Re:ゼロカラアラガウ異形郷生活   作:カノンだよ

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第二章2『紅魔館、無駄に広くね』

「……ここ、どこ?」

 

見渡す限り同じ景色が続く紅魔館の廊下で、スバルは呆然と立ち尽くす。

 

どこまで歩いても終わりが見えない。なんなら戻る道すら分からない。もはや、無限ループに放り込まれたかのような錯覚すら覚える。

 

「どうしてこうなった、って、完全に俺のせいだな」

 

こうなった経緯を説明するには、少し時間を撒き戻さなくてはならない――。

 

 

 

 

 

「じゃあ、私はもう行くから」

 

「おう、本当色々助かったわ」

 

簡単な診察と食事の世話を終えた咲夜が、器を手に席を立つ。その背を見送りながら、スバルはふと思い出したように声をかけた。

 

「あ、そうだ。俺の右手、直してくれた人って誰なの?」

 

「……どうして?」

 

「いや、そりゃ普通に命の恩人だし。お礼言っときたいと思って」

 

咲夜は数秒、考え込むように顎に手を当てていたが、やがて、

 

「――パチュリー・ノーレッジ様よ。お礼なんて興味ない人だから、別に言わなくていいと思うけれど」

 

こちらを振り返ることもなく、淡々とそう告げた。

彼女はその言葉を最後に、スバルの返事も聞くことなく、

 

カチリ――。

 

懐中時計の音と共に、その場から姿を消す。唐突にそこにいた者が消える現象を目の当たりにしたスバルは、ぽかんと口を開けたまま、彼女がいた場所を眺めていた。

 

「……ビビった。これが咲夜の能力ってやつか」

 

時間を操る程度の能力――紅魔館までの道中、咲夜が何度か使っていたあの不思議な力だ。

 

日常生活でさらっと消費されるチート能力に感心しながら、部屋の隅に置かれたジャージへと袖を通す。そしてそのまま、部屋の外に続く扉へと手をかけた。

 

「やべ、そういやパチュリーさん? のこと、結局何も聞いてねえや」

 

名前は覚えたが、容姿も性別も年齢も分からない。咲夜に『様』づけされてる辺り、紅魔館においても位の高い人物であると推測できるが、

 

「まあいいか。手がかりは足で探すのが俺流だし」

 

引きこもりながらに一丁前に流儀を語って気合いを入れる。

 

そして扉を開け――紅魔館の廊下へと、記念すべき一歩を踏み出した。

 

部屋の外に広がっていたのは、壁も床も赤色を基調に統一された、やけに豪華な回廊。左右、どちらを見ても果てが見えないほどに通路が伸びており、どこか不気味さを感じてしまう。

 

「豪邸ってレベルじゃねえ……広すぎて逆に怖えよ」

 

靴越しに柔らかいカーペットの感触を受けながら、スバルは静まり返った廊下を慎重に進む。

計画では、廊下に出れば使用人とかの誰かしらがいて、軽くパチュリーさんの特徴とか居場所とかを聞けるはずだった。だが、現実は非情である。

 

廊下に人影はなく、聞こえるのは自分の足音だけ。そこからは、人を探して三千里。山こそないが、赤い壁と天井に囲まれた迷宮のような回廊を、当てもなく歩き続ける羽目になった。

 

長い長い廊下と無数の分かれ道、位置感覚を狂わせる似通った内装と無数の扉。

 

「…………うん、迷った」

 

――スバルが自分の現在地を完全に見失うまでに、そう時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

館内を彷徨い続けること、早数十分。

 

流石に足取りも重くなり、軽率すぎる自分への後悔と、注意喚起の一つもくれなかった咲夜への理不尽な不満が半々で胸に積もり始めた――そんな時だ。

 

「……ん?」

 

ピタリと足をとめ、ふと感じた違和感に耳を澄ます。通路の奥、いくつか先の扉の向こうから、くぐもった話し声が聞こえてきたのだ。

 

「おお……これはやっと、やっと誰かいた!」

 

