Re:ゼロカラアラガウ異形郷生活   作:カノンだよ

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第二章7『ギュッとしてドカン』

「わっ!?」

 

侵入者によって破壊された門の修繕に当たっていた一人の妖精メイドが、驚きで声を上げる。

原因は、自身の頭上を吹き抜けた突風と、その風に乗って紅魔館から飛び出していった一つの影だ。

 

影はこちらを一瞥した後、勢いに任せて空を駆け抜け、瞬く間に視界の彼方へと消えていった。

 

「どうしたの?」

 

「……今、妹様の影が見えたような」

 

「気のせいじゃない?」

 

呆然と空を眺めていた妖精は、影に主の妹を重ねてそう零すが、他の妖精は「滅多なことを言うんじゃない」と彼女の疑念を即座に否定する。

“フランドール・スカーレットを外に出しては行けない”。それが、主やメイド長から散々言われてきた、紅魔館住人の共通理念にして、あってはならない禁忌だからだ。

 

だが――

 

 

 

「こいしちゃんに会ったら、何して遊ぼうかしら♪」

 

無邪気な声を上げながら紅魔館から飛び出した影――フランドール・スカーレット本人は、抑えきれない期待を胸に、紅魔館からグングンと距離を離していた。

 

「人形遊び? 鬼ごっこ? 釣り? ……ああ、ドキドキが止まらないわ♪」

 

久々に友人と再会できる、その喜びに思考が埋め尽くされる。しかも今回に至っては、初めて自分から会いに行けるときたものだ。

 

故に、少女の目は、この世界を襲う“違和感”を映せない。

 

今現在の幻想郷を襲う脅威を、歪さを、混沌を。――その一切を知らぬまま、七色の翼は、夕焼け空を真っすぐに突き抜けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

小さく息を吐いて、フランは草の屋根を突き抜けて地面へと降り立った。

別に疲れたわけじゃない。ただ、飛んでいると直射日光が痛くて、うざったかっただけ。

 

やっぱり夕方の光には、フランの体を焼くほどの強さはない。でもやっぱりチクチクはするから、こうして日陰に入っておくほうが落ち着く。

 

「ここからは歩いて行こっと」

 

飛んでいくよりはずっと遅くなるが、まあいい。そもそも、こいしちゃんが約束をすっぽかしたのが悪いのだ。それに、

 

「…………わぁ!」

 

視線を動かすたび目に映る物は全部が新鮮で、移動と観光を兼ねるのも悪くないと思える。

 

――魔法の森、それが現在、フランが歩いている場所だ。

 

幻想郷で最も湿度が高く、人間が足を踏み入れることが少ない原生林。なお幻想郷は規模そのものがあまり広くないので、森と言えばこの魔法の森の事を指す。

地面まで日光がほとんど届かず、暗くじめじめしている。故に茸が際限なく育つ。特徴と言えばそれくらいで、幻想郷の中では特段面白い場所でもないのだが……、

 

――それでも、数百年外に出なかった引きこもりの少女にとっては、全てが久しぶりに目にする新しい“玩具(おもちゃ)”だった。

 

「こんなの、パチュリーの植物園でも見たことない!」

 

地面いっぱいに生えた花、色とりどりのキノコ、枝の上をちょろちょろと動く見たことのない虫。

それらに顔を近づけて匂いを嗅いだり、指先でつんつんしてみたりする。なんだか宝探しをしているみたいで、かなり楽しい。

 

しかし、ひとしきりはしゃいで興奮が収まった後で、フランは別の玩具に興味を惹かれた。

 

「……それにしても」

 

ピタリと動きを止め、鼻をひくひくと動かす。

ここに降り立った瞬間から、ずっと薄く漂ってはいた。最初は土の湿った匂いに紛れていたそれが、次第にはっきりとかぎ分けられるようになってくる。

 

備考や肺を介することすら必要としない。脳やせき髄に直接流れ込み、本能を刺激してくる、豊潤でかぐわしい極上の香りだ。

 

「――――血の匂い」

 

――口角が、満月のように吊り上がった。

 

それはもう酷く歪に、狂気的に、激情に任せて。だが、それも仕方のない事だ。

館で食事として供されるものとは比べ物にならない、新鮮な血。それが、そこら中から香る。

 

「あはっ♪」

 

胸の奥から溢れてやまないのは興奮か、渇望か。可愛らしい笑顔と、ぞっとするほどの狂気が、少女の顔一つに同居している。

――これが幻想郷。お姉さまもパチェも小悪魔も咲夜も美鈴も皆、私に黙ってこんな世界を楽しんでいたのか。ずるい、ずるい、ずるい、ずるい。

 

