Seelen wanderung~とある転生者~ 作:xurons
…鐘の音が、このアインクラッドに木霊した午後17時。何の脈絡も無く突然鳴ったソレは、プレイヤー達を光に包み強制転移させるものだった。
そんな訳で今、俺達三人含めたプレイヤー達が続々と強制転移の餌食として転移してきており、辺りは先程からチカチカと眩しい光が点滅を繰り返している。
「どんどん来てるね…」
「あぁ…」
「お兄ちゃん…大丈夫…だよね?」
「あぁ。だが…心の準備はしておけよ。」
「…うん。」
そしてそんな現象を、俺達は‘‘始まりの街’’中心部の広場…の更に人混みの中心にいる。
当然、集まって来る人々は疑問の色を浮かべ、中には仕切りに窓を確認する者もいるが…全て無駄なのだ。
何故なら今、このゲームから抜け出す事は叶わないからだ。多分、この広場の何処かにいる俺の数少ない友人も…隣にいるミリア同様にきっと動揺している筈だ。
そうして…幾ら時が流れたのだろう?
誰かがアレは何だ?と上空を指差したのは…
「…来たか」
突如、夕暮れの美しかった空が真っ赤なエフェクトで染まり、そこから血よりも暗いダークレッドの液体が俺達がいる地面よりも少なくとも20mは上の…ある一定の高度で集合し始めた。
ソレはどんどん集合して密度を増していき、やがてそれはそれは巨大なローブを着た人型のアバターとなった。
その巨人に肝心の顔は無い為誰かはパッと見解らないが…俺は、俺達は、それが誰かは直ぐ検討がついた。寧ろ一人しかいないだろう。
『…プレイヤー諸君。‘‘私の世界’’へようこそ。私の名は茅場 晶彦。…今や、この世界をコントロール出来る唯一の存在だ』
茅場 晶彦。
2022年10月31日の今日、世界初のVRMMMRPGとして正式サービスを開始した本作…ソードアート・オンラインの開発ディレクターであり、この世界を創り上げた天才。
彼はまだ20半ばと若いながらも、どのゲーム開発関係者をも凌駕する独創性と技術の持ち主であり、同時に世へ顔を出す事を極端に嫌っていた。
そして…俺と友人の和人はそんなミステリアスな彼へ強い憧れを感じていた。だからβテスターとなった時も、その願いが通じたんだと随分歓喜したものだ。
…だが。その憧れの人物が今、禁忌に手を染めようとしている事に、俺は『納得』と『驚き』。二つの感情をヒシヒシと感じていた。
『…プレイヤー諸君は、メインメニューから‘‘ログアウト’’のボタンが消失している事に既に気が付いていると思う。しかし、それは不具合ではない。繰り返す。それは不具合ではなく‘‘ソードアート・オンライン本来の仕様’’である。』
「仕様…ね。」
今更言わずもがなだが、‘‘ログアウト’’というのはあらゆるゲームやサイトにおいて=離脱を意味する。
その機能があるからこそ、人々は好きなタイミングでゲームへのINorOUTが出来るのであり、あって当然のもの。
だが、茅場は今はっきりと『不具合ではない』と言った。この時点で既に、感が良い読者諸君はもう気が付いているのではないか?
『…諸君らは今後、この城の頂を極めぬ以外にログアウトする術は無い。また…外部の人間による、ナーヴギアの停止・解除もあり得ない。もし、その行為が試みられた場合…ナーヴギアの信号素子によるマイクロウェーブが、諸君の脳を停止させ…生命活動を停止させる。』
長々とよく喋るローブ茅場だが、簡潔に言おう。
…奴はルールを破ったものを問答無用で…殺す。
お前達に逃げ場など無い。この私の世界で…ルール破りし者には本物の‘‘死’’という鉄槌を下す。概ねそんな所だろう。
「…無茶苦茶だろ。そんなん…瞬間停電でもあったらどうすんだよ⁉︎」
(確かに…その可能性は否定出来ないな。…でもな。)
そんな叫びなど、既に述べ1万人へ殺人ゲームを宣言した奴にとって、遠くで吠える獣の遠吠えの如くどうでも良いのだ。
すると、叫んだ奴の声を聞いたのか、再び淡々と語り出した。
『具体的には、十分間の外部電源切断、二時間のネットワーク回線切断、ナーヴギアの停止・分解または破壊…このいずれかが該当した場合、本体に設定された脳破壊シークエンスが作動する。』
「な…なんだよ…それ…無茶苦茶じゃねぇかよ…」
そう疑問をぶつけたであろう野太い声は、同じ人間とは思えない程無機質な響きで語られた内容に、震えた声を発するのみだ。
つまり、その脳破壊シークエンスの条件に該当してしまえば、プレイヤーの意志は関係無く命を絶たれるという事。
もちろん疑問をぶつけた奴の意見には激しく同意するし、これはもう、ゲームという範疇をとうに超えている。
『また…以上の条件は既に外部世界にマスコミを通し伝えられているが、少なからずナーヴギアの破壊・分解を試みた例があり…残念ながら現在213名のプレイヤーがこの世界及び、現実世界からも永久退場している。』
「嘘…っ…?」
短い悲鳴が、隣のレイナから上がる。
もう、茅場は人を殺していたのだ。しかも、‘‘間接的に’’という最も悪質な手段を用いて、213名もの尊い命を…自ら創り出した世界で奪い去った。
だがそんな驚愕へ変わりつつある人々を無視し、茅場は続けた。人々を更に深い絶望へと叩き落す事実を…
