Re:ゼロカラアラガウ異形郷生活   作:カノンだよ

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第一章3『不可解な夢、臓物の森』

「――があああああぁっっ!!?」

 

突如として響いた、喉をつんざく絶叫。同時に、スバルは布団の上で跳ね起きる。

 

痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い。

呼吸が乱れ、心臓が暴れ、目は見開いたまま焦点が定まらない。ただひたすらに両手を頭へと向かわせ、掻きむしる。

そこに刺さっているはずの、何かを抜き取るために。

 

「っ……あ、あれ……?」

 

ふと、両手の動きを止める。

おでこの前で左右に手を往復させ、空を撫でるようにして何もないことを確認する。

 

――無い。頭には何も、刺さっていない。

 

ようやく少し呼吸が落ち着いてきて、スバルは重たいまぶたを上げる。そして、周囲を見渡した。

障子の壁。差し込む朝の光。わずかに軋む木の床の音と、遠くから聞こえる鳥の声。

朝だ。何も変わらない、いつも通りの神社での朝。

 

「……はは、なんだこれ。夢……?」

 

カラカラに乾いた喉、引きつった声で、スバルは言葉を吐き出す。

 

戸惑いながらも、自分の体へと目を向ける。

ぐっしょりと濡れたシャツ。額を流れる汗。肌に貼りついた布団の感触が、やけに気持ち悪い。

 

本当にただの夢、なのだろうか。

 

頭は痛くない。当然、何も刺さっていなければ、かすり傷の一つだってありはしない。でも確かに――そこに何かがあったような違和感が、こびりついて離れないのだ。

 

「……っ、そうだ、霊夢……霊夢は」

 

思い出したように、彼女の名前が口からこぼれ落ちる。夢の内容がそうさせたのか、それとも単に心細かったのか。

――今は唯ひたすらに、彼女の顔が見たかった。

 

なんとも情けない話だと思う。悪夢にうなされ、同年代の女の子に泣きつくだなんて。霊夢にもドン引きされて、ここまでに積み上げた地位が崩れ落ちるのは容易に想像できる。

 

それでも、彼女を求めて進む足を止められない。

 

フラフラとした足取りで部屋を出て、無我夢中に家中を散策する。

居間を抜け、廊下を歩く。仏間、台所、脱衣所。同居人としての配慮も忘れ、しらみ潰しに彼女を探したが――

 

――夢と同様。博麗霊夢の姿は、どこにもなかった。

 

 

 

 

 

2

 

 

 

 

 

「……霊夢が、いなくなった?」

 

「ああ。朝起きたときにはもう、どこにも……」

 

宴会の準備に訪れた魔理沙に、霊夢が不在であることを伝える。視線を落とせば、彼女の両手には、袋いっぱいのキノコや酒瓶が入っていた。

 

「……ん? この大荷物が気になるか?」

 

スバルの視線が自身の荷物に向かっていることに気付いた魔理沙は、袋を顔の前に掲げながら口を開く。

 

「実は、今日の宴会を聞きつけた鬼やら吸血鬼やらが自分も顔を出すって聞かなくてよ。だから、こんな大量に用意する羽目になったんだ」

 

その言葉に、スバルの頬を一粒の滴が伝う。

そうであってほしくない。だが確かめない訳にもいかないと、何度も迷いながらも、決心したように口を開いた。

 

「なあ、その鬼と吸血鬼って……伊吹萃香と、レミリア・スカーレットって名前じゃないよな?」

 

「……お? よく知ってんな。霊夢から聞いたのか?」

 

「――――」

 

瞬間、喉に蓋をしたように声が出なくなった。

 

幻想郷に来てからスバルが顔を合わせたのは、霊夢と魔理沙くらい。外から来た迷い人として、神社の敷地を出ることもほとんどなかった。

にもかかわらず――俺は二人の名前を知っている。

 

名前だけじゃない。顔も、声も、仕草も。

それどころか――あの時、串刺しにされた彼女の鮮血の色までもが、鮮明に。

 

「…………っ、うぅ……!」

 

突如として襲いかかってくる吐き気に、スバルはその場にしゃがみ込む。

 

「ちょっ、スバル!? どうした、大丈夫か!?」

 

慌てて荷物を地面に置き、駆け寄る魔理沙が覗き込んでくる。けれど、顔をそらして込み上げる嘔吐感をこらえるが精一杯。大丈夫だと伝えることすら叶わなかった。

 

胃の中がかき混ぜられるような感覚。頭の奥で、あの夢の情景がフラッシュバックする。いや、

 

「夢、じゃない……?」

 

ふと、頭に最悪の可能性がよぎる。

痛みの走った頭。焼けるような熱。地面を染めた血の温度。誰かの叫び声と、こぼれた命の音。

その全部が、夢というにはあまりに鮮明に、脳裏にこべりついている。

 

