Re:ゼロカラアラガウ異形郷生活   作:カノンだよ

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第二章12『ナツキ・スバルのリスタート』

何かが聞こえる。誰かの声が聞こえる。

 

「――もうと様!」

 

意味は通じない。意味は分からない。意味を分かりたくない。そうして全てを拒絶しているのに、それでも世界は色を、音を、形を成していく。

 

「妹様、しっかりしてください! 妹様!!」

 

「…………」

 

死までのカウントダウンを告げる声が届いても、スバルはもう動くことが出来なかった。

 

既に十回以上、スバルはこの世界で命を落として生き恥を晒している。

痛みも苦しみも慣れることはないし、やり直す度に幕起こる、取り残される静寂勘と失望感は誰に理解してもらえる苦悩でもない。

それでも歯を食いしばり、スバルは懸命に前を向いて生きてきたつもりだ。どんな苦境にも膝だけは屈すまいと、心だけは負けまいと決意してきた。

だが、その決意も今回の『死に戻り』の前には砕け散ってしまった。

 

皮肉にも敵の言葉で、真実に辿り着いてしまったから。

 

『――お前、何のために頑張ってるあ?』

 

『まさかと思うが、あの下衆幼女のためじゃないな?』

 

何も、言い返せなかった。

 

苦行の先にまつ結末さえ、自分は望んでいない。その真実にたどり着いてしまった。

フランドールは残虐な吸血鬼で、スバルの守りたかった者達を殺した。そんな彼女を連れ帰るために、あんな痛い思いを繰り返す必要がどこにある。

 

立てるはずがない。立とうという気力すら湧かない。

立たなければならない理由が思いつかない。それが、現実だ。

 

 

 

「――そんな保証がどこにある?」

 

また、同じ声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

決して楽な死に方はなかった。どの死も、等しく途方もない喪失感をもたらした。

 

だが、強いて言うなら『そんな保証がどこにある?』この光だけは僅かな救済だ。来ると分かっている今は途方もない恐怖こそあるが、その他の痛みや苦しみは全く感じない。

数々の地獄を堪能したせいか、あれらに比べればこの光は幾分心地いいと『そんな保証がどこにある』さえ感じてしまう。

 

立ち上がらず、無駄な抵抗をせず、ここに這いつくばっていれば『そんな保証がどこにある?』を与えてくれ『そんな保証がどこにある?』ることも可能かもしれない。

お腹が減ることも『そんな保証がどこにある?』眠気がくることも『保証がどこにある?』なく、スバルは、この場の四人は、これ以上苦しまずにすむ。

 

ああ、なんと――。

 

 

 

「――そんな保証がどこにある?」

 

なんという、素晴らしい結末だろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一体どれだけの回数、そうしていただろう。

 

相変わらずスバルの視界は一分おきに白黒の点滅を繰り返している。

死に苦痛がないのはいい事だが、自分が自分じゃなくなっていくような平衡感覚の喪失。これは頂けない。

毎度、スバルはボーっと立って時間を浪費していたが、ある時、上手く踏ん張れずに地面へ倒れてしまった。

それなりの勢いで頭を打ち、口の中が切れて血の味が広がる。

問題は、音に応じて二人――小悪魔と美鈴が、こちらを振り返った事だ。

 

「……っ、スバルさん!?」

 

「ちょ、どうしたんですか!」

 

前触れなく倒れたスバルに、二人が目を丸くしながら駆け寄る。

応じることすら面倒なスバルは、地に伏したまま動かなかったが――、

 

「こんなときに、一体何が……」

 

「敵の攻撃かもしれません。早くこの場を離れましょう」

 

「…………あ?」

 

スバルの急変を、敵の遠隔攻撃によるものと考えたらしい。

あろうことか、美鈴がスバルを背中に担ぎ、小悪魔がフランを抱え、早々にこの場を離脱すべく走り出した。

途端にスバルの脳裏によぎるのは、逃走の失敗で経験した、地獄の苦しみの数々。

 

やめろ、逃げるな。

 

この場に居れば、あの光が四人を苦しみなく終わらせてくれるのに。

無駄な抵抗をすれば、また焼くなり凍らされるなり、思い出すのもおぞましい死がもたらされるではないか。もう嫌だ。痛いのは嫌だ。嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。

 

「……せ」

 

「え?」

 

「離せよぉっ!?」

 

