Re:ゼロカラアラガウ異形郷生活   作:カノンだよ

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第二章6『495年の忘れ形見』

――四月二十七日、夕刻。

 

紅魔館は車輪を模した二体の異形によって襲撃を受けた。

侵入からおよそ二十分。異形の片方はフランドール・スカーレットに。もう片方はパチュリー・ノーレッジ及びその使い魔によって、迅速に処理された。被害は館内の一部と魔法障壁の損傷。そしてパチュリーの管理する大図書館。

 

しかし、誰も知らない一人の少年の命がけの奮闘により、死者は一人も出なかった。

 

「――以上が、今回の顛末よ」

 

紅魔館党首――レミリア・スカーレットの声が、部屋に響く。

 

襲撃から間もなく、館内の主要な面々は、館内の一室に集められた。

今この場に見えるのは、レミリアや咲夜、その他スバルの知らない数名の女性と、複製の妖精メイド達。その端でひっそりと立っているスバルは、情報提供のためのおまけだ。

 

すると、一人の女性が手を上げ、申し訳なさそうに口を開く。

 

「私のせいです。門を見張っていたのに、侵入を防げませんでした」

 

腰まで届く深紅の兆月に、華麗という言葉が似あう美しい顔立ちのお姉さん。額の帽子には『龍』の文字が書かれ、スリットつきのスカートはどこか中国の民族衣装を連想させる。

 

「気にしないで美鈴。敵を皆に任せた時点で私も同罪よ」

 

「そんな! お嬢様は傷を癒してられたのですから何も悪くありません!」

 

「そうね。私が言いたいのは……今は自分を責めているときじゃないってことよ」

 

「……はい、失礼しました」

 

美鈴、そう呼ばれた女性は優しい目でそう諭すレミリアを前に、それ以上何も言えずに引き下がった。

 

「なにせ今は、反省会よりも優先すべき重要事項があるもの」

 

直後、即座に鋭くなった彼女の視線に場の空気が引き締まる。そして、レミリアは宣言通り、決定的な言葉を口にした。

 

「今回の襲撃に乗じて、フランドール・スカーレットが脱走したわ」

 

「――――」

 

「門の修繕に当たっていたメイドからの報告よ。侵入者によって外壁が壊され、パチュリーもそいつの相手で手一杯だった。そのせいで対応が遅れ……フランは今、おそらく例の(さとり)妖怪に会うため、妖怪の山へと向かっている」

 

淡々と告げられる事実が、場にいる面々の動揺を誘う。

そして、この場で唯一、紅魔館と関係のないスバルまでもが、心中穏やかではいられなかった。理由はきっと、皆とは違うものだが。

 

「フランドールって、まさか」

 

「どうかしたの? ナツキスバル」

 

「い、いや……」

 

こちらの動揺を気取り、レミリアがスバルの顔を覗き込む。

もし。もし嫌な予感が当たっているのなら、フランが脱走したのは間違いなく――スバルが彼女と話をした直後だ。思い返せば会話の最中、フランはずっと外に出たがっていた。異形の脅威に気を取られ、彼女の話をろくに気が無かったのは自分だ。

 

もし、それが現状を招いた原因の一端なのだとしたら。

 

「既に何人かは知ってると思うけど、今幻想郷は危険な化け物で溢れかえってる。フランのことも一刻も早く連れ戻さなくちゃいけない。……そこで、三人ほどフランを追う役目を募ろうと思ってる。出来れば、立候補してほしいのだけど」

 

「あ、だったら私が行きます! 妹様を放ってはおけません!」

 

「では私も行きましょう。パチュリー様はお休みになられましたし、紅美鈴一人に任せるのは不安です」

 

先んじて手を挙げたのは、先ほど美鈴と呼ばれていた少女と小悪魔の二名だ。小悪魔は倒れたパチュリーの看病に当たっていると思っていたが、招集には応じたらしい。

 

「お嬢様、それでしたらあと一人は私が」

 

「いや、咲夜は他のメイドをまとめて、館の守りに尽力して頂戴。それより……」

 