震える膝に手をつき、呼吸を整えて、スバルはゆっくりと立ち上がった。

 

心配そうに声をかける魔理沙を、スバルは一瞥。一拍置き、短く息を吐いて――その決意を口にした。

 

「――俺、ちょっと、霊夢を探してくる」

 

「……は?」

 

話の流れが飲み込めず、魔理沙はぽかんとした顔を浮かべる。そんな彼女を他所に、

 

「悪い、宴会の準備とかは、後で手伝うから……ッ」

 

スバルはそれだけを言い残すと、神社の階段に向かって駆け出した。

 

「待てよ! お前、外に出たことないだろ!」

 

「人里までは一本道だろ。俺でも、わかる筈だ」

 

振り返ることなくそう返すと、スバルの足音が石段を叩く。だが、階段に到達する直前、スバルは後ろ髪を引かれるように足を止めた。

 

「……あと、頼みがある。俺が戻るまでは神社の中にいてくれ。出来れば、レミリアも、萃香も、カナも魔理沙も、全員一緒に」

 

「……スバル、何を――」

 

何を知っているんだ。魔理沙の胸に浮かんだ疑念は彼の耳まで届かなかった。

スバルは、すでに神社の鳥居の外。全てを背負うように、ひとり走り出す。

 

ただの勘違いなら、それでもいい。

 

そう言い聞かせながらも、スバルの足は迷いなく動き続ける。彼の背中を押すのは、怖いもの知らずの勇敢さでも、合理的な理性でもない。

――この悪夢が現実になること。ひたすらに、ただそれだけを恐れて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はっ、はっ……っ」

 

喉が焼ける。肺が悲鳴を上げている。それでも、スバルは足を止めない。

あれからおよそ一時間。魔理沙と別れ、神社の階段を駆け下りてから、彼はずっと走り続けていた。

 

目指すは――魔法の森を超えた先にあるはずの人里。

そこに霊夢がいるという確証はない。ただ、彼女が買い出しや見回りで最も足を運ぶのが人里だと知っていたから。

 

少しでも可能性が高い場所へ足を運ぶ。この世界について何も知らないスバルに出来ることなど、それくらいしかない。

 

「……くそ、これならもっと、トレーニングしとけばよかった……!」

 

外の世界で引きこもっていた頃、自分なりに習慣にしていたトレーニング。幻想郷に来てから怠っていたことが、今になって骨身にしみる。

しかし、不甲斐なさよりも、もっと深く彼の思考を占めていたのは、

 

――森が、やけに静かだ、ということだ。

 

風は吹いている。木々の葉も、ざわざわと揺れていた。けれど、それ以外の音が、あまりになさすぎる。

 

鳥のさえずりもなければ、虫の羽音すらしない。

 

幻想郷に来た初日、この森を通った時には、確かに妖精たちの姿がちらほら見えていた。

木の影から顔を出し、無邪気に飛び回る姿がどこか神秘的で、この世界の「幻想」を象徴していた。

それが、今はどうだ。まるで、生き物の気配がない。

 

そしてもう一つの、妙な違和感。

 

「……やけに、枝が多いな」

 

頭上に低く垂れ下がる枝。道を横切るように伸びた蔓。その間にぶら下がる、黒く沈んだ“何か”。

気を抜けば顔にぶつかりそうになるため、スバルは何度も身をかがめ、腕で払い、避けながら進んでいた。

 

「前に通ったときは、こんなじゃなかったような」

 

ここの獣道が雑なのは今に始まったことではない。だが、ここまで歩きにくかった記憶もない。何かが違う。何かがおかしい。

 

――そして、その違和感は、すぐに確信へと変わる。

 

「……っ!」

 

不意に、避けきれなかった枝が、額を直撃した。

柔らかな感触に押し返され、スバルの体は後ろへ飛んで尻餅をつく。

 

「っ……てて、しくった……」

 

思わず額を押さえる。ぬるりとした感触が、手のひらを濡らした。訝しんで見下ろせば、指先には、赤黒い粘り気のある液体。

 

「…………は?」

 

最初は、自分の出血かとも思った。が、それにしては――量が多すぎる。額に出血するような傷もない。ならこれは、今、枝から付着したものだ。

 

恐る恐る、スバルは視線を上げた。

 

「――――っ、ひ……っ」

 

そこにあったのは、枝じゃない。枝に吊された何か。

歪んだ四肢。ちぎれた羽。開いたままの、濁った瞳。それは――妖精だった。

 

かつてそうだった亡骸だ。

 

小さな身体は、首を吊るされたように枝からぶら下がり、原形をとどめていない。腕は不自然な方向にねじれ、腹部は裂け、肋骨が突き出している。

その光景に、スバルの呼吸が止まった。

 

