Re:ゼロカラアラガウ異形郷生活   作:カノンだよ

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普通に失踪してました。すみません。


第一章7『豚の欲望』

「…………?」

 

突如として自分たちを襲った落石。その衝撃がいつまで経っても訪れないことに気づき、スバルはゆっくりと目を開けた。

 

「――――なっ」

 

眼前にあったのは、険しい表情で舌打ちをする咲夜の顔だった。

自分の体に回された腕の感触から、スバルは自分が再び彼女の腕の中にいることを理解する。

 

咲夜が自分を抱きかかえ、間一髪で落石を回避した。おそらくは、そういうことなのだろう。だが、それにしてはいくつか違和感がある。

 

先ほどの落石は、スバルの目から見ても回避不可能としか思えないほど、至近距離まで迫っていた。いくら彼女が超人的な身体能力を誇っているとはいえ、あの状況でスバルを庇いながら避けきれるはずが――

 

「……ふん」

 

「うわっ!!」

 

唐突に咲夜に投げ飛ばされ、スバルは頭から地面に叩きつけられるように転げ回った。

 

「い、いきなりなにすんだよ!」

 

抗議の声を上げながら顔を上げたその瞬間、彼女の鋭い視線が一点に注がれていることに気づき、スバルも反射的にそちらを振り返る。

先ほどの落石によって立ち上った砂埃が、風にあおられて徐々に晴れていく。そして、その向こうに現れたのは――

 

「…………兎、か?」

 

そこにいたのは、ウサギの耳を生やした二体の人型。だが、その姿は幻想郷に棲む野兎たちのどこか愛嬌あるものとは程遠い。

 

「随分風貌がちげえな。どこの世紀末だよ」

 

片方は、黒い革ジャンに身を包んだ細身の体躯。顔はどこか無機質でメカニカルな造形をしており、その手には、この世界の風景にはまったくそぐわない、身の丈ほどもあるライフルを携えている。

もう片方は、正反対の丸々と肥えた巨漢。見上げるほどの体躯に、餅つき兎を模したかのような巨大なハンマーを肩に担いでいる。

 

二体に共通しているのは、ウサギの耳と全身から立ち上る血の匂い。そして、さらに加えるなら、

 

「Why is there a fake vampire here? Did that woman miscalculate?」

 

「No problem. Looks like good pastime!!」

 

「…………はぁ?」

 

不登校ひきこもり。義務教育からは早々にドロップアウトしたスバルでも分かる。こいつら、ネイティブな発音で英語を話していた。

異形郷。無作為で、統一性のない集団だとは理解していたが、まさか言語すらバラバラとは思わなかった。ますます、その正体は謎に包まれていくばかりだ。

 

「お前らさあ……せめて、ここの標準語で喋れよな」

 

「Are you not... broken?」

 

「――!!」

 

その瞬間だった。

 

一陣の風が吹き抜け、砂埃が完全に晴れた。視界が開けると同時に、空気が一気に張り詰める。

 

「お嬢様、どうされますか?」

 

「ちょうどいい。逃げてばかりで退屈してたもの。異形郷とやらの力、見せてもらおうじゃない」

 

優雅に微笑むレミリアの瞳が、敵を捉えると同時に赤く輝いた。

 

「ちょ、待っ――!」

 

スバルの制止が届くよりも早く、黒革ジャンの兎がライフルの引き金を引いた。乾いた銃声が辺りに響き渡る。それはまさしく、戦闘の幕開けだった。

弾丸が空を裂き、レミリアの額を正確に狙う。だが、

 

「甘いわね」

 

レミリアのシルエットがふっと揺らぎ、弾丸は虚空を貫いて後方の木を粉砕する。風圧がスバルの髪を逆撫でした。

 

「速っ……!」

 

避けた勢いそのままに、レミリアは黒革ジャンの兎に向かって一気に突進する。一撃で決着をつけるべく鋭く仕掛けるが、その攻撃は巨漢の兎が振るったハンマーによって弾き返された。

見た目に反して、信じがたいほどの速度。レミリアの鋭い爪と、餅槌型のハンマーが正面からぶつかり合い、激しい火花を散らす。

 

そして、鍔迫り合いとなっている二人の間を狙って――再び、黒革ジャンの兎がライフルの引き金を引いた。

ほんの数メートルの至近距離。狙いはレミリアただ一人。味方ごと撃ち抜くことも厭わない、あるいは完全に制御している射撃だ。

 

「……ちっ!」

 

レミリアはわずかに身をよじり、弾丸を皮一枚で回避する。弾は彼女の肩先をかすめ、後方の地面を抉った。

 

「HAHAHAHA!! It's a shame!」

 

「PETTAN!! PETTAN!!」

 

「面倒くさい連中ね……」

 

