あべこべ貞操逆転世界で七光り役者生活 作:関税破産お嬢様
白ギャルにしこたま怒られた俺は
『あなたに教えられる人が指導員の中にいない以上、そういう事になります。
どう考えてもカラオケ屋としか思えない背景音の中、彼女はそれだけを言って電話を切った。
まぁ、白ギャルには説明してくれるとの事だし……とりあえず、この事は一旦心の棚に仕舞っておく事にした。
とにかく今は撮影だ。
途中参加となった俺の出番の撮影は溜まっているらしく、一週間ぐらいは毎日現場入りするスケジュールになっていた。
今日の出番は港湾で三階建ての建物を借りての夜間撮影。
犯罪者集団のアジトとなっているそこに、単身調査に向かうシーンだ。
ここでも俺のアクションが撮影される予定だったが、それは監督によって急遽追加されたもので、彼女いわく本来はしっとりとした語らいの場面だったらしい。
経緯はこうだ。
昨日の昼、ケータリングを食べていたら監督に突然こう聞かれた。
「コピー忍者、どのぐらい跳べる?」
幅跳びなんて高校の体力測定以来だが、なんとなく立ち幅跳びをやってみたら三メートル二十だった。
ついでに壁を蹴って垂直に跳ぶウォールランを見せたところ、監督が非常に喜び……急遽それに絡んだシーンが追加されたのだ。
「やっぱり、ここが紅真会のアジトなのね」
「大当たり、やっぱり中国人は仲間大切に大切にしますね」
実際は夜間も車通りは多いのだが、今日は人っ子一人いない港湾の一角。
真っ暗なそこに止められた白いイギリス車の中で、俺とミキは話をしていた。
「僕、ちょっと中に行ってきます。ミキさんはここで待ってて……そうだ、待ってる間、おまんじゅう食べますか?」
「いりません! というか、どうやって行くつもりですか? 令状は出てないんですよ!?」
「上に窓ありますね、あそこからちょっと入ってみます」
「入ってみるって……あんな高いところ、はしご車でも持ってこないと無理ですよ!」
俺はそう言うミキに笑いを返し、ポケットから取り出したかりんとう饅頭の袋をダッシュボードの上に置いた。
「これ、美味しいですよ。大丈夫、待ってて」
俺が車から出たところで「はいOK!」の声がかかって一旦カット割りだ。
今日の俺にとってはここからが本番、深呼吸をしていると、車のドアが開く音が聞こえた。
「気ぃつけてね」
「ありがとうございます!」
ミキ役の工藤さんが車のドアを開けてオフの声でそう言ってくれるのも納得のアクションが、この後の俺には待っていた。
「無理だと思ったらやめていいから、安全第一だからね」
「わかりました!」
そんな事を言われながら、不安になるぐらい細い命綱を腰につけられる。
そう、これから俺は危険な事をしにいくのだ……
「じゃあ行くよ! アクション!」
できるとは思いながらも、薄っすらと不安に思っていた気持ちが……その声と共に、頭から消えていく。
ヒョコヒョコ歩きながら建物の壁に近づく。
キョロキョロと周りを見回すと、十メートルほどの高さの敵アジトの隣に、ほぼ同じ高さのコンクリート事務所がある事に気づく。
敵アジトから三メートルほど間隔を開けて建てられたそれの壁面には、プラスチックの雨樋と……壁半ばからだが、それを管理するためのはしごが用意されていた。
「…………」
無言でコンクリートの壁を叩き、地上二メートル半ほどの場所にあるはしごを見つめる。
対面の壁ギリギリまで下がった俺はコンクリートの壁に突っ込むかのように走り寄り、その壁を蹴って上に飛んだ。
そのまま楽々とはしごに掴まり、ニコニコ笑顔で上に登っていく。
最後は屋上のフェンスのふちから、敵アジトの屋根の上へピョンと飛び移った。
「……OK!」
地上から監督の声が聞こえたので下を見てみると、彼女が腕で大きく丸を描いているのが見えた。
どうやらOKだったらしい。
映画にしてから見ればなんでもないシーンかもしれないが、実際にやるとなると大違いだった。
一メートルは一命取る、その十倍の高さの場所で、軒先が突き出ているとはいえ三メートル近くを飛ぶのだ。
自分が立ち幅とびで三メートル以上跳べる事も知っているし、命綱があるからまず死なないとはわかっていても……
もしかしたら次の瞬間、自分は死んでいるかもしれないという緊張感は、俺の体にドッと冷や汗をかかせていた。
「透さんそのまま待機でーす」
「あっ! はいっ!」
あとはもっと太い命綱と下に用意されるクッションで安全を確保してから、屋上から逆さ吊りになって建物の窓を開け、潜入シーンを撮るだけだ。
人生初めてのハードめのスタントシーンに、俺は大きな達成感を感じていた。
だが、手応えを感じていたのが自分だけでない事に関しては、まだこの時点では気がついてもいなかったのだった。
予定されていた撮影スケジュールをなんだかんだと熟して、ギリギリでなんとか大学のテストを受ける日程を捻出する事ができた。
もちろんバイトじゃないんだから「この日テストあるんで抜けさせてください」なんて事は言えない。
俺にできた事はなるべくNGテイクを出さない事だったが、まぁアクションではほとんど出さなかった、アクションではね。
