「そんな保証がどこにある?」
――最終戦。少なくとも、スバルがそう定めた戦いの最初の一撃は、やはり全てを貫く白光であった。
「――――」
如何なる原理によるものか、空中に無数の魔法陣が出現する。それらが一斉に瞬いた次の瞬間、白光が迸った。
恐ろしいのは、こちらを仕留めるための致命的な一撃が、それらしい掛け声の一つもなく放たれることだ。
しいて言えば、こちらの慢心に付け込んで放たれる、魔法使いからの死の宣告。それこそが、詠唱に代わる掛け声なのだろうか。だが――。
「ご忠告どうも。おかげで耳にタコができまくりだぜ、マジで」
「……ほう」
魔法使い――異形の霧雨魔理沙は、奇襲を放ったにもかかわらず、なお原型をとどめている者たちを前に、どこか感嘆に近い声を漏らした。
彼女の眼前に立つのは、今の一撃で消し炭にするはずだった二匹の妖怪と、一人の人間だ。
「どうやって、今のを避けた? 殺気は完全に消してたはずだが」
「避けたって……他責に走る前にちょっとは自分の腕を疑えよ。お前が外しただけじゃないのか」
口元を吊り上げ、あからさまな挑発を口にする。
無論、敵の腕には一寸の狂いもない。あの白光がスバルを死なせた回数は、全体のおよそ三割にも及ぶ。
トラウマにもなっている攻撃を、それでも減らず口を叩ける程度の余裕でかわせるのは、トライ&エラーでつかんだ、白光の予兆によるものだ。
異形魔理沙はスバルの挑発に、一瞬眉をひそめたが、
「……まあいい。どうせ次で終わる」
片手を掲げ、再び空中に魔法陣を展開する。見慣れた死の宣告が、三人へと狙いを定める。
「させません!!」
同時に、美鈴が大地を蹴った。
地面を抉る脚力の踏み込みが、彼女と魔法使いの間合いを一瞬でゼロにする。
小悪魔もお得意の重機を取り出し、美鈴とほぼ完ぺきなコンビネーションを持って、白光を掻い潜り、連撃を叩きこむ。
それでも魔法使いは、その全ての攻撃を軽くいなす。
これだけなら今まで通りだ。二人の全力をもってしても、奴に拮抗できるのはせいぜいが三十秒が限度。だからこそ、
「――美鈴、小悪魔! 今から五分だけ時間を稼いでくれ!」
スバルはあえて、そんな無理難題をその場の全員に聞こえる声で要求した。
「さっきは、フランや二人にひどいことを言った! なんにも知らねえ部外者のくせして、何もかも分かったような面で、自分勝手に騒ぎ立てた!」
本当、自分で言っていて愚かすぎて泣けてくる。
妖精たちの骸を目にしたとき、スバルは裏切られたと思った。あれほど必死に助けようとしていたフランが、無慈悲に命を奪う残虐な吸血鬼だったのだと。美鈴や小悪魔も、結局はそんな彼女の仲間なのだと。
けれど、一面を見ただけで全てを理解した気になっているのは、今も同じだ。
フランは何故妖精を殺すのか。何故、そんな彼女を紅魔館の皆は守ろうとするのか。スバルはまだ何も知らない。それなのに、また分かった気になって、勝手に彼女たちに失望するのか。
そんな自分を、もう繰り返したくはない。
「だから俺に、もう一度チャンスをくれ! これから皆のことを知っていきたいし、仲良くなりたいって本気で思ってる! だから五分でいい、死ぬ気で耐えてくれ! そうすれば――」
一度、息を吸う。そして顔を上げた。
「――そうすれば、俺たちの勝ちだぁ!!」
「――――」
脈絡のない独白。何一つ具体性のない勝利宣言。そして、結局のところ何も改善していない無理難題な要求。
それでも、そこに込められた覚悟だけは疑いようがなく、美鈴と小悪魔が、驚いたように目を見開く。
だが、何よりも大きな反応を示したのは――異形の魔理沙だった。
「――――ふひ」
変わらぬ無表情。その奥にある瞳が、かすかに揺れた。ほんの一瞬、彼女の中に動揺が走ったのを、スバルは見逃さない。
何故ならこれこそが、スバルの狙いなのだから。
相手は最強の魔法使い。これまで幾度となく敵を蹂躙してきたであろう圧倒的な強者。その彼女が、初撃を凌がれたばかりか、目の前で堂々と勝利を宣言された。
しかも、五分後には勝利を確信するほどの何かが待っているという。
ならば、奴はそれを見届けずにはいられない。
