「あーあー! ハローハロー! ご機嫌麗しゅう。えーっと?(笑)」
「あっ確か。十三騎士団wwwwwwwwwwwwwwの騎士団長wwwwwwwwwwwwww」
「十六夜咲夜wwwwwwwwwwwwwwげほーっ、ごほっ、ごほっ」
どこから現れたのか、白黒のローブに身を纏った少女。勝手に挨拶して、勝手に笑いだして勝手にむせ返る。その自由奔放な立ち回りに今し方呼ばれた相手――十六夜咲夜を名乗る人型も、ゆっくりと振り返った。
「くうくくく! ああダメだどうしても笑うっ! 一体いくつになればこんな痛い団体を作れる脳が出来上がるんだっ!?」
「回答します。こんばんは、霧雨魔理沙様。第五回幻想破壊から2459年ぶりですね。何かご用件がございますか?」
投げつけられた嘲笑にも、返答は至極冷静。
別に思うところが無いわけではない。ただ目の前の少女――最強の魔法使いには、何を言っても聞かないだろうと、既に割り切っているだけだ。
「あるわけあるが。お前も気づいてるんだろお……? 今回の異常事態に」
「……はい、おっしゃる通りです」
「幻想破壊から、既に二時間が経過。にも関わらず、我々は住民の半数すら排除できていません」
「ふむ。やはぁ、いつもより遅いな」
二時間。いつもなら、八割は殲滅できていようというタイミングだ。抵抗できない弱者たちが軒並み命を絶たれ、残った強者たちを潰す段階に入るのが定石。
だが、半分に満たないのなら、その弱者たちが多く生き残っている事を意味する。
「やはり、とおっしゃるという事は、魔理沙様にも心当たりが?」
「俺は、いつも通りさ。氷の妖精とアリヌを殺しに来た。それだけだよ」
そう言って、魔理沙と呼ばれた少女もまた、軽く肩を竦める。
「ところがどっこい。アリヌの家は、もぬけの殻だした。氷の妖精も……おっほん!」
そこまで言って、唐突にせき込み始める。あからさまに都合の悪い部分を隠す仕草だが、咲夜はあえてスルーした。どうせ追及しても無駄なことだ。
「一体、何が起きている? 魔王様のシナリオとやらは、どうなっている?」
「……答えかねます。ただ、多くの住民が早期に紅魔館に避難したことが原因のようです。まるで、我々のことを事前に予知していたかのような」
「予知、ねぇ」
「まさか全員が全員「地雷」だったってオチじゃないだろぉ?」
「回答します。あり得ません」
「あらま」
即否定が入り、会話が途切れる。上手く言葉が続かない。
この沈黙は、二人にとって実に異質だった。何せ、これまでに感じたことにない類の居心地の悪さだったからだ。
地雷を踏んだから苦戦しています、ならまだ理解できる。第三次幻想破壊のように、過去にも事例はあるからだ。
だが、今回は違う。「モブ」が多数、生き残ってしまっている。それは自然の摂理として、物語としてあってはならない。
「くふふ、こりゃいるね。地雷とも別の、“何か”が」
そう口にした後、彼女は帽子の鍔に手をかけて、静かに笑い声をこぼす。
気分が悪い。無性に腹が立つ。
あの紅茶の妖精といい、モブにシナリオを歪まされるのは、本来自身の美学に反する行為だ。このままキチゲを解放しようものなら、ついうっかり、幻想の大地を焦土に返してしまいそう。
だが、それ以上に今は、
「――楽しいなぁ」
――自分の思い通りにならない世界。その未知と混沌に、たまらない高揚感が沸き上がっていた。
◆
スバルにとって、寝起きの悪い目覚めとは縁の遠いものだった。
瞼を開ければ目に飛び込んでくるのは、人工的な印象の白い輝きだ。知らない天井、そこに備えつけられた結晶が、いかなる原理でか淡い輝きを放って室内を照らし出している。
寝起きのよさには定評があり、一度目が覚めればすぐに意識が覚醒するのがスバルの体質だった。
「……枕の感触が違ぇな」
寝返りを打って、頭の下の感触が普段と違うことに気付く。
それに、ふかふかとした寝心地。神社備え付けの敷布団とは比べものにならない。あっちは綿が潰れきっていて、実質畳に寝ているようなものだったから。