最後の候補者として名乗りを挙げた咲夜を、レミリアは手で制する。直後、レミリアは吟味するように部屋を見渡し、次に彼女がさした指の先に、一同の視線は集中した。

 

そこには部屋の隅で、邪魔にならないように必死に気配を消していただけの、明らかにこの場で浮いている少年が一人。

 

「ナツキ・スバル。あなたにお願いしようかしら」

 

「……これ、立候補じゃなくね?」

 

「うるさい」

 

こうして、フラン連れ戻し作戦のメンバーは決定された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんで俺なんだよ!」

 

「博麗神社で協力してあげた恩を忘れたのかしら?」

 

スバルの第一声にレミリアの目が笑ったまま黒くなり、それ以上言葉を続けられずに口をつぐんだ。

今いる場所は先ほど話し合いをしていた部屋ともまた違う、個人用と分かる狭い部屋。出発を渋っていたスバルがレミリア直々に呼び出され、一対一で向き合っているのが現状だ。

 

「いや、そうじゃなくて。行くこと自体はこの際いいとしても、単純に理由が気になる。俺以外に、もっといい人材がいるはずだろ?」

 

スバルの疑問は、至極当然のものだと思う。

自分は紅魔館の関係者ではないし、戦力として見れば文句なしの最下位。百歩譲って恩があるからだとしても、もし自分が指揮官の立場なら、こんな人間を重要な任務に送り出そうとは思わない。

 

だから、その理由だけはどうしても、出発前に聞いておきたかった。

 

「そうね。端的に言うなら……あなたに期待しているから、かしら」

 

しかし返ってきた言葉は、スバルの予想を百八十度裏切るものだ。

理由があるとすれば、単に紅魔館を離れても問題のない人材だから、程度のものだと思っていたのに。

 

「……期待って、俺に? 誰かと間違えてないか?」

 

「誰とも間違えてないわ。スカーレットデビルの太鼓判よ。感謝なさい」

 

「俺、何の力もない人間なんだけど……」

 

「それは違うわ」

 

スバルの言葉を遮るように、レミリアはきっぱりと言い切る。そのまま一歩、また一歩と距離を詰めてくる。

 

「さっき、休んでいるパチュリーに聞いたのだけど……あなた、博麗の霊力が宿っているそうね」

 

「……また、全く身に覚えのない話が出てきたな」

 

意味の分からない言葉を立て続けに投げつけられ、スバルの思考は悲鳴を上げ始める。

霊力はともかく、『博麗』というのは霊夢のことだろうか。

 

「霊力というのは、平たく言えば巫女が神から授かる力のことよ。魔や怪異を滅し、封じるための力。そしてどういうわけか、あなたの中にそれが僅かに存在している。そうパチュリーが言っていたわ」

 

「言ってたわ、って……俺、神社じゃ家事以外ほとんど何もしてないし……そもそも男ですよ? なんで宿るんだよそんなもん」

 

「知らないわよ」

 

あっさりと切り捨てると、レミリアは小首をかしげた。

 

「じゃあ、逆に聞くけど。あなたはどうやって、敵の自爆から生き延びたのかしら?」

 

「……それは」

 

答えに詰まり、スバルは言葉を失う。

脳裏に浮かぶのは、爆風と熱気に飲み込まれたあの瞬間。あの状況から生き延びれた理由を、スバル自身、いまだ説明できずにいる。

 

「あれがなければ小悪魔は死んでいた。もう片方の敵だって、フランと合流するまであなたが一人で相手をしていたそうじゃない。今回の襲撃で死者が出なかったのは――ナツキ・スバル。間違いなくあなたの功績よ。これで期待するなって方が無理だと思わない?」

 

「…………っ」

 

言葉を重ねられるたび、胸の奥がきつく締めつけられる。ついにスバルは何も言えなくなり、視線を床へと落とした。

 

本当に、期待してくれているのだろう。だが、それは間違いだ。

タイヤの相手は、必死に逃げ回った末、偶然フランドールに助けられただけ。霊力があるなどと言われても、使い方どころか、存在すら実感できない。

 

勘違いしてはいけない。

誰かの命を救い、感謝されたことを喜ぶのはいい。だが、それを理由に、自分が特別だとか、何かができる人間だとか、そんなふうに思い上がってはいけない。

 

