Re:ゼロカラアラガウ異形郷生活   作:カノンだよ

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第二章11『誰我為に』

――意識を支配したのは、肉体の中心を発端とした激しい『熱』だった。

 

「ぐ、ぅぅぅぅ! 熱ッ」

 

湿った地べたの感触を顔面に味わいながら、スバルはその冷たさを、ほんの一瞬だけ心地よいと感じてしまった自分に気づく。それほどまでに体が熱い、熱い熱い熱い熱い熱い熱い。

 

「――『血と火を操る程度の能力』」

 

どこかが欠損したわけではない。出血もしていない。

それなのに、肉体はまるで自分のものでないかのように言うことをきかず、地面に縫い止められていた。

 

口を開けば、悲鳴の代わりに溢れ出たのは白い蒸気だ。――沸騰している。体内を巡る血液、そのすべてが。

濡れた猫を乾かそうと電子レンジに入れ、誤って殺してしまったという事故を聞いたことがある。マイクロ波は表面を焼くのではない。内部の水分を直接沸騰させ、結果として物体を温めるものだから、生物には致命傷だ。

それと同じだ、とスバルは理解してしまった。自分は今、体の内側から壊されているのだと。

 

――いったい、自分が何をしたというのか。

 

苦しみから逃れるための逃避願望が、そんな泣き言を脳裏で繰り返し紡がせる。決して、褒められるばかりの生き方でなかった自覚はある。だが、そんなことはスバルに限ったことではない。

誰もが、日々を全ての人間に誇れるほどに潔白に生きることなどできてないはずだ。後ろめたいことも、後悔することも、目をつむったことも、妥協したこともあるはず。

 

それなのに、どうして自分だけがこんな目に遭わなくてはならない。他の全ての人間がお目こぼしされる運命を、どうして自分だけが押し付けられて、

 

「あぁ……クソ……」

 

ごぼごぼと、溢れる蒸気の隙間から呟きが漏れた。それは後悔であり、無力さへの憎しみでもあり、運命への憎悪でもあり――、

 

――そして、この地獄をもたらした最初のきっかけ。“吸血鬼の少女”への、呪詛でもあった。

 

 

 

「――なんだ、もう一人いたのか」

 

翻る白黒の装束と尖った帽子。

命が尽きる寸前の灯火へ、無情な言葉が投げかけられる。

 

その台詞を聞くのは、これで既に――八度目だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「妹様、しっかりしてください! 妹様!!」

 

「妹様がここまでやられるなんて……! 早くパチュリー様に見せないと!」

 

「…………」

 

――はっきり言って、無謀な挑戦が続いている。

 

異形の霧雨魔理沙は、彼女自身が豪語する通り――『最強』だった。

能力の全容は掴めないが、火、水、風、土。あらゆる属性を自在に操る。

 

そして何より攻略を不可能にしているのは、その不死性だ。

これまでのループで、スバルたちは彼女を倒すこと自体には何度か成功している。だが、そのたびに肉体は瞬時に再生し、最初から何もなかったかのように立ち上がってくるのだ。

 

これでは何度繰り返したって、勝てるはずがない。

 

「……それでも、まだ」

 

スバルは再び、重い腰を上げて立ち上がる。

ここにいるのは、スバルだけなのだ。ナツキ・スバルだけなのだ。

 

たとえば博麗霊夢。

彼女ならば、こんな状況を易々と、とは言えなくとも、その力と信念を持って突破してみせただろう。スバルのように怖気づき、膝下を震わせて往生するなど考えもしまい。

最強の魔法使いを跳ねのけ、三人の身を絶望から救い出し、物語を完全無欠のハッピーエンドへと導く。すごい、かっこいい、エレガント。

 

だが、この場にいるのはナツキ・スバルなのだ。

武力も魔法もない身で奇跡を起こすというのなら、世界の運命さえも変えよと天が望むのならば、泥臭く足掻き続けるしかない。

 

「――――」

 

――だが、誰のために? この痛みや苦しみは、最終的に誰の利益になって、

 

「……考えるな、それは終わったあとでいい」

 

頭を振り払って、浮かびかかった思考のモヤを跳ねのける。

それに真の意味で気づいてしまったら、スバルは今度こそ、完全に心を折られてしまう気がしたから。

 

「……スバルさん?」

 

二人の合間をくぐって、瀕死のフランドールを抱きかかえる。

ボロボロになった衣服。ほつれてしまった赤いリボン。白い肌にはあちこち血が滲み、やはりどれほどの重症なのか見当もつかない。

そしてそれは、自分も同じことだ。短時間の間に、凄惨な死を八度も繰り返した。体には傷一つなくとも、精神の摩耗は計り知れないとこまで来ている。

これ以上のループを重ねれば、どうなってしまうのか。もはや誰にも分からない。

 