背中に担がれたスバルは暴れ、強引に拘束を抜けようとした。

久しぶりにまともに動かした体に血が通い、振り乱す全身の感覚が伝わってくる。振り回した腕が美鈴の頭に当たり、バランスを崩した少女は転倒。スバルも投げ出され、地面を転がった。

 

「うぐっ……」

 

「……っ、スバルさん、なにを」

 

困惑に目を丸くする美鈴を前にして、スバルはその場でうずくまって動かない。

その暴挙に我慢の限界が来たのか、フランを置いて駆け寄ってきた小悪魔が、少年の胸倉を乱暴に掴んだ。

 

「ナツキ・スバル! あなた、いい加減にしてくださいよ!」

 

「……はっ、いい加減、か」

 

低い、しゃがれた声が自分のものだと気づいて、内心で驚いた。

この世を呪う気持ちが声に出たのか、想像以上の敵意が声には込められていた。

 

「そりゃ、こっちのセリフだ。あの異形が向かってきてんだぞ?」

 

「分かってますよ! だから、今こうして逃げようと」

 

「――分かってない」

 

顔は上げられない。きっと、酷い顔をしている。今の状態で能天気な二人を見たら、自分が何を口走るか自分で自分を信用できない。

自制心を総動員してスバルは出来る限り声音を落ち着け、言葉も選んだ。

 

「お前らは何もわかっちゃいない。あれにはどうやっても勝てない。逃げるのだって不可能だ」

 

二人を傷つけないため、ではない。むしろ逆だ。

出来るだけ簡潔に、的確に、行動の無意味さを知ってもらえるように。これがスバルの妄言ではなく、絶対の事実であると理解し、希望を捨ててもらえるように。

 

だからあくまでしたたかに、懇願するのだ。

 

「これ以上、自分のご主人様を苦しませたくはないだろ? なら頼むから……じっとしててくれ」

 

「――――」

 

――大人しく、ここで死んでくれと。

 

分かってもらえたのだろうか。その言葉を最後に、二人はもう何も言い返してこなかった。

きっと、酷く落胆されただろう。自分達の党首、レミリア・スカーレットが直々に推薦した者の正体がこれなのかと。

でも、そんなこと言われてもしょうがない。死に戻りがあるとか、活躍を示しただとか以前に、ナツキ・スバルは紅魔館の部外者だ。

 

今でも分からない。何故レミリアが自分を指名したのか。微塵も――、

 

 

 

「……はぁ、やっぱり駄目ですか」

 

「…………」

 

「では、私が時間を稼ぎます。スバルさんは、妹様を連れて逃げてください」

 

「…………は?」

 

沈黙を破った美鈴の一言は、自分の想像したどれとも違っていた。

あまりに自然で、あまりに当たり前のように口にされるものだから、スバルは耳を疑う。

 

「なんとなく、分かっていました……あれから全員で逃げ切るなんて不可能だって。それでも見ない振りをしていたのは……やっぱり、私が臆病者だったから、ですかね」

 

「お、おい……」

 

「あ、スバルさんが気に病む必要はありませんよ」

 

未だに理解が追い付かず、ろくな返事もできないスバルに、美鈴は一歩下がって頭を下げる。

 

「紅魔館の問題に、あなたを巻き込んでしまった。謝らなくてはいけないのは私たちの方です……本当に、申し訳ありませんでした」

 

違う。謝罪なんて求めてない。

今、スバルが聞きたいのは、その意味不明な行動理念だ。

聞いてなかったのか。ここでお前たちはどうあっても死ぬと宣言した。だというのに何故、まだそんな顔が出来る。

死に戻りを知っているスバルとは違う。もう二度と、笑う事も悲しむことも出来なくなる終焉を前にして、何故そんなにも、穏やかに笑って、

 

「……分からない、って顔ですね」

 

美鈴は、そんなこちらの心を見透かしたように目を細めた。

 

「私が門を守るのは……その先に、大切な家族がいるからです。この命に代えても、笑ってほしい人たちが……そこにいるから」

 

そして、傍に倒れるフランドールに視線を落とし、

 

「だから私は、妹様にもいつか、笑顔になって欲しい」

 

いちぶの揺るぎもない声で、そう口にした。

スバルにはその内にある心情をくみ取れない。答えに、なっていない。

 

「――ナツキ・スバル」

 

「……こあくま。お前も、なのか?」

 

「妖精達の件で「比べるまでもない」と言った事、謝罪します」

 

