Re:ゼロカラアラガウ異形郷生活   作:カノンだよ

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第二章4『引きこもり&引きこもり』

「――――!!」

 

自分の絶叫で意識を取り戻すというのは、なんとも心臓に悪い経験だ。

 

「……手も、体も……ある、よな」

 

掌で体や頬を触る。手、腕、胸、足。どこにも欠損はない。あるのは、自分が死んだのだという実感だけ。

ほんの僅かな時間だったはずだ。それでも、全身を粉みじんに削られた感覚は、スバルに深い喪失感を残していた。

 

「また死に戻りしたのか? でも、ここは……」

 

頭に浮かんだ疑問に応えるように辺りをを見渡す。

スカスカの布団ではなく、広く柔らかいベッド。周囲を囲むのは神社の和室ではなく、赤色で統一された空間だ。

 

――つまり、前回までとは『死に戻り』の地点が異なる、ということになる。

 

「……いや、今考えるべきはそこじゃない。あいつは、どこから現れたんだ?」

 

突如紅魔館を襲撃し、大勢をミンチにしたタイヤ。その出所を探るべく部屋の窓から外を見渡し、――その真相は明らかとなった。

 

「――――」

 

視界に飛び込んできたのは、紅魔館正面に広がる湖と、水面に反射して揺れる黒い影。

 

影を追って視線を上げれば――そこにいたのは、これまた幻想郷には場違いな存在だった。

鋭く光る金属製のボディ。無駄を削ぎ落した、小鳥のようなフォルム。スバルが現代日本で見慣れた『戦闘機』そのものが、こちらに向かって飛来している。

 

戦闘機のハッチが開き、そこから二つの物体が湖に向かって落とされるのが見えた。物体は水面を割り、深く沈んだかと思うと――次の瞬間、けたたましいエンジン音を響かせ、水柱を上げ湖から飛び出してきた。

 

まだかなりの距離。遠目にぼんやりとしか見えないが、あの音と姿はおそらく、

 

「――ッ、なんでもありかよ異形郷!」

 

安定の理不尽と猶予のなさに、部屋の机を強く叩く。

 

叩いたテーブルに置かれているのは、水の入ったグラスや、完食された軽食の食器たち。スバルが戻ってきたタイミングは、紅魔館に来た直後ではなく、咲夜が看病を終えて部屋を離れた後ということだ。

 

今から本気で探せば、誰かしらに助けを求められるだろうか?

 

いや、さっきあれだけの騒ぎを起こして誰も来なかったのだ。

近くに誰もいないか、紅魔館の他の場所でも手の離せない事態が起きているのか。なんにせよ、助力は見込めないと考えるべきだろう。

 

妖精メイド達も、今は避難所に集中している。スバルの声がかき消えるほどの喧騒。彼らは誰一人として、異形の接近に気が付けない。そしてあの地獄が、再び――、

 

「…………ふぅ」

 

大きく息を吐き、拳を握る。それは不格好ながらも固めた、覚悟の表れだ。

 

「腹をくくれ、分かってんだろナツキ・スバル。俺一人で、やるしかねぇんだ」

 

策自体は、さっきの戦いの最中で思いついている。問題は、自分が誰の助けも借りずに、最後までやり遂げられるかどうかだ。

 

スバルは息を整えながら、テーブルに置かれた水入りの瓶に目を向ける。そして、来る敵に備え、早速準備に取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

低くうなるようなエンジン音が紅魔館に響く。迷路のように入り組んだ廊下を、異形は迷うことなく直進していた。

目的は単純。見つけた命を、見境なくひき殺していくこと。館の奥、より多くの命の気配を感じる方角を目指し、床を焦がしながら前進する。

 

だが、その最中。視界の端に、一つの動く影が飛び込んだ。

 

「……よぉ、おいでなすったな、タイヤ野郎」

 

その影は、黒と橙を基調としたジャージ姿をしている。廊下のど真ん中、自身の進路をふさぐように仁王立ちで立っていた。

 

「なんだよその顔、歪みすぎてて笑えねえぞ? あーでも安心しろ。俺がお前の面思いっきり叩きつけて、すぐに矯正してやっからな!!」

 

声を張り上げ、手招きしながら、廊下の奥へと駆け出す。

スバルの挑発が聞いたのか否か、タイヤの目がギョロリと動き、標的を正面の影へと変更。甲高い音を上げながらホイールを回転させた。

 

「――ふぅ、集中!」

 

