Re:ゼロカラアラガウ異形郷生活   作:カノンだよ

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第二章13『死を伴う修練』

少し前のことを追憶しよう

 

――と言っても、スバルにはなんだかそれが、遠い昔のことのように思えた。

 

 

 

風に揺れる木々と、遠くで鳴く鳥の音くらいしか響かない、今日も静かな博麗神社。午前中の業務を終わらせたスバルは、その縁側に座り足を投げ出した。

そして隣には、自分よりずっと長時間そうしている紅白巫女が一人。

 

「……相変わらず暇そうだな」

 

「なによ、平和なのはいいことじゃない」

 

「暇の原因は平穏じゃなくて客の少なさじゃ……痛ぇ! 殴らなくてもよくね!?」

 

「うるさい」

 

頭に一発入れられて、涙目で少女――博麗霊夢を睨む。

確かに口が過ぎた自覚はあるが、彼女がいつも暇そうにしているのは事実だ。

魔理沙が遊びに来たり、三日に一度くらい人里に出かけて行ったりするのを除けば、霊夢は大体ここでボーっとしている。

聞けば、人の集落から博麗神社までの道のりは、魔理沙のような力を持たない普通の人間にしてみれば命がけなのだそう。そりゃ参拝客などくるはずもなく、巫女としての仕事もまた、存在意義を持たない。

何の呪いか、本人は頑なにそれを認めようとしないが。

 

「っても、平和なのも事実なんだよな。正直、異世界としちゃ物足りないくらい」

 

スバルは、眼前に広がるのどかな自然に向かって息を吐く。

 

妖怪、魔法、その他ファンタジーな生き物に異能の数々。

点在する要素だけ見れば、まさしく想像した異世界そのものだ。だが実際のところ、大きな事件の一つも起きていない。

 

「まあ、幻想郷だからね。来る者拒まずで寛容なのよ」

 

「理由になってんのかそれ? むしろ、そういう姿勢の方が秩序保つの難しそうだけど」

 

すると、スバルの一言に少女の頭がぴくりと揺れる。

 

「……どういう意味?」

 

「人間がいて、妖精がいて、妖怪がいて、もっと細かくいったらその中でも種類が分かれるんだろ? 普通、同じ場所に色んな奴がいたら、確執とか起きやすいと思うんだよ。……日本が比較的平和なのも、同じ人種が大部分を占めてたからってのがでかいらしいし」

 

人によって考え方は千差万別。

良かれと思って起こした行動が、相手の価値基準では癪に障った――そんな話は吐いて捨てるほどある。それが、文化も寿命も力のあり方も違う者同士ならなおさらだ。

そういう意味では、多種多様な生き物が共存するこの世界が、目立った騒乱もなく平穏を保っていることの方がよほど異常だと思う。

 

「ほんと、無茶苦茶だけど……まさに楽園って感じだよな」

 

「……楽園、ね」

 

彼女は誰にも届かないほどの小声で、言葉を漏らす。その声音にわずかな含みがあったことも、当然スバルの耳には入らなかった。

 

「理由、教えてあげましょうか?」

 

唐突に向けられた問いに、スバルは振り返って彼女を見る。

 

「お、何々、やっぱ画期的な仕組みとかあんの?」

 

「それはね……」

 

そう前置きした少女に、スバルが身を乗り出して待つこと数秒。

 

「――私がいるからよ」

 

迷いなく放たれたその言葉に、スバルは言葉を失った。自慢でも誇張でもなく、ただ事実を事実として述べただけの口調に、若干気圧される。

 

「……それ、本気で言ってる?」

 

「当たり前でしょ。私は博麗の巫女なんだから」

 

霊夢は縁側に手を付き、こちらに視線を合わせる。その顔は、先刻まで欠伸と伸びの繰り返しをしていた少女とは別人だ。

 

「悪さをする奴はぶっとばす。幻想郷が壊れそうなら叩き直す。それが役目だもの――私がいる限り、幻想郷はずっと平和よ」

 

「……かっこよすぎんだろ」

 

「何? 馬鹿にしてるわけ?」

 

「いや違うって! 今回はマジで感動してんの!!」

 

再び拳を握る少女の前で、スバルは慌てて両手を振る。

絶対的な力が頂点に立ち、治安を維持している。その構造自体は、スバルにも想像できた。

だが、その“絶対的な力”が、隣に座っている少女なのだと言われれば話は別だ。

嘘をついている様子はなかった。ならば、普段自分と軽口を叩き、参拝客の少なさに機嫌を損ね、居候させてもらっている相手は、この世界の均衡を担う存在だという事になる。

 

なんだか途端に背中が大きく見え、今までの不敬を恐れ多く感じ始めたが――、

 

「あっ、縁側の下に小銭が落ちてるわよ! 拾いなさいスバル!!」

 

おい。

 

「悪い、一時の気の迷いだった。霊夢は気にせずその調子でいてくれ」

 