スバルの嫌な予感は的中し、小悪魔もまた頭を下げた。

 

「あれは……妖精達はこの世界の神の創造物で、まだ再生の余地がある。そういう意味で言ったのです」

 

「――――」

 

「いえ、ただの言い訳ですね。彼らが殺されたのは事実ですし、私がそれに大した情を抱かなかったのも事実。ですが」

 

彼女は一度、言葉を切る。そしてうつむいたまま、今度は震える声を振り絞った。

 

「妹様は……フラン様は違うのです。本当は吸血鬼なんて向いてない、優しい方なんです!」

 

子どもが大人に弁解しているようだ、とスバルは思った。

冷静さを欠いた声。まるで、事実を疑ってかかるスバルに「本当の事なんだ」と必死に説得を試みるようだ。

これまでのように理屈を並べ立てるでもない。プレゼンにしては出来の悪い方だろう。

 

「だから、私のことは嫌いなままでもいいですから……ッ」

 

 

 

「あの子をもう一度だけ……信じてあげてください」

 

「――――」

 

瞬間、美鈴が手をかざしたかと思うと、スバルの体に『気』のような半透明の空気がまとわりついた。

そして直後――体が思い切り投げ飛ばされたかのような浮遊感を感じる。いや、実際に投げ飛ばされたのだ。

 

「ま――」

 

視界の中で、二人の姿が急激に遠ざかっていく。

 

がむしゃらな叫びは届かず、伸ばした手もまた意味はない。

スバルが最後に見たのは、追いついてきた異形の魔理沙に正面から対峙する二人の後ろ姿。

 

自分が死ぬと分かっていて、それでも、

 

――どこか清々しさすら感じさせる、異様な横顔であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――静かだ。

 

意識が戻ったなら、必ずセットで飛び込んでくる小悪魔や美鈴の叫び声が聞こえてこない。

その不自然な静寂にスバルは一瞬、自分がとうとう悪夢から抜け出せたのではないかと錯覚したが、

 

「……ここ、は」

 

その淡い期待は、すぐに裏切られる。

視界を覆うのは、相変わらず鬱蒼と茂る木々の数々。場所は依然として、魔法の森だ。

だが、死に戻ったわけでもない。周囲に二人の気配はないし、体に残る鈍い痛みが、これが“続き”であることを教えてくれる。

 

状況を把握しようと、スバルはゆっくりと上半身を起こし、辺りを見回した。そして、

 

「……フラン、ドール」

 

すぐ傍らに、瀕死の少女が倒れているのに気づく。

その姿を目にした瞬間、曖昧だった記憶が一気に繋がった。

美鈴と小悪魔は、スバルの体に何かしらの術をかけた後、宙高く投げ飛ばしたのだ。異形の脅威から、無理やり引きはがすために。

そしてフランドールも、同じように逃がされたのだろう。

 

つまり、あの二人は、もう――、

 

「……クソ、クソ、クソッ」

 

拳を地面に叩きつければ、爪が割れて血がにじむ。逃がされたのだ。

守られたのだ。一度は決別すら告げた、憎しみさえ抱いていた相手に。

 

視線が、再びフランドールに落ちる。

小さな体は力なく横たわり、呼吸も浅い。それでも、その微かな音は確かにスバルの耳に届き――そこで、違和感に気が付いた。

 

――静かすぎる。

 

異形の気配がどこにもない。

あれほど世界を覆っていた圧迫感が、今は嘘のように感じられない。

何分意識を失っていたかは分からない。だが、異形の霧雨魔理沙なら、多少遠くに逃がされた程度、森ごと消し炭にするなりで対処できただろう。なのに、火の手は来ていない。

 

「……もしかして、今なら」

 

――帰れるのではないか。そう予感して、喉がひくりとなった。

 

「は、はは……」

 

知らず、乾いた笑いがこぼれていた。

一度こぼれだしてしまえば、もう止める方法が見つからない。

 

「ひひ、ははは。なん、だよ。おい、なんだよ。こんな、おい、はは……」

 

今の気持ちをまともに表現する方法が思いつかない。

あれだけ遠いと、無理だと、決して手の届かない場所だと思い込んでいたのに。いざ蓋を開けてみれば、こんなにもあっさりと光明が差すというのか。

 

囮を使って逃げ切る。こんな簡単な方法を、何故思いつかなかったのだろう。おまけにレミリアの望みであるフランドールさえ、連れ帰ることが可能ときた。

 