考えるよりも先に、体が勝手に動く。足は導かれるように、より匂いの濃い方角へと向かってく。

 

「一体どこから匂って…………って、あれ?」

 

――だけど、そこでフランが見たのは、想像とは少し違った光景だった。

 

 

 

 

 

視線の先で向かい合っていたのは、二つの影。

 

一方は、フランの膝ほどまでの背丈しかない、小さな“異形”。

大きな眼球から直接コウモリのような翼が生えており、しかし小さな翼では飛べないのか、ぴょんぴょんと地面を跳ねまわっている。

 

相対するは、燃え盛る炎を纏った妖精だ。

真っ赤な髪と深紅の翼を翻し、鋭い眼光を異形へと突き付けている。彼女は紅魔館の妖精メイドと比べて、明らかに強い力を持っていると理解できた。

 

「ギギッ!!」

 

「よくも……よくも仲間を殺したな! この炎の妖精フレイアが許さないかんなっ!」

 

フレイアと名乗った妖精は、吠えるように叫んで両手に炎を収束させる。

瞬間、火球がさく裂し、轟音と共に異形を包み込む。爆ぜる火球が森を赤々と照らし、辺り一面を灼熱の空気が満たす。

 

「ギ……ギギィイイッ!?」

 

黒焦げになって地面に転がる異形。だが次の瞬間には、炭化した肉片がうごめき、じわじわと形を取り戻していく。

スバルと魔理沙を苦戦させた、異形妖精の再生能力だ。

 

「もう復活かっ!? ならもう一度くらえっ!」

 

フレイアは奥歯を噛み締め、再び炎を構える。その瞳の奥には、深い恨みと憎しみが込められていた。

 

――自分達の日常は、突然崩れ去った。

 

突然森に現れ、殺戮の限りを尽くした、この化け物共のせいだ。何度殺しても再生するこいつらには、こんなことをしても無駄なのかもしれない。だけど、今は唯、仲間の受けた苦しみを百倍にして返したい。何回でも、何十回でも、死ぬまで殺し続けてやりたい。

 

だから――

 

「火符――」

 

「弱い者いじめはやめなさぁいッ!!」

 

「…………え」

 

しかし、その思いが形となることはなかった。

 

突如、背後から飛び込んできた影――フランドール・スカーレット。彼女の小さな拳が振り下ろされ、フレイアの頭部を無残に粉砕したからだ。

 

「――――ぶ」

 

理解する暇もなく、妖精の体は地面に叩きつけられ、血飛沫となってはじけ飛ぶ。赤い雫は森を鮮やかに染め、フランと異形の体までも赤く彩った。

状況の変化に思考が追い付かず、呆然と固まる異形に、フランはゆっくりと歩み寄る。

 

「ぎ……?」

 

「大丈夫? あなた迷子なの? 名前はなんていうの?」

 

そして、血の雨が止まない中で異形の前にしゃがみ込み、何事もなかったかのように口を開いた

 

「ギギ……」

 

「ギギっていうのねっ! 私はフラン、よろしくね!」

 

フランが元気よくそう返すと、異形は小さな体で思い切りフランの懐へ飛び込んだ。驚きで「わっ」と声を上げながらも、フランは嬉しそうにその存在を抱きしめた。

 

「もうー、くすぐったいよーっ。でも、可愛いから許すっ♪」

 

血にまみれた小さな怪物を、まるで愛玩動物のように抱き寄せる。

その仕草はあどけなく、だが背景に転がる頭の潰れた妖精の亡骸が、光景にぞっとする歪さを与えていた。――そして、

 

「…………?」

 

ズシン、ズシン。

 

ふと、森の奥から重たい足音が響く。それに応じてフランが背後に顔を向ければ――そこには、

 

「……わぁ!」

 

 

 

そこには、今まで見たこともないような“素敵な子たち”がいた。

 

「きゃははは」

「しずかにね」

「☆☆☆☆☆」

 

見上げるほどの巨体に、首が百八十度ねじ曲がった子。潰して殺すことに特化したような、巨大な球状の下半身を持つ少女。頭が二つ並んだ仲良しさんに、心臓を模した脈打つ肉塊を抱いたお洒落な子。

 

その他大勢、大小様々なお友達たち――異形の妖精体が、フランの前に鎮座している。

 

「すごーい! みんな、ギギのお友達なの?」

 

「ギギッ!!」

 