久々に感じた人の気配。実のところ、部屋を出てからそう時間は立っていないのだが、館内で遭難した気分になっていたスバルにとっては、――砂漠の中のオアシス。乾ききった心にしみわたる一滴の希望だ。

 

心の中では派手なファンファーレが鳴り響く。誰に見せるでもなく、スバルは満面の笑みを浮かべながら、大げさにガッツポーズを決めた。

 

「人生なるようになるって、賢一も言ってたもんな。いやー結果オーライ!」

 

ちなみに「賢一」とは、スバルの父の名前だ。アドバイスのようで、適当に生きるを是とする。実にスバルの父親らしい発言である。

声のする方へと足を進めるスバルの歩調は軽い。近づくにつれて、確かに聞こえる声のボリュームも大きくなっていく。だが、問題はここからだ。

 

「さて……無数の扉の中から、正解を引くにはどうするか」

 

ドアを近い間隔で並んでいるせいで、どれが正解なのか分からない。

普通なら丁寧に全部調べて、イベントを踏破した上で正解にたどり着くのが定石だが、生憎今のスバルにそんな余裕はない。普通に人の家の扉を見境なく開けるのもどうかと思うし。

 

「よし、こういう時は勘だな。俺はゲーム制作者泣かせで有名な男だぜ」

 

心の中で己のゲーム脳に全リソースを振り分け、迷いなく一つの扉の前に立つ。

 

「ここだぁ!」

 

そして、勢いよく取っ手に手をかけ、スバルは扉を押し開けた――。

 

 

 

「…………え」

 

次に訪れたのは、歓喜ではなく驚愕だ。スバルは目の前の光景に思わず固まってしまったのだが、それも無理はない。

 

確かに、人はいた。だがそれは、一人や二人なんてものじゃなかったのだ。目の前に広がるのは、先ほどまでの静寂とは真逆の世界。

広々としたホールのような空間、天井も高く、どこかパーティー会場を思わせるその場所には――ざっとみても数十人。いや、百人を超えているかもしれない。

 

羽の生えた妖精達が飛び交い、ケモ耳の少女たちが談笑し、四足歩行の獣たちが食事を嗜み、思い思いに過ごしていた。

 

「……どういう状況?」

 

ぽつりと漏らしたスバルの言葉も、周囲の雑踏に飲み込まれていく。

 

「誰かに会いたいとは言ったけど、想像の数十倍の規模で出てきたな。……これ、一体何の集まりだ?」

 

思わず頭を抱えながらも、スバルはホールに一歩足を踏み入れる。何の集まりかは分からずとも、これだけ大勢いるなら咲夜や魔理沙もいるかもしれない。そういった希望的観測からだ。

 

「ていうかこの広さなら、たぶんどの扉からでも繋がってたじゃん。さっき悩んだ意味よ」

 

ざわつくホール内を縫うように歩いていると、スバルは周囲の視線をひしひしと感じた。服装でも種族でも、この場で明らかに浮いている自覚はある。妖怪や妖精たちは一定の距離を保ちながら、好奇と警戒の入り混じった視線をこちらに向けていた。

 

――なんというか、下級生の教室に間違えて入っちゃった上級生の気分。そもそも登校すらしてなかったけど。

 

スバルは肩をすぼめ、心細さに押しつぶされそうになりながら奥へと進んでいく、すると。

 

「あ、さっきのお兄さんだ!」

 

賑やかな空間の中で響いた、よく通る声。スバルの方に向かって、小さな影がぱたぱたと駆けてくる。その影に顔を向け、スバルは目を瞬かせた。

 

「ん、って――おお! 野兎の子!」

 

それは、つい先ほど咲夜と共にスバルの元に訪れ、助けてくれたことへのお礼を伝えてくれた野兎の少女、その内の一人だった。

彼女は嬉しそうに駆け寄ってきて、勢いよくスバルに飛びつく。スバルは軽くバランスを取りながらも、笑みを浮かべてその小さな体を受け止めた。

 

「いや~知ってる顔がいてマジ助かった。心細すぎて、あと五分で死ぬとこだったかも」

 

「えへへ~」

 