こんなチャンス、もう二度と回ってこないかもしれない。

 

諦めを促す自分の声に、その甘美な誘惑に、スバルは全てを委ねてしまいたくなる。

もともと、スバルは状況の楽な方へ楽な方へと流されやすい性質なのだ。美鈴と小悪魔も、フランの生還を望んでいた。これで本望だろう。

 

半ば強引に自分を納得させ、スバルはフランドールへと歩み寄る。

この小さな体を抱え、森を抜け、紅魔館へ戻る。それで終わりだ。それ以上、考える必要なんてない。

そうして、フランドールに手を伸ばそうとした、その時だった。

 

「……う、っ」

 

呻き声と共に、死に体の少女の腕が、ピクリと動いた。

 

数分で死を繰り返してきた、これまでのループにはなかった変化。

驚愕に息を呑むスバルを前に、少女はゆっくりと、弱弱しく瞼を持ち上げる。

赤い瞳が、焦点の合わないまま宙を彷徨い――やがて、スバルを捉えた。

 

「……あ、れ? おに、い……さん?」

 

「……フランドール、お前」

 

かすれた、ほとんど息だけの声。

こちらを認識しているとはいえ、意識は半分、まだ夢の底のようだ。

一瞬、胸の奥でくすぶる怒りが顔をだす。だが、それをぶつけたところで何になる。それすら意味のない事だとスバルは唇を噛み、感情を押し殺した。

 

「……レミリアの命令で、お前を迎えに来たんだ。一緒に紅魔館に帰ろう」

 

「…………そう、なんだ?」

 

少女は抵抗もなく、スバルの手に身を預けた。

背中に担ぎ上げた瞬間、伝わってきたのは羽のような軽さと氷の如き冷たさだ。目を覚ましたと言っても、危険な状態に変わりはない。

怒っている場合じゃないのだ。こいつが死ねば、手土産の一つもなく帰ったスバルに向けられる視線はきっと、ろくでもないものになるだろう。

 

だから余計なことは考えない。

 

「…………ね、ぇ」

 

そう、思っていたのに、

 

「めーりんと、こあくま、は……どこ?」

 

「――――」

 

その言葉は、それでも無視できるものではなかった。

 

「見え、たの……二人が……来てくれた、とこも……でも、いない」

 

無意味だと切り捨てることで誤魔化していたスバルの黒い感情の波が、声に反応して大きくなっていく。

 

「二人、とも……無事だよ、ね? ちゃんと、逃げられた……よね」

 

どの口が、そんなことを言う。

どの口が、もうやり直すつもりのないスバルを責めるような言葉を吐く。

誰が、静止を振り切って外に出た。誰を、迎えに来なければならなかった。誰の、せいで――、

 

「――死んだよ」

 

「…………え?」

 

「俺とお前を、逃がすために」

 

どうとでも嘘はつけた。

でも、濁すことも隠すことも出来ない。むしろ、丁寧に言葉を選ぶ。何も分かっていないであろうこの少女に、罪の数々が届くように。

 

「我が儘を言っても、取り返しのつかないことをしても、それでもお前を見捨てなかった連中がどうなったか……分かるか?」

 

息を継ぎ、顔を上げた。

 

「最後まで、馬鹿みたいに笑って……死んだんだよ」

 

「…………ぁ」

 

その言葉で、少女はようやく事態を理解したのか、小さく声を漏らした。

 

あの二人はいかれている。こんな奴のために、命を懸けただなんて。

フランドール・スカーレットは、少し外に出しただけで血を振りまいた殺人鬼だ。その事実を、二人も重々承知していたはずだった。妖精たちの骸を前にしたとき、彼女らの顔には確かに忌避も、恐怖も浮かんでいたのだから。

同時に見えた諦めの色は、フランが同じだけの大罪を幾度となく犯してきたのだと物語っていた。

 

それなのに二人は再び少女を信じ、無残な末路を遂げたのだ。

その矛盾と、あまりにも理解しがたい愚かさゆえに、スバルはあの時、二人をフランと一緒くたにして拒絶した。

 

「……なんで、助けに来たの?」

 

その問いを耳に入れた瞬間、スバルの全身を、訳の分からない衝撃が駆け抜けた。脳天から雷を打ち込まれたかのような、思考を叩き潰す圧倒的な衝撃。

 

「――っ!」

 

次の瞬間には、背中に担いでいたフランを、ほとんど反射的に振り落としていた。

 

「ふざけるな……!」

 

どうして、お前がそんなことを聞ける。二人が死んだのは、間違いなくお前のせいなのに。

 

「助けに来た理由だと? そんなもん……」

 

――そんなもん、なんだ?