元気よく鳴くギギ。はぐれていた仲間たちと合流出来て、生き生きしているように見える。

 

「じゃあ、みんなで遊ぼーーっ!」

 

フランはべっとりと付着する血を拭う事もせず、両手を広げて叫んだ。

 

――どこまでも無邪気で、純粋な笑顔を浮かべて。

 

そうしてフランは、異形の群れを率いるようにして森の奥へと消えていった。

微笑ましくも見える光景。だがその場に残されたのは、濃密な血の匂いと、頭を潰された妖精の躯だけ。

 

その妖精はただ、仲間を守ろうとしただけだった。けれど彼女は所詮、残酷で無垢な遊びの引き立て役に過ぎなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きゃっほーっ! 進めーっ!」

 

ひときわ大きな異形に肩車され、フランは元気いっぱいに声を上げる。

小さな指が方向を指し示す度、異形達は完成のような奇声を上げて従い、ゆっくりと、けれど確実に森の奥へと進んでいく。

 

――そして、その進行方向にいるのは、

 

「うわあっ! き、来たあっ!?」

 

悲鳴を上げ、散り散りになる妖精たち。

フレイアと同様、魔理沙の避難呼びかけが届かず、あるいは信じることなく、紅魔館に逃げ遅れてしまった者たちだ。

 

「やっちゃえみんなっ!!」

 

フランの無邪気な声が合図となり、異形の群れが一斉に飛びかかる。

 

小さな妖精の頭がもぎ取られ、鮮血を吹きだしながら宙を舞う。

透明な羽を裂かれれ地面に叩きつけられる者。

泣き叫ぶ声ごと喉笛を悔い破られる者。

真っ赤な血が、夕暮れの森を絵の具のように塗りつぶしていく。

 

「みんな……諦めるなっ!」

 

「希望を信じれば明日は見える!」

 

彼女達の中には、反撃を試みる者もいた。仲間の惨状を前にしても、数人の妖精達は涙を拭い、震える手で槍や武器を握りなおす。

その決意は確かに力を生み、抗いは異形の喉元に届いた。

 

――けれど。

 

 

 

「…………希望?」

 

ギュッ――。

 

小さな拳が握られる音が、森の中にやけに鮮明に響いた。

次の瞬間、反撃の声を上げていた妖精たちの体が――内側から爆ぜ飛ぶ。血と臓物が空にまき散らされ、赤い飴のように降り注いだ。

 

鮮血を浴びながら、フランは楽しそうに首を傾げる。そして、口角を大きく、ぐにゃりと不気味なほどに吊り上げ――、

 

「キャハハハハハッ! あんたたち妖精に、希望なんてあるわけないじゃんっ!」

 

「…………ひっ」

 

その無邪気な嘲笑が響いた瞬間、場に残っていた妖精たちの心は、完全に折れた。

 

そこから先は、全てが一瞬だ。

首から飲み込まれる。胸を貫かれる。羽を裂かれて血に叩き落される。すりつぶされ、抉られ、踏みにじられる。

短い断末魔が森に連続して木霊し、夕焼けの空へとすぐにかき消されていった。

 

「ほら、みーんなやられちゃったぁ! ばっかみたーい!」

 

フランの甲高い笑い声が残響となり、血と肉片で塗り潰された森の地面だけが、その惨劇の証として広がっていく。

 

――その場にいた妖精は、一人残らず全滅した。

 

 

 

「…………あっ」

 

ふと、フランが声を漏らす。

ひとしきり殺し終えたことで興奮が収まり、自分が何を目的に動いていたのかを思い出したのだ。

 

「そうだ、こいしちゃんのお家に行く途中だったんだ」

 

血塗れの手を胸の前でぱたぱたと振りながら、まるで忘れものに気づいた子供のように飛び跳ねる。

 

「ごめんね! 私もう行かなくちゃ! また遊ぼうねー!」

 

振り返りざまに異形達に手を振ると、フランは軽やかに血を蹴り、森の奥へと駆け出す。

遠目に、彼らもぎこちない仕草で手を振り返してくれているのが見えて、フランはつい頬を緩ませた。

 

――本当に素敵な子たちだった。また会えるといいな。

 

そう胸を弾ませながら、夕焼けに染まる森の奥へと少女の姿は消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………あれ?」

 

ふと、森を駆け抜けていたフランの足が、ピタリと止まる。そして自身の右側、森の暗がりへ、ゆっくりと顔を向けた。

 

血の匂い、ではない。それならさっき十分楽しんだし、こいしちゃんの家へ向かう道草にする理由にはもうならない。

 