感謝の気持ちを込めて頭を撫でると、少女はくすぐったそうに笑って頬を緩ませた。この子とはあの後軽く会話しただけなのだが、これほどなついてくれるとは思わなかった。

子供をあやす才能でも開花したのかとスバルは苦笑する。

 

「ところで聞きたいんだけど、ここって何の集まりなの?」

 

「んーとね、ここにいるのは紅魔館に逃げてきた妖精さんとか妖怪さんたちなんだよ。それで、ここの妖精メイドさんたちが色々とお世話してくれてるの」

 

「……なるほど、避難所みたいなもんか」

 

スバルは周囲を見渡しながら納得したように相槌を打つ。確かに、大勢の中に混じって咲夜と同じようなメイド服を着た妖精達が、食器を運んだり、怪我人の手当てをしたりとせわしなく動き回っているのが見て取れた。

 

「廊下に全然メイドがいなかったのも、ここに人数割いてたからってことね」

 

先ほど館内で遭難しかけたことも含めて、スバルはようやく状況を呑み込む。そして、全貌が見えた今、周囲の光景も少し違って見えた。

 

自分が救った、などと驕ったことを言うつもりはない。けど、楽しそうに談笑している彼らを見ると、どうしても思わざるを得ないのだ。

 

――ああ、生きていてくれて、本当に良かった、と。

 

「お兄さん?」

 

「……何でもない。俺、そういえばやらなきゃいけないことがあったわ。教えてくれてありがとな」

 

「…………あ」

 

そう言って少女の頭から手を離すと、名残惜しそうな声を漏らした。中々に後ろ髪を引かれる可愛さをしているが、本来の目的を思い出したのだ。

――パチュリー・ノーレッジ。そこらにいる妖精メイドさんに聞けば、彼女の居場所も分かるだろう。

 

喧騒の中をかき分けて、一歩一歩前へと進む。手の空いていそうな一人のメイドさん――緑髪の少女にあたりを付けて、声をかけようとした、

 

「……あの、すいませ」

 

――そのときだった。

 

 

 

バゴォンッ――!!

 

「!?」

 

耳を劈く衝撃音が、スバルの言葉を遮った。

 

何かが爆ぜた、空間を裂くような破裂音。空気が震え地面が揺れる。突如として飛び込んできた衝撃に、スバルや周囲にいた者たちは皆、その場で尻餅をつく。

 

「おわっ!!」

 

さっきまでの喧騒が嘘かのように、一瞬にして静まり返る室内。

その中で何か、エンジン音のようなものが響いている。状況を呑み込めず、半ば反射的に音のした方向へと顔を向ける。その先に広がっていたのは――あり得ない光景だった。

 

「な――!?」

 

部屋の壁の一角が、まるで爆破されたかのように吹き飛んでいる。レンガと木材の交じった瓦礫が周囲に散らばり、部屋と繋がった廊下からツメタ風が吹き込んでいた。

そして、瓦礫の山。その下敷きになって動かなくなっている――複数の影。

 

スバルの思考が凍り付く中、視線の先、崩れた穴の奥に何かが立っていることに気が付く。

 

「…………タイ、ヤ?」

 

それは、タイヤだった。比喩でもなんでもなく、車についている車輪だ。

直径はスバルの慎重より少し大きいくらい。それが縦向きに立ち上がり、ひとりでに自立している。そして奇妙なことに、車輪の側面には、人のような『顔』がついていた。

 

笑ってもいない。怒ってもいない。只々、血走った両目を見開き、裂けたような口を横に広げた、不気味な顔。

 

「は……? だって、ここは……」

 

ここは、紅魔館の中。外とは違い安全だと、勝手にそう思っていた。

 

タイヤの表面がうねるように震え、キュルルと音を立てながら回転を始める。まるでエンジンの唸りのような音が、冷えた空気を切り裂く。誰もが声を失い、動けずにいる中。この場に響きわたるは、狂ったように加速する回転音唯一つ。

 

 

 

――悲鳴の、一歩手前。闇の奥から現れた新たな異形が、静かに牙をむいた。

 




居眠り門番、やらかす
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