あべこべ貞操逆転世界で七光り役者生活 作:関税破産お嬢様
この映画『似通う刃』は、中国で連続殺人を犯して日本へ逃亡してきた犯人を、複数の視点で追いかけるクライム・サスペンス。
警視庁に置かれた捜査本部が物量で犯人を追い詰め、中国から派遣されてきた捜査官の案内役としての捜査一課の刑事が二人で別口から調査を進めていく。
更には逃亡犯を受け入れたチャイナタウンの一派、逃亡してきた犯人と同じ流派の武術道場、そして逃亡犯の日本での犯罪で仲間を殺された華僑の若者たちを描く群像劇だ。
その中での俺の役どころは、中国から派遣されてきた捜査官。
日本人なのに中国人役、しかもカンフー服にスーツのジャケットを羽織った奇っ怪な男として、俺はカメラに映ることになった。
人が行き交う駅前広場、そこに止められた白いイギリスのコンパクトカー。
その前に立っているのは長い黒髪が艷やかな、スーツの脇のあたりが不自然に膨らんだ女性だ。
彼女はイライラしたような顔で、組んだ腕の上を指をトントンと叩いていた。
俺はその女性の隣にこっそりと近づき、彼女の真似をして腕を組み、指でトントンと叩く。
彼女と違うのは、俺が笑顔だって事だ。
「誰っ!?」
数秒経ってから隣に立つ俺に気づいた女性が横を向いたのに、俺はおどけた笑顔を見せる。
そのままゆっくりと、間延びしたような喋り方でセリフを言った。
「あなた、カガヤ ミキさん……ですか?」
「そう、ですが。あなたは?」
警戒心を顕にした女性の問いに、俺は開いた左手を上にあげたまま右手でカンフー服の上に着た色褪せたジャケットの胸ポケットに手を入れ、タバコを取り出す。
次は横のポケットからボールペン、内ポケットからコンビニの月餅、最後にズボンのおしりに手を入れて、ようやく黒い手帳を取り出した。
そしてそれを開いて彼女に見せる……が、逆さまなのでひっくり返す。
手帳の中には、
「僕はインターポールの、ヤンです」
「あなたが……十時には着くと聞いていましたが? 今もう十二時ですよ」
「日本人よく働く、本当ですね。日本の新幹線も一生懸命動きます、ドアを閉める時『待ってー!』と言っても待ってくれなかった」
「当たり前じゃないですか。はぁ……本庁から言われたから、あなたと組むことになりましたけど。あんまり頼りにならなさそう」
「そんな事ないですよ、私ぐらい頼りになる中国人はいませんよ。おまんじゅう、食べますか?」
「結構です!」
俺の台詞や演技はずっとこんな感じだ。
ゆっくり話すからと、本来もっとあった台詞を削られてしまったが、その分キャラ付けも変えると監督は言いだした。
とにかく笑顔を浮かべてコミカルに動けと、そう言われたのだ。
幸いこの大規模撮影現場にはベテラン俳優が山程いる、監督の口利きもあって、俺はコメディのいろはを彼らからコピーする事ができていた。
「とにかく、身内を殺された中国人たちが、独自に犯人探しに動いてるっていう情報もあるんです。急いで捜査を進めないと大変な事になりますよ」
「それは当たり前じゃないですか、です。中国人、身内大切に大切にします」
「…………」
俺が彼女の口真似をしてそう言うと、ミキは不愉快そうな態度で無言で車に乗った。
こちらもその助手席へと乗り込んだところで、ディレクションされた部分は終わりだ。
「はいカット!!」
監督の声と共に、俺たちは急いで車から降りた。
駅前で人を止めてのロケ撮影だから、撮り終わったらさっさと移動しないといけないのだ。
この後は車での移動シーンの撮影の予定だが、本当のところはわからない。
全ての脚本は監督の頭の中にだけあり、
「工藤さん、すいませんでした!」
「いーよー」
何回かNGを出してしまった事もあり、歩きながらミキ役の工藤さんにそう謝るが、軽い調子で許してくれた。
そこそこ有名な役者さんなので最初は緊張していたが、彼女の前で三回監督に怒鳴られてからはもう気にならなくなった。
とにかくこの現場、割とずっと監督の怒号が飛んでいるのだ。
もちろん工藤さんだって俺の前で何度もボロクソに言われている。
「あの監督、撮った映画では結構賞取ったりしてるけどさ。腕がいい監督ってのはみんなああなっちゃうのかな」
……なんて、工藤さんも休憩中に愚痴をこぼしていたぐらいだ。
活気はあるが、常に緊張感が走っている。
そういう現場だった。
俺が三日間しごかれ続けた撮影所の中の武道場セット、そこに俺は役者として帰ってきていた。
屋台の電灯に照らされた夜のカット、ミキと俺が捜査のために訪れたそこから、何の成果もなく立ち去る場面だ。
「あの道場の人たち、絶対に何か隠してる。犯人と同じ流派だから、匿ってるんじゃないかしら?」