自分の知らない切り札を恐れて決着を急ぐなど、最強を自負する魔法使いにはあってはならない。何を仕掛けてくるのか、どんな策を用意しているのか。それら全てを見届けたうえで、正面からねじ伏せる。それでこそ、自らの強さを証明できる。
――だから、きっと。この五分間、奴には美鈴と小悪魔を殺せない。
「……なるほど、そういうことですか。まったく、無茶言ってくれますね」
そして、スバルの意図を察した美鈴は、呆れたように息を吐くと、一度大きく深呼吸して拳を握り直した。
「紅美鈴、あなた、本気で彼の妄言を信頼しているのですか?」
「さあ、どうでしょうか。……でも、もとより手詰まりなんです。信じる他ないでしょう」
おそらく彼は、敵の心理を利用したのだろう。だが、それで自分たちの安全が保障されたわけではない。
五分間耐えたところで、本当に勝てるのか。実のところ、そこについては、もう疑う気持ちはなかった。
どのみち、絶望的に望みの薄い状況なのだ。そんな中でも彼は希望を見出し、私たちに未来の話をしてくれている。――フランドールによる、あの虐殺を目の当たりにした上で。
それだけでも、彼を信じるには十分だ。
ならば、問題はただ一つ。目の前の魔法使いを相手に、この五分間をどうにか耐え抜けるかどうかにある。
確かに敵は、スバルの宣言を受け、こちらに猶予を与えるつもりなのかもしれない。だが、それは所詮、暇つぶし程度の気まぐれに過ぎない。
どれほど手加減されたところで、相手が自分たちを遥かに上回る化け物であることに変わりはない。こちらの戦いぶりが期待外れだと判断されれば、その瞬間に興味を失い、あっさりと皆殺しにされる可能性だってある。
要するに、自分たちは五分間の命を勝ち取ったのではない。五分間、魔理沙を退屈させずに戦い続ける権利を得ただけなのだ。
「……さて。では、私も彼の期待に応えないといけませんね」
美鈴は微笑み、拳を強く握りしめた。
そして、頭に載せた帽子へと手を伸ばす。そこには、星形の紋章――「■」の字を象った印が刻まれていた。
「知っていますか、魔法使い。――■は、水を得てこそ真価を発揮するんですよ」
言い終えるや否や、その紋章を力任せに引き剥がす。
それは、遥か昔。紅魔館に仕える大魔法使い、パチュリー・ノーレッジによって彼女に施された封印札だった。
本来の力を抑え込むための、強力な封印。その札が地面へ落ちた瞬間――美鈴の身体に変化が訪れた。
額の左右から、鈍い音を立てて二本の角が伸びる。陶器のように滑らかだった肌には、青く艶やかな鱗が広がり、指先からは鋭い鉤爪が姿を現した。瞳は琥珀色に輝き、その瞳孔は獣のように縦へと細く裂けていく。
それは、人の姿を残しながらも、もはや人間とは呼べない異形の姿。
古代中国に起源を持つ、神聖なる種。その姿は、鹿の角、駱駝の頭、蛇の首、鯉の鱗、鷹の爪、虎の掌――数多の生き物の特徴を併せ持つと伝えられる。あらゆる生物の優れた性質を備えた、神秘の獣。
畏れ敬い、人はそれを――龍と呼ぶのだ。
「……龍人化? こっちの阿求の言うことも、あてにならんね」
「――お待たせしました」
「いあ、いいよ。……これなら少しは、楽しみだ」
問答は終わり、互いに互いしか認識できぬほど集中し、対峙する。
――今、この場の全員の命運を握る、運命の五分間が幕を開ける。
2
「……さて、こっちも動かねえと」
目の前で始まった人智を超えた戦いに、スバルは短く息を吐く。
後は美鈴と小悪魔を信じて、スバルは自分の役割を果たさなければ。そう決意して、目的のものへと足を進めた。
死に戻りのセーブポイントから、異形魔理沙との遭遇まで猶予は僅か一分ほど。しかも場所は魔法の森の奥深くで、周囲に味方の影はない。
だから、スバルは増援という選択肢を早々に切り捨てていた。
――だが、一つだけ。その点に関して決定的な見落としがあったのだ。
スバルは足元へ視線を落とす。そこには、傷だらけの体を横たえた少女がいた。
「――フランドール・スカーレット」
片方の翼は引きちぎられ、全身には無数の裂傷と火傷が刻まれている。あれほど鮮烈だった金色のの瞳も今は力なく伏せられ、呼吸さえ途切れそうなほど弱弱しい。