だから勝負は、何が何でも今回で決める。

 

「小悪魔、美鈴、俺についてきてくれ……生き延びるために、必要なんだ」

 

もはや自分の中で定石となった、フランドールを抱えての初手逃亡。

そこからスバルは、これまで積み重ねてきた全てを賭けた、生き延びるための行動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どこにいるとですかぁ?」

 

緊張感が抜けるような軽薄な問いが、魔法の森に響く。

しかし、それは決して応じてはならない悪魔のささやきだ。返事をすれば、即座に光が集約し、回答者は塵一つ残らず消し飛ぶだろう。

 

それほどまでに、最強の魔法使いは苛立っていた。

 

理由は言わずもがな、ここまでの失態の連続だ。

幻想破壊が始まってからの部下たちの手際の悪さも、今し方フランドールを取り逃がした自身の失態も、そのどれもが、過去一度たりとも起こったことのない事態だった。

 

何かがおかしい。

警戒すべき“地雷”ですらない、別種のイレギュラーが、裏で動いている。正体不明の違和感。この気色悪さを払しょくするためには、まず――フランドールを確実に殺さなければ。

 

「……一々場所探るのも面倒くさいあ。空から槍でも」

 

見失った標的をまとめて薙ぎ払うため、背中から大きな翼を生やした――その時だった。

 

「その範囲攻撃マジで勘弁してくれ。理不尽すぎるし、なまじエイムも悪いせいですげぇ痛い」

 

彼女の耳を、聞き覚えの無い声が撫でる。

振り返った先にいたのは、紅美鈴でも小悪魔でもない、見しらぬ男だった。

黒髪黒目で、目つきの悪さと服装くらいしか特筆すべき点のない少年。幻想郷に似つかわしくない“モブ”。

 

「……なん、お前? オリキャラか?」

 

「オリキャラて、ファンタジー世界っぽくないし地味に傷つく罵倒をどうも」

 

一瞥しただけで分かる。こいつは何の力も持たない、物語の壇上に上がらない存在だ。あの、『紅茶の妖精』以下。時間を割く価値はない

 

「構ってあげてる暇はないよ」

 

「……なんだよ、尻尾まいて逃げんのか?」

 

だが、その一言で、異形の魔理沙は動きを止めた。

啖呵を切るスバルの発言に、少女は無言。ただジッと、スバルを見つめながら呼吸を繰り返している。それから、スバルは異形に向かって指を一つ立てると、

 

「ゲームをしよう」

 

「――――」

 

「内容は単純な鬼ごっこだ。今から五分以内に俺を捕まえられたらお前の勝ち。逆に逃げ切ったら、こっちの勝ち。分かりやすいだろ?」

 

場の状況にそぐわない滅裂な提案に、異形は首を傾げる。

 

「……それをして、俺に何の得がある?」

 

「俺はお前が追ってるフランドールの場所を知ってる。それを教えるってのはどうだ」

 

「……むむ」

 

異形は顎に手を当て、暫し考えるような姿勢を取る。気づけば殺意を幾分無くし、スバルとの対話に応じる姿勢を見せていた。

だが、これでも足りない。何故ならフランドールの場所など、こいつにとって大した報酬ではないからだ。こいつは魔法の森ごとスバルたちを消し炭にできるし、スバルが本当に場所を知っているという確証も、向こうは取れない。

 

それでも、スバルはこいつがゲームに乗ってくれることを確信していた。このやり取りは――初めてではない。

 

「――最強なんだろ? 俺を捕まえるくらい、どうってことないよな」

 

決定打となる一言。

粘つくような異形の舌鋒を浴びながら、スバルはしかし焦らない。焦らず、急がず、嫌悪感は垂れ流しながらも、口先だけで場を支配する。

返答を聞くこともせず、スバルは一目散にその場から走り出した。

 

「……いいよ、その話のってあげりゅ」

 

単純に言えば、異形の霧雨魔理沙は最強だ。

 

単純すぎてただの復唱にしかならなかった。

より具体的に言葉を選べば、圧倒的な能力と不死性に見合った傲慢さを持ち、決して他人の存在を無視することができない、人間くさい異形だ。

彼女がその気になれば、様々な能力と肉体を駆使して、一瞬でスバルたちを皆殺しにできた。

それでも、正面から対峙した三人が数秒でも戦いになったのは、美鈴や小悪魔の攻撃を馬鹿正直に真正面から受けて立っていたからに他ならない。

 

