Re:ゼロカラアラガウ異形郷生活   作:カノンだよ

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第一章4『焼き切れた光』

「なんとか間に合ったみたいだな!」

 

箒からふわりと飛び降り、軽やかに着地する少女――霧雨魔理沙。

スバルは、今し方彼女が作り出した目の前の光景を見て、目を見開く。

マスタースパーク。彼女が叫びと共に打ち放ったその魔法は、周囲にいた化け物達を、一瞬にして焼き払ってしまったのだ。

 

「大丈夫だったか?」

 

スバルの前に立ち、魔理沙はそっと手を差し伸べる。

目の奥に警戒と緊張を走らせながらも、肩越しに浮かべている彼女の笑顔はいつも通りで、悪夢の渦中にいたスバルを引き戻した。

 

「なんで、魔理沙がここに……?」

 

「さっきのスバルは、明らかに様子が変だったからな。神社はカナに任せて後を追ってきたって訳よ」

 

ズキリと、胸が痛んだ。

俺が戻るまで神社にいてくれ。そう啖呵を切って飛び出してきたのに、結局は怯えを気取られて、彼女を巻き込んでしまったのだから。

 

「……でも、マジで助かった。ありがとな」

 

「別に、気にすんなこんくらい!」

 

彼女の手を取って、ゆっくりと立ち上がる。

スバルの言葉に魔理沙は少しだけ目を丸くしてから、ふっと笑って肩をすくめた。

そして、彼女は再びスバルの背後――焼き払った化け物の残骸と、無残な妖精たちを睨みつける。

 

「にしても、こりゃ酷いな。スペカルールガン無視かよ……」

 

吐き気をこらえるように、魔理沙が口に手を当てる。やはり、彼女の目からしても、異常事態には違いないらしい。

 

スペルカードルール――その存在は、スバルも霊夢に教えられてから知っている。

妖怪は人に恐れられないと消えてしまう。だけど、妖怪が好き勝手にその力を使えば、幻想郷の人々は簡単に滅びてしまう。

だから設けられたルール「弾幕ごっこ」の範囲内でしか、争いごとをしてはならない。

それが、幻想郷(ここ)での鉄則――そのはずなのに。

 

「こいつらは、それを無視して妖精を殺した……ってことか」

 

「ああ。下手すりゃ、幻想郷のバランスが崩れるぞ」

 

その言葉を最後に、魔理沙は顎に手を当て、考え込むように視線を落とす。

幻想郷の危機という、かつてない非常時。次の行動を慎重に見極めようとしているのだろう。

 

スバルはそれを黙って見守っていた。

 

依然としてそこかしこに転がっている妖精達を極力見ないで済むよう、ただ魔理沙の姿を、じっと、

 

 

 

「……?」

 

そのときだ。

 

視界の端。魔理沙のすぐ背後で、何かが動いた。

不気味な笑み。手に握られた血みどろの斧。それは先ほどスバルを襲った、化け物の一体で、

 

「――魔理沙!!」

 

言葉よりも早く、体が動いていた。

 

叫びと共に、スバルは全身で魔理沙に飛びかかる。体当たりのように彼女を押し倒した直後――

 

「――がっ!!」

 

投擲された重たく鈍い斧が、二人が立っていた空間を勢いよく切り裂く。地面が割れ、土と血の臭いが混ざった風がスバルの頬をかすめた。

 

「ス、スバル……!?」

 

突然の衝撃に魔理沙は目を丸くする。

だが、すぐに視線はスバルの背後へと移り、状況を把握すると再び、懐から魔道具を取り出した。

 

「ちっ! まだ生きてる奴がいたか! なら、もう一度マスパで――!?」

 

出かかった言葉は、途中で失われる。

スバルも同様に、ゆっくりと視線を巡らせ、そして、

 

「……は?」

 

目の前の光景に、二人はようやく理解する。

――自分達はまだ、境地を脱していなかったという事を。

 

「ン゛?」

「ギャハハハッ!!」

「ごめんなさいいぃぃぃ」

「わかるよ?」

「チョッキンナ、チョッキンナ」

 

狂った笑い声、意味の通らない叫び。

過ぎ去ったはずの悪夢が、再びスバルたちを取り囲んでいた。

 

「……マジかよ」

 

さっき、魔理沙がマスタースパークで薙ぎ払ったはずの化物たち。そのほとんどが、何事もなかったかのように立ち上がっている。

欠けていた四肢は繋がり、裂けた腹が縫い合わされるように閉じる。燃え残った肉が再生し、眼窩がぐずぐずと動き出す。

 