はっきりと死に体だ。だが、彼女こそが、この戦いを勝利へ導く最後のカード。
ほかならぬ異形の魔理沙の発言が、それを証明してくれた。
『――やはぁ、フランより弱いな』
フランドールは、スバルたちが駆けつけるまでの間、たった一人であの異形と渡り合っていた。
結果だけ見れば完敗はしている。それでも、異形魔理沙が彼女を二人よりもはるかに強いと評したことは紛れもない事実だ。
ならば、彼女がいれば戦況は大きく変わる。
無論、瀕死のままでは話にならない。だから、ここで力を使う。
百を超える死の螺旋の果てに、スバルがようやく手にした力――博麗の力を。
「…………
静かに唱え、フランドールの身体へ手を添える。すると、スバルの掌から淡い光が溢れ出した。
スバルが習得した博麗の力は、あの防御結界に加え、新たに二つ。その内の一つがこれだ。
静かに唱え、フランドールの身体へ手を添える。すると、スバルの掌から淡い光が溢れ出した。
以前、霊夢がこの言葉を口ずさみながら、野菜の皮むきで負ったスバルの怪我を治してくれたことがあった。あのときの光景を思い出せば、フランドールの傷も塞げるはずだと――そう、思った矢先、
「――いっ!?」
全身を激痛が駆け抜けた。
「ぐ、ぁ……!」
予想だにしなかった痛みに、身体が強張る。骨の髄まで軋むような感覚に襲われながらも、スバルは歯を食いしばって能力の発動を続けた。
だが、痛みは一向に引かない。それどころか、今度は体内で何かが弾けるような感覚が走り、喉の奥からせり上がった血が口元を汚した。
「げほっ……!」
これは、まさか――。
「……治癒能力じゃ、なかったのかよ」
そこでようやく、スバルは霊夢が使っていた力の仕組みを理解した。
これは、傷を消し去る万能の治癒能力などではない。恐らく、使用者自身の生命力を、対象へと分け与える力なのだ。
傷を負った者の命を繋ぐ代わりに、使用者の命を削る。発動している間は絶え間ない痛みに襲われ、長時間使い続ければ、その身にどれほどの負担がかかるか分かったものではない。
つまり、あの巫女はまたやらかしてくれたわけだ。
「くっそ……こんなときまで好感度上げてきやがって、あのツンデレ巫女。いい加減、お前の評価を確定させて、お礼の一つでも言わせやがれ……!」
自分の怪我を治してくれたあのときも、霊夢は何食わぬ顔でこの力を使っていたのだろう。
単純な治癒能力だと偽って、こちらに余計な気を遣わせることも、負い目を感じさせることもなく。
――本当に、どこまでも食えない巫女だった。
おかげで少し、いやかなり作戦に狂いが生じた気がするが、今更方針を変えるわけにもいかない。だから、スバルは痛みを押し殺し、フランへと移す生命力をより一層強め、
「――起きろ、フランドール」
祈るように、あるいは命令するように。
その名を呼んだ直後、固く閉ざされていた少女の瞼が、かすかに震えた。
3
――フランドールという少女にとって、吸血鬼の一族での暮らしは非常に耐えがたいものであった。
妖怪の中でも、吸血鬼が持つ膂力と魔力は飛び抜けて高い部類に入る。
比類なき戦闘力に加え、生血さえあれば無尽蔵に再生するという種族特性は、当時の十五世紀欧州において、彼らを絶対的な強者として認めさせるに足るものだった。
唯一、吸血鬼が持つ弱点があるとすれば、「日光を浴びると滅びる」ということくらいだろうか。
そんな吸血鬼たちの中でも、ひときわ長い歴史と高い地位を誇る一族が存在する。
――スカーレット家。
欧州に古くから続く、由緒ある吸血鬼の名家だ。
その一族がどこに居を構えているのか、正確に知る人間はほとんどいない。人里から遠く離れた土地に居城を構え、外部との接触を極力避けながら、長い年月を過ごしてきた。誇り高き吸血鬼一族である。
そして、その当主の子として生を受けた姉妹が――レミリア・スカーレットとフランドール・スカーレットであった。
姉のレミリアは、まさしくスカーレット家の名にふさわしい存在だ。
生まれながらにして、両親すら遥かに凌駕するほどの力を持ち、「ドラキュラ・ヴラドの副葬品」とまで称された彼女は、一族の未来を担う次代の当主として、誰からも期待されていた。
