Re:ゼロカラアラガウ異形郷生活   作:カノンだよ

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番外編1『コンビニを出るとそこは幻想郷だった』

「――そこまでよ」

 

それは、異世界召喚一日目。

 

警戒心ゼロで歩き回り、開幕早々に捕食エンドを迎えかけたスバルの前に現れた幻想。少女を包む衣は、二色で彩られていた。燃えるような紅と、雪のように澄んだ白。

自分を喰らおうとした妖怪を一蹴した直後、その少女は、静かにこちらへと振り返る。

 

「……あなた、外来人ね?」

 

奇妙なものだ。雄大な自然、宙を舞う妖精、人喰い少女。この世界には、現実とはかけ離れた非日常がいくつも転がっていたはずなのに。

それでも、ナツキ・スバルが「異世界に来た」という実感を抱いたのは、

 

――彼女の、ただひとつの美しい姿に魅せられた。その瞬間からだったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は博麗霊夢。妖怪退治を生業にしているわ」

 

状況の急変に思考が追いつかずにいるスバルに向けて、彼女――博麗霊夢は、まず基本的な自己紹介から切り出した。その名乗りに対し、スバルは先ほどの人食い少女にやったときと同様、腰をひねるような妙なポーズを決めて返す。

 

「お、俺の名前はナツキ・スバル! 無知蒙昧にして天下無双の無一文!」

 

「ナツキスバルね、よろしく」

 

滑った。それどころか、受け止めすらされなかったという方が近い。彼女の反応は一切変わらず、まるでスルーの美学を体現するかのごとく自然だ。

今後、必要な場面が現れない限りは、この自己紹介を封印すると密かに決心する。

 

「ていうか、霊夢さんの名前ってめっちゃ日本人ぽいし、服装も……それ、巫女装束だよな?」

 

顎に手を添え、霊夢の服装を下から上へと改めて見つめる。

 

失礼だと自覚はあったが、それ以上に頭をよぎる「とある疑念」を無視できなかった。もし、それが正しければ――スバルが思い描いていた夢の世界観は、根底から覆される。

 

「もしかしてここって、日本だったりする?」

 

「だいたい合ってる」

 

「異世界召喚っていう前提が崩れたーーっ!?」

 

その瞬間、膝から力が抜けて崩れ落ちた。

チート主人公ルートを期待していたスバルにとっては、あまりにショックの大きい展開である。

 

「いや、まだだ。まだ諦めるには早すぎる!」

 

「あなた、一人でブツブツ何を言ってるのよ」

 

霊夢の呆れた視線も、今のスバルには届かない。

妖精や超常の力、複数のファンタジー要素は、確かにこの目で確認したのだ。ならば、ここが必ずしも異世界である必要はない。まだ挽回できる可能性は十二分にある。

 

「でも、ってことは転移系か? 元の世界と行ったり来たりできるって展開もワンチャン……」

 

「そのへんは話すと長くなるわね。立ち話もなんだし……とりあえず、うちの神社に来なさい」

 

霊夢の言葉に、スバルはこくりと頷く。巫女さんの拠点は、やはり神社のようだ。

 

「了解。……で、神社ってここからどのくらい?」

 

「そうね。ざっと四里くらいだったかしら」

 

「里……? えっと、一里が大体4キロくらいだから、16キロ……!?」

 

思わず声に出しそうになったのをぐっと堪え、小声で呟く。自主的に鍛えているとはいえ、現役の引きこもりには、少々過酷な距離だ。

だが、ここで音を上げるわけにはいかない。漢・ナツキスバル。女の子の前で見栄を張れと、偉大な父親に教わってきた。

 

「よ、よし、楽勝楽勝……!」

 

不自然な気合いを入れていたその時、不意に霊夢が一歩、また一歩とスバルに向かって距離を詰めてきた。

 

「え、ちょっ、なに? なんで急に近づいてくんの?」

 

スバルの困惑にも応えることなく、霊夢はぐんぐんと迫る。そして、目と鼻の先まで近づいたと思えば、

 

「じっとしてて」

 

「えっ、えっ、待って、心の準備が――」

 

場違いな発言を遮るように、霊夢の腕がスバルの背と膝の裏に回された。

 

「――へ?」

 

次の瞬間に訪れるのは、地が足を離れる浮遊感。

 

横向きになった体と眼前に迫る少女の顔。そして、背中と足を支える確かな感触。ようやくスバルは自分が「お姫様だっこ」の状態にあるのだと理解した。

 