意識を研ぎ澄まし、背後に迫る殺意を感じ取る。巨大な弾丸と化したタイヤは、一発即死の勢いで、すぐさま距離を詰めてくる。

 

やり方は前回と同じだ。

直線的な軌道で迫るタイヤをギリギリまで引き付け、寸前で横に飛んで躱す。初撃は見事に回避し、すぐ横を通過する風切り音を感じながら、再び走り出した。

 

狙いは、予め用意しておいたポイントへの誘導。

 

やはり敵は思考力に乏しく、どれだけ不自然に逃げ回っても、何の疑いもなくスバルの背を追ってきてくれた。

 

「……よし、ここだ」

 

幾度も突進を避けながら走り続け、たどり着いたのは一本の通路。

 

その先は紅魔館の外に面した窓と壁があるだけの行き止まりだ。一見すれば、上手いこと追い詰められた袋小路。逃げ場のない死地に、自ら飛び込んだようなもの。

スバルは奥まで駆け抜けると、勢いよく反転。壁を背に、肩で息をしながら正面を見据えた。

 

「…………きやがれ」

 

覚悟を決めたその目の先に、異形の姿はない。

 

静寂が通路に満ちる。追ってきていたはずの気配は、どこにもない。自分の荒い呼吸の音だけが、やけに大きく鼓膜を刺激している。

知っているとも。逃げ切ったわけでも、飽きられたわけでもない。奴は能無しを装い、こっちの油断を誘い、そして――、

 

『――ブウウウゥゥンッ!!』

 

爆音と共に異形が姿を現したのは、通路正面ではなかった。スバルの真横、壁を破り、目と鼻の先から飛び出してくる。

反応ではどうにもならない、狙いすまされた一撃。

 

「それはもう知ってんだよ、タイヤ野郎!!」

 

その恐ろしさを文字通り身をもって知っているスバルは、予めの予測で、体を捻って突進をかわす。

異形は突っ込んだ勢いそのままに、スバル背後の窓に激突。壁が崩れ、少し夕焼けに染まった空にパッと視界が広がった。

 

壁を半壊させながらも、タイヤは外に落ちる寸前で踏みとどまって、スバルの方へと向き直る。ギョロリとした眼光に殺意をにじませ、再度突進すべくホイールを激しく回転させるが――そこでようやく、異変に気付いた。

 

「!?」

 

「はっ、そんなとこに顔ついてっから、足元がお留守になんだ!」

 

幾度回転しようとも、ホイールはその場で空回りを続ける。

原因は壁際の床にたっぷりと注がれた液体だ。スバルがあらかじめ撒いておいた、咲夜の残した飲料水。それがタイヤを濡らし、摩擦を奪っている。

 

「ハイドロ、なんだっけ。ま、そんだけビショビショなら、スリップもするだろ。いやー、ようやく現代知識無双っぽいことできた。……てなわけで」

 

苛立ちで身じろぎする異形を前に、勝ち誇った笑みを浮かべる。

とはいえ、動けない時間はほんの一瞬だ。タイヤがもがきながら必死に回転を続ける、その僅かな隙をつくように、

 

「菜月家相伝、ドロップキックを喰らいやがれっ!!」

 

体ごと宙に投げた、渾身の飛び蹴りを叩きこんだ。

 

椅子で殴られても身じろぎ一つしないタイヤには、本来あまりにも貧弱な一撃。だが、摩擦を失い踏ん張れないタイヤの体は、衝撃で僅かに仰け反り、

 

――崩れた壁から、紅魔館の外へと放り出されていった。

 

 

 

「…………はぁ、きっつい」

 

異形が確かに落下していったのを見届けて、スバルはその場で腰を下ろす。

目測で高さは10メートルほど。あの重量で自由落下をすれば、まともに着地などできるはずもない。如何にあれが頑丈でも、流石にくたばってくれるだろう。

 

「さて、これからどうするか」

 

その場で座り込んで、次なる行動を思案する。

 

紅魔館への侵入者。その脅威に対しては、死に戻りを駆使し、高そうな壁に大穴が開くという被害だけで対処できた。

だが、今回起きたという事は、また同じように敵が入ってくる可能性も十二分にあるのだ。となると、とりあえず俺がやるべきことは、レミリア達への状況報告だろうか。

 

「……でも、なんか、大事なこと見落としてる気が」

 

胸の奥に残る突っかかりは、壁を壊したり床をびしょ濡れにしたことを怒られそうとか、そういう些事ではない。何かもっと、絶対に見落としてはならない点を見落としているような焦燥感に襲われている。

 