吐き捨てるように呟いた彼女は、肩から流れる自身の血を舌で舐め取る。

すべては一瞬。スバルには、何が起きたのか、視線で追うことすらままならなかった。分かった事は、ひとつだけ。

 

「やっぱり、楽勝ってわけにはいかないか……」

 

レミリア・スカーレット。幻想郷の中で彼女がどれほどの存在かは知らないが、スバルにとっては明らかに規格外の強さを持つ存在。その彼女ですら、今の相手には手こずっている。異形郷という存在が、いかに常識外れかを突きつけられる。だが――

 

「あなた、何か失礼なことを考えてるみたいだけど……心配しなくていいわよ」

 

レミリアが、血の匂いを纏いながら背中越しにこちらへ笑いかけてきた。その笑顔を目にした瞬間、スバルは自分の懸念が杞憂だったことを悟る。

 

「――楽しんでるだけだから」

 

「――――」

 

彼女は笑っていた。

口角は不自然なほど吊り上がり、鋭い八重歯をむき出しにして。その姿は、一度でも唯の幼女だと勘違いしたのが不思議なくらい――吸血鬼だった。

 

「咲夜、手出しは無用よ」

 

「……かしこまりました」

 

その言葉とともに、レミリアは右手に力を込める。血管が浮かび上がり、赤黒い光が掌に灯る。それはやがて形を取り、身の丈ほどの巨大な槍を象って見せる。

 

「――グングニル」

 

その名を静かに告げると、レミリアは再び躍り出る。紅い風のように、恐怖を薙ぎ払いながら。兎たちへと向けて、一気に――叩きつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「W-what...?」

 

革ジャンの兎が、呆然とした声を漏らす。今しがた自分の身に起きたことを理解しきれていないのか、それとも、半身を抉られた身体から流れ出る血のせいで、思考がまともに働いていないのか。

 

ただ、そのか細い声には、恐怖よりも戸惑いが滲んでいた。

 

「はあ……本気の殺し合いは久しぶりだったわ」

 

レミリアが肩を竦めながら呟く。その姿には傷一つなく、微塵の疲労も見られない。結果だけを見れば、それはもはや戦いですらない、一方的な暴力だった。

 

レミリアがその気になった途端、兎たちはまるで遊び道具のように蹂躙された。中でも「グングニル」と呼ばれた槍は、規格外の存在だった。

巨漢の兎が振るった餅槌を正面から粉砕し、飛来する弾丸は触れた瞬間に蒸発。最後には、投擲された槍が兎たちをまとめて吹き飛ばし、辺りの地面を抉りながら爆風を巻き起こした。

 

「たわいないわね。これが異形郷?」

 

レミリアの紅い瞳が、未だ動かぬ兎たちを見下ろしながらそう呟く。

 

「……すげぇ……」

 

スバルはただ、その光景に言葉を失い、ぽつりと呟くしかなかった。

 

異形郷。これまでの二回の経験から、逃げ惑うのが定石だと考えていた。だが、目の前の光景はその前提をひっくり返す衝撃を持っている。

遠巻きに眺めていたスバルは、レミリアに声をかけようと駆け寄り――

 

「――待ちなさい」

 

「うあ!!」

 

レミリアとスバルの間に、咲夜が音もなく立ちふさがる。次の瞬間、彼女は無言でスバルのジャージの襟を掴み、ぐいと強く引き寄せた。

 

「ぐっ……!」

 

首元が絞まり、息が詰まる。抗議の声を上げようとしたが、その前に――彼女の瞳が視界に飛び込む。

氷のように冷たく、怒りに燃える眼差しだった。

 

「一体、どういうつもり?」

 

「…………は?」

 

咲夜の声音は静かだが、その分だけ底知れぬ怒気を孕んでいた。身に覚えがないスバルは、間の抜けた声を漏らすしかない。

 

「接敵は避ける。そういう話だったはずよ。なのに、動きを止めて、敵に先手を許して――お嬢様を危険に晒すなんて。どういうつもりかと聞いているの」

 

「咲夜、私は楽しかったからいいのよ?」

 

レミリアが横から軽く口を挟むが、咲夜はその言葉にも一切動じない。

 

「お嬢様。これは今後にも関わる問題です。お嬢様が負けるとは思いませんが……わざわざ足手まといを連れていく理由はありません」

 

「なっ……!」

 

足手まとい――その言葉に、スバルの眉がぴくりと跳ねる。

確かに、そのまま真っすぐ進んでいれば、あの兎たちとの戦闘は避けられた。だが、その理由については先ほども説明したはず。今再びぶり返させるいわれはない。

 

「だから、それはさっきも言っただろ! 襲われてるやつらを助けんなら、それは十分戦う理由になるって――!」

 

「そういう問題ではない!」

 

遮るような言葉の迫力に、スバルは再び口を紡ぐ。そして、決定的な言葉が言い放たれた。

 

「なら何故――あなたは自分で助けに行こうと、微塵も考えなかったの?」

 