――彼女はその力をもって全てをねじ伏せ、『最強』を証明しなくては気が済まないのだ。

 

しかし、だからこそわずかな勝機が垣間見える。

 

「――グンニグル」

 

「どぉぉぉあ!」

 

深紅の槍が地面をおぞましいほど美しくえぐり、支えをなくした木々が成すすべなく倒壊する。舞い上がる砂埃に視界を奪われた異形の舌打ちを背に、スバルは逃走を続けていた。

 

「まかちょこと、こんな話ふっかけてきただけあって、逃げ足はわりゅくないね。足が震えてなきゃ、もう少し様になるが。くくっ」

 

「好き放題、言いたいだけ言いやがれ!」

 

容赦なく悪態をついてくる異形に、スバルが抗弁すれば返礼は命をこそぎ取る炎の弾丸だ。

投げつけられた殺意の火球から距離をとった直後、寸前までスバルの立っていた一角が消し炭になった。

 

掠めれば致命傷、一撃は死に直結。

それらを奇跡的に躱し続けるスバルを見て、異形は首を傾げる。だがこれは、単なる幸運に夜ものではない。

 

「集中! 集中! 集中――っ」

 

息を切らし、汗を拭い、全神経を回避に全振り。

撒きあがる土煙に顔を汚し、口に溜まった泥くさい唾を吐き捨てながら、背中越しに敵の一挙手一投足に目を配る。

 

先にもいったが、異形の魔理沙から逃げるのは、これが初めてではない。八度の死、そのうち三度――スバルは同じ勝負をしかけ、逃走を繰り返していた。

理由は一つ。動作の癖、攻撃がくるまでの時間、次にくる殺し方。それらを、体で覚えるために。

 

当然、覚えただけでは何の意味もない。奴が本気を出せば、スバルは一瞬で死ぬ。だが奴は決してそれをしない。

こんな小物相手に全力を振るうことは、『最強』の矜持が許さない。もし、異形の霧雨魔理沙が本気でスバルを殺すとしたら、それは制限時間に提示した五分、その終了間際だ。

 

それまで自由に逃げ回らせてもらえるなら、スバルは目的を達成することが出来る。

 

「罠とか奇襲とか挑発とか……小物臭全開な立ち回りばっかでいい加減嫌になってくんな」

 

首筋を伝う汗を拭い、スバルもまた決死の覚悟を軽薄な笑みの裏に隠す。

時間稼ぎの意図を見抜かれてはならない。あくまで無様に、必死に、生き延びようとしている様だけを装う。

何故なら、逃げながらさりげなく誘導している先――そこには、スバルが用意した本命の罠が待っているのだから。

 

「――今だ!!」

 

「む?」

 

合図と同時、横から飛んできたのは、戦車の主砲。

それがスバルの背後にいた魔法使いに直撃し、上半身を吹き飛ばす。

こいつは、一撃目は貰ってくれる。それが無警戒によるものか、あえて避けなかったのかはどうでもいい。スバルの策はここからだ。

半身が力なく横たわった地面。その周囲に設置されていた無数の爆弾が、一斉に起動する。

轟音と共に地盤が崩れ、土砂が、岩が、瓦礫が――穴の中へとなだれ込み、異形の魔法使いを完全に呑み込んでいった。

 

 

 

無尽蔵の再生能力を持つ、不死者の倒し方。

とある漫画では、宇宙空間に放逐して半永久的に漂わせるなんて勝ち方もあった。だが、この場でそれは現実的ではない。

だからスバルが選んだのは、もっと原始的で、アナログな方法。

 

――生き埋めだ。

 

稼いだ時間で、美鈴と小悪魔に諸々の準備をしてもらう。スバルが異形をそこへ誘導し、奇襲で一発食らわせる。そして再生が始まるまでのほんの数秒。その隙に穴へ突き落とし、土砂で覆いつくす。

失った頭部が生えてくるための物理的な空間さえ塞いでしまえば、奴は、もう自力では立ち上がってこれない、かもしれない。

 

「……やったのか?」

 

願望を多分に含んだ作戦だったが、地面が盛り上がって地中から出てきたりする様子はない。

 

安堵が、遅れて胸に広がる。

貫かれ、切り裂かれ、燃やされ凍らされ、思い返してみても頭のおかしくなるような体験だった。

だが、そんな悪夢もようやく、終わる。

 

「……小悪魔、美、鈴」

 

振り返りざまに声をかけ、その達成感と喜びを分かち合おうとする。

相応に憎いと感じていたのは事実だが、そんなことはどうでも良かった。二人がいなければこの作戦は実現しなかったのだから。感情とは切り離して、その感謝を伝えたい。

 