『…現在、この事実を現在世界では繰り返し報道されており、既に諸君らが切断を味わう確率は既に低くなっていると言って良いだろう。諸君らには安心して‘‘ゲーム攻略’’に励んでほしい。』
「な…何を言ってるんだ…?ゲーム攻略だと⁉︎ログアウトも助けも来ない中で、呑気にゲームを攻略しろっていうのか⁉︎」
そう怒号を上げた奴の意見に、俺は内心良くやったと褒めてやりたい。
しかも、その怒声には聞き覚えがあった。
「和人…?」
アバターは全くの別物の端正なイケメンだし、声も補正がかかってるが、長年幼馴染みとして過ごして来た俺には解る。
アレは…あの目先にいる青年は、間違いなく俺の心友、桐ヶ谷和人。
大人しく自己主張はあまりしないタイプのあいつだが、あまりに横暴な茅場の態度に、流石に堪忍袋の尾が切れたのだろう。…当然だ。もう、これは‘‘ゲーム’’などという生易しい響きの代物ではない。そう、もうこれは…
(…デスゲーム。ゲームの死が、一瞬で本当の絶命に繋がる…)
『…では最後に、諸君らへ私から囁かなプレゼントを用意した。確認欲しい…』
「プレゼント…ですって?」
もう、ここに集められた者殆どがこのふざけた現象から現実逃避していると思う。それでも、やはり仮にも筋金入りのゲーマーである俺や和人が窓を開くと…それに便乗して次々と操作音が鳴り始める。
そうして俺が一番乗りで実体化させたのは…
「…鏡?」
「鏡だね…」
「鏡だよね…」
細々とした俺の手にも収まる掌サイズの手鏡だった。
何処からどうみてもThe・鏡のソレは、アバターの俺を写し出している以外、特に不可思議な点は見当たらない。
…が、それはほんの一瞬の事。
「きゃあっ⁉︎」
「わあっ⁉︎」
「レイナ⁉︎ミリア⁉︎…っう⁉︎」
突然、俺の両隣に立っていた二人を眩い光が包み込んだのだ。そして事態を把握する余裕も無く俺も数秒遅れて光に包まれた。やがてそれは収まった…が。
「な…⁉︎」
「な、なにこれ…」
眼を開けると、先程まで正に造られたの名に相応しいイケメン美女の集団であったプレイヤー達は何処へやら、女装した太った男や男装し女性などなど…明らかにリアルでよく見かけそうなものへ様変わりしていたのだ。
今更だが、MMOは男女の比率で言えば圧倒的に男性が多い。そして、中には女性として性別を変えてプレイする者もいる。それは別に間違いではないし、ゲームを楽しむという意味ではそれも一興だ。そして、そんなゲームならではの楽しみを、今も右手にある手鏡はあっさりと奪い去ってしまったのだ。
只、元々性別も顔も体型すらもリアルとほぼ変わらない俺と美弥は眼の色以外は同じだし、玲奈に至ってはリアルよりやや高かった鼻以外全く変わっていない。
「俺だ…」
「私だわ…」
「な、何で⁉︎何でいきなり…?」
「多分…アレのせいだろうな。」
俺の言うアレとは、ナーヴギアを使用する際に行ったある作業…キャリブレーションの事だ。
具体的にはナーヴギアに接続した皮の様なものでペタペタと自分を触るという…何の意味があるのか解らなかった動作だった。
そして万が一の危険性を考えて〜とかうんたらかんたら説明を聞いたりもして、内心は本当にどうでも良かった事だが…今は違うと言い切れる。
あの動作はけして意味が無い訳ではなく、寧ろ俺達に‘‘これは現実だ’’と改めて暗示させる超重要項目だったのだ。
「…確かに、あの動作なら、ナーヴギアに俺達の全身を記憶させられる…ね。」
「あぁ。だよな…茅場?」
もう完全に、奴はここにいる9769名の命を天秤にかけた。生きるか死ぬか、究極の選択を。
そして、そんな事態で複雑な渦巻く感情を察知した…のかは解らないが、茅場は続けた。
『…諸君らは今、何故?と思っているだろう。何故、SAOの開発者茅場 晶彦はこんな事をしたのか…と。…大規模なテロ、脅しや人質…そのどれでもない。何故なら…既に私の目的は達せられているからだ。この世界を創り出し、観賞する為にのみ…私はこのソードアート・オンラインを造った。』
その声は、先程同様全くの無機質な筈なのに、何処か抑えきれぬ渇望を満たした様な…彼の言葉通りの達成感を感じさせた。
『では最後だ。このゲーム…この世界において、今後あらゆる蘇生手段は機能しない。君達一人一人が持つHPゲージ、それが0となった瞬間…諸君らの脳はナーヴギアにより破壊され…絶命する。』
「…茅場。」
名前を呼ぶ。それはただ、彼の名だけを口にしただけなのに…ここはゲームの中なのに、最も彼を表せる言葉…
『では以上で…ソードアート・オンライン正式サービスチュートリアルを終了する。プレイヤー諸君の健闘を祈る…』
…人間は、自分の中にある‘‘常識’’を破壊された時…自ずと生物的な恐怖を覚える。
だからこそ、人々はこの日を…2022年10月31日を一生忘れない恐怖として、己が胸に刻みつけるだろう。
そして、そんなデスゲームと化したこの瞬間を…俺はこう呼んだ。
「…全てが始まり…そして終わった。」
今、俺達の…生存者9769名の文字通り替えの効かない鎖を背負った戦いが…幕を開けた–––