感じたのはもっと別のものだ。

胸の奥をかき乱すような、鋭く強烈な気配。生き物なら本能的に避けるべき“圧”がフランを襲っている。だというのに、不思議と心は惹かれてしまった。

 

「……なんだろ、おもしろそ」

 

刺激を求める吸血鬼の――フランドールの(さが)だ。

 

先刻までの目的を再び忘れ、興味に突き動かされるまま、足を忍ばせて茂みをかき分ける。やがて視界が開けたところで――、

 

「ご機嫌麗しゅう。えーっと?(笑)」

 

「――!?」

 

耳に飛び込んできた声に、フランは思わず目を見開いた。

しかしすぐに気づく。その言葉は、自分に向けられたものではない。話しているのは前方に立つ誰か。そしてその視線は、すぐ傍らにいるもう一人へと向けられている。

 

「くうくくく! ああダメだどうしても笑うっ! 一体いくつになればこんな痛い団体を作れる脳が出来上がるんだっ!?」

 

「回答します。こんばんは、霧雨魔理沙様。第五回幻想破壊から2459年ぶりですね。何かご用件がございますか?」

 

ここからだと、二人の会話はよく聞こえない。でも、そんなことはどうでもよかった。

会話の内容なんかどうでもよくなるくらい、別の場所にくぎ付けになっていたからだ。

 

「……魔理沙と、咲夜?」

 

――二人から放たれる気配は、霧雨魔理沙と十六夜咲夜に酷似していた。

 

魔理沙とはずいぶんあっていないから自信はない。けれど、咲夜の方は間違いない。一回り大きいような気もするが、彼女は間違いなく、うちのメイドのものに見える。

 

「やはり、とおっしゃるという事は、魔理沙様にも心当たりが?」

 

「俺は、いつも通りさ。氷の妖精とアリヌを殺しに来た。それだけだよ」

 

フランは木陰に潜み、様子を傍観する。

もし本当に彼女たちが咲夜と魔理沙なら、無邪気に飛び出すわけにもいかなくなった。もしかしたら、脱走した自分を連れ戻しに来たかもしれないからだ。

 

……でも、それなら。未だに感じているこの異様な気配は、何だというのか。

 

「くふふ……こりゃいるね。地雷とも別の“何か”が」

 

魔理沙がふっと笑うと、そこから数秒、場に沈黙が流れる。

この場を離れるにも、見つからないように慎重になれなければいけない。二人がこの場を離れるか、何かしらのきっかけを探っていた。

 

――そのときだ。

 

 

 

「…………ところで」

 

 

 

「いつまであの腐乱人形を無視し続けるのか?」

 

「…………ぁ」

 

 

 

――魔理沙の双眸と、フランの赤い瞳がぶつかった、次の瞬間。

 

「――がはッ!?」

 

鋭い衝撃が腹を貫く。なんの予備動作も、音もなく。気づいた時には一本の大剣が、彼女の体を串刺しにしていた。

刃が肉をかき乱し、骨を砕き、臓腑をぐちゃぐちゃに掻きまわす。押し出されるように口から溢れた血は滝のように流れ、大地を濡らし赤黒く染め上げた。

 

「あら容赦ない」

 

魔理沙が、隣に立つ咲夜のような“何か”に声をかける。その両手には、いつの間にか身の丈ほどの大剣が握られていた。

 

「…………痛い、なぁ」

 

フランは血を吐きながらも、両手で地面を掴み、無理やり体を起こす。背中越しに地面へ突き刺さった剣が肉を引き裂く音が響いたが、意に介さない。

そのまま強引に立ち上がると、体を貫いた大剣をずるりと引き抜いた。

 

「体温上昇の確認。生存を確認」

 

「……そんなもの見ればわかるよ」

 

咲夜と魔理沙は、驚異的な生命力を見せるフランを前にして、微塵も動揺を見せない。

 

「魔理沙、咲夜……何、やってんの……?」

 

がくがくと足を震わせながらも、フランはその目を二人に向ける。それに答えるように眼前の少女はニヤリと笑い、両手を掲げ、そして――、

 

 

 

「くははっ……楽しいお茶会だよ、フランドール! お前も参加するかぁっ!?」

 

 

 

両腕を大きく掲げ、狂気に満ちた声で高らかに叫ぶ。その笑みは、知るはずの友の顔でありながら、どこまでも醜悪で――、

 

森に響くその声を前に、フランの心臓がひときわ強く脈打つ。――長らく忘れていた、“死”の感覚と共に。

 

 

【挿絵表示】

 

 

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