「あのー、これはどういうことでしょうか?」

 

「どうって、私が運んだ方が早いんだし当然でしょ」

 

霊夢は心底不思議そうな顔で首を傾げる。

人喰い少女を吹き飛ばした力を目の当たりにした以上、理屈は理解できる。だが、合理性以外の側面を無視しすぎている気がしてならないのは、俺だけなのか。

 

「いや、その……流石にこれは恥ずかしいというか、男の子的にどうかと……って、待て待て待て!!」

 

スバルの抗議を完全に無視して、巫女はしれっと高度を上げていく。

見る見るうちに木々の頭が下に見えるようになり、ついには周囲の地形が俯瞰できるほどの高度に達した。

 

「高いっ! 高い高い高いって!!」

 

「うるさいわね。怖いならちゃんと掴まってなさい」

 

「つ、掴まるって……どこにだよ!」

 

軽くつかめる袖が存在しない薄着の巫女服を前に、スバルは勢いよく突っ込む。

全体的に布面積が薄く、下手に触れようものなら非常にまずい事故が起きてしまいそうだ。かといって、両手を宙ぶらりんにする度胸もない。

 

「…………じゃあ」

 

スバルは恐る恐る、霊夢の首に両腕を回す。なんだか余計に大胆な感じになった気もするが、これが一番安全なのは確かだ。

一応、ブチ切れたりドン引きされたりしていないかと霊夢の表情を覗き込むが、

 

「それでいいのね。じゃあ、飛ばすわよ!」

 

「……ここまで無反応だと、それはそれで傷つくんだけど」

 

 

 

 

 

2

 

 

 

 

 

「ほら、着いたわ」

 

「はえぇ……マジで一瞬だったな」

 

飛行を始めてから、ほんの数分。気がつけば二人は神社の境内らしき場所に降り立っていた。スバル一人を抱えての空中移動とは思えない速度だ。

 

「……博麗神社」

 

「そ、それがここの名前。覚えなくてもいいけど」

 

赤く大きな鳥居の中央に掲げられた「博麗神社」の文字。それを見上げ、スバルは自然と声に出す。

息を整える暇もなく、霊夢はさっさと神社の中へと入っていった。スバルも慌ててその後を追って襖を開ければ。そこには畳とちゃぶ台と、典型的な和室が広がっている。

 

「じゃあ、さっそくこの世界についての説明をしてあげる」

 

「おす、よろしくお願いします」

 

ちゃぶ台を挟んで座り込んだ二人。スバルが姿勢を整えたのを確認して、霊夢が淡々と語り始めた。

 

「ここは『幻想郷』。外の世界で存在を否定された人間や妖怪、その他もろもろが共存している辺境の地よ」

 

「……幻想郷、か。存在を否定、ってのはよく分からないけど……なんで俺がそんな場所に?」

 

「幻想郷は結界によって外界と隔離されてるけど、日本とは地続きにあるの。だから時々、あなたみたいな普通の人間がふらっと迷い込むことがあるってわけ」

 

「近所のコンビニからうっかり結界突破ってマジか」

 

次々に飛び込んでくる異世界風ワードの数々を、スバルは頭の中で必死に咀嚼する。

妖怪というのはさっきのフワフワ浮いてた少女だろう。その辺りは自前の知識でなんとか飲み込める。そして自分は、たまたま偶然その幻想郷という世界に迷い込んだ。つまり――

 

「やっぱり、選ばれし召喚者! って訳じゃないのね」

 

「何言ってるか分からないけど、外来人をこっちから招くことはないわね。元の世界にも直ぐに返してあげる」

 

その言葉に、スバルはひとつ大きく息を吐いた。

もちろん、元の世界に帰れるのは安心だ。自分には、ラノベ主人公のようにある日突然異世界で戦って冒険して、両親と永遠に離れるような覚悟はない。

 

――けれど、それはそれとして。

 

「――ちょっとは、いい機会だとも思ったんだけど」

 

ぽつりと漏らした言葉もまた、スバルの期待していた本音だ。

 

ダラダラと無益に、ゆるやかに死を待つような日常があるからこそ、人はファンタジー世界に、異世界に憧れる。

そして、それはスバルも同じだ。だからこそ、日帰り旅行になってしまうのは多少名残惜しくもあるが……。どこかで変わらなければいけないと、そう思わせてくれただけ、この世界には感謝しなければ。