――引きこもりになる前の自分がそうだったから。

 

幼さゆえの思い上がり。根拠のない全能感。それらは最後に、何一つ残さず、すべてを奪っていった。スバル自身が身をもって知っている失敗の形だ。だから、

 

「お、俺は――」

 

次の言葉を口にするより早く、レミリアが一歩、距離を詰めてきた。

夕暮れの光が少女の銀髪を透かし、その影がスバルの胸元へと落ちる。小さな身体がそっと寄り添い、かすれた声がすぐ耳元で響いた。

 

「……お願いよ」

 

「――――」

 

それは、懇願だった。

胸に伝わる声には、紅魔館の主としての威厳は微塵もない。そこにあったのは、見た目の年相応――いや、それ以上に幼く、切羽詰まった必死さだけ。

 

「フランは……私にとって命より大切な存在なの。本当なら、今すぐにでも私が飛び出していきたいの」

 

「……レミリア」

 

「でも、私じゃきっと、フランを救えないのよ……ッ」

 

さっきまでとは、また別の理由で言葉に詰まる。

レミリア自身、この展開が来ることを予測していたのだろう。だからこそ、あの場ではスバルを説得せず、わざわざ二人きりになれる部屋を選んだ。自分を慕う者たちに、この姿を見せるわけにはいかなかったから。

 

「……救えないって、フランと仲が悪い、のか?」

 

「……え?」

 

「パチュリーや他の人たちは、異形郷のことをもう知ってた。なのにフランだけは、そのことを知らないみたいだったから。それで……もしかしたらレミリアはフランと、上手く話が出来ないんじゃないかって」

 

その言葉に、レミリアは驚いたようにスバルを見た。ジャージを掴む指先に力がこもり、しばらく固まったまま動かない。

そのまま沈黙すること、およそ十秒。やがて観念したように、ゆっくりと口を開く。

 

「……そうね。確かに私は、フランと会話できない。まともに顔だって合わせられないわ」

 

 

 

「――だって私はあの子を、館の地下に五百年近く幽閉したんですもの」

 

 

 

「……は?」

 

スバルの間抜けな声だけが、静まり返った部屋に落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅いですよ、ナツキスバル」

 

「悪い、また道に迷ってた。この館の内装、一回見直すべきじゃない?」

 

「……まったく、レミリア様は何故こんな人を選んだのでしょうか。仕事しない居眠り門番と言い、不安しかない」

 

館の入口で待っていた二人のもとへ、遅れて合流したスバル。

自分を見るなり、疲れたように小さく息を吐く小悪魔に、慌てて両手を合わせて頭を下げる。

 

「スバルさん。私は紅美鈴と申します。ふつつかものですが、よろしくおねがいします」

 

「その挨拶だと嫁入り前みたいに聞こえてドキッとするな。こっちこそ、よろしく頼む」

 

小悪魔とは対照的に、柔らかな笑顔を向けてくる美鈴と軽く挨拶を交わし、三人は紅魔館を後にした。

 

スバルは、フランドールを連れ戻す任務を引き受けた。

それだけ、先ほどのレミリアの懇願――あの声と言葉が、あまりにも重く胸に残っていたからだ。

 

「妹様が向かわれたのは、地底への入口がある妖怪の山です。真っすぐ追うのであれば、魔法の森を抜けるのが最短でしょう」

 

「魔法の、森」

 

「どうかされましたか?」

 

「いや、ちょっとトラウマが……」

 

その地名を聞いた瞬間、スバルの脳裏に、過去のループの光景がよみがえる。

全身を打ち据えられ、宙づりにされた無数の妖精たち。形の定まらない化け物の群れ。大樹を優に超える体躯を持った巨人。思い返すだけで、背筋が粟立つ。

 

――それでも。それでも俺には『死に戻り』がある。

 

「……こうなりゃ、何が何でも連れ戻してやる。フランドール・スカーレット」

 

夕日を背に、三人の影が紅魔館から伸びる石畳を踏みしめていく。

この先に、これまでとは比べものにならない地獄が待ち受けていると知りながら。

 

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