「……分からねえ。けど、とりあえずレミリア達と合流を」

 

体についた埃を払って、ゆっくりと立ち上がる。そのままみんなの場所を目指そうと歩き始めた――そのときだった。

 

 

 

『――ブウウウゥゥンッ』

 

「――――」

 

スバルの耳に、忌々しいエンジン音が響いたのは。

 

音は後方、先ほど奴を突き落とした壁の向こう側からだ。

その場で振り返って後ろを向くが、そこにあるのは崩れた壁と空の景色のみ。だが、音は徐々に大きくなり、やがて、

 

――壁の向こう側から、倒したはずのタイヤの異形が、再び姿を現した。

 

「…………は」

 

意味が、分からなかった。

 

何の取っ掛かりもない垂直の壁を、走って上ってきたというのか。いや、違う。重要なのはそこじゃない。

あの高さから落下したはずの巨体には、かすり傷一つついていない。つまり、スバルがこいつにダメージを与える手段など、もう、

 

「畜生! いい加減、しつけえぞ……ッ」

 

悪態をつくスバルの声に、先ほどまでの活力はない。

 

純粋に体力を消耗したのもそうだが、希望を失うことは、人の足をどこまでも重くする。

だが、目の前の異形は、スバルの元気が戻るまで待つほど、知性も情も持ち合わせてはいない。――乾ききったホイールが、再び摩擦を生み始めた。

 

スバルも諦めんと重たい脚を再び持ち上げようとするが、それよりも早く異形の方が動いた。まるで傲りを捨てたように、先ほどまでより数段速い突進が繰り出される。

 

そして、スバルの目と鼻の先に巨体が迫り、再びその体を引き肉へと変えようとした――が、

 

 

 

 

 

 

 

「なーんだ、人違いかぁ」

 

「!?」

 

――ギュッとして、ドカン。

 

突如、少女の声と同時に、眼前まで迫った異形の体が爆ぜた。

 

体内に爆薬が入っていたかのように内側から全身が膨らみ、肉片と鮮血が周囲に飛び散る。

顔にかかる体液に目を瞑り、同時になった爆音にも耳を抑え、スバルは体を小さく縮こまらせた。

 

何が起こったのか。しばらくたって、状況の変化に脳が遅れて追いついたところで、訳も分からないままに――少女の声がした後ろの方向へと目を向けた。

 

 

 

「……お兄さん、大丈夫?」

 

そこにいたのは、心配そうな表情でこちらを覗き込む一人の少女。

金髪の髪を揺らし、もえるような真っ赤な瞳でこちらを見据える少女は、人形のように整った顔立ちをしていた。

けど、スバルはどの要素よりも、ある一点の特徴に意識を惹かれる。何故なら、

 

「――レミリア、か?」

 

――何故ならその少女の容姿は、スバルのよく知る『レミリア・スカーレット』と、瓜二つだったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それはお姉さまの方。私は妹の『フランドール・スカーレット』だよ」

 

「いも、うと……」

 

スバルの勘違い、それを少女は満面の笑みで訂正する。

 

妹。その言葉を口の中で反芻する中、スバルはようやく自身が窮地を脱したのだと実感を得た。それも恐らく、この少女――フランドール・スカーレットのおかげでだ。

 

「あ、ああ。間違えて悪かった。それと、助けてくれてありがとう」

 

「別にいいよ。こいしちゃんが来たのかもって、勘違いしただけだから」

 

「……じゃあ、そのこいしちゃんって子にも感謝だな」

 

そう言いながら、スバルはフランが差し出してくれた手を握って立ち上がる。その矢先、ぬるり、と掌を覆う嫌な感触が走った。

 

「……っ、う」

 

思わず手を引き、視線を落とす。

 

それは、タイヤから零れた血飛沫と肉片。如何なる原理でか、フランドールがスバルを救った一撃。その余波で飛び散ったものが、今の握手で彼女の手にも付着してしまったことに気づく。

 

「お兄さん大丈夫? 気持ち悪いの?」

 

「だ、大丈夫……。それより、手汚しちゃったな。えっと、俺の手布で――」

 

「ん? ああ、平気だよ。このくらい」

 

スバルが慌てて手布を取り出すと、その手はフランによってそっと振り払われ、そして――、

 

「~♫」

 

――彼女は嬉しそうに微笑んだまま、手に付いたそれを迷いなく口元へ運んだ。

 

「――――」

 