 

「……うーん」

 

「霊夢さん? なんか変な声出てるけど?」

 

ふと、霊夢が明後日の空を見ながら首を傾げていた。何度か「おかしいわね」「どうしてかしら」とぼやきながら、色っぽく肩を揺らしていたが、

やがて、何かを諦めたようにスバルの方へ向き直る。

 

「あなたを元の世界に戻すには、「八雲紫」って奴が必要なんだけど……」

 

「その人がどうかしたのか?」

 

「本来なら呼んでなくても現れるような奴なのに、気配がしないのよ。いったいどこで油売ってるのやら」

 

そう呟いたあと、霊夢はひとつ肩をすくめる。それから、スバルの今後を決定づける重要事項を口にした。

 

 

 

「しょうがない。紫が出てくるまで――あなたの面倒は、私が見ることにするわ」

 

 

 

あまりの自然さと内容のギャップに、スバルの思考は一瞬フリーズする。

 

「どうしたの? 2,3日もたてば帰れると思うから、心配しなくていいわよ?」

 

「いや、そうじゃなくてだな……。俺は面倒見てもらわなくても、全然平気と言うか……」

 

「私が来なかったら食べられてた癖して何言ってるのよ。いいから大人しくここにいなさい」

 

頑な霊夢の態度にスバルは思わずたじろぐ。

面倒と言うと、無一文のスバルに、神社の住居や食料に関しての援助をしてくれるという事だろう。そこまでしてもらうのは流石に気が引ける。

だが、スバルの貧弱さに対する至極まっとうな分析に対しては、返せる言葉が何もなく……、

 

「……じゃあ、お言葉に甘えて。お願いします」

 

「分かればいいのよ」

 

そう言って、申し訳なさそうにしながら、おずおずと頭を下げる。

 

「ほんと、何から何まで世話になっちゃって、悪いな」

 

「気にしないで。妖怪退治も外来人の保護も、私の仕事ってだけだから」

 

「……とは言ってもなぁ」

 

仕事だからと片づけられても、スバルの中にある申し訳なさは消えなかった。何か、自分にできることはないか――そう思って頭をフル回転させたスバルは、やがて一つの結論に行きつく。

 

「じゃあ、お礼になるかは分かんないけど……。せめて、家事の手伝いくらいさせてくれ!」

 

人差し指を霊夢に向けてピシッと突き出し、堂々と言い放つ。

 

ぱっと見たところ、この神社には霊夢以外の人影は見当たらない。ならば、掃除も炊事も全部一人でこなしている可能性が高い。だとしたら、自分が役立てるポイントはそこにある。

 

霊夢は少しだけ顎に手を当てて考え込むような素振りを見せた後で、

 

「まあ、やってくれると言うなら、お願いしようかしら」

 

「よっしゃあ、助かる!!」

 

スバルの提案をあっさり受け入れてくれた霊夢に、大げさなほどのガッツポーズを取ってみせる。その姿を見た霊夢は、どこかあきれたような、それでいて少し微笑ましげな視線を向けた。

 

「それじゃ、よろしく頼むぜ、霊夢さん」

 

「……さっきから気になってたんだけど、その「さん」付けやめて。堅苦しいのは好きじゃないの」

 

「お、おう、了解。それじゃあよろしくな、霊夢!」

 

「ええ、よろしく、スバル」

 

差し出したスバルの右手を、霊夢が静かに握り返してくれた。

 

内心、スバルの胸は高鳴っていた。引きこもりの日々から一転。数日間とはいえ、美少女の巫女さんと異世界神社で同居生活。こんなイベントに胸が踊らない男の子がいるなら、ぜひ顔を拝んでみたい。

 

だが、このときのスバルは、まだ知らなかった。

 

自分の家事能力が思っている以上にポンコツであることを。

「二、三日で帰れる」と言われた滞在が、結局一か月を越える長旅になることを。

仕事だからとか言っていた少女の行動が、結局ただの優しさから来ていたことを。

そして、これからの一か月が――想像以上に、かけがえのない時間になることを。

 

――これが、ナツキ・スバルの幻想郷での最初の一日。そして、博麗霊夢との、最初の出会いだ。

 




という訳で、唐突に挟まれました。異形郷が襲来するまでの一か月。スバルの平和な幻想郷での日々を描く番外編。
今後も本編の重苦しさに筆者が耐えられなくなる度に追加されていきます。
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