 

怒りのままに胸の内をぶつけるはずが、言葉が続かなかった。

ついさっき、自分で考えたばかりではないか。なぜ、何度も罪を犯した少女を、紅魔館はそれでも見捨てず、迎えに来たのか。

レミリアの命令だから、嫌々仕方なく。一瞬そう考えたが、それでは命令した側の意図も、死に際に浮かべたあの笑顔も、まるで辻褄が合わない。

 

もう、自分でも何が分からなくて、何に怒っているのか分からない。

堪えがたい激情をそのまま吐き出そうと、スバルはフランへ顔を向ける。

目的も忘れ、絶叫が魔法の森に木霊しようとした――その、直前。

 

「……なんで、助けに来たの!!」

 

スバルより一瞬早く、少女の絶叫が森を震わせた。

予想外の叫びに、思考が止まる。だが直後、少女の顔に浮かぶ「それ」を見た時、その何倍もの衝撃が、彼を襲った。

 

 

 

「私は、そんなこと……頼んでないのにっ」

 

フランドール・スカーレットは、大粒の涙を目に溜め、泣いていた。

 

それは癇癪でも、逆上でもない。どうしようもなく取り残された子供の、壊れそうな泣き顔だった。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

言葉が、でなかった。怒鳴り返すはずだった声が、胸の奥で凍り付いていく。

そんなスバルの前で、フランドール・スカーレットは、肩を震わせながら言葉を紡いだ。

 

「……私、助けてなんて……一回だって、頼んでない」

 

ぽつり、とこぼれる声は、あまりにも小さく、痛々しくて。

 

「死んでも、よかったのに……私がいなくなれば、全部解決したのに」

 

酷く、傲慢な物言いだ、と思った。だが、目の前の少女からはそうした傲りは欠片も感じられない。

ならば、この言葉の奥にあるものは何なのか。答えは、あまりにも単純だ。

 

「それなのに……どうして、どうして見捨ててくれなかったの?」

 

自己否定と、戸惑い。

スバルが今まさに抱いた疑問と同じものを、少女自身も抱えているのだ。自分に存在価値があるのか。そして、そんな自分のために、なぜ誰かが命を懸けるのか。

 

そのどちらも、理解できずにいるのだ。

 

「また……また私のせいで、いっぱい壊れた。分かってたのに……分かってたのに……」

 

嗚咽が、言葉を引き裂く。涙が、頬を伝って地面に落ちる。

 

「めーりんも、こあくまも……死んじゃったあぁ……ッ」

 

「――――」

 

堰を切ったように涙が溢れだし、そこから先は、もう言葉になっていなかった。

 

「お前は、もしかして……」

 

もし、彼女がこれまでの五百年、ずっとこんな想いを背負って生き続けてきたのだとしたら。他者を傷つけてしまう自分を、誰よりも憎み続けてきたのだとしたら。

 

俺は、こいつを放って置けるのか。

 

『だから私は、妹様にもいつか、笑顔になって欲しい』

『あの子をもう一度だけ……信じてあげてください』

 

浮かび上がるのは、二人の妖怪の願いと懇願。そして、

 

『私じゃきっと、フランを救えないのよ……ッ』

 

今後二度と見せてくれないであろう、紅魔館党首、レミリア・スカーレットの弱さ。

 

「――――」

 

自分でも、ちょろすぎる自覚はある。

 

この少女が原因で、多くの物を奪われた。

心に刻まれた痛みも、憎悪も、本来なら忘れられるはずがない。でも、今は何より、

 

――目の前の光景が、離れてくれそうにない。

 

狙ってやっているのだとしたら大したものだ。

スバルはきっと、この先どれだけ平穏な日々を手に入れたとしても、この光景が延々と付き纏うのだろう。

 

もともと、スバルは楽な方へ生きやすい方へ流されやすい性質なのだ。

痛い思いも、苦しい思いも、辛い思いもしたくはない。そんな重苦しいものを抱えて生きていくことなど、考えただけでも逃げ出したくなる。

 

「おい、馬鹿なこと考えてんぞ、俺」

 

逃げ出したくてしょうがないから、どうにかしたいと、そう思ってしまう。

 