だが、妹のフランドールは違った。
その容姿は姉とも、まして他の吸血鬼たちとも大きく異なっていた。両親にはない髪の色も、背中から生えた奇妙な翼も、何もかもが異質。極めつけは、本人にすら詳細の分からない能力があった。
ありとあらゆるものを破壊する程度の能力――そう名付けられた力は、発動条件不明。本人が望まずとも、制御を失い、周囲に被害を及ぼすことさえあった。
そんな出来損ないは、次代の当主どころか、誇り高きスカーレット家の血を引く者としてさえ、認めがたい存在だったのだろう。
血が繋がっているにもかかわらず、よそよそしい態度を崩さない両親。忌み子である自分に対し、嫌悪と侮蔑を隠そうともしない同族。
およそ最悪と言える日々を強いられたフランドールであったが――そんな中で唯一、彼女に優しく接する者がいた。
「フラン、今日も一緒に遊びに行かない?」
「……お姉さま」
振り返れば、そこには姉のレミリアが立っていた。
「どうしたの? もしかして、今は忙しかった?」
「ううん。そんなことはないよ」
「なら決まりね! 今日は庭園に行きましょう。昨日、面白そうなものを見つけたのよ」
姉は嬉しそうに笑うと、フランドールの手を取って駆け出した。
自分の力を恐れることも、奇妙な容姿を気味悪がることもない。フランドールは、世間一般の仲睦まじい姉妹がどのようなものなのか知らなかった。それでも、これがそうなのだろうと思えるくらい、レミリアは優しい姉として自分に接してくれた。
引く手あまたで多忙な姉が、わざわざ自分に構ってくれるのは、単なる物好きなのか。それとも、出来の悪い妹を憐れんでいるだけなのかは定かではない。
ただ、理由がどうあれ、自分を怖がらない姉と過ごす瞬間は、
――何もかもが不快なこの日々の中で、唯一、嫌いではない時間だった。
※ ※ ※
「……お姉さま、私はなんで能力を上手く扱えないの?」
庭園の片隅。色とりどりの花が咲き誇るその場所で、フランドールは姉にそう尋ねた。少し驚いたように目を瞬かせるレミリアを横目に、フランは言葉を続ける。
「私の力は、皆を傷つける。どんなに上手く扱おうとしても、いつも制御が利かない。……どうすれば、私はこの能力を上手く扱えるようになるのかな?」
「そうね……」
レミリアはすぐには答えず、口元に手を添えて考え込むように視線を落とした。それから、そっとフランの頭に手を乗せ、優しく撫で始める。
「私が思うに、あなたの能力は、あなた自身の心に合っていないのだと思うわ」
「……え?」
「能力というものは、大抵の場合、持ち主の精神性に引っ張られて発現するらしいの」
「持ち主の、精神性に……?」
言葉の意味がよく分からず、フランは首を傾げた。するとレミリアは、どこか得意げに胸を張ってみせる。
「例えば、私は『運命を操る程度の能力』を持っているでしょう? これはきっと、私がいつも何でも自分の思い通りにしたいと考えているから、発現した」
「……お姉さま、そんなこと考えてるの?」
「なによ、その反応は」
「ううん。……ただ、たまに私のおやつを横取りしてくるのも、そういう精神性なのかなって」
「うっ……そ、それも、まあ、そうなのかも」
フランの返しに、今度はレミリアが気まずそうに顔を逸らす。ころころと表情を変える姉の姿に、フランの口元にも小さな笑みが浮かんだ。
確かに、いつも私を連れまわす、わがままで傍若無人な姉には、よく似合った能力なのかもしれない。
「ゴホン。話を戻すわね」
咳払いを一つ。レミリアは再びフランへと向き直った。
「能力は持ち主の精神性に引っ張られるものだけど、フランの場合は少し違うのかもしれないわ。あなたは誰かを傷つけることを嫌がるし、争いごとだって好まないでしょう?」
その言葉に、フランは小さく頷いた。
けれど、そのことを素直に認めるのは、どこか後ろめたい気がした。自分のせいで傷ついた人がいる。そんな自分が、誰かを傷つけるのは嫌だと口にしていいのだろうか。そして、
「でも、そんなあなたが、どういうわけか破壊に特化した力を持ってしまった。だからでしょうね。あなたが上手く能力を使えないのは」
