Re:ゼロカラアラガウ異形郷生活   作:カノンだよ

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第一章8『ゼロカラアラガウ異形郷生活』

菜月昴は平成日本ゆとり教育世代出身である。

 

彼の人生は十七年、その全てを語りつくすにはそれこそ十七年の時間を必要とする。

それらを割愛し、彼の現在の立場を簡単に説明するのならば『高校三年生にしてひきこもり』となる。詳細に説明するなら、『受験を間近に控えた時期なのに、親の期待もなにもかも裏切って自分の殻に閉じこもったどうしようもないクズ』といったところだろうか。

 

嫌なことからは、常に目を逸らしてきた。

ただし、それは単なる逃げではない。むしろ彼の本質は――「何もしない」ことにある。

 

怠惰をむさぼり、惰眠に沈み、努力とも研鑽とも無縁の日々を過ごしてきた。

かといって自分を諦められるわけでもなく、表面上だけはいい人間であろうと行動する。

 

「――なら、あなたは何故、自分で助けようと微塵も考えなかったの?」

 

咲夜の言葉は的を得ていたと思う。いざその時になれば立ち向かえないくせに、言葉だけは一丁前で。努力してる風を装って自分のプライドだけを守り続ける。

 

ナツキスバルという人間。その本質は異世界に投げ出さされた今でも、全く変わっていない。

 

 

 

だけど、

 

 

 

だけど一つだけ、変わったこともあったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――咲夜!」

 

「っ、問題ありません、かすり傷です!」

 

レミリアの鋭い声に、咲夜は即座に応じる。頬をかすめた傷から流れる血を素早く拭い、そのまま構えを取り直す。その視線の先には、赤い巫女装束に身を包んだ異形の姿――博麗霊夢に酷似した存在が、無表情のまま佇んでいた。

 

戦闘は既に始まっている。

 

スバルの手に異形の針が突き刺さり、その存在を初めて知覚してからは、全てが一瞬だった。

否応なく襲い掛かってきた敵に対し、迎撃は必然。今度は咲夜も傍観することなく参戦し、順当に勝ちを拾えるはずだった。だが――

 

「霊夢の恰好してるだけあって、多少は骨があるじゃない」

 

レミリアは薄く笑みを浮かべているが、その表情はどこか焦燥感がにじんでいる。

無理もない。戦闘が始まってから既に数十手。二人は未だ異形に傷一つつけることができていないのだから。

 

「――――カチ」

 

「来るっ……!」

 

異形が歯をひと噛みし、無機質な金属音が鳴り響く。その瞬間、空気が裂けたような音と共に、三人の姿が掻き消え、戦闘は再開された。

 

前に出たレミリアが異形と交差し、背後から咲夜がそれを援護する。力は吸血鬼が上、だが異形の異常な素早さが力量差を補って有り余る。

そして、僅かな隙をついて咲夜が踏み込んだとしても、

 

「――――カチ」

 

無機質な音と共に、異形の姿がふっと消える。風も音も残さず、唯そこにいたものがなくなった。

 

どこへ消えたと周囲に目を凝らせば、後方、遠巻きの距離にそいつは立っている。

これが、ただの一撃も与えられていない原因だ。時折見せる異常なまでの速さ。どれだけ完璧に間合いを詰めようとも、嘲笑うかのようにのらりくらりとかわされてしまう。

 

「っ、イライラさせてくれるわ。時間なんて、かけてられないのに……!」

 

レミリアが低く唸り、魔力を掌に集中させる。そして、苛立つようにしながらヤケクソ気味に吶喊した。

 

あたらない。あたらない。あたらない。

こちらの攻撃は悉くをかわさせ、逆に咲夜とレミリアは隙をつかれて、小さな傷を増やしていく。

 

 

 

 

 

その激戦の様子を、ナツキ・スバルはさらに離れた場所から見つめていた。

 

素人目にも分かる。咲夜とレミリア、二人は確実に押されている。

派手な損傷や流血はない。だが、それでも徐々に、確実に、流れる血の量が増えていることにスバルは気づいていた。

 

このままじゃ、三人ともここで終わる。

たとえ現状を維持できたとしても、時間をかけすぎれば次が来る。他の異形郷の連中が増援を寄越してくる可能性は十分すぎるほどある。

そうなれば終わりだ。またしてもゲームオーバー。三度目のバッドエンド一直線。

 

それを避けたいのなら、ナツキ・スバルは、どうにかして二人に加勢しなければならない。わかっている。頭では、痛いほどに理解している。なのに、

 