これで、やっと――。

 

「――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人の頭は、既になかった。

 

 

 

 

 

「――――」

 

彼女らもまた、喜びを感じていたのだろうか。少し浮足立った、これからバンザイでもするかのような態勢で硬直している。

首の断面はあまりにも綺麗で、血が噴き出してくるのは、数秒遅れてからだった。

 

ぽとり、と。

さらに遅れて二人の体が地面に崩れる。そしてその奥、ゆっくりとこちらに歩み寄る影。

 

「…………ぁ」

 

ゆっくりと、楽し気に。それなりの距離がありながら、耳元で囁かれているような、不気味な声。

 

 

 

「――さて、ゲームをしよお」

 

スバルの言葉に意趣返しをするように、彼女――異形の霧雨魔理沙は、そう口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで鬼ごっこは俺の勝ちだ」

 

呆然とするその場にへたり込むスバルの足に、異形は一度、優しく触れた。だが、次がどうなどと言われても、自分はまだその段階にいない。状況を飲み込める、はずがない。

 

「……なんで、どうして」

 

「……なんでって、ああ。そういう意味か」

 

何故、今し方崩落で押しつぶした異形が目の前にいるのか。今回は今までとは違う。奈落の底に飲み込まれていく様を、最後まで注意深く観察した。

立ち上がってなど、これるはずがないのに。

 

「――お前たちが潰したのは、俺だけど俺でない」

 

「は?」

 

「分身だよ、慣れてなくて二人が限度でが。一人で探すより早いから、そうしたまで」

 

意味が、分からない。

 

もしこいつの言っていることが正しいのだとしたら。今まで美鈴や小悪魔を瞬殺し、自分を八度も殺した相手は、本体ですらなかったということになる。

その事実だけで、スバルの心に更なる絶望を与えるには――十分すぎた。

 

「……お前は、なんなんだ」

 

「最強の魔歩使いだな?」

 

「それはもう……聞き飽きたんだよ……!」

 

「そうか。なら、より具体性をもってお前に説いてやろう」

 

異形は、淡々と、しかし誇示するように告げる。

 

 

 

「――私の能力は『ありとあらゆるものをパクる程度の能力』だ」

 

「――――」

 

「私がパクったものは、道具でも技術でも能力でも――なんだって使える。『空を飛ぶ程度の能力』も『魔法を使う程度の能力』も『闇を操る程度の能力』も『冷気を操る程度の能力』も『気を遣う程度の能力』も『火水木金土日月を操る程度の能力』も『時間を操る程度の能力』も『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』も『寒気を操る程度の能力』も『妖術を扱う程度の能力』も『人形を操る程度の能力』も『鬱の音を演奏する程度の能力』も『剣術を扱う程度の能力』も『式神を操る程度の能力』も『密と疎を操る程度の能力』も『蟲を操る程度の能力』も『歌で人を惑わす程度の能力』も『狂気を操る程度の能力』も『老いることも死ぬこともない程度の能力』も『毒を操る程度の能力』も『花を操る程度の能力』も『距離を操る程度の能力』も『風を操る程度の能力』も『水を操る程度の能力』も『千里先まで見通す程度の能力』も『奇跡を起こす程度の能力』も『大地を操る程度の能力』も『鬼火を操る程度の能力』も『病気を操る程度の能力』も『怪力乱神を持つ程度の能力』も『核融合を操る程度の能力』も……なんでもだ」

 

ああ、こいつは、違う。

 

スバルが、生物が立ち向かっていい相手じゃない。

 

どんな安直なバトル漫画でも避けられる類の、理不尽すぎるチート。

異世界召喚直後、かつてスバルが夢想した最強の力。それを体言している。

 

「それでも、まだ、まだ……!」

 

諦めない。諦めたくない。

理不尽に抗うと決めた。それが、いざ目の前に予想を超える脅威が現れたからといって投げ出すのは、あまりにも身勝手だ。

 

考えろ。

今回は無理でも、次で。次が無理なら、その次で。どれだけ痛くても、苦しくても、思考を止めるな。考えろ。考えろ。考えろ考えろ考えろ――。

 

 

――だが、誰のために?