出席日数が必要な単位は一つ落としたが、テスト科目はなんとかなったはずだ。
ともかく久々の解放感に、財布の紐も緩んでしまったのか……
俺は事務所でバッタリあった
「ほんとにごちそうになっちゃっていいの?」
「いいよ別に。高校生が遠慮すんな」
アイドルグループソードリリーのリーダーであるナミは遠慮がちにそんな事を言ってくれたが、俺に「奢ってー」と言ってきた張本人であるサーダは全く遠慮せずに注文を入れていた。
「えー、ミックスグリルにー、クリームソーダでしょー、あとチョコレートサンデー」
「サーちゃん駄目だよ……クリームソーダやめてみんなと一緒のドリンクバーにしよ?」
学生服のサーダにそんな事を言いながらも、食べ盛りの七瀬はドリアとステーキとアラビアータとチョリソーを注文していた。
まぁいいんだけどね、奢るぐらいの金はあるから。
他の同期たちもちょっと遠慮をしながらも、ちゃんと飯を頼んでいるようだ。
「で、そっちはどんな感じ?」
「あたしたち? まぁ今は色んなところでイベントやってって感じかなぁ……まだまだ平日は仕事なくてレッスンしてる事も多いけど」
ナミはゆるく巻いた金髪の頭をわしわしと掻きながら、ちょっと不満げな顔でそう言った。
その隣で注文を入れ終えたサーダが、タッチパッドをこちらに渡しながらこう尋ねる。
「透最近レッスン場来ないよなー、学校?」
「いや、俺は延々撮影が入ってるんだよ、今日も久々の休みでギリギリ学校の試験受けれたんだから」
「透くんが行ってるのって、映画の仕事って言ってたやつ?」
「そうそう」
七瀬は俺が明石さんから映画の仕事を振られる現場にいたから、他の面子よりは俺の予定に詳しかった。
そんな話をしているところに、ドリンクバーに行っていた四人が戻ってきて、俺やナミたち三人の前に飲み物を置いてくれる。
「ありがとね」
「ありがと。しかし映画かぁ、いいなぁ……」
割と真剣に羨ましそうなトーンでそう言うナミは将来女優志望なんだろうか?
それとも、何でもやってみたいだけかな?
「誰か有名な人と会ったー?」
「まぁ詳しくは言えないけど、有名な人だらけだよ」
まぁ、俺と比べたら誰だって有名だけど。
「明石さん、カンフーの映画だって言ってなかった? 透くんもカンフーするの?」
「するする! 三日ぐらいみっちり仕込まれたよ」
「へぇーっ。ね、ね、七瀬にも教えて?」
「いいよ」
才能の塊である七瀬なら、多分俺よりよっぽど上手く動けるはずだ。
「じゃあさじゃあさ、明日とか……」
「ん? あ、ちょっと待って電話だわ」
震えたスマホの画面を見ると、そこには『金田
この間彼女に怒られたばかりの俺は一旦息を吸って、天井を見上げてから席を立とうとした……ところで、通話に指が当たってしまう。
「あっ……」
「別にいいよ、あたしら静かにしてるから」
さすがに切るわけにもいかず、そう言ってくれたナミに片手チョップで謝りながら電話を耳につけた。
「や、八代ですぅ……」
『どういう事?』
「はい、すいません」
『なんか師範代が、あたしよりあんたの方が腕が上だって言ってるんだけど?』
「はい、すいません……それは何かの間違いで、金田さんの方が上です……」
『そんな事はありませんよ。狂夢は門下、透は指導員です』
「
どうやら、
バチバチに怒っている白ギャルと、淡々とした
「明日? いや明日は試験で……明後日? 明後日も試験です」
『じゃあ土曜にお互い出番入ってるから、そこで白黒つけようか』
「勘弁してくださいよぉ……僕が金田さんに敵うわけないじゃないですか……」
『仕方ありませんね、ちょうど私も指導員として詰めている予定です、立ち会いましょう』
「
『別にあたしも本気で怒ってるわけじゃないから。組み手だから、組み手』
完全に怒ってるじゃないですかとは言えず、俺は「お付き合い致します……」と答える他なかった。
結局、
彼女からしたら、仕事を紹介したら実家に入りこまれた上、偉そうな顔をされたような気分だろう。
なんとも申し訳ない気持ちに、胃が痛む思いだった。
「いや悪い悪い……」
そう言いながら胃を押さえ、眼の前にあったコーラを飲むと……眼の前にいた七瀬と目が合った。
パッと見はいつも通りニコニコしている彼女だが、こちらを見下ろすその視線にはなんだか無言の圧力があるような、そんな気がする。
思わず彼女の目から視線を逸らすと、なぜか七瀬からも電話口と同じような剣呑な声が出てきた。
「透くん」
「え?」
「今の人、誰?」
「今行ってる現場の人」
「そうなんだ……一週間で凄く仲良くなったんだね」
え? どういう事?
なんだか急に不機嫌になった七瀬に困惑した俺は、その周りの少女たちに顔を向けるが……なぜか誰も彼も顔を逸らすばかり。
頼みの綱のサーダは、ちょっと小さく震えながら机に顔を伏せている。
おい! お前の彼女じゃないのかよ! なんとかしてくれ!
そんな念を送るが、顔を上げてくれるわけもなく。
結局、俺は何もわからないまま……
突き刺さるような上方からの視線に、しばらくの間耐えていたのだった。