そして今、地面に倒れている残りの化け物たちも瞬く間に再生を終え、こちらへと向き直りつつあった。つまりは、

 

「……こいつら、死なないのか……っ!」

 

「「「オォッーーーー!!」」」

 

再生した化け物たちは、叫び声と共に、一斉に襲い掛かってきた。

 

「くそ、邪魔だっての!!」

 

――恋符『ノンディレクショナルレーザー』

 

懐からスペルカードを引き抜くと同時、彼女の周囲に大量の弾幕が放射状に展開。煌めく光が一面に広がり、迫りくる化け物たちを片っ端から弾き飛ばしていく。

 

「ギャギャァァッ!!」

「いぎいぃぃッッッ!!」

 

閃光の波が異形たちの群れを薙ぎ、爆風と共に弾き飛ばす。地面に叩きつけられた化物たちが肉片となり、奇声を残して弾け飛ぶ。

辺り一帯が焼け焦げ、耳が割れそうな轟音がこだまする。

 

だが、それでも終わらない。

 

数匹の異形が、まるで光の隙間を縫うように突き抜けてきた。光の奔流から飛び出した瞬間には、すでに目の前に迫る。

一体が巨大な腕を振り上げ、凶悪な爪で横薙ぎに斬りかかった。

 

「――チッ!」

 

魔理沙は地を蹴ってしゃがみ込み、その一撃を紙一重で回避。風圧だけで帽子が吹き飛ぶ。

すかさず数メートル跳び退き、空中で姿勢を整えると同時に、もう一度指先から弾幕をばら撒いた。

 

再び火花のように散る光弾が異形たちを撃ち抜き、今度こそ吹き飛ばす。だが、その最中にも先ほど倒れた化け物たちは着々と再生。

爆音、閃光、衝突――その全てが目の前で繰り広げられるなか、スバルはただ背後に立ち尽くすことしかできなかった。

 

「スバル、動けるかッ!?」

 

突如として飛んできた魔理沙の声に、スバルはビクリと肩を跳ねさせる。

 

「こいつらと戦っても意味ねえ……倒してもすぐ再生する。今は逃げるぞ!!」

 

「わ、分かった……!」

 

「んじゃ先に行け! 箒で回収する!!」 

 

魔理沙の声に反応するように、スバルの体が反転する。膝に力を込めて、地を蹴った。

背後では、弾幕が光の奔流となって広がり、再生しかけた化物たちを再び吹き飛ばしていく。その度に、鈍い破裂音と、血のような光が森に咲いた。

 

振り返らない。ただ前だけを見る。

 

スバルは無我夢中で駆けた。足がもつれそうになるのを無理やり前へ出し、枝をかき分け、息も絶え絶えになりながら。

 

「よし、十分!」

 

魔理沙は彼の距離を確認すると、すぐさま箒を持って空へ飛び上がる。

 

「スバル! 飛ぶぞ、つかまれッ!!」

 

追いついた彼女がすれ違いざま、スバルの服の背中をがしっと掴む。そのまま箒の上へ引き上げようと、体重を引っ張り上げた――その時だった。

 

 

 

雷鳴のような爆音が大地を揺らした。

 

 

 

目の前の地面が、音を立てて隆起する。木々は風圧に押され、宙を舞い、枝葉が渦を巻いて舞い上がった。

 

「おああああああっ!?」

 

二人の体もまた風圧に流されて宙を舞う。地面を転がり、木に体を打ち付けてようやく動きを止めた。

 

「…………ぐっ!」

 

口に混じった泥を吐き出しながら、前を向く。

何が起こったのか分からないままに宙を仰ぎ見れば――それは立っていた。

 

「………な……」

 

「ウウウウウウゥゥッ……」

 

そこにいたのは、規格外の存在だった。

 

人型。緑色の髪に、背中に生えた羽根は、これまでの化け物よりも原形を保っており、一見すると妖精のようにも見える。

 

だが、その全てが気にならない程に、でかい。

 

十五メートルほどだろうか。圧倒的な質量に、スバル達に影を落とすほどの巨体。

どんなに遠目で見ても目立ちそうな「それ」の接近に、全く気づかなかった。

 

「――――」

 

そして、視線が合った。

 

ヘビに睨まれたように体が動かなくなる感覚が走る。直後、目の前から――巨体が消えた。

 

「――スバルッ!!」

 

それと同時に、横にいた魔理沙の手がスバルを押し出す。

再び地面に体を打ち付ける痛みを味わいながらも起き上がり、スバルが彼女の方へと向き直ると――

巨人の空気すら切り裂く蹴りが炸裂。それはスバルがさっきまでいた場所を通過し、

 