「――――」
姉の下した結論に、フランの表情が曇る。
「そんな……それじゃあ、私は……!」
もし姉の言う通りなら、自分がこの力を上手く扱えないのは、単なる努力不足ではない。生まれ持った心と能力が、そもそも噛み合っていないということになる。
それでは、いくら頑張っても無駄なのだろうか。
出来損ないの自分が強くなるには、誰かを傷つけたくないという気持ちを捨てて、この力を扱えるようにならなければいけないのだろうか。でも、それでは――あまりにも本末転倒だ。
そんな不安が顔に表れたのだろう。レミリアは妹の心を見透かしたように、そっと正面から目を合わせた。
「……フラン。あなたは本当に、その力を扱えるようになりたい?」
「っ、当たり前でしょ! 私はスカーレット家の吸血鬼なんだから!」
そして何を馬鹿なことを言うのかと、思わず声を荒らげる。
能力を扱えるようになりたいか。そんなこと、聞かれるまでもない。
「スカーレット家の一員として、恥ずかしくない力を身につけたい。……身につけなくちゃいけないの!」
そうしなければ、また誰かを傷つけてしまう。
能力によって、だけではない。
だって、日々、両親は自分を見るたびに辛そうな顔をする。
家族とは、一族を構成する最小単位の組織にすぎない。組織である以上、不良品を生み出すわけにはいかない。それは親の名を傷つけるばかりか、一族全体の品位を損なうことにも繋がるからだ。
その責任を負うのは親であり、責任を果たせなければ親もまた周囲から不満を向けられる。そして、その責任に応えられなかった子供には、家族の一員である資格さえない。
両親は、そんな話を何度もフランドールに聞かせた。何度も、何度も。
「私は、これ以上、誰かに迷惑をかけたくない……ッ」
言葉を重ねるほど、フランの声には熱がこもっていく。ずっと胸の内に押し込めていた思いが、堰を切ったように溢れ出していた。
けれど、その葛藤を聞いてなお、レミリアはどこか困ったように眉を下げた。
「……そっか。あなたは、本当に優しいのね」
「……お姉、さま?」
「でもね、フラン。私はあなたが無理をしてまで、嫌いな力を使いこなせるようになる必要はないと思うわ」
そう言うと、レミリアは不意にフランの身体へと腕を回した。
「…………」
突然のことに戸惑う妹を、姉は優しく抱きしめる。
「スカーレット家の娘だからといって、立派な吸血鬼でいなければならないなんて、そんなことを気にしなくてもいいの。私は、今のあなたが好きなんだから」
「でも、それじゃあ、また誰かを傷つける……」
「あなたが何かを壊してしまいそうになったら、私が止めてあげる。悪いことをしたら、ちゃんと叱ってあげるわ。私はお姉ちゃんだもの。だから、あなたは何も心配しなくていいの。私がちゃんと守ってあげるから」
背中を優しくさする姉の手から、言葉では言い表せない温もりが伝わってくる。
それは、スカーレット家の跡継ぎでも、誇り高き吸血鬼の一員でもない。ただの『フランドール・スカーレット』という少女への肯定だった。
強いか弱いかなど関係ない。能力をまともに扱えず、周囲に迷惑をかけてしまう自分であっても、姉は変わらず傍にいてくれる。
そのままの自分を必要として、守り、共に生きてくれる。レミリアは、態度と言葉の両方で、それを示して――。
「……どうして?」
気づけば、そんな言葉が口からこぼれていた。
「どうして、そこまでしてくれるの?」
「さっきも言ったでしょう? 私がフランを好きだからよ。それ以上でも、それ以下でもないわ」
レミリアは抱きしめる腕を少し緩め、妹の顔を覗き込んだ。
「お花を眺めているときのあなたも、人形にまで情を移してしまうような優しいところも。宝石みたいに綺麗な羽も、太陽みたいに鮮やかな金色の髪も、全部大好きよ。あなたは私達が持っていない別の強さを持っている」
「……そう、なんだ」
「そうよ。だから、あなたはあなたのままでいいの。無理に誰かのようになろうとしなくてもいいし、お父様の期待に応えようとする必要だってないわ」