「何言ってるか分からないけど、馬鹿にされてることだけは伝わるわね」

 

いつの間にか板の隙間を熱心に覗き込んでいた自称最強を見て、スバル深く息を吐いた。あと無防備にお尻を振るのは目に毒なので、普通にやめていただきたい。

 

「博麗の巫女とやらの姿か……これが」

 

「さては信じてないでしょ」

 

「いっつもゴロゴロしてるだけなのに、実感持てって方が無理だと思うね俺は」

 

それは本音を多少含みつつも、いつもの軽口のつもりだった。だが――、

 

「…………へぇ」

 

今回の煽りは力に絶対的な自信を持つ彼女にとって琴線に触れるものだったらしい。

霊夢は薄ら笑いを浮かべたまま、ゆっくりと立ち上がる、数秒かけて、わざとらしいほど丁寧に。

 

「力を見せればいいのね」

 

「あ、ちょっと待って今の無し! 冗談だから!?」

 

「そう遠慮しなくていいのよ。私がその気になることなんて滅多にないんだから」

 

嫌な予感を感じ取るも、既に時遅し。――霊夢の足が地面を離れた。

重力が彼女だけを拒絶したかのように、自然な動作で宙へ浮かび上がる。裾が揺れ、長い髪が風邪もないのに僅かにたなびく。

ついでに周囲の空気が帯電してパチパチと変な音を立て始めた辺りで理解した。

 

――こいつ、本気だ。

 

「お、お助けーっ!!」

 

「安心なさい、空に一発打ち込むだけよ。ちゃんと伏せてないと怪我するかもだけどね!」

 

全然安心できない言葉が放たれると同時。霊夢が片手を掲げると、懐から何十枚もの札が舞い上がった。それらは一糸乱れぬ隊列、正確無比な軌道を持って、少女という惑星を軸に、衛星の如く回転を始める。

 

そこにいるのは、小銭に夢中になっていた貧乏少女ではなく、確かに、

 

 

 

「見なさい」

 

博麗霊夢が、静かに告げた。

 

「――これが、博麗の巫女の力」

 

瞬間、手に持つ一枚の札が、光を帯びる。

まるで空間そのものを裂くような、圧倒的な暴力が一転に凝縮され――解き放たれた。

 

 

 

その後に見た光景は、今でも鮮明に覚えている。というより、忘れられるはずがない。

それは本来、調子に乗ったスバルに反省を促すための一芸に過ぎなかったのだろう。だが、結果だけを見れば彼女の思惑とは少し違うものになった。

確かに、畏怖はあった。純粋な驚きもあった。でもそれ以上に、スバルは魅せられてしまったのだ。世界を正すために振るわれる、一条の光に。それを当然のように操る、彼女自身に。

 

自分も、あんな風になれたなら。誰かを守る側に立てたのなら。あの日からずっと、スバルはそう思い続けている。

 

 

 

 

 

2

 

 

 

 

 

空が熱い闇に閉ざされ、徐々に静けさが広がりつつある夕暮れ。

高く伸びた木々は青々と葉を茂らせ、幾重にも重なった枝場が空を覆い隠す。差し込む光は乏しく、足元は常に影に沈んでいる。その森を、少年は疾走していた。

 

枝を払い、根を超え、ぬかるみを踏み切る。

初見なら一瞬で足を取られる悪路でも、その動きに淀みはない。大体周囲百メートル。その範囲に限れば、この森は既に未踏の地ではなく――目を閉じても進める、自身の庭だ。

 

死んで、覚えた。それほどまでに、戦いは繰り返されている。

 

「……そろそろだな」

 

スバルはそう言って、直感的に後ろを振り返る。無論、これから来る衝撃に備えるためだ。

別に殺気云々が分かるようになったわけじゃない。文字通りに体で覚えているだけだ。自分がこの軌道を取った場合、この位置、このタイミングでそれが来ることを。

 

「力、借りるぜ、博麗霊夢」

 

両手を前に突き出し、意識を研ぎ澄ます。すると、指先に微かな光――博麗の霊力が宿った。

 

「――グンニグル」

 

「レンタル・バリアっ!!」

 

不明瞭な詠唱。未熟な術者。致命的に恰好のつかない名前。

足りないものだらけの掛け合わせ――しかし、意志だけは一つに統一された光が、スバルの周囲一メートルを、確かに包み込む。

 

「よっしゃ!」

 

二十五回目にして、初めて意識的に成功できた技にスバルは感嘆の声を上げる。

紅魔館で一度、偶然発現した技。これを習得するまでの試行錯誤で、大量の屍を重ねてしまった。だが、ようやく一歩――、

 

「――がっ!?」

 

視界が、赤く染まる。

 

深紅の槍は、結界を紙のように一瞬で突き破った。槍はそのままスバルの腹を貫通し、背後へと通り過ぎていく。

そっと自分の下腹部に手を当て、そこにあるべき自分の内側がないことを理解する。

 

