度の高い情報が必要な会敵中に、高精度な情報が得られないのです」

 バランが提案した新型のビーコンであれば、その問題を解決できる。所属を問わず、灰域踏破船の出航時には必ず感応レーダーが起動する。走行中に更新される情報を受信しアラガミを捕捉、以降は反応消失するまでその動向を見逃すことはない。

 すでにバラン周辺では実証実験は済んでおり、これによりバラン所属のAGEの損害も目に見えて減ったという。

 バランからグレイプニルおよび各ミナトへの提案は二つ。各拠点を中心にした新型ビーコンの敷設作業と、入替え後の検証データの提出。

 有益であることを確認できたのち欧州全土の既存機と入替えを完了させ、ゆくゆくは欧州を出た地域まで航路を確立するための礎としたい。

 それは、提案者がバランであるということを差し引いても魅力的な内容だった。開発や実験に、テツコの全面協力があったということも大きい。追加の新型ビーコンの生産に必要になる大量のアーティフィシャルCNSの確保にも、すでに多くのミナトと提携の話がついているという。

「欧州と人類の未来のためにも、必ず実現させましょう」

 最後はスタンディングオベーションを受けて、プレゼンは終了した。

 イルダも拍手を送りながら、先日ルルから報告を受けた件はこれだったのかと納得する。これだけの一大プロジェクト、早々外部に漏らすはずがない。しかし、疑惑もある。

 バランのミナトの周辺地帯全てで実証実験を経てなお、ゴウが知らなかったという事実だ。プロジェクトの存在を知っていたのならば、そもそもテツコの出入りを知らせてくるはずもない。

 機密性が高いのは理解した。しかし、これほどクリーンな内容に対して敷く必要のない厳重さでもある。

「何か、裏があるのでしょうか」

「裏というよりは……」

 アインはそこで言葉を止めて、ゆるく首を振りおそらく俺の考えすぎだろうと締め括った。

 視線の先では、バランの代表者とにこやかに握手を交わすテツコがいた。胡散臭えな、と思った。

 

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