「くそ、だから……止まれよぉ、足の震えぇぇぇ!」

 

叫びながら、スバルは自分の足に何度も拳を叩きつける。

立ち上がろうとするたびに、足は震え、膝は笑い、力が抜けていく。

 

離れないのだ。博麗神社で、魔法の森で殺された、あの瞬間が。あの無表情で感情の欠片も感じられない瞳が。

 

「……っ、畜生痛ぇ!」

 

右手が、ズキズキと痛む。

 

貫通した傷からは、未だに炙られているような熱と痛みが続いている。無視しようとしても、意識がそこから離れてくれない。まるでその痛みが、「思い出せ」と言わんばかりに、スバルの心を掴んで離さない。

 

どんな選択をしても、どこへ逃げても、あの女は現れる。彼女はナツキ・スバルを殺すためにどこまでも追いかけてくる死神に違いない。

思考にノイズが混じり、視界が点滅する。恐怖が喉を突き抜け悲鳴となって外へ出る――その直前のことだった。

 

「――そんなところにいるなら、早く逃げなさい」

 

思考を一閃する澄んだ声が、スバルの耳に通った。

 

「……え?」

 

「聞こえなかった? あなたはさきに、紅魔館まで走りなさいと言ったのよ」

 

顔をあげる。それは、咲夜の声だった。戦闘の合間を縫って背中越しにこちらに語り掛けるその声は、息が切れながらも迷いがない。

 

「……どうして」

 

「あなたがここにいても意味はない。むしろ足手まといだからよ、分かるでしょ」

 

返ってきたのは無情な言葉。だけど、スバルが「どうして」と聞いたのはそこではない。

 

どうして、逃げずに立ち向かえるんだ。

 

思い出すのは、前回のループでの魔理沙の姿だ。

最後の瞬間には、スバルと同じように絶望に顔を染めていた。ならば、恐怖心がいかれているわけではない。にもかかわらず――彼女はその恐怖を押し殺し、最期の一瞬まで戦っていたのだ。

 

そしてそれは、今目の前にいる咲夜も同じだ。

自分と同じくらいの年頃で、彼女たちは目を背けずに戦い続ける。それは何も、生きてきた環境の違いだけで生まれる訳ではないはずだ。

 

「……くそ、恰好悪いなんてもんじゃねえぞ、俺!」

 

スバルはふらついた足で、なんとか立ち上がる。そして、咲夜の言う通り、戦場から逆方向――茂みの中へと走り出す。咲夜は、その背を黙って見送った。

 

「行ってくれたわね。これで、存分に戦える」

 

やがて、姿が見えなくなったのを確認し、静かに異形へと向き直る。

打ち合っていたレミリアが大きく後退し、咲夜の横へと降り立つ。そして二人は、無表情に佇む異形を睨み据えた。

 

「お嬢様、申し訳ありません。最初から使っておくべきでした」

 

「いいのよ、咲夜。ここまでやり合ったおかげで、確実に仕留められるって分かったんだもの」

 

問答の後、咲夜が懐から取り出したのは、銀色の懐中時計。手のひらにすっぽりと収まる小さなそれは、彼女の切り札だった。

 

「時間を操る程度の能力」それが、十六夜咲夜の力。

 

ほんのわずかな時間、世界を完全に静止させ、その中で自分だけが自由に動けるという異能。突然の落石からスバルを庇って避けることができたのも、この力があったからこそ。

これまで使わなかったのは、敵の正体が掴めなかったからだ。だが、ここまでの戦いで異形が見せた力は、針と、異常なまでの速度のみ。

 

ならば、もう十分だ。――速さなど、この力の前では無意味なのだから。

 

「咲夜、あなたの力、存分に振るってあげなさい!」

 

レミリアの声が号令となり、咲夜は静かに懐中時計を掲げた。

 

カチリ――。

 

静寂を切り裂くように蓋が開く音が響く。咲夜の指が文字盤の中心を押し込んだ、次の瞬間――世界が、止まった。

風が消え、木々が静まり、空間全体が一枚の静止画と化す。色彩は褪せ、音は失せる。その中でただ一人。十六夜咲夜だけが動く。

咲夜は迷いなく異形の正面へ飛び出し、そして宣言した。

 

「――幻符『殺人ドール』」

 

空中に無数のナイフが展開される。上空から、左右から、地を這うように。

あらゆる角度から、異形の周囲を隙間なく囲むように。それらは寸前で停止し、まるで時限式の檻のように異形を囲んでいた。

どれだけ速くても、通り抜けられる隙間がなければ、避けようがない。

 