おまけに寝ている寝台はスバルが五人ほど寝ても余裕があるサイズ。部屋全体も、その寝台を中心に二十畳以上はある広さだ。
「博麗神社じゃない……ってことは、今回は『死に戻り』を回避できたってことか?」
口に出して初めて、自身の置かれた現状が飲み込めてくる。
迷いの竹林で遭遇した異形霊夢との激戦。その果てに、スバルは出血多量の自滅エンドを覚悟していたが――どうやら、この世界の医術は想像以上に優秀らしい。
あれだけ大穴が開いていたはずの掌は、包帯すら巻かれておらず、まるで何事もなかったかのように完治していた。
「じゃあ、ここが紅魔館って場所なんだろうな」
その時、きぃ、と扉の開く音が耳に届く。
「なんだ、騒がしいと思ったら、もう起きてたのね」
入ってきたのは、銀髪のメイド――十六夜咲夜。その手には盆があり、そこから立ちのぼる紅茶の香りが、部屋にふわりと広がる。
「騒がしいって、俺、まだメッセージウィンドウ二回くらいしか出してないと思うけど」
「存在の話よ。扉越しでも、鬱陶しさが漏れ出てた」
「なんか霊夢にも似たようなこと言われたんだけど。まさか、俺、変な匂いでも出てんの?」
「そうね」
「そうなのかよっ!?」
冗談のつもりが、即答されて素で驚く。
意味のある返答をするのが面倒だっただけの咲夜に対し、言葉を真に受けたスバルは相応のダメージを受け、シーツをギュッと握りしめた。
「あ、ところでさ……俺ってどのくらい寝てた?」
「ほんの一時間ほどよ。疲労と、緊張が解けてって所でしょうね」
「疲労って、ほぼ担がれてただけなのに情けねえな」
「ちなみに魔理沙と萃香は私たちよりも早く到着していたわ。今は客間でお休み中」
「……そっか」
その報告を聞いて、スバルはひとつ、息をついた。
魔法の森は、博麗神社と紅魔館を繋ぐ最短ルート。
過去のループでの異形の出現時間と動きから、二人は無事に辿り着けるだろうと予測していたが、
「……良かったぁ」
最悪の事態にならずにすんだと、腹の底から言葉がこぼれる。もし彼女たちが犠牲となっていたなら、スバルは再び、時間を遡るつもりだったのだから。
「そうだ。これ、ちゃんと言っとかないとダメだな」
「……?」
スバルは急に表情を引き締め、ベッドの上で体を捻って咲夜の方へと向き直る。
咲夜が不思議そうに眉をひそめる中、スバルは数度口をモゴモゴと動かし、やがて、
「――悪かった」
――深々と頭を下げた。
「俺のわがままで、二人には無駄に危ない思いをさせちまった。あのまま紅魔館まで突っ切ってれば、兎や霊夢もどきに会わずに済んだはずなのに」
それは、ここに至るまでスバルが犯した“過ち”の自覚だった。
そもそも、迷いの竹林を迂回して住人に避難を促したいというスバルのわがままに、二人は付き合ってくれていた立場だ。それだけでも充分だったのに、その先でさらに優柔不断な判断を繰り返した結果、あの惨状を招いたのだから。
「咲夜の言う通りだったよ。自分じゃ何にもできないのに、欲しいばっかりが先に出て。付き纏う責任を受け止める覚悟が、俺にはなかった。だから、ごめん」
放った言葉が空気にとけるまで、咲夜は何も言わなかった。
無表情のまま暫しこちらを見下ろしていたが、やがてベッドの横に置かれた椅子に腰を下ろし、スバルと目を合わせる。
「……はぁ、そうね。正直に言うと、あの時はかなり腹が立ったわ」
「うぐ……やっぱ、そうだよな」
スバルが肩をすくめるように項垂れると、咲夜は少しだけ表情を和らげ、ほんのわずかに視線を落とした。
「でも、あなたがいなければ、私たちは紅魔館を目指すことすらなく、敵陣のど真ん中に取り残されていたんだものね」
言葉を切り、わずかに間を空けてから、今度は彼女が頭を下げる。
「……私も言い過ぎてたわ。ごめんなさい」
「え、いや! 俺は単に、逃げる勇気もなかったってだけだから! 咲夜が謝る必要なんて、これっぽっちもないって!」