「あ、ぐ……」

 

「……なんだ、もう終わりでぬか?」

 

嘲りとも、退屈ともつかない響きの声を聞きながら、スバルはこの世界の終わりを悟った。

 

――畜生。覚悟を決めようが決めまいが、痛い物は痛い。

 

おまけに数十回のトライ&エラーの末ようやく掴んだ成果が、怪物相手に何の意味も持たなかったことは精神を摩耗させた。

大丈夫。このバリアはあくまで過程。最終的に掴みたい力にたどり着くための通過点に過ぎない。自分はちゃんと命を何かに還元できている。だから――、

 

「――次だ」

 

視界が暗転する。

 

その直後には、ナツキ・スバルの次の戦いが始まっていた。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

――三十七週目。

 

「――毒を操る程度の能力」

 

スバルがバリアを張るようになってから、異形の魔理沙は露骨に手札を変えてきた。

周囲の気体を汚染する能力。目に見えない毒が空間を満たし、結界を貫通して肺を焼く理不尽仕様。

確かに、空気まで遮断するバリアだと自分が酸欠で死んでしまうはずなので、理屈は通っている。

 

なんとなく予感はしていたが、こいつは狂ったふりをしているだけだ。相手を観察し、適切な手を選ぶ知性がある。別に一発殴られるだけで壊れる脆いバリアなため、その努力は無駄なものだが。

 

超絶苦しい毒は勘弁願いたいが、能力の精度を上げていくために、バリアの修練を止めるわけにはいかない。

だからこの肺の痙攣も、血泡に溺れる苦しさも、全ては必要なことだばばばばばばばばばば――、

 

 

さあ、もう一度。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

――五十四週目。

 

全身が熱くなるような感覚をスバルは得始めた。体の中を巡る、血とは違うモノを感じる――この体内を荒れ狂う、形のない奔流こそが霊力なのだろう。

そこでスバルは、己の中に蠢くエネルギーの行き場を妄想に求める。体の内側にある重々しい扉を開き、内側から外へとエネルギーを溢れさせるイメージ。それを妄想から、現象へと昇華させる。

 

だがそれも、児戯用の空気砲程度にしかならず、失敗に終わった。

 

「――次だ」

 

 

 

 

 

家に帰って寝ころびたい。

温かい風呂に浸かりたい。

なにもかもばっさり切り捨てて、もう一度逃げ出したい。

 

少し前の自分なら、そんなセリフを迷いなく吐けたはずだ。ここまでやったスバルを責められる者など、誰もいないはずだ。五十回以上も死に、ようやく掴んだ成果もろくに通用しない。自分はとっくに、おかしくなっているだけなのかもしれない。

 

でも、他の誰でもない自分が、己の逃避を許さないのだ。

からっぽでいる以外の生き方を、知ってしまった。再びあの一人ぼっちの世界に戻ってしまう恐怖があるから、もう何も抱えずに引き下がる選択肢は取れない。

 

ここまでのおよそ五十周。スバルが毎回、異形の魔理沙の囮を買って出て、他の三人を先に逃がしているのもそのせいだ。効率だけを考えれば、連携した方が絶対にいい。それでも、選べなかった。

 

もう誰も、自分より先に死なせたくない。

 

全てを終えた時、そこにちゃんと自分も笑えるハッピーエンドを据えられるように。

 

だから、もう一度。

 

もう一度。

 

もう一度――――。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

――――週目。

 

本来なら、それは十年以上にわたる修練の果てにようやく身に着けるべき力。

それをこの短時間で、僅かな片鱗でも宿せれば、間違いなくその者は天才だろう。

 

――だが、彼は違う。

 

痛みを伴う修練は成長を早めるという。ならば、死を伴う修練はどうだ。

二度と死にたくない。あんな思いは御免だ。人間なら誰しも抱く当たり前の恐怖。その当たり前の狂気を、何十回も真正面から突きつけられた結果、少年は才能に見合わぬ速度で変貌を遂げる。

 

霊力の流れが、今は安定して分かる。貧弱なことに変わりないが、借り物ではない。自分の意志で練り、形にできる。

 

その実感の向こうで、いつもの声が聞こえてきた。

 

「妹様、しっかりしてください! 妹様!!」

 

「妹様がここまでやられるなんて……! 早くパチュリー様に見せないと!」

 

「……ふぅ」

 

切羽詰まった声に混ざって、スバルの震えた息が森に響く。

これだけの地獄を超えたって、未だに恐怖が色あせることはない。

 

しかも今度は、失うかもしれない恐怖も追加だ。自分が死ぬだけだからと割り切ることはできない。

――もう、只の囮になる気はない。

 

 

 

「――勝ちに行くぞ」

 

全てを終わらせる。その思いだけを胸に、スバルはようやく――一歩、前進を果たした。

 




投稿頻度の割にすごい短くてごめんなさい(´・ω・`)
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