「逆、じゃないですか?」
「逆?」
俺はポケットから取り出したコンビニの草餅を齧りながら、笑顔でミキに頷いた。
「中国人、面子、大事に大事にします。ケジメ、自分たちでつけるつもりじゃないですかね」
「……私、もう一度話を聞いてきます!」
そう言って道場に戻ろうとするミキの肩を、しっかりと掴んで固める。
俺は笑顔を消し、訝しむミキに真剣な顔を向けて話す。
「ミキさん、囲まれてますよ」
その言葉と共に、歩いていた先の路地から二人の女が現れる。
両方覆面を被り、それぞれに木刀と青竜刀で武装していた。
「あなたたち、何?」
「…………」
何も言わず、ミキの方へと近づいてきた相手の前に、俺が出る。
「ミキさん、後ろをお願いします」
ミキが振り返ると、俺達が歩いてきた路地から更に二人の女が出てきた。
こちらは武装はしていないようだが、覆面は同じだ。
「さっきの道場の人たち?」
「そう思わせたい人かも」
俺がジャケットを脱ぎ捨てて習った
「おらああああ!!」
そんな声と共に振られた相手の木刀をのけぞって避け、その根本の手を押さえて胸に拳を入れる。
別の相手から足を
そして落ちた木刀を拾い上げて女の頭をコンと叩いて無力化し、青竜刀と相対する。
「おらっ!」
気合の声と共に振られた青竜刀を受け……る寸前に頭を引っ込める。
風になびく毛先と一緒に木刀の先も切られ、ぽとりと落ちた。
「どらっ! おらっ! でやっ!」
声が響くたびに青龍刀は木刀を細かく切り、最終的には俺の持ち手だけになった。
そんな木刀の残りを相手に投げつけ、俺は横薙ぎに振られる刀を体が地面と水平になるように跳んだり、180度開脚で地面に沈んだりと、コミカルな動きで避けていく。
じっくりと無手のアクションをした後は、工事中の家の壁際に放置されていたアルミの脚立を持ってきて青龍刀を受ける。
返す刀で足を狙ってくる青龍刀を跳び上がって避けるついでにその上に逆立ちをし、その胴を狙った攻撃を避ける動作で天板に座り。
脚立を開いては敵を打ち、浮かせた脚立を挟んで敵とグルグル周り、監督が思いついた限りの脚立アクションで戦っていく。
「当たらないよ」
最後はそう言いながら脚立を挟んで敵を煽り、敵がはしごの段と段の間に手を入れて突いてきたところを、上から打って青龍刀を地面に落とした。
あとは腕を押さえてふらついた相手に何発か入れて倒し、このシーンは終わりだ。
「はいカット! いいね! コピー忍者! いいね! やっぱお前はアクションだアクション!!」
監督も大満足のこのシーン、俺の背後のミキ側はそもそもアクション俳優ではない彼女に合わせ、殴られ役がきちんと演技をするという形で撮られたらしい。
そういえば、俺も白ギャルと会った現場でそういう仕事をしていたな。
しかし、ディレクションを聞いていた限りではだけど、ミキ側と俺側で温度が違いすぎて観客も困惑するんじゃないだろうか……
そんな事を考えていると、青龍刀を持っていた役者が覆面を外しながらこちらへとやって来た。
「お疲れ」
「お疲れ様です! 金田さん、ありがとうございました! やりやすかったです!」
「ん」
そう、青龍刀を持っていたのは白ギャルだったのだ。
本来彼女は別の役で出演しているのだが、武器術を修めている人間が多くない兼ね合いで、こっちのシーンにも覆面で参加してくれていた。
「あんた結構やるじゃん。ちゃんと動けてたよ」
「ありがとうございます!」
白ギャルはそうにこやかに俺を褒めていたが、次の瞬間にはまるでスイッチが切り替わったように不機嫌そうな顔になった。
「んで、別の話なんだけどさぁ、あんたどういう事?」
「えっ? 俺なんかやっちゃいましたか?」
この人、監督の親戚ってのも頷けると言うか……
一瞬一瞬で気分の切り替わりがえげつないぐらい早いんだよな。
不機嫌を全く引きずらないから付き合うのは難しくないけど、怒られる時はただただ恐ろしいばかりだ。
「昨日出番なかったから道場行ったらさぁ」
「はい……」
「これ」
そう言いながら突き出されたスマホには、写真が表示されていた。
木の壁のようなところには、様々な人の名札が掛けられている。
そしてその中に、俺の名前があった。
『師範代 佐々木瑠奈』と書かれた札の二個隣に『指導員 八代透』という札があったのだ。
「あんたいつうちの道場の指導員になったわけ?」
「え!? いや、知りません……」
「知らないわけないっしょ!? 婆ちゃんに聞いてもニコニコするばっかだし、みんな知らないって言うし、師範代は休みだったし……どゆこと? あたしでさえまだまだ門下生なんだけど!?」
知らない事には説明のしようもなく……
俺は怒れる白ギャルにひたすら謝りながら、