思わぬ謝罪返しに、スバルは慌てて両手をぶんぶんと横に振る。
その必死な様子に、咲夜はほんの僅かに口元を緩める。そしてこちらを見据えてはっきりと口にする。
「いいえ、あなたは確かに多くの命を救った。その証拠に……あなたが目を覚ましたら会いたいって、そう言ってる子がいるもの」
「俺に、会いたい子……?」
ぽかんとするスバルを残して、咲夜は席を立ち、扉に手をかけた。
すると、彼女の身長の半分ほどしかない、小さな三つの影が、遠慮がちに部屋へと入ってきた。その頭には兎の耳がついており、野兎に分類される種族だと分かる。
「……えっと、この子たちは?」
「迷いの竹林にいた野兎。私たちが足を止めたとき、あの場にいたそうよ」
小さな足音が、ぽこぽこと響く。
ベッドの傍まで近づいてきた兎の少女たちは、緊張しながらも、スバルに向かって顔を上げた。そして、少し震える声で、けれど確かに言葉を紡ぐ。
「あの……私たち、あの時……でっかい二匹の兎に追いかけられてて。でも、お兄さんたちが戦ってくれたから……逃げられました」
小さな手が、ぎゅっとスカートの端を掴む。
「だからその……本当に、ありがとうございました」
「――――」
何かが胸の奥でふわりと膨らむのを感じた。言葉にならない温かさが、じんわりと広がっていく。
ベッドの脇で頭を下げる小さな頭を見下ろしながら、息を一つ吐く。
「この三人だけじゃないわ。あなたのおかげで、多くの妖精や妖怪たちがこの館に避難できている。……それに、私自身も最後の瞬間、あなたに助けられた」
そう言って、咲夜はそっと右手を差し出した。
その手を見上げ、スバルはおずおずと自分の手を重ねる。触れた瞬間、感じたのは細くて小さくて、でもしっかりと温かい、血の通った誰かの存在。
「ありがとうナツキスバル。私達を、助けてくれて」
――助けてくれてありがとう。そう言いたいのは彼女だけではない、スバルの方だ。
「……っ」
「……な、あなたなんで泣いてるの?」
「なっ、泣いてねえ! これは、雨……ってのは室内じゃおかしいし、汗……もかくわけないし、とにかくなんでもない!」
「はい……?」
慌てて顔を背けるも、声が上擦る。野兎たちが心配して顔を覗き込もうとしてくるのが気恥ずかしい。
引きこもっていた日々。何も成せないまま、ただ時間だけが過ぎていった。息をしているだけで誰かに迷惑をかけているような感覚に苛まれて、感謝なんて言葉とは無縁だった。
通算して二回。命を落としてたどり着いた結末。
あれだけ傷付いて、あれだけ嘆いて、あれだけ痛い思いをして、あれだけ命懸けで戦い抜いて、その報酬が彼女たちの感謝のみ。
ああ、なんと――。
「ああ、まったく、わりに合わねぇ」
言いながらスバルもまた笑い、固く少女――十六夜咲夜の手を握り返したのだった。
頭が痛い――。
鋭利な何か、針のようなものが突き刺さっている。
それだけではない。訳も分からず身をかわした紅い光。その一撃に半身を焼かれ、全身からは夥しい量の血が零れ落ちていた。
「…………はぁ、はぁ」
あの夜から、記憶が飛んでいる。今に至るまで何が起こったのか、何故今自分がこうしているのかが、まるで思い出せない。
だが、紅い光が放たれる寸前、
視界の隅に映ったのは、妙にうるさくて、馴れ馴れしくて、テンションの高い――外来人の少年の姿だった気がした。
「…………あ、ぅ」
突如、頭に激痛が走る。だがこれは、針による物理的なものではない。
まただ――。
思考にノイズのようなものが走り、記憶が上塗りされる。自分が自分じゃなくなっていく感覚。
いやだ、こわい。いや、だ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだいやだいやだいやだ。
「…………助け」
自然と、その言葉が漏れる。
だが、暗い竹林の奥。自分一人しかいない世界で、少女の声が誰かに届くはずもなく――。
カチ
〈了〉――第一章『異形郷襲来』
次回、番外編1、2