少し浴びただけでも気持ち悪くなってしまった、むせ返るような匂いの鮮血。それを一滴も残さないとばかりに、フランは自身の掌を丁寧に舐めとっていく。

妖艶さをも感じさせる異様な光景に、スバルは一瞬固まるが、よく考えればそう不自然なことではないと納得できた。

 

レミリアの妹。彼女も同じ吸血鬼ならば、血を飲む行為に何もおかしな点はないだろう。そう、頭では分かっているのだが――、

 

「あ、そうだ! 聞いてよお兄さん! パチュリーったら酷いんだよ!」

 

「…………え?」

 

「私はただ外に出たいって言ってるだけなのに、全然聞いてくれないの!」

 

突如、スバルの思考を遮るように、脈絡のない愚痴を吐くフランドール。

先ほどの妖艶さとは一転、知人の不平を語る口調は軽やかで、これまた血の匂いが充満する部屋では酷く場違いだ。

 

「もう脱走しようと思ってるんだけど、魔法で雨を降らされるのよね」

 

けど、訳が分からずとも、その言葉の中には、聞き逃せないワードがあった。

 

「――って、待て! 今は外に出ちゃダメだ!」

 

「……どうして?」

 

「今、外には危ない奴らがうじゃうじゃいるんだよ!」

 

異形郷の襲来、今やどこも安全である保障がないこの幻想郷で、外に出ることはあり得ない。

フランドールは異形郷について知らないのか。こんな重要な事態を、レミリアはまだ妹に知らせていないのだろうか。

 

胸の奥で、嫌な感覚が広がる。やっぱり、紅魔館の他の場所でも何かが――、

 

「――――あ」

 

その瞬間、スバルは先ほどから感じていた違和感の正体をようやく掴んだ。

 

窓から見えた黒い戦闘機。そいつのハッチから投下された影は『二つ』あったのだ。つまり、ここで倒すことが出来たのは片割れに過ぎない。じゃあもう一体は――、

 

「ッ、馬鹿か俺は!」

 

考えをまとめるより早く、立ち上がって走り出す。

スバルの突然の行動にフランは「えっ」と目を見開き、その背へ手を伸ばした。

 

「ねぇ、なんで外に出ちゃいけないの! 外に何がいるの!!」

 

「悪い、後で説明する! 今はそこにいてくれ! 絶対に外へ出ようとするな!」

 

「あ、待ってよ!」

 

必死の呼びかけも虚しく、スバルは振り返るらずに通路の先へと消えていった。

残されたフランは、宙に伸ばした手をゆっくりとおろし、自身の掌を見つめる。

 

 

 

「……お兄さんも、パチュリーと同じなんだね。私が怖いんだ」

 

外に出てはいけない理由――肝心な部分は、はぐらかされた。きっと「外が危ない」なんて嘘だ。

彼も紅魔館の使用人なら、他の皆と同じように私を外へ出すなと言われているのだろう。さっき話しているときも、ちゃんと感じたから。

 

――私に向けられた、ほんの僅かな恐怖を。

 

やはり、この館に私の味方はいない。いや、この世界のどこにも、『それ』は二人といないのかもしれない。

 

「私を理解してくれるのは、こいしちゃんだけ」

 

ふと顔を上げると、紅魔館の壁に大穴が開いていた。その光景に、フランの瞳がぱっと輝く。

 

本来、私一人での脱走はほぼ不可能だ。

紅魔館の外壁には、パチュリーの防護結界が隙間なく張り巡らされている。破ろうと思えば破れなくはないが、その間に察知され、魔法の豪雨でも降らされるのがオチ。

 

けれど、今私の目の前では、如何なる方法でか結界ごと壁が壊されている。雨も降っていない。

――なら、答えは決まっている。

 

「こいしちゃんと会ったら、何して遊ぼうかしら♪」

 

大きく翼を広げたフランは、迷いなく外の世界へ飛び立つ。夕暮れであれば、短時間の日光はきにならない。

 

それよりも――数百年ぶりに吸い込む外の空気が、胸を満たすほど心地よかったのだから。

 




【本日の異形解説】
・異形静葉/異形穣子
顔のついたタイヤ。初出は「美鈴編1」たぶんクルクル回るという共通点からこんなデザインにされたのだと思われる。
ただ高速で突っ込むだけなので大したことないと思いきや……実はとんでもないギミックが仕込まれており、作中トップクラスの凶悪さを誇っている。皆のトラウマ。

・異形ニトリ
戦闘機。初出は「魔理沙編1」。機体に『NITORI』と書いてあるだけの無機物。幻想郷各地に異形郷を送り込む役割を担っている。
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