照れくさそうに俯くフランを見て、レミリアは満足げに微笑んだ。
「それに、一人くらい変わった吸血鬼がいたっていいじゃない。みんながみんな、同じような吸血鬼だったらつまらないもの」
「……ふふっ。お姉さまらしいね」
「でしょう?」
得意げに笑う姉の胸元で、フランも小さく笑った。
胸の奥にあった不安が、すべて消え去ったわけではない。自分の力をどうすればいいのかも、周囲の人々とどう向き合えばいいのかも、まだ分からない。
それでも、この人だけは自分を否定しない。
その事実が、今のフランドールには何よりも嬉しかった。
3
それから、いくらかの時が過ぎた。
一族の一員としてふさわしい教養や力を身につけられるよう、フランドールはあれから日々鍛錬を続けている。
けれど、自分の能力を上手く扱えるようになったわけではない。周囲の態度も相変わらずで、姉以外に親しく接してくれる者もいなかった。
それでも、あの日の言葉があったから。以前に比べれば、自分を嫌いにならずに済んでいた。
――そんな、ある日のこと。
「……お姉さま~、どこにいったの~!」
屋敷のはずれにある森に、少女の声が響く。
今日は姉に誘われ、二人で屋敷の外まで遊びに出ていた。ところが、少し目を離した隙に、当の姉はどこかへ行ってしまったのだ。
思いつきで行動しては、こちらの都合などお構いなしに連れ回す。かと思えば、今度は自分だけ好き勝手に歩き回り、気づけば姿を消している。
「もう……お姉さまったら、いつまでも子どもなんだから」
小さく頬を膨らませながら、フランドールは森の中を歩き続けた。
まったく、いつもこうだ。
姉も淑女としての教育を日々こなしているはずなのだが、いつまで経っても変わらない。事務作業や外交に関しては、今やレミリアの代わりにフランが務めることさえある。
まあ、そのうち見つかるだろう。そう思っていたのだが、いくら探しても姉の姿は見当たらない。いつの間にか、普段はあまり立ち入らない場所まで来てしまっていた。
「……どこまで行っちゃったんだろう」
そう呟いて周囲を見回した、そのときだった。
「――あなた、誰?」
「――――」
突然、聞き慣れない声が耳に届いた。
振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。不安げな眼差しで、こちらの様子を窺っている。
フランドールと同じくらいの年頃だろうか。見慣れない服装に身を包み、銀色の髪をした少女。
その顔に見覚えはなく、なにより――背中には翼らしきものが生えていない。
まさか――。
「……あなたこそ誰? 人間?」
警戒を滲ませ、少し低い声で問い返す。
ここは屋敷の外とはいえ、吸血鬼が支配する森の奥深く。本来、人間が立ち入るような場所ではない。
どうして、こんなところに人間がいるのだろう。
少女はすぐには答えなかった。ただ、こちらを見つめたまま、わずかに視線を揺らす。
「……イザヨイ」
「……え?」
「イザヨイ。それが、私の名前」
少女は静かにそう答えた。そして、フランドールが次の言葉を口にするよりも先に、今度は少女の方から尋ねてきた。
「あなたの名前は?」
「わ、私? 私は……フランドール。フランドール・スカーレットよ」
そう名乗ると、イザヨイと名乗った少女の表情がわずかに変わった。その変化の意味を、フランドールはまだ知らない。
聞きたいことは色々とあった。どうしてこんな場所にいるのか。何をしに来たのか。けれど、それ以上にフランドールの興味を引いたのは、目の前の少女自身だった。
背中に奇妙な翼を生やした自分を前にしても、怯えるどころか、臆することなく名前を尋ねてきた。
そんな人間は初めてで、なんなら吸血鬼を含めても姉さま以外には久しいことで――。
これが、フランドール・スカーレットの人生を大きく変えることになる、人間の少女との最初の出会いだった。
【本日の異形解説】
紅美鈴の龍神化。
・「美鈴編3」にて、美鈴が突如頭の星形のマップを取って、龍神化なる技を使った。
・身体能力と明鏡止水を強化できるらしい。けどすぐガス切れを起こす。故にこの制限時間付きの状況下でようやく披露した。