時折、神社の境内を無邪気に飛んでいた命が。無垢な子供にしか見えない小さな存在が。

無造作に、弄ぶように、殺されている。

 

背筋が凍る。肩ががくがくと震え出す。

頭を振る。目を閉じる。これは見間違いだ、そう言い聞かせる。

 

けれど、見たくなかった現実はあまりにも近い。

 

 

 

枝。枝。枝。枝。枝。枝。

 

視線を少しずらすだけで、見える。森のあちこちの、木の枝が、曲がった蔓が、折れた幹が。枝だと思っていたものが、次々と正体を現し始める。

目が慣れるにつれ視界がはっきりし、それら全てが、吊るされた命のなれの果てだと理解した。

 

 

「っ、う……おえっ……!」

 

途端にスバルの体の奥から生暖かい液体が込み上げてきた。腹の筋肉が痙攣し、喉と口がすっぱい塊で満たされ、たまらず吐瀉物を道の真中へと吐き出す。

それはとどまることを知らず、胸と腹を波打ち、歯茎を痺れさせ、獣道を満たしていく。

 

何なんだ、何が起きたんだ。誰がこんな酷いことを。

何度自問自答を繰り返したところで、薄暗い森の奥、スバル一人ではその答えが出ることはない。はっきりしているのは、一つだけ。

 

ここはもう「幻想の郷」なんかじゃない。今、自分の目の前に広がるのは――まぎれもない地獄だ。

 

 

 

――そして、

 

「ン゛?」

 

低く、くぐもった声が背後から響く。

そのあまりに奇怪な音に、スバルは機械のようにぎこちなく振り返れば、

 

「ン゛?」

 

「――――ぁ」

 

顔の横から手が直に、花弁のように生え、口元は歯茎がむき出しでだらしなく、目玉はくり抜かれ、空洞になっている。

そんな生物として何もかもが理解不能な存在が居座っていた。

 

「……あ、ああ」

 

体に付着した大量の血、そこしれぬ狂気、幻想とは似つかわしくない姿を前に、スバルは直感する。

こいつこそが、この地獄をつくりだしたのだと。

 

だが、その認識は、それでも甘かった。

 

逃げなきゃ、そう思って反射的に振り返れば――そこにもいた。

 

「きゃはははははは!」

 

一見すれば、愛らしい人形のような風貌。だが、その手には明らかに場違いな、血で染まった重厚な斧が握られている。

 

そして気づけば――スバルは、囲まれていた。

 

周囲に並ぶのは、形も大きさも、全てが異なる化物。

 

「ギャハハハッ!!」

「ごめんなさいいぃぃぃ」

「わかるよ?」

「チョッキンナ、チョッキンナ」

 

ただひたすらに笑うもの。

地に頭をこすりつけ、謝り続けるもの。

理解不能な言葉を、明瞭な発音で喋るもの。

八頭身に引き伸ばされた痩せた人型。

巨大なハサミを嬉しそうに開閉する何か。

燃えているもの。浮いているもの。溶けているもの。

 

まるで、狂気の見本市。

一貫性のかけらもないそれぞれが、ただ一つ――これから自分をどう殺すか。その一点だけに共通して、笑っている。

 

「っ、や……めろ……」

 

恐怖が、喉に詰まる。息ができない。

 

殺される――そこら中に吊された妖精たちと同じように。血まみれで、無残に、名も残さず。

 

嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ。

 

心臓の音がうるさい。頭の中で爆竹みたいに鳴り響いて、足が震えて動かない。逃げたい。生きたい。助けてほしい。でもどこにも、逃げ場なんてもう、ない。

せめて安らかにと、そう願って目を閉じた――その瞬間だった。

 

 

 

「――マスタースパーク!」

 

 

 

大気を割くように、声が響いた。

 

続けて、世界が――光に包まれる。轟音と共に、空から極彩色の閃光が降り注いだ。

黄金の光が地面を焼き、空気をねじ曲げ、スバルの周囲を円を描くように取り囲んで、爆発する。

 

衝撃で大地は大きく揺れ、スバルの視界は瞬く間に、砂埃で覆い尽くされる。

 

「――っ、な、にが……?」

 

目を開けたスバルの視界は、白い光と舞い上がる砂でぼやけていたが、その中に――確かに見えた。

 

「……様子が変だったから後をつけてみれば、案の定だったぜ」

 

空。舞い上がる煙の向こう。

そこに浮かぶ、黒と白の帽子。箒にまたがり、片手を掲げる影。

 

「……魔理沙?」

 

名前を呼ばれた魔法使いの少女が、応えるようにニヤリと笑う。

 

「――ったく、どこまでも目ぇ離せねぇやつだな、お前は!!」

 

霧雨魔理沙――彼女の声が、絶望の底にいたスバルの心を、確かに引き戻した。

 

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