「せっかく、拾った命なのにな……」

 

一度は諦め、みっともなく喚き散らした挙句に庇われて。

情けなくて、格好悪くて、それでもようやく辿り着いたこの瞬間に、スバルは決断しようとしている。

 

「そうだ、拾った俺の命だ。だから」

 

楽な方へ、生きやすい方へ、それを目指して何が悪い。

 

「――使い方は、俺が決める」

 

口にした瞬間、スバルはもう引き返せない線を自分の中に引き切った。

 

だから、泣きじゃくるフランの前でそっと屈み、半ば強引に視線を合わせる。

躊躇いはあった。一度この少女を見限った自分に、それを言う資格があるのか分からなかったから。

 

――でも、それでも、

 

 

 

「――必ず、助けてやる」

 

「…………え」

 

 

 

その宣言を前に、少女が何を思ったかは分からない。反応を返されるより早く、スバルは走り出していた。

 

覚悟を決めたつもりでも、思考がかき乱されたようにめちゃくちゃだ。

心臓の鼓動が心を裏切るように全身を軋ませ、手足は鉛を詰めたように重く感じる。

全力で走っているのに、世界はいつしかスローモーションになり、一秒でも結果を先延ばしにすることで、スバルの心変わりを促しているようにさえ思えた。

 

――馬鹿馬鹿しい。今だって、そう迷っている。

 

でも、レミリアはスバルに、フランを救ってほしいと頼んだのだ。

二人の死に心が折れたあの少女を連れ帰っても意味がない。きっと未来永劫、彼女の望む結末にはたどり着けない。

 

あの場所で未来を諦めるのなら、それはスバルにとって死んだのと同じことだ。拾った命を死んだように生きるのなら、拾った命を『何か』に還元する。

そしてその決断こそが、何もできない代わりに、何かが出来るスバルだけのものだ。

 

「……よぉ」

 

世界の引き伸ばしが、終わる。

 

「出来れば二度と拝みたくなかったぜ、その面」

 

「……誰だお前?」

 

スバルの前に立つのは、自身の終焉そのもの――異形の、霧雨魔理沙だ。

ようやく撒くことができたはずの彼女の前に、今スバルは自分から立っている。

 

「今まで退屈させて悪かったな。どうやらお前の言う通り、俺だけ覚悟が足りてなかったらしい」

 

未来を変えるきっかけ、そういえば最初に与えてくれたのはこいつだった。感謝なんて絶対にしてやらないが。

力が出なかった理由も、今なら分かる。スバルはこれまで、自分が生きて帰るためだけに戦っていた。それだけじゃ、傲慢な自分は満足できないのだ。

 

「……モブが俺の前に立つとは、自殺願望でもあるぬか?」

 

「馬鹿言うんじゃねえよ。死にたくなんか欠片もねえ。死ぬのなんか本当に、人生の最後に一回だけでいい。本気で、そう思う」

 

「では何故、わざわざ俺の前に……?」

 

「……どうやら、ハッピーエンドが待ってるらしいと分かったからな」

 

こいつからすれば、スバルの発言は意味不明な妄言でしかないだろう。恐らく数秒後には、またあの地獄へ逆戻りだ。

それでも、勝算ゼロって訳じゃない。スバルにはまだ、こいつに勝てる可能性がある。

 

『あなた、博麗の霊力が宿っているそうね』

 

「…………さて、世迷言じゃなきゃいいが」

 

出発直前に伝えられた、スバルの内に宿る霊夢の力。

使い方など分からない。でも偶然でも何でも、一度は発動できた。不可能ではないのだ。

生憎、スバルには無限に挑み、失敗できる「機会」がある。自分は、シカトできないしつこさだけは定評のある男。

 

「俺をその気にさせたんだ。そっちこそ覚悟しろよ最強」

 

俺が諦めない限り、敗北は、ない。

 

「こっから先は――泥仕合だ」

 

「わけわかんね」

 

痺れを切らした異形の手から、全てを呑み込む光が放たれる。

 

これで二度と抜け出せなくなったのなら、そこまでだ。だがもしも、もしも仮に、未来があるのだとしたら。

 

それならスバルは――

 

 

 

「俺も、笑った顔が見たくなったな」

 

――さあ、物語を動かそう。

 




可愛い子を書くと原作から絵がかけ離れていく……。
やっぱり寿司勇者トロさんは凄い!
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