 

 

スバルを守ろうとした魔理沙の体を、容赦なく吹き飛ばした。

 

 

 

「…………あ」

 

 

 

魔理沙の体が、空中に投げ出される。

まるで放り投げられた人形のように宙を舞い、空中でくるくると回転しながら、血をまき散らす。

やがて重力に従って地面に衝突すると、彼女は力なく崩れ落ちた。

 

「……うそだろ、まり、さ」

 

目の前で起きた現実を、スバルの脳は処理できない。思考が、感情が、全て麻痺していく。人は、こんなにも容易く壊れるのかと。

だが、彼女の身を案じる暇もなく、もう一つの現実が背後から迫っていた。

 

「「「オオオッーーーー!!!」」」

 

先ほど距離を離した化け物達が、このタイミングで再び、二人に追いつく。

自分達を苦戦させた少女の撃破。それを成した巨人を称えるように、彼らは巨体を見上げて号令を上げた。

 

だが勝利を確信した化け物達の背後。彼女はまだ――

 

 

 

「……ごふっ」

 

体は、ほとんど動かない。

 

身体の節々が、砕けたように痛む。いや、実際骨も筋肉も粉々なのだろう。

息を吸えば、肋が内側から突き上げてきて、喉の奥に血の味がにじむ。目の前も、霞んでる。

 

それでも、それでもだ。

 

「……まだ、焼き切れてねぇんだよ」

 

これで勝ったつもりなら、魔法使いを舐めすぎだ。そう、私は今――舐められている。

ならば、このまま終わるわけにはいかない。魔法使いが舐められっぱなしで終わるなど、耐えられない。

 

ただの魔法使いとして。霊夢のライバルとして。幻想郷の住人として。私は奴らに、弱者の一撃を浴びせたい。だから――

 

「……実れ」

 

木に背を預けながら、崩れた意識を無理やり引きずり戻す。震える手で八卦炉を構え、そして少女は、

 

 

 

「――ファイナルスパーク」

 

全魔力を込め、最後の火花をこの世に刻んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ、はっ、はっ……っ!」

 

森の中を駆ける足音が、静寂をかき乱すように鳴り響く。

 

スバルは、ボロボロになった魔理沙の身体を背負いながら、必死に林道を走っていた。

化け物たちの気配はもう遠い。耳を澄ませば、あの不気味な笑い声も、唸り声も聞こえない。

 

――彼女が放った、あの一撃のおかげだ。

 

巨体すらも巻き込むあの閃光が、スバルに逃げるための道を拓いてくれた。

 

「はっ、はっ、だれか……誰かぁっ!!」

 

荒い呼吸の合間に、スバルは必死に声を張り上げた。

 

彼女の身体は、怖い程に軽い。

それは決して小柄だからというだけじゃない――血を、流しすぎている。皮膚の温度が徐々に失われていくのが、背中越しに伝わってくる。

 

スバルには、命を繋ぐための術がない。ただ、彼女を救ってくれる人を探して、足を前へと出し続ける。

 

「――っ、あっ!」

 

――その一歩が、焦る気持ちが、裏目に出た。

 

ぬかるんだ地面に足を取られ、スバルの身体がぐらつく。

瞬間、肩に背負っていた魔理沙ごと、そのまま斜面を転げ落ちた。

 

「ぐあっ……!」

 

泥と草にまみれながら、スバルはとっさに体をひねり、少しでも魔理沙を庇うように転がる。

ごろごろと何度も地面を打ち、ようやくぬかるみに倒れ伏した頃には、全身がずぶ濡れになっていた。

 

「……まり、さ」

 

「……大丈夫、だ」

 

掠れた声で、彼女がそう呟くのが聞こえた。それを受けて、スバルの表情がほのかに明るくなる。

だが、それはあまりにも傲慢な勘違いだった。

仰向けに倒れる魔理沙の顔を覗き込んで、スバルは息を呑む。

 

「……大、丈夫。大丈夫だぜ」

 

「――――」

 

彼女の口がそう繰り返していても、それはもう自分に向けた言葉ではなかった。

光のない目が、空のどこか、何か遠いものを見ている。そして、夢の中にいるような譫言を繰り返しているにすぎない。

 

「こんな異変……私と、霊夢が……入れば、すぐに、終わらせ、て……」

 

彼女の声は、もう風に溶けてしまいそうな程か細い。表情からは普段の明るさが全て抜け落ち、真っ青に染まっている。

 

やがて、残った笑みすらも、ゆっくりと剥がれ、

 

 

 