「お嬢様に楯突いたこと、あの世で悔やみなさい!」

 

咲夜の声と共に時間が解除される。

世界が再び色を取り戻し、音を取り戻す。空気が動き出し、ナイフが一斉に放たれる。確信していた。これでけりが付くと。

 

だが――、

 

 

 

「ガチガチガチガチガチヴェヴァアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

「…………は?」

 

その声は、異形の断末魔ではなかった。咲夜の後方から響いた、耳を裂くような絶叫。

ぞくりと背筋を冷たいものが走る。振り返ると――そこにいた。至近距離、視界を覆うほどの距離に、異形の顔。

歪み、引きつり、意味不明な咆哮をあげながら、右手に握られた針を突き出そうとしている。

 

「っ、ありえない……!」

 

ナイフは、間違いなく異形を包囲した。一本も抜け道はなかった。360度、完全に囲んだはずだった。なのに、その体には、かすり傷一つついていなくて、

 

「咲夜!!」

 

動き出した世界に思考が追い付いたレミリアが叫ぶ。その悲鳴も、咲夜の反撃もすべてが間に合うはずもなく。

ただ、少女の死という結果だけが遅れてやってくる、

 

――その、刹那。

 

 

 

「どらっしゃあああああああああああ!!」

 

別方向から飛び込んできた影が、異形の顔に針を突き立てる。

態勢が崩れ、地面に落ちる二つの影。そして、そのまま異形に覆いかぶさる少年の姿を見て、二人が目を見開いた。

 

それは、先ほど逃げたはず、泥まみれのジャージ姿に身を包んだ少年――菜月昴だったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少し、時間をさかのぼる。

 

咲夜に「逃げろ」と言われ、背を向けて茂みに消えたナツキ・スバルは、ふらつく足を無理やり動かしていた。

 

「このまま、逃げてたまるかよ!」

 

脳裏によぎるのはやはり、咲夜の毅然とした背中。魔理沙が最後まで怯まずに立ち向かった姿。

あれを前にして、それでもただ逃げるというなら。スバルは、「努力しているフリ」すら止めたことになる。それだけは、自分の中にある最低限の誇りとして、どうしても捨てたくなかった。

 

それに、

 

「変わったこともある。俺は今、ボッチじゃないからな!」

 

幻想郷での一か月で、何年ぶりかという友達が出来た。

口ではツンツンしてるくせに見ず知らずの人間も見捨てられない優しい巫女。なんだかんだ面倒見のいい魔法使い。宴会に押し寄せた妖怪だって、スバルからすれば一方的に友達宣言終了済みだ。

自分の本質が変わらずとも、周りの環境が変わった。死んでほしくないと思える奴らができた。

 

「もう一回ちゃんと宴会するまで、諦めてたまるか、おらぁ!」

 

自分を鼓舞するようにして、茂みの中を走り続ける。

敵に位置がバレていない。それだけは、この場において最大のアドバンテージだ。

だが、それでも足りない。武力も魔法も持たないスバルが何の策もなく戻ったところで、瞬殺されるのがオチだ。だったらせめて――頭を回せ。

 

「何か、あるはずだ。これまでのループで、見てきたこと……!」

 

吐き気すら催す異形の霊夢との記憶を、スバルは必死に掘り起こす。

 

一度目は、出会ってすぐ殺された。何が起きたのかもわからなかった。でも、二度目。魔法の森で遭遇した時は――

 

「……そうだ。あの時も突然だった」

 

魔理沙の亡骸を前に呆然としていたその時も、あれは急に現れた。音も、気配も、何もなかった。悲しみに呑まれ、正常な判断が鈍ったのかと思っていたが、違う。

 

あれは、高速で動きましたじゃ、説明がつかない。

 

今回だってそうだ。高速で動いているのなら、接近されるまではまだしも、近づいた瞬間まで静かなわけがない。突風が起きたり、大きな音が鳴ってもいいはず。

 

「間違いない。あいつは――『瞬間移動(テレポート)』してる」

 

瞬間移動(テレポート)――移動という行為を介さずに直接空間を転移する異能。アニメや漫画で散々見てきた、分かりやすい強能力だ。

 

しかも、それだけじゃない。

 

ただ気まぐれにテレポートしているなら、完全にお手上げだが――奴の移動先には、いつもある程度の法則があった。

 

「正面は避ける。必ず、死角から――!」

 