「――――」

 

言葉が詰まった。

それは、自分の予想とは違った返しだったから。俺が、自分で助けようとしなかった? そんなことはない。俺は野兎たちの悲鳴が聞こえて、それから――。

 

「本当に助けたいと思っていたのなら、私たちのことなんて気にせず、すぐに飛び出していけばよかったはずよ。それをあなたは、こちらの様子ばかり伺って。私には、「自分に出来る事はないから代わりになんとかしてくれ」と言っているようにしか見えなかった」

 

「……俺は、そんな、つもりじゃ」

 

反論には到底ならない、空っぽな言葉しか出てこなかった。それだけ、今の咲夜の言葉が、自分の心の奥に触れてしまったからだ。

 

自分が無理に動けば、咲夜やレミリアに迷惑をかける。それが嫌で、足を止めた。でもそれは結局どっちの選択でも同じこと。俺は、自分で責任を取る覚悟を避けていたに過ぎない。

行動しなかったことを「配慮」と言い換えて、ただ安全な場所にとどまっていただけなのではないか。

 

――せっかく、誰よりも体を張れる力を手に入れたというのに。

 

「あなたの予言が本当だったことは、もう分かってる。だから、あなたの身の安全は、私が責任を持って保証するわ」

 

 

 

「――でも、自分で何もできないのなら、それ以上を望まないで」

 

 

 

これまでのどんな痛みよりも、胸を抉った気がした。

 

弱々しくうなずくスバルを前に、咲夜は「はぁ」と小さくため息をつく。そして踵を返すと、すでに兎たちにとどめを刺し戻ってきたらしいレミリアのもとへと歩み寄り、静かに口を開いた。

 

「お嬢様、お怪我はありませんか?」

 

「問題ないわ。どちらかといえば、スバルの方がずいぶんと落ち込んでるようだけど」

 

「……お嬢様はお気になさらず。彼は引き続き、私が運びます」

 

一通りの確認を終えると、咲夜は再びスバルの方へと戻ってくる。そして、いつものようにスバルを抱え上げるべく、右手を差し出した。

 

「ほら、行くわよ」

 

「……あ、ああ」

 

その返事に、先ほどまでの力強さはない。ただ、反射的に伸ばされたその手に、スバルも応じるように右手を差し出す――そのときだった。

 

ズシュッ――。

 

「…………あ?」

 

触れ合うはずだった手に、不意に熱が走った。

違和感を覚え、スバルは顔を上げる。そして視界の端に、咲夜とレミリアの表情が強張るのを見た。

 

何が――?

 

訝しんで視線を下げると、右の掌を――巨大な針のような異形の槍が、真っすぐに貫通していた。

 

「……あ、ぐ、あ……」

 

ぽたぽたと垂れる鮮血が、地面に円を描くように広がっていく。じんわりと広がった熱は、やがて鋭く、全身を駆け巡る痛みへと変わり――

 

「……あ、が……あああああああああああっ!?」

 

悲鳴とともに、スバルの膝が崩れ落ちる。

咲夜とレミリアの視線が鋭くなり、その場の空気は再び臨戦状態へと陥っていく。正体不明の針に、警戒心が最大にまで跳ね上がる。

 

ただスバルだけが、この針の正体を理解していた。何故なら二度も、俺は殺されたのだから。

 

「……はっ、はっ、あ」

 

脳裏に、焼きつくような痛みと絶望が蘇る。

 

頭を貫かれ、身体を串刺しにされ、何の意味もなく命を奪われたあの瞬間の記憶が、喉の奥から悲鳴となって這い出してくる。

 

「なん、で」

 

スバルが迷いの竹林ルートを選んだ理由――。それは、魔法の森で確認した化け物達は、魔理沙一人なら逃げ切れるという推測故だ。

だけど、本当はもっと、無意識的なものだったのかもしれない。博麗神社と魔法の森に現れた「あれ」には、この竹林では遭遇しないだろうと、自然と脳が避けていた。

 

「なんで、なんで!」

 

もう二度と会いたくないと思っていた。もう二度と殺されたくなかった。なの、に――。

 

「カチカチカチカチカチカチカチカチカチ」

 

「なんでいるんだよおおおおおおっ!!?」

 

聞こえるのは無機質な金属音。歯と歯がこすれ合う、殺戮の音。

振り返ればそこにいたのは、赤と白で象られた巫女装束に、陰陽玉の埋め込まれた歪すぎる顔面。

 

――二度、スバルを殺した異形の巫女が、再び彼の前に舞い降りた。

 




【本日の異形解説】
・異形レイセンと異形清蘭
ライフルと餅つきの人。登場は「妹紅編2」。「三月精編」にて、異形優曇華が単独行動をしていたことから、こいつらも最初は各々動いてたんじゃないかと思って採用。まあまあ強い。
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