 

 

 

「……めろ」

 

泣きたくなる痛み。死んだ方が楽だと思える苦しみ。その先に用意されたハッピーエンド。

そこにある喜びを、スバルの努力も知らず、苦しみも知らず、良いところだけ掻っ攫っていくのは――いったい、どこの吸血鬼だ。

 

「やめろっ」

 

勝利の方法と、気づいてはならない感情が、同時に脳内を駆け巡る。眼前の絶望が、それに拍車をかける。

 

考えろ。考えるな。考えろ、考えるな、考えろ、考えるな。

かんがえろ。かんがえるな。かんがえろ、かんがえるな、かんがえろ、かんがえるな。

 

 

 

「お前、むかつくなぁ」

 

スバルの思考を切り裂いたのは、魔法使いの低い声と、体の内側から込み上げてくる熱だった。

彼女が自身の掌をぎゅっと握るのと同時に、スバルの体は内側から弾け飛ぶ。

そのまま意識が途絶える瞬間まで、スバルは自分の体が粉々に砕けていく感覚を、味わい――

 

「――再生(ザオリク)

 

次に彼女が何かを唱えた時には、元通りの体で地面にへたり込んでいた。

 

「――――ッッッ!」

 

間違いなく、今のは死ぬはずだった。いや、少し死んでいたと言ってもいい。なのに時間は遡らず、スバルは五体満足のままそこにいる。

 

「なんで俺がお前ごときモブの追いかけっこに付き合ったか、分かるあ?」

 

「……知る、かよ。暇人だからだろ」

 

言った瞬間、骨すら溶かす業火がスバルを黒焦げにした。――瞬時に再生される。

 

「お前の目が、気に食わなかったからだ。私を、死を目前にして、希望を捨ててない目が」

 

「日々能天気に生きてるからな、これくらい」

 

雷に打たれたような衝撃で、再びの黒焦げ。

 

その後も、似たような悪態に似たような返事だった。

その回数分だけ轟音が響き、それに続いて苦鳴と悲鳴の大合唱だ。苦痛は常に新鮮で、多種多様な能力の奔流に、叫びでその技量を称えたくなるほど。

今度こそこと切れられると安堵しかける度、彼女の手ずから肉体は再生される。治療と暴力の無間地獄を繰り返されるスバルの精神は摩耗し、自然と言い返す言葉尻が弱くなる。

 

「お前わ死に絶望していない。恐怖も苦しみもある。だが、死とはそういうものじゃない」

 

「……てめぇに、何が分かるんだよ」

 

「分かるさ。俺は多くの死に立ち会ってきた。死んだらそこで全部終わりだ。次何てない……だからこそ、皆その瞬間に最も醜くなり、慈悲深くもなり、物語最大の山場が生まれる」

 

「急に、饒舌になりやがって……」

 

死んだこともないくせに、それを語るな。

針に串刺しにされたことも、タイヤでミンチにされたことも、燃やされたことも、凍らされたことも、切り刻まれたこともない奴が――、

 

その苦しみを知らない奴が、死を美化しようとするな。

 

「お前、何のために頑張ってるあ?」

 

「――――」

 

「まさかと思うが、あんな下衆幼女のためじゃないな?」

 

血も凍るような衝撃に、スバルは心臓を掴まれたと錯覚した。

 

何のために。誰のために。

今、自分はこんなひどい目に遭っているのか。これから先、何度も味わわなければならないのか。

 

それは――フランドールのためだ。

 

脱走した彼女を紅魔館に連れ戻し、姉妹を再開させる、涙ぐましいエンドのためだ。

異形郷と変わらない、虐殺という所業をおかした吸血鬼。彼女のために、自分は今、殺され続けている。

もし、この場を切り抜けられたとして。その先に待つのが、また同じ虐殺だというのなら――。

 

一体、何の意味があるんだ。

 

「紅美鈴とも小悪魔とも違う、お前には何の覚悟もない」

 

――ああ、そうだ。俺は嫌々この場に訪れた。ようやく、それに気付けた。

 

「そんな軽薄な奴が背負っていい程、死ってのは軽くない」

 

――正論すぎてぐぅの音もでない。この努力は、割に合っていない。

 

だって、

 

 

 

「そろそろスッキリでけたな。死なせてあげるよ」

 

だって、紅魔館までの道のりは、守りたい者のためだと思えたから、頑張れた。

でも今回は違う。妖精の遺骸を見た時。いや――もっと前だ。

紅魔館で初めてあの少女と出会い、返り血を舐めるその姿を見た時からずっと。

 

 

ナツキ・スバルは、フランドール・スカーレットに恐怖していたのだから。

 




【本日の異形解説】
・異形魔理沙
通称マリッサ。初出は『アリス編』。
能力は『ありとあらゆるものをパクる程度の能力』。公式に言及されたわけではないが、多分合ってる。戦った者は皆完膚なきまでに敗北しており、恐らく異形郷で一番強いのはこいつである。
また、命のかかった場面に出る人の本性を見ようとする癖があり、『アリス編2』の最後はそれはもう酷いものだった。
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