カナを殺した時も、魔法の森であった時も、スバルの手を貫いた時も。そして今、咲夜とレミリアと戦っている時も。奴は徹底して、相手の背後に回る。

能力の制限か、本人の意思かは分からない。けど、このルールから外れたことは、観測上一度もなかった。

 

「だったら俺にも……やりようはある!」

 

スバルは呼吸を荒げながら、戦場を見渡した。

ナイフの雨が降る直前、咲夜が完全に意識を外していたあの位置。そこが、奴の狙い目。

そう気づいたスバルは、茂みの陰から泥を蹴り、全力で走り出す。恐怖は、消えちゃいない。足もまだ震えている。

 

でも、それでも――

 

「もう二度と、失ってたまるかっ!!」

 

その思いだけを胸に、確信を持って飛び出す。案の上、狙った先に異形の姿が現れた。そして、右手の針が咲夜の体に届く、その前に。

 

「どらっしゃあああああああああ!!」

 

掛け声と共に、スバルは自身の右手に突き刺さった針を強引に引き抜く。

 

――そして痛みを無視して、異形の顔へ突き刺した。

 

二人して地面へ落下し、異形を下にして着地する。針は顔に突き刺さっているが、大した損傷は与えちゃいない。スバル程度の腕力では致命傷になり得ない。だから、

 

「――レミリアァッ!!」

 

喉が裂けそうになるほどの声で、その名を叫ぶ。

空中にいたレミリアはハッと目を見開き、すぐに口角を鋭く吊り上げた。

 

「よくやったわ! ナツキスバル!!」

 

これまで決して呼ばなかったその名前を、今はっきりと声にする。

スバルが素早く異形の傍から飛びのいた瞬間。レミリアの掌に、紅く輝くあの槍が再び現れた。

 

――神槍『スピア・ザ・グングニル』

 

宣言と共に、放たれるは紅い閃光。

空気を震わせ、地面を揺らし、軌道は一切ぶれず、一直線に異形を貫かんと迫り、そして、

 

 

 

 

「……じゃあな、皆勤賞野郎!!」

 

スバルの言葉と同時に地面に衝突。――迷いの竹林を飛び越え、幻想の大地に轟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

視界を覆う煙の前で、スバルは唯呆然とへたり込む。

そして、遅れて徐々にやってくる実感に、拳を握って震わせてから、

 

「っ、よっしゃおらあああああああ!!」

 

拳を空に掲げて、特大のガッツポーズをして見せた。

三度目の正直。というにはあまりに綱渡りの連続だったが、ついに、ついにあの霊夢もどきに勝ったのだ。

 

「……って、あれ?」

 

しかし、思い切り立ち上がった瞬間、スバルの世界が曖昧になる。

ぐるんと視界が逆転し、足に力が入らなくなった時点で、スバルは理解した。――あかん、血ぃ、流しすぎた、と。

 

弁として機能していた針を無理やり引き抜いて使ったことで、ドバドバと血が流れ始めたのだ。

 

「あ、やばい、これ、俺にも先が読めた」

 

ああ、やっとここまで来たというのに、下手したらまた終わりか。

でも、たとえそうだったとしても。俺はまたここにくるだろう。もう、諦めたり逃げたりしない。

――決めたから、この世界を襲うあらゆる理不尽に「アラガウ」とスバルが決めた。

 

だから、きっと――。

 

 

 

「……あら」

 

ふと、美声とともに倒れ掛かった体に腕が回される。

すぐ間近でこちらを覗くメイドさんも、吸血鬼も、やっぱりこの世の物とは思えないほどに可愛い、異世界ファンタジー。

 

「……よく頑張ったわね。ありがとう」

 

そんな言葉が聞こえたのを最後に、スバルは満足げに意識を手放した。

 




【本日の異形解説】
・異形霊夢の能力「対象背後へのテレポート」
彼女の能力は東方異形郷本編で明かされておらず、これは完全に筆者の妄想です。ですが、こう推測した理由がなくはないので、以下に陳列します。

・「咲夜編1」で、咲夜が時間を停止させ配置したナイフを回避。背後に回り込んでいた。
・同じく「咲夜編1」終盤。逃げ切ったかに思われた咲夜の背後に、再び突如として現れた。

なお、異形霊夢も時間を止めていた、それ以上の何かをしていた等、可能性は色々あります。今回これを採用したのは、単純に勝ち目があるから、書きやすかったというだけです。

そして第一章は次回の幕間で終了となります。とりあえずここまで書けてよかったです。
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