「…………やだ」

 

 

 

決して崩れることのなかった笑顔が、消える。

 

「……い、やだ……死にたく、ない……」

 

ここにきて一か月。見たことのない顔だった。想像すらできなかった。この太陽のような少女の顔が、涙にまみれるだなんて。

そして、ようやく理解する。それはただ、無理をしていただけなのだと。

 

「まだ……霊夢に、一度も……勝って、ないんだ……。私……魔法使いになれてない……まだ、誰にも認められて……ないのに……っ」

 

堪えていたのだ。恐怖を隠して、スバルを守ってくれていたのだ。

 

だが、死という恐怖が目前に迫り、絶望が彼女を染め上げる。魔法使いの仮面の下にいた一人の少女。年相応の心が死の恐怖に軋みながら、痛みに震えていた。

 

そして、

 

 

 

「お、か……あ、さ……おと、うさ……ん……」

 

 

 

そう口にしたのを最後。霧雨魔理沙は、闇の中で、静かに命を落とした。

 

「……ま、待って……」

 

沈黙。

スバルの懇願に、今し方ただの肉塊とかした元少女は何も答えない。ただ、肉塊から流れる血と涙が、スバルの腕を濡らしているだけ。

 

「…………あ、ああ……」

 

 

 

「――ああああああああああぁぁああっっ!!」

 

彼女の前で、スバルは地面に額を打ちつけて、叫んでいた。

ただひたすらに、泥と血と涙を混ぜた地面に、頭を叩きつけ続ける。

 

額が割れて、血が流れても。痛みも、重さも感じない。ただ、心の奥底に渦巻く感情だけが、身体を突き動かす。

 

「……俺の、せいだ」

 

俺を庇ったから、魔理沙は死んだ。

彼女一人ならば、逃げ切ることも可能だった。いや、それ以前の問題だ。

俺が、勝手に神社を飛び出さなければ。俺が、もっと、冷静でいられたなら。――俺にも、力があれば。

 

拳を握り、地面を殴る。けれど、拳の痛みすら慰めにはならない。

 

言葉にしても、悔やんでも、何も変わらない。

どれだけ自分を責めるフリをしたところで、スバルには奴らに挑み、勇敢に命を捨てる覚悟すら、ありはしないのだから。

 

だったら、せめて――誰でもいい。代わりにこのクソ野郎を、殺してくれ。

 

そんな身勝手な祈りが、届いたのかもしれない。

 

「カチカチカチカチカチカチカチカチ」

 

スバルの耳が、その音を捉える。

 

「…………あ」

 

まるで金属同士が擦れ合うような、奇妙な音。

あの時と同じ音。あの夢で、境内に響いた、あの不気味な音。

 

振り返れば、案の定というべきか。

赤と白の巫女装束。見慣れたリボン。縦に割れた顔。霊夢の格好をした何かが、カチカチと歯を慣らして、スバルを見つめている。

 

その存在を前にして、スバルはもう、恐怖すら感じなかった。ただ、力なく口を開き、問う。

 

「……なあ、お前らは一体、なんなんだ?」

 

その疑問に、怒りも嘆きもない。ただ、知りたかった。どうして、何のために、あんなにも簡単に命を奪うのか。

 

さっきのあいつらも、こいつも。

何故お前達は、この世界を滅茶苦茶にして、笑っていられるのかと。

これから死にゆく自分には意味がないと分かっていても、聞かずにはいられない。

 

「何のために、幻想郷(ここ)を滅茶苦茶に……ッ」

 

スバルの質問に、彼女は何も応えない。

ただ一歩ずつ、ゆっくりとスバルに歩み寄り、手から生やした針を握りしめる。だが、

 

「……てめえら全員、どっから来たんだよぉっ!?」

 

その瞬間――それの頭が、カクンと小さく傾いた。

 

そして、ゆっくりと口を開き、静かに、はっきりと、

 

 

 

「――――異形郷(いぎょうきょう)

 

 

 

「…………え」

 

何か意味のある言葉を発したそれを前に、スバルは顔を上げようとするが、

 

「――――ぶ」

 

それよりも早く、針が全身を串刺しにする。

 

痛みを感じるよりも早く、スバルの意識は刈り取られる。最後の瞬間まで「カチカチカチ」という音を耳に響かせながら、

 

――ナツキスバルの命は、呆気なくついえた。

 




【本日の異形解説】
・異形大妖精
途中で出て来た巨人。初出は「魔理沙編3」。その後も様々な場面で登場しては、幻想郷陣営をボコボコにしてる。デカい、早い、強い、説明不要。
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